第68話 夜に
夜────
円形のアパートの屋上でハクは出発の準備をしていた。
彼は夜に溶け込めるように黒の長いコートを着、隠すように2本の木刀を腰に帯びていた。手には衝撃を抑えるための黒い手袋、靴は底が柔らかいブーツを履く。
そして手には仮面。顔を見られないためにだ。
これから向かう場所は今回の殺人鬼が最後に現れたであろう所、つまりはアレキサンダーと会った場所である。
当の本人は結局何も語らなかったが、いったいどういう関係があるのだろうか。
ハクは首を傾げた。
────まあ、俺には関係ないか
今回は他の住民には知らせず、ハクとミナ、桜の三人で向かうことになっている。
前回より危ないだろうということだ。
彼は屋上の墜落防止のフェンスに軽やかに登った。準備運動も兼ねて4階相当の高さから下まで降りようとしていた。
アパートの窓の淵に丁度掴みやすい出っ張りになっているアルミの棒を伝って降りる。しかし、ハクがしゃがんで降りようとした時、屋上のドアに人影が見えた。
「……アレキサンダー」
ドアに丁度収まる大男はハクを見ると大股で近づいてきた。
「こんな時間に何処かいくのか?」
アレキサンダーはハクを見下ろした。
「……いや、眠れないから運動しようかと思っただけだ」
「とても"ちょっと"運動しようという格好ではなさそうだが」
ハクの格好を見て大男は目を細める。
────……どうするか
この感じからして、いつから気づいていたのか、これからどこへ向かうのかを知っているらしい。
「別にどこに行こうが勝手だろう?」
ハクは降りようと足を動かしたが、大男が待ってくれと呼び止める。
「俺も連れて行ってほしい」
────だろうな
アレキサンダーは今回の事件には無関係ではないだろう。しかし作戦ではハクたちだけでの行動になっているためどうするべきか決めかねる。
「いや────」
「やつらのところに行くんだろ?」
言い終わる前にアレキサンダーが遮った。やはりわかっているらしい。
「……なら、わかるだろ?足手まといは必要ない」
冷たく言い放つと大男の拳が固く握られるのがわかった。
「足手まとい?本当にそうか試して見るか?」
握った拳を眼前に持ってくる、何かするつもりらしい。
ミナが彼の能力は『武器集め』だと言っていた。能力の仕組みはわからないが銃火器を持ってくるだろう。
────ここで争うべきではないな
アパートを壊すわけにはいかないし、かと言って、話し合いが成り立つじでもなさそうだ。ハクは話が苦手だった。
彼はため息をついた。
「ちょっと調査に行くだけだぞ?」
「行きたいんだ、少しでも……」
「?なんだ、なにかあるのか?」
「……」
急にどもるアレキサンダーにハクは首を傾げた。
彼には彼の思いがあるのだろう。それをいちいち聞くのは柄ではないし、野暮な話を聞くのは得意ではない。
しかしアレキサンダーの話にはこれから行くところで役に立つ可能性は大きい。
頭を悩ましたあげくハクはため息をついた。
「なんでもいい、何か情報があるなら連れて行ってもいい」
それを聞いて顔を上げる大男。少し考えた風にして口を開いた。
「『手』の組織のには文字通り手の構想になっているらしい」
「手の構想?」
「小指から始まって親指で終わる。つまりその親指に当たる人物がこの事件の主犯だ」
────文字通り『手』ということか
つまり相手の戦略は最低でも5人、力の秀でた者がいるということ。
こちらは3人、と1人。
「約束だ」
アレキサンダーが大きい声で言う。
「……ああ」
頭をかいてハクは立ち上がった。
どうやら準備運動はできそうにない。




