第46話 星に願いを
3Fの教室。あたりは静まり、先程までの戦いが嘘のようだった。
ユズルはしばらく叔母の衣服のみを抱きしめていたが、不意に肩に手が置かれた。
「あ、あのよ、ロリ────」
「いえ、いいんです」
動けるようになったネコが励まそうとするが、それを遮る。
「これで、……いいんです」
「お、おう」
ネコはそれ以上言わず、着ぐるみ頭をぽりぽりとかいた。
と、不意にバリケードから物音がした。
まさかと思い2人が顔を向けると黒ローブの男が起き上がり机の上に座っていた。
「て、てめぇ!!」
2人は再び戦闘態勢を取ろうとした。
「落ち着け、私だ」
しかし黒ローブは手を上げて戦う意思がない事を示し、フードを取った。
月明かりに金色の長い髪が反射し、その顔は男のはずであるが女性を思わせた。黒いマスクをしている。
2人が首を傾げていると気付いたようにマスクを取った。
「私だ」
マスクを取った途端、野太い声から女性の高らかな声に変わり同時にその容姿に2人は気づいた。
「ミナ、さん」
「姉さん⁈え、なんでなんで⁉︎」
依頼を受け、こちらに向かっているはずのミナだった。
「まあ、そうだな。一言で言うなら一芝居を打った……というとこだ」
彼女の言うことが理解出来ず、ユズルとネコは顔を合わせては怪訝な顔をする。
そこへ教室の入り口の扉が勢いよく開いた。
「お嬢様……これは一体?」
SSガードマンである桜だった。無事に帰ってきたようだった。しかし同じく怪訝な表情をしている。そしてその後ろにもう1人の黒ローブの人物がいるのがわかった。
一瞬緊張が走るが、フードを外し、その長髪と風貌でハクという人物であることがわかった。
「桜か、まあ丁度いい。お前も一緒に聞け」
ミナが依頼の内容を聞いて思ったのは、穴だらけであるという事だった。
未来視というにはハッキリせず、予知した敵についても『死』や、『過程』『結果』を暗示したものが含まれていないし、他の情報が無かったという点。
ただ単に『誰かが襲いに来る』というだけのもの。
そう考えた時点で、ミナの頭にある疑問が頭に浮かんだ。
────アイの超能力は『未来視』ではない
ハッキリとはしないもののその可能性はあった。しかし今までの未来視の的中率は確かで、それが起こると仮定し、逆にそれ以上のことは起こらないのではないか?そんな事も頭に浮かんだ。
つまり『襲おうとする者が他にも居れば、それ以上の介入はない』
もっと簡単に言えば、ユズルたちにとっての『襲撃』を作ってしまえば、実際の敵は居なくなる。ということ
ミナはハクにその事を伝え、リアルさを出すために桜には伝えず、演技をする事にしたのだ。
ただ誰かが演技に気づいた時点で他の介入が起こる可能性があり、変声器や変装をして気付かれないよう細心の注意を払う必要があった。
そして問題点はまだあった。戦闘である。
桜の相手はミナ自身では上手く戦えないためハクに任せた。環境の利があるとしても普段とは違う戦いになり苦戦するはずだ。
ミナの方も加減を間違えないよう細心の注意払った。
そして実際作戦は依頼が終わるまで他の介入なく終わったのだ。
そこまで話したところでミナはユズルに目を向けた。
「騙すような事をしてすまなかった」
「……えっ?いや、その。あなた方には感謝しか」
ユズルは苦笑いを浮かべ口をつぐんだ。
「こうして生きてるのもきっとみなさんのおかげなんです……よね?」
ミナは青年が握るこの世にいない者の衣服を見つめた。まだ混乱して頭が追いついてないように見えた。
「お前の叔母は、最後はどうだった?」
「あ、姉さん!それは」
ネコが不謹慎だと思ったのか口を挟むが、ハクが口元を押さえた。
ユズルはハッと目を見開き下を向いた。少しの間、肩を震わせると膝に水滴が落ちた。
ミナはネコの言うように不謹慎だとも思っていなかったし、かと言って慰みの言葉を言うつもりもなかった。
やがてユズルは顔を上げた、涙が止め止まりもなく頰を伝っていた。
「笑ってました」
「お、おい良いのかよ姉さん!あのまま置き去りにして」
ミナたちはユズルをその場に残してすぐにその場を発った。
ネコがウロウロと挙動不審に歩き回りながら訴え続ける。
「ネコよ。お前の活躍は良かったぞ」
「え、まじで?」
「ただ相手の力量をもっと測って行動しないといつか痛い目に合う」
「へ、へい……ってじゃなくてユズルは」
「いいんだ。その方が2人にしてやれるだろう?」
「え?2人?」
首を傾げるネコのはるか背後から僅かだが、悲痛な声が響いていた。長く、長く……。
そしてミナたちは帰路へついた。
「今回もただ働きか……」
アパートの玄関でハクは深いため息をついた。ろくな収入のない彼はやれやれと黒ローブを脱ぎ、肩を揉んだ。
他のものはすでに自室へ向かった。終始、桜が今回の件で仲間外れにされたと思ったのかハクに文句を言っていた。ミナの方はそれを見てニヤニヤと笑っている始末。
廃校での戦闘で外に追い出された時、殺気盛んに追い打ちをかけて来るメイドに殺されかけ、文句を言いたいのは彼の方だった。
それに加えてただ働き、冗談ではなかった。
「そう言うな」
背後でまだ黒ローブを着ているミナが言った。金色の髪をたくし上げ払う。
「いやシャレにならないからな。あんな化け物と戦うのは」
「ふふ、一応あの青年には置き手紙を置いてきたから何かしらあるだろう」
「いつの間に……まあ期待はしない」
あざとい奴と思いながらも感心するハク。何かしらあることを期待しなくては。
「そう言えば実際あの薬は効果あったのか?」
「む、どうだろうな」
彼女は薬瓶を取り出し揺らした。水の跳ねる音がする。赤い液体は本当に彼女自身の血であった。
「飲むか?」
唐突にミナが聞く。小瓶の蓋を開けハクの方へ向ける。
彼は遠慮する、と首を振った。
「私の血なんて半端だからな。本家ならともかく五分五分ってとこだろう。効いたかどうかは」
そう言って自身で飲み干した。
「ミナ、ローブを脱いだらどうだ?暑苦しいんだが」
「ふむ。そうだな」
と、ローブを脱ぐといつもの黒いドレスが現れた。ただ不思議なことであるが廃校での戦いでローブはボロボロであるのに、見える肌には傷一つなかった。
「吸血鬼は傷の治りが早いんだなやっぱり」
「普通の人間よりはな。私は半吸血鬼だから本家より遅いぞ」
そう彼女は半吸血鬼である。普段はカラーコンタクトで隠している赤い瞳は、相手の瞳を見て魅了したり、また、傷の治りが早かったりするは吸血鬼故の特性だった。
ただ十字架が苦手、聖水が苦手等のよく聞く弱点はない。
もちろん他の住人、桜を除いて誰もこの事は知らない。
「そう言えば」
ハクはふと思い出し口を開いた。
「アイ?の能力は結局何だったんだ?未来視じゃないとか言ってたが……」
ミナがそれを聞いて空を見上げた。釣られて彼も空を見上げる。雲一つない満月と小さな星たちが輝いている。
「流れ星に願いを3回言うと願いが叶う……ていうのを知っているか?」
「……ああ、それが?」
「そういう事だ」
「?」
ミナは詳しくは言わず、ただ不敵に笑うだけだった。




