記憶のない少女
彼女は自分が何者か知らなかった。
あらゆる生き物にあるはずの記憶、その一部が抜け落ちてしまっている。
抜けた部分を思いだそうとしても真っ黒い暗闇が広がり、古くなった木材のような匂いに阻まれる。
――ここはどこ?
――私は誰?
ありきたりで今や古典的とさえ思えるようなセリフにさえ彼女は答えを持たない。
覚えていることから過去を辿ることもあった。
人間であること、女であることなど記憶の欠片は決して少なくはないもののどれも曖昧でどこか自分のことではないような気がするものばかり。
しかしその中で一際目立つ欠片達があった。
暗闇が突然消え明るくなり、思わず閉じた瞼を開くといつも違う顔の女達に覗き込まれる。
記憶の欠片の中にいる女達は話し方や顔つき、体格などから考えると皆、いつも違う人物のようだった。
「可愛らしいお顔じゃない」
「ホントね」
皆笑っていた。
皆最初は楽しそうに笑っていたのだ。
しかしその笑い声が長く続くことはなく、いつも最後は悲鳴で終わっていた。
赤く染まった部屋の中に一人で座り込みどうしていつもこうなのかと嘆き叫び記憶の幕が降りる。
細部の違いはあるもののこの記憶は何度も繰り返された。
――この記憶は何なのか?
自らに尋ねても終始傍観者の彼女は答えを持ち合わせていない。
そしてまた新しい記憶の欠片が彼女の中に加わろうとしている。