第1話 ボディガード
────円形のアパート
「初めて見た」
大都会の端に円形のそのアパートは存在した。
スーツ姿の女性は手に持つ資料に目を落とした。長い茶髪が左右の視界を狭くする。
その資料によるとそのアパートは三階建てで、一回り大きい外周のフェンスで覆われ、入り口は二つ直線上にあった。
────ここで間違いないはず。
ただ資料と違うのはフェンスの内側の庭が雑草だらけなのと、曇りのせいか誰もいないかのような雰囲気である。
髪をかきあげると女性は玄関の前まで行き、扉に手をかけた。
────今時古臭い
ガラス製の扉を引いて開けるとキィッと音がした。そしておそるおそる足を伸ばしてアパートへ入って行った。
暗い。明らかに何か出てきそうな雰囲気だ。管理人は何故電気をつけないのだろう。
そんなことを考えていると、入り口のすぐ右側で蛍光灯の明かりがついた。管理人の窓口らしい。
────よかった。人はいるんだ。
スーツ姿の女性は安堵の息をついて窓口へ向かった。
窓口は小窓のガラスがスライド式になっており、物で散らかってはいるが中は6畳程の空間があった。
そして奥のほうで男が一人、こちらに背を向けて何やら作業をしている。男は淡い水色の繋ぎを着、頭にタオルを帽子のように巻いていた。
「あの、すみません」
スーツ姿の女性は小窓を覗きこみながら声をかけた。
しかし、男は声が聞こえなかったのか作業を続けている。彼女がもう一度声をかけたが気づかない。
────対して音が出る作業でもなさそうなんだけど。
「すみません!」
女性は小窓をガラッと開け、大きな声で呼んだ。
すると管理人と思しき男性はビクリと肩を上げ、振り返った。
「‥‥どちら様で?」
一瞬間を開けて男が口を開いた。
「あの、ここにボディーガードをやっている男性がいると聞いて来たのですが‥‥」
「はあ‥‥」
そう、スーツ姿の女性はここ最近何者かに後をつけられていた。しかし、警察にこの事を告げてもその時に限って尾行がなく、次第に取り合ってくれなくなってしまった。
ランクの高いボディーガードを頼もうにもそんな金はなく(ボディーガードは6段階にランクが分けられており、高いほどかかる費用も上がる)、仕方なく中級クラスのしかも安い人物の元を訪れたのだ。
「えっと、確か名前は‥‥!?」
彼女は鞄から資料を取り出しながら男の方を見て気づいた。
────資料と一致する
改めて資料に載っている写真を見た。格好は作業服で変わらず、身長は170cmくらいで細身な身体、顔の輪郭は細く、眉は整っている。見た目は20前後であるが、ただ少し吊り目の目つきが暗く、良い印象はもたない。
彼女は顔を上げ見比べた。間違いない、格好は違うが本人だ。
彼のボディーガードのランクはA(最下位はAAA、最高位はSSS)
。
「えっとあなたがA級ボディーガードのハク‥‥さん?」
ハクと呼ばれた男は少し驚いたように目を見開いた。
「そうだが、依頼か?」
「はい‥‥あの私最近‥‥」
「あー、話はここじゃアレだし、中で聞こうか」
彼は話を切ると一旦姿を消し、管理人室のドアから出て来て彼女の側へ来た。
そして手招きするとアパートの奥へと歩き出す。
てっきり管理人室で話を聞いてもらえるのかと思ったが、そうではないらしい。
彼女は彼の後をついて行った。
アパートは円形なのでずっとカーブの廊下が続いていて終わりがなく、そしてやはり薄暗い。
「あの、明かりつけないんですか?」
雰囲気に不快感をいだきつづけてたまらず口を開いた。
「今なんか電気の配線にガタが来ててな、危ないから切ってる。業者呼んだから近々直る予定だ」
「はあ‥‥」
────まあ、確かに古そうだしね
彼女は時々見かける小さな亀裂を見て納得した。
「そういえば管理人やってるんですか?ここの」
ふと疑問に思い聞いてみた。
「まあな」
「え、なんで?」
「‥‥単純に金がうまい具合に入らないから‥‥」
「ああぁ‥‥‥‥」
────中級だからといって儲かるわけでもないのか
ふと、少し目の前が明るくなった。顔を上げるとドアから光が漏れているのがわかった。
彼らがその前まで行くとハクがスーツ姿の女性にドアの前で待つように言い、彼は中へ入って行った。
何やら誰かとしゃべっているようだが、耳をそばだてても聞き取れなかった。ただ声の高さから相手が女性だという事だけはわかる。
そして待つこと約5分、ハクが出て来て頭をかきながら手招きした。
彼女はよくわからないまま中へ入って行った。
中は想像より広く、西洋風にアレンジしてあるのか白いテーブルクロスがかけられた長テーブルが中央に配置してあり、明かりはシャンデリアが照らしている。
床には塵すらなく、歩くのがおっかなくなる。
「ふむ、お前が依頼人か‥‥。まあ座れ」
スーツ姿の女性は声のする方を向いた。
そこには金髪の髪を持ち、黒い細身のドレスに身を包んだ女性がテーブルの一番奥に腕組みをして座っていた。そばには小柄なメイドを従えている。
────どこかのお嬢様!?
