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孤影悄然の白銀狼  作者: 丸
第1章 サグネゼルス編
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プロローグ


「…………」


 俺の意識が不意に戻ると目の前に下腹を割かれ横たわる今にも絶命寸前の父の姿があった。


「……と、父さん!」


「アセ……ナード……これで…良いんだ」


 割かれた下腹からは今も血が止まらずに溢れ続けている。不意に微かながらに先程までの記憶が脳裏に蘇る。


「これは…俺が……やったのか…?」


 微かに残っているつい先程の記憶、そして俺の右手はそれを裏付けるように血で真っ赤に染まっていた。


「うわぁぁぁ!!」


 自分のやった事に今更ながら恐怖心と嫌悪感を抱き俺はその場に膝をついて発狂した。


「アセナード……お前を……息子をこの手にかけずに済んだ……」


 そんな俺を諭すように父さんは言う。その間も血は流れ続け子どもの俺の目から見てもそれはもう助からない事が解る。


「と、父さん……こんな状況で何を…?」


 何故、父は俺を責めないのだろう?何故、父はこんなに優しい目をしているんだろう?


「アセナード……母さんを……村を……頼んだぞ……」


 それが父さんの最後の言葉だった。俺はその亡骸にすがりそのまま泣き続けた。




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「セナード…アセナード」


 呼ばれる声に俺は目を覚ます。どうやら少しうたた寝をしてしまっていたらしい。


「ああ、悪い。また悪い夢を見ていた」


「例の親父さんの夢か?」


「……ああ」


 俺を心配するように覗き込む男、ルーイに俺は返す。


「話に聞いただけだがお前の判断は間違ってなかったと思うがな…」


「いや、親を殺した事実に変わりはない。それにお前はそう言ってくれるが周りはそうは見ちゃくれない」


「まあそうだな…それでついた異名が親殺しのアセナードってか。全く下らねぇ事思いつく連中ばかりだぜ。傭兵ってのはよ。」


 ルーイが皮肉を込めた感じの表情で言う。


「構いやしない。俺達は金を貰えるから汚れ仕事でも何でも引き受けてる訳だ。そこに信頼関係なんて存在しない。そんな連中に何言われたって良い。それに傭兵ならそんくらいの異名があった方が箔がつくってもんだ」


「アセナード……」


 ルーイが今度はやや俺に何か同情をするかのような表情で言う。この男は傭兵にしては珍しく口数も多くよく俺に絡んでくる。事実傭兵団の中でも俺が一番口を開くのはこの男だ。とは言えあまり自分の事に触れられたくない俺は話題を変えようとする。


「さあ無駄話もこの辺にしておこう。そろそろ目的地に着く頃じゃないか?」


「あ、ああ、すまんな。今日の依頼は会合の警護だったな」


 そう、俺は今職務の最中である。今日の依頼主は国王側近の大臣から。何でも隣国のポルティアから王族が来るらしい。当然国のトップ同士の会合ならば何処で何が起こるか解らない。


「ああ、お偉いさんがどんな話をしようが関係ないがそれを警護するだけで今回の報酬は大金が入るからな」


 依頼主が依頼主なだけに今回は大きな仕事だ。金が必要な俺には願ってもない話でもある。


「そうだな。今回の仕事は落とせねえ。そろそろ王宮が見えてくるかな?」


 今の俺達の位置が気になったのかルーイが馬車から顔を出す。長時間、馬車に揺られ俺も飽きが来た頃合いだ。


「どうだ、ルーイ? まだかかりそうか?」


 俺がそんなルーイに何気なく問いかけたその時、馬車の速度が急に緩み始めた。


「お、おわっ!」


 急な事態に顔を出していたルーイは対応できずそのまま馬車の外へと投げ出された。


「ルーイ!」


 馬車が完全に動きを止めた事を確認した俺は荷台から飛び降り前のめりに倒れたルーイの元へと駆け寄る。


「ルーイ、大丈夫か?」


 俺が手を貸しルーイが身体を起こしながら言った。


「ってぇ……俺は大丈夫だ。おいお前!一体何が起きたんだ!」


 ルーイがぶつけた頭をさすりながら馬車を運転していた男に怒鳴りつけた。


「あ、あれを……」


 ルーイの怒りをよそに男は前方の方を指さす。俺とルーイは男が指さす方向へと視界を向けた。


「ん? あれは?」


 俺が目を向けた先には何百メートルか離れているだろう先に俺達が乗っていたのとは違う別の馬車が横倒しになっているのが目に入った。そしてそのすぐそばに転がっていたのは、


