第57話 アレキサンダー
SSPがいなくなった後の狭い路地。彼らが去って数分後、いくつかの人影が上から降りてきた。
「あっぶねー!」
猫のかぶり物をした男が胸を抑えながら言った。
「ああ、運がよかったな。もし上を見られたら終わりだった」
ハクが頑丈な糸を輪っか状にしながら言う。
「まあ終わり良ければすべて良しだ」
ミナは長い金髪を手で後ろに払った。
ハクと殺人鬼(仮)は急に上から降りてきた糸に助けられ難を脱したのだ。
糸はミナが念のために用意していたらしく、共に行動していた桜が彼らを引き上げた。
「だが、よく間に合ったな」
ハクが巻き終わった糸をミナに渡す。今回は無線を使えなかった為に彼女の行動はわからなかったのだ。無線は前回の依頼で壊れてしまい、修理中である。
「当然だ。SSP共を追っていればお前たちにどの道辿り着くからな。別グループに張り付いて桜が 馬力で先回りしただけの事」
「すげぇっス姉さん……。ていうかいつもこんな事やってんのか?」
ネコは感嘆しながらも最後の方は声を小さくしながらハクに聞いた。
ハクが唸りながら頭をかく。
「いや、今回は例外的だ。こんな事までして住人を増やすとは」
「まあ、そう言うな。楽しかったろう?」
小さな声を聞き取り、ニヤリとしながらミナが口を挟んだ。
────楽しくない
心で言うが彼は肩をすくめ、殺人鬼(仮)の方に向き直った。
ネコは常に殺人鬼(仮)を警戒しており、ハクの後ろにピタリとくっ付いている。そんな彼が鬱陶しいが、ハクは口を開いた。
「お前、本当に殺人鬼か?」
殺人鬼(仮)はビクリと肩を撥ねらせて、全身黒ずくめの長髪の男の方を向き、目を細める。
「お前らは一体何者だ?何故俺を助けた?」
「質問しているのはこちらだ」
ミナが割って入る。
大男はしばらく黙っていたが、彼女の刺すような視線に目をそらし、やがて口を開いた。
「俺は人など殺していない。確かに殺傷道具は何故か持っているが」
彼は持っていた銃を投げ捨てた。重い音が2度跳ねる。
「なんでまた持ってんだ俺は……」
「……ふむ。なら、お前が殺人鬼ではないとして、何故ここにいる?」
殺人鬼(仮)は下を向き眉間にシワを寄せた。手を開いたり握ったりして、なにかを躊躇っているように見える。
「あんだよ、よくわかんねぇ。あいつは殺人鬼じゃないのか?」
ネコがハクの後ろで小声で言う。おそらくミナの考えでは彼は犯人ではないのだろう。
しかし、彼が犯人でないという証拠が無い。殺人鬼(仮)も、何を言っても無駄だと信じてもらえないと思っているのではないのだろうか。
「ミナ、なんでこいつが殺人鬼でないと疑う?」
ハクの言葉に、チラリと横目を向けると目を伏せた。
「そうだな、根拠を言った方がわかりやすいな」
少し顎に手を当てた後、ミナは続けた。
「お前には言ったが、殺人鬼はある文字をなぞって犯行を行っていると仮定した」
「文字?」
ネコが首を傾げて聞き返す。
「ああ、『手』という漢字だ。本当は前からわかってはいたんだが、確信がなかった。そして今回がその4画目、最後だったわけだ」
「……で、根拠は?」
ハクが勿体ぶる彼女を催促するが、慌てるなと手で制される。
「まあ細かいことは置いて置く。今回連続殺人犯である人物はいずれも姿を確認されていない。確認されたのは偶然にも居合わせた、そこの殺人鬼(仮)だけだったのだ」
「偶然?いや、それでは根拠には……」
「ふむ、だがやつは犯行の時に一度姿を現さなかった時があった。何故ならその時私がこいつを犯行現場以外の場所で見かけたからだ」
ミナは殺人鬼(仮)に指を差した。どうやら反応を伺っているようだ。
大男は驚いたように細い目を見開いた。
「た、確かに俺は場所を間違えて、一度見当違いなところにいたが……」
彼の言葉に片眉を上げるミナ。
「ほう、『間違えて』?か。まるでそこで何かあるのを知っていたかのような口ぶりだな」
大男は困惑の表情を浮かべ、拳を固く握りしめた。どうやらボロが出たようだ。
「……教えてもらったんだ」
観念したように喋り始める。
「教えてもらった?誰に?」
「それは、言えない。約束だからな」
再びミナが疑問を繰り返すが、頑として口を割らず首を振っただけだった。
どうやらこれ以上は聞き出せそうもない。
