第62話 錆⑤
「お嬢様」
桜が主人の耳元で囁いた。
「この方を信用なさるのですか?あまりに軽率では?」
確かに軽率かもしれない。以前の自分ならもう少し探りを入れた上で初めて信用を作る。
しかし、信頼しているハクが青年の商人を信用しているのだから、そこまで疑う必要はあまり感じなかった。
それにハク自身、普段自分より疑うのだから尚更だろう。
「桜、お前はその不信を持っていてくれ。いつか役に立つかもしれん」
仲間の不信は時々助けになる可能性が高い。ミナは従者にそう伝えると改めて商人に目を向けた。
さて、どうしたものか。情報の交換となれば話はそう簡単にはいかない。こちらの情報は出来るだけ流出は避けなければならない。
欲しい情報はもちろん今回の事件の関連についてだ。もちろん聞いたところで知っていなければそこで終わりだが、ミナは最小限に抑える方法を考えた。
────細かい事を聞いてみるか
「よし、ならば知りたい情報だが」
ミナは言葉を止めて事件の起こった周辺の地図を取り出して広げた。
「今回この近辺で連続殺人事件が進行形で起きている。この地図を見る限りどうもこの『手』という文字が気になるのだが、何かわからないか?」
指てなぞりながら説明する。
赤錆は身を乗り出して地図の説明を聞いており、終えた時に唸った。
「話題の事件だ。この事件なら、多分『手の組織』だろうね。」
「手の組織?」
「いいのかい?情報が二つになるよ?」
「ぬっ……」
「あはは、まあいいや。手の組織ってのは県境にいる小さなゴロツキの集まりなんだけど。でもこの事件を見た限り活発になって来ているね。僕が仕入れた時の情報の時より大きくなってるかな」
────県境、ごろつき=貧民街……繋がったな
そしてこの口振りから察するに『手の組織』とやらは以前から面倒ごとを起こしているみたいだ。
────最近活発になったということは何らかの変化……行動を移するための力が手に入った、ということか
「もしかして止める気かい?」
黙っていると商人が聞いて来た。
少し考えてニヤリと笑うミナ。
「一つ目の情報だな?私はやつらからある物を奪いたいのだよ」
聞いた商人ら目を丸くした。
「え、ちょ、待った!あ、ぬぐっ……今ので一つ目??」
「そうだろう?さてあと一つだが?」
「えっ……」
商売の裏をかかれた赤錆は肩を震わせた。依然笑顔ではあるが少し固い。
赤錆は席に座り直し、手を組んで顔の目の前に持ってきた。
裏をかかれたとはいえ、ミナが蒔いた餌に喰いつくか迷っているのだ。"それをどうするのか"と。
少しして息をつく。
「危ない危ない……僕が欲しい情報はここのアパートの築年数かな」
彼は餌には食いつかなかった。とは言っても謎の質問だ。
────どういうことだ?
ミナは赤錆はこちらの状態でも探っているのかと思ったが、意図がわからない質問だ。
築年数などを言ったところで、こちらのことはそうわからないのではないだろうか。
というよりもそもそもミナたちはそんな事は知らなかった。
同様に召使いとハクも疑問の表情を浮かべている。
「分からない」
いいかげんに答えることもできたが、信頼はある方がいいと判断した彼女は正直返答する。
「じゃあ、いつからすんでるの?」
「……1年と半年くらいか」
それを聞くと青年は先程の屈託のない笑顔に戻り頷いた。
「感謝するよ。もう情報はいいのかい?他にも何か知ってるかもしれないよ?」
「そうだな、だがそれには及ばないな。あとはどうとでもなる」
それじゃ、と商人は立ち上がり帰ろうとした。しかし出口の扉まで来たところで何か思い出したように手を叩き、ハクの側まで来た。
「そうそうハクちゃん、これこれ」
赤錆が懐から黒い薄いケースを取り出して差し出した。ハクも思い出したように受け取り、ポケットから現金をいくつか取り出して渡した。
「まいど、じゃあ今度こそ、また何かあったらいつでも呼んでよ」
赤錆連也は肩を嬉しそうに揺らしながら去って行った。