「人が倒れてるな。ルーイ、行くぞ!」


「お、おう」


 若い男がうつ伏せに倒れているのを確認し俺達は男の元へと早足で向かった。


「ダメだ。もう死んでいる。それにこの傷は」


 倒れていた男をルーイが起こし息を確認したが既に事切れていた。男の側には抜刀したと思われる剣が転がっており何者かと争ったのであろう事が容易に想像できた。


「野生化した獣人か」


 男の喉元は鋭い三本爪でかき切られていた。俺達なら解る。これは獣人の仕業だ。


「ただの旅人か? それとも?」


 俺は状況を整理するために呟いた。


「ちょっと倒れてる馬車を調べさせてもらうか」


 俺と同じ事を思ったのだろう。ルーイが横倒しになっている馬車に近付いた。その時荷台が微かに動いたのを俺は見逃さなかった。


「ルーイ! 中に何かいるぞ!」


 俺が叫ぶと同時に荷台の中から得体の知れない何かがルーイに向かい飛びかかってきた。


「ちっ!」


 俺の声にすかさず反応したルーイが突進を間一髪で躱した。俺達の目の前に姿を現したのは俺達、獣人の最悪のケースの末路の完全に自我を失っている一匹の獣であった。


「危なかったぜ。アセナード、ありがとな」


 体勢を立て直したルーイは俺に礼を言いながら獣と対峙した。


「グルルルル……」


 もうこうなってしまった以上助かる道はない。俺達ができる事はせめて苦しませずに目の前の獣を屠ってやる事だけだ。


「一瞬で終わらせてやるからな。先にあの世で待っててくれよ」


 あ 言いながらルーイの身体が変化していく。全身から獣のような体毛が生え始め耳が縦に尖っていく。更には鋭い牙が伸び始めた。

 つい先程まで普通の人間の姿をしていたルーイはあっという間に野生の狼のような姿へと様変わりした。ビースト化、俺達獣人は己の意思で獣の姿へと変化する事ができる。ビースト化した獣人は通常の人間の姿をしている時の数倍の身体能力を得る事ができる。


「……ウガッ!」


 姿が変わるとルーイは目にも止まらぬ速さで獣へと飛び掛りその首元へと鋭い牙を突き立てた。獣の首元から血しぶきが上がりその場へと崩れ落ちた。


「……ふぅ」


 一瞬で勝負はつき、ルーイの姿は瞬く間に人間の身体へと戻っていった。


「どうしてこうなっちまったんだろうな」


 目の前で物言わなくなった獣の亡骸に向かってそれとなく俺にも聞こえるような声でルーイは静かに言った。

 ビースト化した獣人はコントロールを失ってしまうと自我を失い野生化する。そうなってしまったが最後二度と元の人間へと戻る事はできなくなる。


「今はそれよりも荷台の中を調べよう。どのみちこの馬車を退かさない事には王宮にも行けないしな」


 俺はルーイの問いかけに上手く返す事ができずにいた。この獣人にも俺達のように普通に生きていた頃があったのだろう。だが一度ビースト化がコントロールを失ってしまえば……


〔アセナード……母さんを……村を……頼んだぞ……〕


 またも昔の記憶が脳裏を掠める。


「くそっ!」


 俺は地面を強く蹴り無理やり思考を切り替え荷台へと向かう。


「こいつは酷い荒らされようだな」


 ルーイが言うように荷台の中は酷く荒らされていた。

 散乱していた荷物は大量の衣服、武具、寝具、恐らくは長旅の用意であろうと予想される物が多かった。

 そして食料品が入っていた荷物が重点的に荒らされていた。恐らく先程の獣人の狙いはこの食料品だったのであろう。

 野生化した獣人が道行く者を狙うのはこの国サグネゼルスでは珍しい話ではない。

 だがそんな事はこの国の者であれば周知の事実である。それにも関わらずにこれだけの食料品を荷台に積んでいたという事は。


(襲われた人間はサグネゼルスの者ではない?)


 俺の中に一つの可能性が浮かんだ。


「アセナード、これを見ろよ」


 一緒に荷台を調べていたルーイが俺にところどころ破れた衣服を見せてきた。その衣服の肩口に縫い付けられていた国章を見ながら俺は言う。


「ポルティア人か」


 これで確実になった。この馬車に乗っていたのはポルティア人で間違いないだろう。

 そうであれば警戒の不充分さ。大量の荷物も説明がつく。だとすると……


「もしかしたらこれに乗ってたのは今日会合に参加予定だったポルティアのお偉いさんだった可能性があるな。王宮へと続く道は外部からの警戒のため今俺達がいる道の一本しかない」