────だがまあ、証明は出来たな
実的な証拠はない。しかし今のやり取りは周りの緊迫した空気を解いていた。
「それにしてもあれだな、なんで銃を?」
唐突にネコが聞く。確かに目的がなんであれ、銃は大げさでは無いだろうか。
「ああ、すまん。俺には昔から妙な癖があってな。気付いたらこの通り……」
そういうと大男はどこからともなく銃を取り出した。それを見てネコが飛び退く。
「て、てめ、まだそんなもん」
────いや、おかしい
大男には銃をしまうスペースなど他に無い。ましてや先ほどの銃は捨てたはずだ。
ハクが辺りを見渡すが銃がない。しかし改めて見ても先ほどの物とは形状が異なる。
「超能力の一種だろうな」
ミナが近づき、銃を触りながら言い、不意に取り上げて放り投げた。大男は驚いたが、皆が銃の行方を見守ると突然塵のように砕け風に流されて消えた。
「気付いたらなにかしら道具を持っててな……。今回は取り分け武器を持ってるんだ。困ったもんだ」
さも当たり前の事だと言わんばかりにため息をつく。
「さて、疑いは晴れた。名前は?」
「名前?」
聞かれて躊躇う大男。こちらをまだ信用してはいないのだろう。それはそのはず、得体が知れないのだから。
何故殺人鬼かもしれない人物を仲間に入れようと言うのか、理由も聞かず、何も聞かず。
「ネコ、お前名乗れ」
ぼそりとハクがネコに耳打ちする。不快そうに眉間にシワを寄せたが、タカれるかも、と付け加えると姿勢を正す。
「こんにちは。俺も最近入ったネコです。どうぞお見知り置きを」
大男はしばらく彼を見て固まってしまう。ハクの後ろにいた彼がよく見えなかったため、マジマジと見て着ぐるみということに初めて気づいたのだろう。
「……あ、アレキサンダーだ」
少し頭を悩ませていたようだが、大男は口を開いた。
────また適当だな
「ふむ、アレキサンダーか。住むところなければ提供するぞ」
そして即勧誘するミナ。一体何を考えているのかわからない。
「……じゃあ、しばらく頼む」
アレキサンダーはしばらく間を開けて答え、こうしてまた新居者が一人増えたのだった。
「おい」
帰る途中、ハクはミナを呼び止めた。ミナが足を止めたのがわかり、つられて桜も足を止める。
しかしミナが何か言うと先の者と共に、不服そうではあるが、混じった。
「なんだ?」
彼らが声の聞こえないところまで行くのを待ってミナが言った。
「さっきの話、本当か?」
「なんのことだ?」
彼女はとぼけたように首を傾げた。
ミナが話をしたときに彼はおかしなところを見つけていた。
ここ数日アパートの敷地内から出ていない人物が何故、殺人鬼の出現場所とは違う場所でアレキサンダーを見ることができるのか。
確かに彼女が夜中に抜け出して外に内緒で出るということが絶対にないわけでは無い。だが犯人のウロつく街へ一人で行くだろうか。
その説明をミナに聞かせる。
が、彼女は鼻で笑った。
「なるほど、要するにお前は私が嘘をついていると?」
「違うのか?」
「そんなの簡単だろう。私が動かずに犯人とは別の場所でアレキサンダーをリアルタイムで見る方法、やつが私の近くを通ったのだ」
人差し指を立てて答えるが、聞いていたハクは固まった。
────つまりアパートの側まで来ていた?
確かにそれなら合点は行くが……。
「加えて確信も得られたからな」
「確信?」
「ああ、臭いだ……血の臭い」
そこでハクは理解した。彼女は半分ではあるが吸血鬼。あまり口にはしていないが匂い、特に血液に関しては取り分け敏感なのだ。
つまりアレキサンダーからは血液の臭いが全くしなかったということ。
今回の事件はそれは凄惨だったという。どこかしらに血液が必ず付着するはず。
「奴からは汗と個人特有の臭いしかしなかった」
「……なるほど完全理解だ。ていうかなんで早く言わない?」
「むっ、それは……」
ここに来て言うのを渋る。何か隠しているように見えたが、少しして口を開いた。
「こちらが下手に動いてやつを刺激したくなかったからな。勘付かれる可能性がゼロではあるまい?」
────それはそうかもしれないが……
心の中で抗議の声を上げるが、声には出さなかった。
「勘、ねぇ……」
彼がため息を尽くと、ミナは意味深げにニヤリと笑みを浮かべた。
「ふふっ、勘だ」




