離縁状
ポツリと言葉が漏れてしまう。
「寂しくなりますわね…。ロウト様」
「ん? 何かね?」
「ローレントは公爵家の者でなくなった後。どのように生計を立てていくのでしょうか?」
「さあな。一応の気持ちとして金は持たせるが…それもすぐに使い果たしてしまうだろうね。金のある生活から落とされるのは初めての経験だろうし、自力で生活をしていけるかどうかは分からないね」
「私は、手助けをしない方がいいでしょうか?」
駄目だとは分かっていながらも一応は聞いてみることにした。
それがローレントを駄目にしている原因だと知りつつも。
きつく服の裾を掴んで言葉を待つ。
「駄目だよ。それでは罰にならないからね」
「そう、ですよね…。でも彼の事ですから新しい恋人の元に転がり込みそうですけど」
「ははは。案外そうかも知れなんな。あれは昔から妙に女に好かれていた。君には好かれなかったようだがな」
「…ふふふ。私の趣味が悪いだけですから、彼は悪くありませんわ」
マリーの趣味を知っているロウトは苦笑を零すしかない。
初めて会った時、マリーは幼いながらも精一杯背伸びをして「お嫁さんにして下さい!!」と飛びついて来たのだ。
ロウトが妻が居る身である事を話すと至極残念そうな顔をしたが、妻と楽しそうに話している姿を見ているうちに彼女が本当に好きなのは自分のような初老の男であることに驚いたものだ。
今でもロウトは妻とその時の話をする時がある。
可愛らしい子供の精一杯の背伸びに二人は未だに笑みが零れてしまう。
大きくなるに連れて彼女は一層その美貌に磨きをかけていたが、趣味の方は変わっておらず、社交界に出てもつまらなそうな顔ばかり。
時折ロウト夫妻が顔を出す時だけは満面の笑みを見せてくれるが、肝心の彼女目当ての若者相手には笑顔は発揮されないようだった。
ローレントとは年が近い事もあり、昔から仲良くしてくれていたが、どうしても友達以上の関係には発展しなかったのが残念だ。
ロウトは内心の感情を押し殺し、マリーに一枚の紙を手渡した。
「離縁状だ。私達はすでにサインをし終えたし、君のご両親にもすでにサインを貰っている」
「……後は私がサインを書くだけ、ですか?」
「そうだ。ローレンスには私からサインを書くように言っておく。このような書状など必要は無いのだが、妻が形式上とは言え欠かす事は許さないと言って来てなぁ」
「そうでしたの。でも、離縁状が無くてもすでに離婚は成立しているのでしょう?」
ふわりと笑みを浮かべるマリーを好ましく思いながらも、どうして家の馬鹿息子はこんなに素敵な女性を捕まえておけなかったのだと悔しくなる。
貴族の中でも極少数しか知らない離婚に関する決まりがあるのだ。
※ご静読有難う御座いました。