第42話 夜の廃校②
桜は辺りを常に警戒していた。いやしていたつもりだった。思えば、ちょっとした恐怖心からあの人体模型を直視できなかったが、よく見ていれば分かったのかもしれない。
敵はその背後から躍り出てきた。ギラリと光を反射する剣をその手に持って。
刃はネコを狙っていたが、ユズルが咄嗟に突き飛ばしたおかげで掠る程度で済んだ。
敵はユズルの手から離れたライトを踏んづけて破壊し、再び闇に紛れた。
ライトが消えたことで闇が降ってきた。月明かりがあるとは言え、自由に動くには不十分である。
────姿が見えない
「逃げますよ‼︎」
桜は声を張り上げてネコの手を掴み、部屋の外へ向かった。
引き戸に手を掛けると視界の隅に光が閃き、咄嗟に屈むと敵の刃が空を切った。
────こちらを狙ってきますか……
彼女は引き戸を蹴り破って外に出た。追い討ちをかけるように敵が剣を突き出す。
桜は躱して相手の手首を掴み、横腹を蹴り飛ばした。
相手は廊下の奥に飛んでいくが受け身を取るとそのまま奥に姿を消した。
────またっ⁉︎さっきも気配を感じなかった
気配を消すのが上手い人物と言えばふとハクが思い浮かんだ。
今回の敵は彼と同じ、闇の世界側の人間に違いなかった。
どんな原理で気配を消しているのか桜には分からなかったが、酷くやりづらい相手であることは確認でき、後の3人ではとても太刀打ち出来る相手ではないのも明白であった。
敵の姿は黒いローブを着ているのは確認できたが、顔はフードを深く被っており分からなかった。
────時間を稼がなくては
「め、メイドさん手が痛い」
「あ、すみません」
ネコの手を掴んだままなのを忘れており、慌てて手を離すと彼はドタリと床に落ちた。
「あの、敵は」
ユズルがアイの手を引いて廊下に出てきた。
「強めに蹴ったんですけど、手応えがほとんどありませんでした。姿も闇に溶け込んで見えませんね」
「……僕も戦います」
そう言ってユズルが剣を抜こうとするが桜は手を添えて止めた。
「ここは私が引き受けます。ネコさん、ユズルさんはアイさんを……」
全員で向かって行っても足手まといになりかねない。桜はネコを立たせて背中を押した。
「頼みますよネコさん」
「え、嘘、俺もメイドさんと────」
「敵は1人とは限りません、早く!」
ユズルはそれを聞くとアイとネコの手を引き、反対方向へ走り出した。
「お姉さん!負けないで!」
アイが叫ぶ。
桜はニコリと笑い手を振ると敵が姿を消した方向に向き直った。
ただ向き直った先には、鋭い切っ先が眼前に迫っていた。月明かりにギラリと反射する刃が────。
どこかの3階の教室────
明かりもなく、ろくに周りは見えず適当に逃げ込んだ教室だ。
入り口には咄嗟に思いついた、机を重ねたバリケードを作ってある。
ネコたちは荒い息をしながら壁にもたれかかっていた。
「あの人、良かったんですかね……?」
しばらく呼吸を整えていたユズルがポツリと言った。ネコが顔を向けると月明かりに項垂れているのが分かった。
「そりゃ俺も加勢しに行きてーよ」
────てゆーか2人きりになりたかった
ネコはため息をついて胸ポケットからタバコを取り出し、持っていたライターで火をつけてマスクの口に突き刺した。マスク内にタバコの匂いが充満する。
「けどよ、SSガードマンだし俺らが居ても足手まといにしかならないだろ」
────って大家が確か、メイドさんはSSガードマンって言ってたし……
心配する青年に逃げる理由としてそれっぽくは言うが、ネコはボディーガードには特に興味はなく、メイドの情報も大家から聞いただけであった。
「そう、ですよね……これからどうしましょう」
ユズルは側にいる若い叔母を引き寄せた。アイは不安そうに見上げる。
「ユズル、タバコ臭い」
「ん?いや僕じゃなくてこの着ぐるみが臭いんだ」
「俺は着ぐるみじゃねー!」
ネコはマスクに青筋を立てるが、子供の衛生上悪いと思い、タバコの火を消した。と、ふとまじまじとユズルの叔母を見つめる。
「ん?あれ、ていうかロリー……じゃないお前のばあさんさらに若返ってね?」
「えっ⁉︎」
アイは先程は12、3歳の見た目だったのにいつのまにか幼児の姿になっていた。服もぶかぶかで羽織っている感じに近い。
「え、まじで⁈すげ、マジだったのかよ‼︎」
ネコは珍しいものでも見るように穴が開きそうなほど見つめた。するとなにか危険を感じたのか彼女は羽織っている服を引き締め、彼を睨んだ。
「あ、いや……」
「アイ!未来を見たのかい⁈何か見えた⁈」
ユズルがアイの肩を掴んで聞いた。すると何かを透かすような遠くを見るような視線になり、口を開いた。
「もう1人、来る、黒ずくめの人。ほらそこの今、右上?」
金属音が響いた。
ユズルがアイがそう言った途端に剣を抜き、慌てて身を伏せるネコの上に剣を振るい、襲い来る刃を防いだのだ。
「うおわぁあ!」
ネコは遅れて驚き、尻餅をついた。
青年と敵は少しの間鍔迫り合い、離れる。
「よく気づいたな」
敵の喉元から男の太い声が発せられた。姿は黒いローブにフードを深く被っている。ただ先程の敵よりはやや小柄であった。
ネコは後ろに下がりながら敵を観察し、目を細めた。暗くてよく見えはしないが、シルエット的に長い鞭のような武器を持っているのが確認できた。先程は剣だったと思ったが……。
「ネコさん、おば……アイの事を頼みます」
「え?いやなにを────」
「僕にはこれしか出来ないので……!!」
敵がユズルを無視して潜り抜け、アイに手を伸ばして来る。ネコは寸前のところで少女の襟を引き寄せ離すが、追い打って鞭が襲いかかる。
そこへ木の壁が突如現れそれを阻んだ。
ユズルの刀の能力だ。
敵がユズルに向き直るのを確認したネコは慌てて机のバリケードを少し崩し、変身能力で小柄な猫へ姿を変え、机の下を通って行く。
「何やってんだ早く!」
ふとアイがついて来ず、先程の場所から動かないのを見て叫ぶ。
「ユズルが……」
少女は不安げに震える声をしていた。
────あー!めんどくせぇ!
「だ、大丈夫だ、ほらユズルも強いだろ?それにもう少しで応援も来るからさ」
苛立ちながらもネコは笑顔で声をかける。ただ他者から見ればその笑顔は引きつっていた。
「本当?」
「本当本当、ほら、早く!」
────そうだ、もうちょっとで管理人たちも来る
ネコはほふく前進でついてくる少女を見るとホッと息を吐き、ドアの隙間を広げ廊下へと逃げ出した。