 俺は自分の中で仮説を立ててルーイに話す。


「するとさっきのやられてた男がポルティアのお偉いさんか?」


 ルーイも俺の仮説に耳を傾け自分の見解を返してくる。


「いや、明らかにさっきの男は争った形跡があった。お偉いさんが自ら先陣切るのは考えにくい。先程の男は護衛の可能性が高いだろう」


「そうだな。普通に考えて一人で来るなんて事はねえだろうしこれだけの荷物だ。全部で四、五人は乗ってたんじゃないか? だとすると他の連中は何処へ消えたんだ?」


 確かに他にもポルティア人が乗っていたと考える方が自然だろう。そこで俺は改めて荷台の中を見回す。そこである違和感に気付いた。


「ルーイ、さっき見せてくれた衣服をもう一度見せてくれ」


「あ、ああ?」


 ルーイがやや不思議な顔をしながら改めて俺に先程の衣服を広げて見せてくれた。

 その衣服はボロボロに切り裂かれていたがその痕跡は四本爪で切り裂かれていた。


「やはりか。ルーイ、恐らくさっきの獣人以外にもう一人この荷台を襲った奴がいる! 荷台の中の爪痕をよく見てみろ」


 改めて荷台の中を見回す。あちこちに付けられた爪痕があるが三本の爪痕と四本の爪痕、二つの痕跡が明らかにあった。


「なるほど、て事はもう一人のは残りの逃げたポルティア人を追いかけたって事か」


 仮説が確信に変わり俺はルーイに向かい言った。


「恐らくな。ルーイ、残った奴らを探すぞ!」


「アセナード、何をそんなに憤ってるんだよ?そんな事は俺達の仕事じゃないだろ?」


 所詮はポルティア人。俺達からすればどうなろうと大した事ではないだろう。ルーイは口にこそ出さないが目で俺に訴えてくる。


「ルーイ、よく考えろ。今日の仕事の報酬はかなりの物だ。俺は絶対に落としたくない。だがそれはあくまで会合を無事見届けてこその報酬だ」


 俺の言いたい事を察してくれたようでルーイも納得した表情で返してくれる。


「なるほど、そうゆう事か。もしここでポルティアのお偉いさんが殺られちまったら」


「そうだ。会合自体が無くなる。そうなったら俺達の仕事も無くなり今日の報酬はお預けって訳だ」


「流石はアセナード。金が関わってくると本当に抜け目がねえな」


 ルーイから皮肉とも褒め言葉とも取れる発言を受けたが俺は流す。どっちだって良い。俺にはどうしても金が必要なんだ。


「おっし。予定外の仕事が増えちまったようだがそれも俺ら傭兵の宿命ってやつか」


 吐き捨てながらルーイは荷台を降り、俺もそれへと続く。


「さて、どうすっか? ビースト化して匂いでも辿ってみるか?」


 ルーイが如何にポルティア人を探すか俺に提案してきた。


「いや、もっと簡単な方法がある」


「ん?」


 不思議そうな顔をするルーイだが。


「コアーーッ!!」


『うむ』


 俺の叫びに何処かから返事が聞こえる。すると近くの空を飛んでいた飛竜が舞い降りて来た。全長三メートル程はあろう大きな飛竜だ。


「おっと、そうだった。お前にはその手があったな」


 この光景に見慣れているルーイが顔をにやつかせながら言い放つ。


「俺は空からこの近隣を探す。ルーイは地上から探してくれ」


 俺はコアの背に乗りながら指示を出す。


「俺だけ地道な作戦だなぁ。なあコアトル、たまには俺も一緒に乗っけてくれないか?」


『断る。俺に乗って良いのはアセナだけだ』


「ははは、また断られちまったな。まあ仕方ねえか。ほんじゃアセナード。行くか」


 コアに足蹴にされるも気にしてない様子のルーイ。


「ああ。コア、頼むぞ」


『うむ』


 俺の一声でコアは大きな羽を羽ばたかせ始めた。地上から二、三十メートルは舞い上がっただろうか?

 下の方を見るとすっかりと小さくなったルーイも近くの木々の中へと姿を消していった。


「やっぱり空は気持ち良いな。コア、話は聞いていてくれたか?ポルティア人を探したい」


『ああ、任せろ』


 視界が一気に広がり辺りを見回す。するとやはり遠目に木々がなぎ倒されている場所が見つかる。何者かが争った形跡なのは明白だ。


「コア、あそこだ。頼む」


 俺の声に反応してコアがその地点まで俺を運んでくれる。上空から木々の間を覗き込むとまさしくポルティア人と獣が対峙している瞬間だった。

 近くには倒れているポルティア人が二人。恐らくもう死んでいるだろう。


「ちっ、あのうちのどっちかがお偉いさんだったら今日の報酬は無しか。コア、俺はここで降りる。お前の身体じゃこの中には入れない。上で待っててくれ」


『ああ、死ぬなよ? アセナ』


「お前を独りにはさせないよ」


 コアの首筋を優しく撫でた俺はその背中から飛び降りた。木々の枝に捕まりながら俺はポルティア人と獣の近くに降り立った。俺は素早く状況を確認する。


 先程上空から見えた二人は倒れたまま動かない。残っているのは二人か。一人がもう一人を守るように前に立ち獣に向かい剣を構えている。


(恐らく守られている方がお偉いさんか?と言う事は間一髪間に合ったか……ん?)


 そこで俺は剣を構えている男が庇うようにしている後ろのポルティア人の姿が目に入った。


(女?)


 俺の目にはとてもこの場には似つかわしくない少女が映っていた。



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