第28話 トビ
304号室。
ネコはやたら怪しい雰囲気の部屋に冷や汗が流れた。
「な、なんかやばくないか?」
扉には<関係者以外立ち入り禁止>という紙が貼ってある。
「どうせここにはほとんど人いないからそんなの張っても意味ないんだがな」
ネコの視線の先を見て察したのか、管理人が呟くように言った。
「こ、今度はどんなやつだよ、めんどくせえやつはもう勘弁だぜ」
「安心しろ、とびきりめんどくさいやつだ」
管理人が冗談かわからないことを言いネコの顔が青くなった。
頭をかいて管理人はネコが止める間も無くインターフォンを押した。
その場に新居者のネコは固まった。
が、中からは何の反応もない。
管理人がインターフォンを連打するが、誰も出てこなかった。
と、管理人が舌打ちをし、ドアノブ掴んで回した。
扉が開く。鍵はかかっていないようだ。
「お、おい、いいのかよ!」
中に入ろうとする男に慌てて声をかけるネコ。
管理人はそんなネコを見てため息をつき、来い、と手招きした。
ネコは、中へ姿を消す管理人に駆け足で追いかけた。
中に入ると薬品の臭いが鼻をつき、思わず鼻をつまんだほどだ。
棚がずらりと並び、覗いてみるとどれも薬品みたいで名前が全部かいてあるようだ。
────医者か何かか?
奥の方にはまた扉があり、その横には水槽と大きな机があった。
机の上にはノートなどがばらまかれ、消しゴムのカスがたくさん散乱していて、置いてある水槽には魚が泳いでいた。
ネコは机の上にあるノートを覗いた。
「あ?解剖学?……さっぱりわからん」
少し流し読みしたが内容はネコにわかるものではなかった。
「あんまり触ると怒られるぞ。やつは短気なんだ」
管理人がいつの間にか後ろに立っていて、ネコは驚きに声を上げそうになった。
「い、いやーそれにしても広いなここはー!」
驚きを隠そうと大きな声でネコが言う。
「あぁ、……ここは3階の部屋半分ぶち抜きだからな」
妙な間があったが、ネコは辺りを見回した。
適当に言ったつもりだったものの改めて見ると確かに広い。
「つうか医者?」
「医者だ」
ネコはマスクのヒゲを引っ張りながら、へーっと感心した。
「なんかまともそうだ」
────そしてタカりがいがありそうだ
彼はニヤリと笑い、奥の部屋へ通じる扉の前に立った。
────金目の予感
「そこは無菌室、つまりは手術室なんだ。勝手に入らないでくれるかい?」
肩をビクリとさせ、声のした方を見ると白衣を着た男が立っていた。
「あ、悪い、勝手に入った」
「別にいい。君たちは何もしないし、ワザと開けてただけだから」
管理人に顔を向けずに会話し、白衣を着た男性はポケットに手を突っ込み、ネコの方をちらりと見た。
彼もじっと見つめる。白衣を着た男性の髪は黒く、前髪が真ん中で分かれ肩に届きそうな長さで、全体的にウェーブががかっていて白髪混じり。身長は管理人より少し小柄で色黒だ。
そしていかにも疑り深い表情と眼をしている。
「で、このオツムの弱そうな着ぐるみは?」
「き、着ぐるみ?」
ネコは初対面なのに失礼な態度をとられ、眉間にシワをよせた。
「こいつは新居者の……ネコだ」
「……ずいぶんふざけてるね。ヨシキと同じ臭いがする」
────なるほど、こいつにはあまり冗談は効かなさそうだ
ネコは他の住民と比べ、彼が思ったよりまともな思考回路をしていることがわかり、やりにくいなと呟いた。
「こいつは医者のトビ。怪我とかしたら見てもらうといい」
「……見てもいいけど金取るよ?まあ君は得体が知れないから見ないかもだけど」
「……」
「だそうだ」
────だそうだ、じゃねーよ!クソ管理人!
ネコの顔はすでに青筋だらけで、肩が震えていた。
「どーもネコです!」
彼は手を差し出した。握手で貧弱そうな医者の手を強く握って悲鳴を上げさせようとの考えであったが、それを一瞥して管理人の方に顔を向けた。
「そうだ、管理人。傷の具合を見ようか」
無視されてさらに頭に来たが、傷という言葉に注意を引かれるネコ。
「傷?」
「!あ、いや階段から落ちて骨折ったんだ」
それを聞いて吹き出す。
「ドジだなお前!つうか普通階段から落ちてって、ベタだな」
「ははは……」
このやり取りを見ていて、トビがふーん、と、ニヤリと笑みを浮かべた。
「なるほどね。まいいや、で、傷」
催促されて管理人は椅子に座らされて服をめくられた。
ネコは医者の後ろから覗くように見ていたが、管理人のあばらに巻いてある包帯を見て眉をひそめる。
────?普通あばら骨折るか、そうとうバカだな
「うん、もう少ししたら包帯を取っても良さそうだね」
トビは少しの間触診した後言った。
「まじか」
「もう痛みないだろう?次から気を付けなよ、僕だって万能じゃないんだ」
「あ、ああ」
管理人は頭をかきながら返事をした。
ネコはつまらなさそうに欠伸をした。
「うぜーなあの医者、俺を着ぐるみ呼ばわり?殺す!」
ネコが2階への階段を降りながら悪口を言った。
「そう言うな。腕は確かなんだ」
管理人がなだめる。
「け、どうだか」
彼らはそのまま1階へ降りた。
「ここの住人は以上だ。後は適当に仲良くしてくれ」
「りょかーい……て、まだメイドさんのとこに行ってないぜ!」
ネコがそう言うと管理人は片眉を上げた。
「じゃあな」
それだけ言うと行ってしまう。
────まあ、俺がいけなかったし……
ネコは桜を盗撮をしストーカーしていた事に対して処罰等はなく、しかも格安でアパートに入れてくれると言うのだからこれ以上のことはない。
ただ逆に大家の優しすぎる扱いにどこかヒヤリとしたものを感じてはいた。
────しばらく大人しくてなきゃだな
彼は今職は無く、以前働いて稼いだ貯金で何とか過ごしていたのだ。
あまりいざこざを起こさないよう気をつけようと心に刻んだ。
────たかるために
そして
────管理人はいつか殴る
憧れのメイドとの時間はたっぷりあるのだから。




