第10話 化け物
ハクは壁の薄い箇所を突き破り、溢れてきた光に影を捉えると左の木刀を振った。
すると鈍い音を立ててその場で標的がひっくり返った。
彼は着地し、ミナの姿を探す。
そして見つけると顎で真美子のいる方を示し、動き出した標的に顔を向けた。
体長は約3m、黒い体毛が体を覆い、頭はでかく犬を連想させる。しかし手は長い鉤爪を持ち、尖った歯の間からへビのようにシューっと音を立てていた。
「本当に化け物だな」
ハクはミナの足音が真美子に向かうのを聞いて呟いた。
『許さない許さない!絶対殺す!』
優子の面影もない化け物は鼻面を抑えながら唸った。どうやらそこに当たったらしい。
『貴様がもう一人のやつか!許さない』
化け物が鉤爪を振りかざし、こちらに向かって来た。
ハクは木刀を腰に収め、素早く柄を引き抜く。すると木刀は柄から先が鋭い刃に変わっていた。
化け物が目の前で爪を振り下ろした。
が、そこには何もなく爪がただ地面にめり込んだだけ。
『どこ────』
言いかけて化け物の右腕に痛みが走った。見ると血しぶきが舞っている。
ハクは手を見つめている化け物の背後に回り、尻から背中へ切り上げた。
────硬いな‥‥
うっすらとしか傷がつかない様子を見て、相手の振り向き様に、彼は脇腹を切っ先で切り裂いた。
今度は刃が通り、痛みに化け物が吠えた。
『ちょこまかと鬱陶しい!』
化け物は寄せ付けまいと腕を振り回す。が、ハクは頭を低くして鉤爪をかいくぐり懐に潜り込んだ。
そして右の刀を逆手に持ち替え、飛び上がるように回転した。
左右の刀が下から上に二つ傷を作り、再び血しぶきが舞う。
────浅いか‥‥?
次の攻撃を仕掛けようとしてハクは目の前に着地したが、彼は動きを止めた。
目の錯覚か、突然化け物の腕が太くなったのだ。
ハクは敵が腕を振り上げたのを見て、我に返りとっさに後ろに飛び退いた。
目の前に巨大な塊が振り降ろされ、地面をひびを入れながら揺らす。
と、不意に辺りが真っ暗になった。
ミナの落としたペンライトが壊れたか、今の衝撃で隙間に潜り込んだのだろう。
明かりはハクの持つ、淡い光を放つ刀だけになった。
『あはは、そっか、光さえなけりゃあんたなんてただの鳥ね!』
勝ち誇ったように化け物が笑う声が聞こえる。確かに明かりのない状態では下手に動けない。さらには刀の光で相手からはこちらの位置が手に取るようにわかる。
仕方なくハクは刀を鞘にしまい妖刀の力をおさめた。
唯一の光が消え、闇が降りた。
五感を働かせ、辺りを探る。
ズルズルとかすかに這うような音が聞こえた。
おそらく音を出さないように近づいて来てるのだろうが、図体のでかい身体では消しきれない。
ハクは手探りで先ほど壊して入って来たところを求め、ジリジリと移動し始めた。
這う音は少しずつ近づいてきている。
────嗅覚
ハクは化け物の犬のような顔を思い出した。鼻があるのではどの道分が悪い。
彼は木刀を右手に持ち相手のいる方向に防御用に構えた。
空を切る音が聞こえ、ハクは横に飛びのいた。
すぐに真横から岩の破壊音が聞こえ、間一髪相手の一撃を避けれた。
ハクはすぐに起き上がり相手のいる方を向きながら後退した。
足に何か当たり、転げそうになる。
彼はそれが自分が壊した洞窟の壁の破片だとすぐに気づき、前を向いて駆け出した。
すぐ後ろを足音を隠そうともせずに敵が追いかける。
また空を切る音が聞こえ、ハクは走りながら頭を下げてかがんだ。
ヒュッという音が頭上を通り過ぎた。
ふいに手探りの感触が無くなり、そのまま頭から空いた空間に飛び込む。
そして彼は明かりを求めて走り出した。後ろからは何かに躓き悪態をつく化け物の声が聞こえた。