「あ、あの‥‥座るって?どこ‥‥」
「どこでもいいぞ」
スーツ姿の女性はハクがいる方をチラリと見たが、彼はお嬢様らしき人の側へ行き近くの席に腰掛けた。
仕方なく彼の正面に腰掛ける。
「さて、要点はこの男に聞いてはいるが‥‥」
「あ、あの、こちらの方は‥‥?」
金髪の女性が話をしようとするが、スーツ姿の女は彼女が気になって仕方が無かった。
「あー、‥‥こちらの方は怪奇‥‥じゃない、探偵的な?ものを任せてるミナという方で今回サポートを頼んだ」
なぜだか男の説明がたどたどしいが、なるほどと依頼人は納得した。
「ふむ、よろしく」
「あ、いえ、お願いします!」
「さて、改めて言うが、話は要点しか聞いてないのでな、詳しく聞きたいのだが‥‥えーと‥‥」
「あ、川崎、川崎真美子です」
スーツ姿の女性は名乗った。彼女、もとい、真美子は続けて資料を出し、ミナの隣のメイドを見てどこかで見たことあると思った。
「‥‥っ!?あの、そこのメイドさんはもしかして」
────そうだ、この人SS級の桜って人じゃ
「すまんな、こいつは今私の護衛をしてもらってるのだよ」
彼女の言いたいことを察したミナは肩をすくめた。メイドが申し訳なさそうにお辞儀する。
「そ、そうでしたか‥‥」
この桜という女性、上級クラスのボディーガードで常に客で埋まっているのだ。
────金持ちってやつは
真美子は膝の上で拳を握りしめた。
「さて、本題にもどるが‥‥」
その言葉にハッとなる。
「尾行されているらしいな」
「は、はい‥‥」
「どのくらいから?」
「えと‥‥」
言葉に詰まる。
────あれ、いつからだっけ?
「二週‥‥?いや、確か一ヶ月くらい前からだったと」
曖昧な返答にミナは眉をひそめた。可笑しなやつだと思われただろうか。
「‥‥心当たりは?その尾行とかいうやつの」
正面にいる男が質問した。
「いえ、特に」
「では見たことは?見たなら何か特徴はないのか?」
ミナが聞き彼女に視線を戻した。
「‥‥‥‥一度だけチラリと見たことはあります」
ほぅ、と真美子の発言に期待を寄せるミナ。
────う、なんだか記憶がぼやけてるな
彼女はおぼろげな記憶を掘り起こし、頭に拳を当てた。
「‥‥結構大きくて、人?なんですかね‥‥なんと言ったらいいか」
「もう少し正確に、どのくらいの大きさで音とか、においとか」
ミナが情報が足りないとつけたす。真美子は立ち上がり身体で表現しようとした。
「大きさはこのくらいで‥‥」
両手で囲い、大体の大きさを示す。約2mだ。次に歩調や見た時の動きを真似してみせる。
「においとかは‥‥‥‥少し生臭かったような」
「間近で臭ったのか?」
「い、いえ臭ったというか、漂ってきた感じですかね‥‥?」
「なるほど‥‥」
そう言うとミナは顎に手を当てて何か考える風に目を閉じた。
「‥‥イメージが湧かんな。まだまだ情報が少ない」
探偵お嬢様は立ち上がり、メイドに何か小声で指示を出すと部屋の入り口へ向かった。
「何をしている。早く行くぞ」
────え、どこへ?




