第56話 クリアボヤンス
少女は転けた後もすぐに起き上がり追いかけていた。しかし起き上がった時には切り裂き魔の姿はなく、大体の方向しかわからなかった。
そのうちに後ろからジンが息を切らせて来る。
「どうした道子…、何かあったか?」
走りながらジンが聞いてきた。道子と呼ばれた少女は首を振った。
────自慢の脚力が通用しなかった
悔しさで一杯だったのだ。
「足はどうした」
「転んだ」
やがて彼は少女の血の滲む足の擦りむきに気づいたが、道子はぶっきらぼうに答えた。
「まあ、気にする程ではないならいい。クリアボヤンス(透視)でも捉えられないか?」
クリアボヤンス能力────
いわゆる透視能力。道子には物を透かして見る力が眼に宿っており、脚力は自前である。
彼女は既に全開で能力を使っていて、それでも捉えられない。廃ビルや物置などいろいろ透けて見えるが人影すらないのだ。もう見える範囲からは捕捉できない。
道子は目を瞬かせて能力を切った。
目が乾燥して涙が流れるに加えて頭痛が襲い、頭を抱えた。
ガガッ────
いきなり無線が入るが、頭痛もあり慌てた道子が取り損ねて地面に落としてしまった。それをジンが立ち止まって拾い上げる。
「どうした?」
『殺人鬼が一本道の路地に入り込みました、そちらも向かって頂ければ挟み撃ちに出来るかもしれません』
落ち着いた女性の声がする。
────瀬良さん
瀬良という女性はSSPのメンバーの一人でジンの次に偉い人物だ。頭が良く、組織の設計図的な役割をしている。
「了解、切り裂き魔は見失った。そちらに向かう」
それだけ言うと無線を切り、無線の画面に表示された仲間の位置を確認すると道子に追って来るように指示した。
少女は黙ってついて行った。
────歩がいればなあ
歩とは道子の同期で、念力発火能力の使い手である。
同じ年齢であるが、どこか男らしい女の子。後ろ向きなことはほとんど考えず、前を見る女の子だ。道子はそんな彼女に憧れてもおり、ライバル意識も強かった。
────男みたいと言ったら顔を真っ赤にして怒るんだけどね
道子は何故か歩のことを考えるとさっきまでのことがいくらか和らいだ気がした。
彼女は両頬に両手のひらを当てて揉んだ。
「うし!」
口に出して気合いを入れ、足に力を入れた。
一気に前を走っていたジンを抜く。
彼はそんな少女を見て一瞬笑みを浮かべたが、次の瞬間にはいつもの強面になった。
「この先から一本道だ。殺人鬼を挟み撃ちにする」
ジンが言うと道子は頷いた。
角を曲がって100mほど走っていると、突き当たりの角に微かに人影が見えた。
道子は走りながら、ポケットから当たれば自動で捕縛できるという特殊な小型枷を取り出していつでも対応できるように身構える。
────影が動いた
「動くな殺人鬼!!」
野太い男声が響いて慌て止まろうとするが、急にはやはり止まれずに声の主と盛大に激突した。
ぶつかった相手は反動で壁に叩きつけられ、背中を強く打つ。
道子は咳き込み、地面を転がった。
「な、なんであんたが……げホげホ!……薫」
「い痛つつ……それはこっちのセリフだ道子」
脇薫────
SSPのメンバーの一人であり、アタッカーでもある男性。身長が190cmもあり、図体がでかい。能力はグラビレイ。
「あ、あたしは連絡があってこっちに来ただけだし」
「こっちだって殺人鬼を追っていたんだ」
「は?ちゃんと追ってたの?いないんだけど?」
「知るか!ちゃんと追っていた、やつは100mぐらい先にいたんだ、いなくなるのはおかしい」
「意味わかんない、どういうこと?」
「こっちが聞きたいわ!」
「道子、透視だ。どこかに隠れているかもしれん」
薫と言い争う道子に冷静な頭で指示を出すジンクメル。
言われてすぐにぶつくさ言いながらも少女は視覚を透視に切り替えた。
壁や地面を見つめる。透視の力はじっと見ることでだんだんと透けて行く。いきなり何mも先を見ることもできるが、そうすると体力を大きく使うので多用は避けた。
周りにはジンと薫、瀬良さんしかいない。
あとは暗がりに潜む虫やネズミたちぐらいだ。
15秒くらいして目を閉じた。乾いた目を涙が潤す。
「いない」
彼女はそれだけ言った。
「くそ、どこに消えたんだ!」
薫が悪態をつき、地面にドッカリと座り込んだ。
「まだ近くにいるかもしれない。行きましょう」
薫の背後にいた瀬良という人物が口を開き、彼らは辺りを見渡しながらその場からいなくなった。




