第18話 何かが居る
────んん……お腹が
深夜。その日全ての仕事を終えようやく寝台に横になった桜の腹部より小さな金切り声が響いた。
日頃よりこなしている仕事であるが、時折その日のエネルギー摂取量を超える働きをするとこういうことが起こる。
彼女はのそのそと起き上がり、寝台から降りた。
撥ねた短い髪を手で梳かしながら部屋に置いてある冷蔵庫を開けた。
────まあ、やっぱりない
冷蔵庫には食品は無く、水のみが1Lのペットボトルに1本だけ側面のポケットに入っている。
グラスに注いで飲むが腹は満たされない。食品はたいていはいつも少しは入れているものの、昨日期限切れで捨ててしまい補充はしていなかった。
桜は寝間着姿のまま部屋を出て円形アパートの廊下に出た。
管理人がすでに天井の節電のため電気を切っており暗い。あるのは空から差す月の光のみ。それも光量は少ない。
壁に手を付いて大きなキッチンへと向かう。
彼女の部屋は1Fにありキッチンよりは少し離れている。足音や気配で起こしてしまう可能性があり、遠い方から回って隣の主の部屋を避ける。
キッチンに入ると臭い消しのフラワーの匂いがした。
────さて、何か簡単に作るかどうか
暗闇の中、手探りで桜は大きな冷蔵庫を開けた。淡い光がさす。
使いかけの材料でチャーハンでも作ろうと手に取っていくが、ふとプリンが入っているのに気づいた。
「あれ、これ……」
買った覚えのないものが入っている。彼女は首を傾げ手に取った。
────大きいやつ
プリンは桜の好物でしょっちゅう自室の冷蔵庫に買って置いてあったりはするが、業務用冷蔵庫には基本置かない。
ましては他に食べる人物などいない。
────つくねさん?
たまに料理を作って欲しい、教えて欲しいと業務キッチンにくる『前原つくね』という関西弁で話す子供がここに住んではいるが、流石に勝手に触ったりはしないだろう。
少しの間考えに首を捻っていたが、きっと自分が忘れているのだと思い、スプーンを手に取って食べ始めた。
美味しさに顔を綻ばせる。
と、ふと背後から何か高く伸びる音が微かに聞こえた。
びくりと桜は振り返った。
背後のキッチンに通じる通路には何も無いはずで先程彼女が通って来た道だ。
案の定暗闇が渦を巻いており、何かの姿も認められない。
歩いている間も背後より特に気配は感じなかった。
────あの人じゃあない
SSガードマンである桜に気配感じさせずに近づくことができるのはここでは管理人くらいしかいない。
しかしこんな時間にわざわざ気配を消して近づく意味が彼女には分からず、彼ではないとすぐにわかった。
だとしたら何か……。
ここのアパートは主が数カ月前に買い取ったものだ。
随分古かったみたいでかなり安価で購入出来たようだった。確かに建物自体はかなり前に作られたものであるが、地盤もしっかりしており、造りも決してそこまで劣化しているわけではない。地震で震度8でも来ない限りはまず崩れることはないはすだ。
つまり何か別の訳があると考えられる。いや今まで頭の隅にやっていただけで思ってはいた。
何か得体の知れないモノが居てもおかしくないと。
桜の背中に悪寒が走り、身震いした。
じっと暗闇を見つめる。彼女は震える拳を固めた。
────砕けないものはない……はず
拳闘ひとつで全てをなんとかして来たが、得体の知れないモノに果たして効くのか。気持ちが揺らぐ。
桜は身じろぎせず何とか息を整えた。
そして暗闇目掛けて跳躍した。彼女の拳が勢い良く壁に突き刺さる。
その瞬間だ。
突っ込んだ壁から床まで50センチもない。そんな所に人なんているはずもない。
だが仄かに光る顔が浮かび上がり、その顔が桜に迫った。
「ひっ」
夜の円形のアパートの廊下に悲鳴が響く。




