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みぞおちの虫  作者: 松田
19/21

夏休み

足が長くハサミの大きなカニを見て怯えたり、真っ暗な水槽の中のマンボウを怖がったり、かと思うと触れ合いコーナーでナマコを可愛がって、暗闇で光るクラゲに見とれたり。

今日だけで僕は小林さんの色々な表情を見たけれど、足りなかった。

これからまた、どれだけの顔を見るのかわからないけれど、たとえいつまでも眺めていられたとしても足りるような気がしない。

水族館を出て駅で別れると次の瞬間にはもう寂しくなっている。

家に帰って風呂に入ってもご飯を食べても布団に入ってもいつまでも彼女の顔がちらついた。

今日だけの気の迷いかもしれないと思っていたが次の日も、また次の日も同じように彼女のことを想った。

毎日ラインをしていても飽きないし大学で会えると自然と嬉しくなったけれど幸せと言うには物足りなかった。

一人で考えても一つの結果しか導き出せないので田中に話しても同じ答えしか導き出せないので話すだけ無駄だった。

「勘違いだったら悪いけど小林さんもお前のこと好きなんじゃないか?」

「どうしてそう思うんだ?」

「なんかあの子を見てるとそんな感じするよ。見たところ他の奴にも心開いてないみたいだし」

確証のない答えですら今の僕を喜ばせる。けれどその妄想すら勘違いだと気が付いて傷つく前に僕はなんとか振り払っているうちに、気がつけば夏休みも終盤に差し掛かっていた。

田中と三人で花火を見に行った以外で小林さんとは一度も会えずに大学で出されたレポートとバイトに打ち込んでばかりいたことに気がつくと少しだけ後悔した。

「いつ告白するんだ?」

何度も田中に急かされてはわからないと答えていた。

なんでか毎日続く小林さんとのラインのやり取りでも取り留めもないことばかりを話した。

すると何も進展しないまま時間だけが過ぎていった。

やっぱりいつの間にか時間の流れが早くなっている。

何度と感じたことを今またかみしめる。すると不思議な勇気が体のどこかから沸き上がってくるのを感じ、気がつけば彼女を八月の終わりの花火大会に誘っていた。

返事が返ってこない間は不安で仕方ない。

僕は夏休みのレポートの課題が全く進められず、気分転換にお茶を飲もうと湯を沸かすとそれをそのまま流しに捨ててしまったり、冷凍のグラタンをたべた後に何故かゴミを洗濯機に放り込んで洗濯したりして慌てて取り出してゴミ箱にいれたりした。

確かに気分転換にはなった。けれどやっぱりレポートが進むことはなく、少しイライラしてきてパソコンを終了した。

けれどそれが良くなかった。

ケータイ以外に意識を向けるものがなくなってしまい、ほとんど十秒置きくらいにラインを開いては閉じていた。

夜の十時を回る頃になってやっとラインの返信が来たのを見ると僕は考えるより先にケータイを握ってラインを開く。花火大会の誘いが受け入れられたのを見ると気分が盛り上がり、ほとんど勢いでパソコンを開いてレポートを書き始めると面白いように進んで、終わってみると朝になっていた。

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