田中抜きで
「ごめん、急にこんなこと言い出して」
「ううん、別にいいよ」
家に帰り、お互いに寝る前の準備を済まして床についてから電話をかけたが、僕は話すことがあるから誘ったわけじゃない。
正直田中と楽しげに話すのを見ていられなかったからだった。
小林さんと電話で通じることで、少しでも田中より優位にたっていたかったからだった。
田中が僕らの間に加わることで、僕はようやく小林さんが見えた。そしていったん目に入ってしまうと、今度は目が話せなくなった。
小林さんを見つけてからそう感じるまでにあまり時間はかからず、むしろストンと恋に落ちた。
気がつけば必死で彼女の中に僕は入り込もうとした。そこには駆け引きもへったくれもなく、ただ必死で自分の存在をアピールする毎日。
やろうと思ってやっているんじゃない。彼女が近くにいると体が、頭が暴走してしまい僕にはどうしようもなくなる。
今だってそうだった。ただ田中より自分を見て欲しいがために彼女に電話をかけている。
だから話すことはとくにないし、浮かんできもしない。
「今日楽しかったね」
頭をフル回転させてこの程度の言葉しか出てこなかった。
それでも頑張って家で飼っている犬のこと。お母さんにうんざりして家を出たいこと。小林さんの印象が最初よりずっと柔らかいこと。色々話してみたけれどどれもせいぜい二三言で片付いてしまった。
いつもならスラスラと言葉が出てくるのに、今全然話せていないことが僕には不思議だった。と同時になんだか惨めだった。
「今日田中君いた方がよかった?」
突然小林さんが聞いてきた。
「どういうこと?」
「あたし達付き合ってないのに最近坂井君とばっかり遊んでるなって思ったらちょっと変に意識しちゃって。なんか後ろめたい気がしたから今日は田中君も呼んだんだけど」
「後ろめたいって誰に?」
「わからない。多分、坂井君に」
意外だった。
「僕に?僕がいつ小林さんを迷惑がった?」
「そう言う事じゃなくてね。あたしにも良く分からないの」
「だから田中を入れた。僕との緩衝材のために」
「うん」
「じゃあ小林さんは田中を好きなわけじゃないんだ」
「え?」
「この前からもしかしてそうなんじゃないかと思ってた。今日も小林さんが田中をいつの間にか仲間に入れてて、少し不安だった」
「そっか。うん、田中君は好きじゃないよ」
じゃあ僕は?そう聞いてみたかったけど怖くて聞けなかった。結局僕は別に田中のこと好きじゃないのかと当たり障りのないことを言ってしまうのだった。
「それじゃあ、今度は二人で遊びに行かない?田中抜きで」
「わかった。いつにする?」
「それじゃあ、明日とか。丁度お互い講義ないし近くの水族館にでも行かない?」
それじゃあ早く寝ないと起きれないよ。もう寝よと言うのでわかったと言って電話を切ろうとすると彼女は待ってと言う。
「繋げたままにして」
恥ずかしさからか、そう言った彼女の声は小さく震えていた。




