雪景色
ふわふわと粉砂糖のように淡い雪が降っている。
上を見上げれば白い花が舞っている様にも見えるのが不思議だ。
浅く積もった雪を踏みしめながらマリーは村長の家を目指していた。
地方巡回を繰り返す商人は宿の無い地方に来た際、村長や民家を間借りする。
今回訪ねて来ている商人達も村長の家に間借りしているそうだ。
商人は三人で、連れている奴隷の数は20人。
体力の無い女性は連れておらず、働き盛りの15~50歳程度の年齢層の男性を連れて各村を回っているそうだ。
マリー達が管理している領地はそれほど広くは無い。
人では無い母と結婚した父には領地があまり与えられなかったのだ。
先祖代々守ってきていた領地のほとんどは父の兄弟がまとめている。
人外の者と結婚した父に世間の目は冷たかったが、父の家族は温かく迎えてくれたと言う。
マリー自身は直接叔父や叔母に会った事は無いが、折りに触れて季節の便りなどが欠かさずに送られて来る。
親戚の目は厳しいが優しい家族や領民のおかげで私生活は満ち足りている。
狭い領内に村が転々と存在していて、身体を壊した父の代わりにマリーやエリーゼが領地を周る事が多くなってきた。
人外の存在である母娘を領民は戸惑いながらも受け入れてくれている。
それはとても有りがたい事なのだ、と都会に行って身に染みて理解できた。
「こんにちわ、村長さん」
「おや、マリー様。お加減はいいんですかな? 随分と身体を崩していらしたようですが…」
長期に渡って部屋に引きこもっていた娘の事を両親は領民達に「風邪をひいて寝込んでいる」と伝えてくれていたようだ。
母から聞いていたマリーは適当に話を合わせながら村長に商人の事を尋ねた。
「お蔭様ですっかり良くなりましたわ。寒い日が続きますが大丈夫ですか?」
「ああ。大丈夫ですよ。この間も侍女さんが来てくれましてね。屋敷で使わなくなった丈夫な布やら何かを持って来てくれましたからなぁ。おおっ。そう言えばマリー様。今日はどういった用事ですかな?」
「村長さんの家に商人の方がいらしているとか。少し会いたいので案内を頼めますか?」
「そうですか、そうですか。では、どうぞ此方へ。片付けも何もしとらん部屋で申し訳ないですなぁ」
「気になさらず。畑の方はどうですか? 確か土壁で覆われた家の中で作物を栽培しているとか」
「はいはい。今年は例年よりも寒いおかげで冬野菜の出来がいいですなぁ。収穫時期が来ましたらマリー様にもお知らせしますよ」
「ふふ。楽しみにしていますね」
貴族でありながら領民と共に畑作作業に精を出しているマリー。
同じ貴族からは白い目で見られるが、領民からは温かく受け入れられている。
農民と作業を共にしているだけあってか、季節によっての税の上がり下がりが大きいのがこの領地の特徴だろう。
作物が多く取れる季節には少々割高な税を納め、寒く厳しい冬は納める税が少なくなる。
領民と貴族の距離が近いからこその税金だと言える。
貴族が近い事で更にいいことが(この領地限定で)ある。
魔族であるマリーやエリーゼの魔法で年中作物を収穫できる場所を幾つか作っている。
小さな範囲しか継続して魔法を使い続けられないが、食物の乏しい冬でも収穫が出来るのは大きな利点だ。
領内に存在する村に一つずつ魔法のかけられた小屋が存在している。
「一定の温度の保つ」魔法と「固定化」の魔法によって小屋の保護と、作物の生長に必要な温度を調整している。
外は吹雪いていても小屋の内部は暖かく、夏や春の作物が良く育つのだ。
昨年から試してはいるのだが、初めの頃は失敗続きだった。
幾つもある小屋の魔法を上手く維持できず、ほとんどの小屋が冬の寒さを乗り越えられなかった。
此処最近になってようやく上手な魔法の維持の方法が分かってきた。
村長と話している今も魔法は使い続けているが、特に疲れは感じない。
「商人達の様子はどうですか? 騒ぎ等は起こしていませんか?」
村を巡回している商人達が全員が全員良い人だとは限らない。
面倒事を起こして周る愚かな人も少なからずいるのだ。
武力を持たない村人は抵抗も出来ない。
望まぬ事を強いられる村人の代わりに彼等を守るために貴族がいるのだ。
「大丈夫ですよ。大人しい方ばかりなので此方の方が気を使われてますよ。…あ、此方です。マリー様が来られるのは二度目ですな。ようこそ我が家へ」