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魔王の村長さん  作者: 神楽 弓楽
三章 
96/114

94 「村長と領主の裸の語らい」


「ん、朝か……」


 朝日が昇る少し前、いつものように目が覚めた。


 お腹辺りが妙に温かい。


 毛布を捲ってみると、ラビリンスと幼竜がお腹に両側から抱きついていた。すやすやと安心したように眠るラビリンスと幼竜を見ていると、笑みが零れた。

 

 幼竜は、ベッドの傍に籠に毛布をたっぷり敷き詰めた専用の寝床が用意してあったのだけど、いつの間にか抜け出してたみたいだ。そちらに視線を向けると、こちら側に横倒しになった籠が目に入った。


 このまましばらく……とも思ったのだけど、そっと腰に回っていたラビリンスの腕を剥がして、ベッドから這い出る。


 その際に幼竜が目を覚ましてしまった。頭をもたげた幼竜はこちらを見上げると愛くるしい鳴き声を上げた。


「キュルルゥ」


「しー、2人が起きちゃうだろ」


 俺は口元に指をあてて、静かにするように言った。

 とは言っても、まだ幼いのでこちらの言葉は理解できていない様子だった。

 

 幼竜はこてんと首を横に倒し、そのまま体勢を崩してベッドの上にぽすっと横に倒れた。


 起き上がろうとじたばたともがいたので、抱き起こした。

 腕に抱いた幼竜は頭をもたげてこちらを見上げると、パクパクと口をしきりに動かした。


 これは食事の催促の仕草だ。


 抱いた手の指に魔力を集中させながら差し出すと、ぱくっと咥えた。幼竜がおいしそうに指から漏れ出る魔力を嚥下していく。


 空いた手でラビリンスに毛布を掛け直す。



 しばらくすると、満腹になったみたいで幼竜が指から口を離した。


 お腹が膨れたらまた眠くなってきたみたいで腕の中でうとうととし始めたので、幼竜の寝床の籠を起こして、そこに毛布を敷き詰め直して入れた。幼竜は、籠の中でもぞもぞと動いて位置を調節すると、丸まってすぐに吐息をあげ始めた。寒くないようにそっと上に毛布を被せた。


 幼竜がちゃんと寝たのを確認し、そのまま静かに部屋を出ていこうとすると、ベッドの方から呼び止められた。


「カケル……どこにいくの? 」


「あれ、起こしちゃったかな」


 振り返ると、天狐が体を起こしてこちらを見てきていた。パジャマが少しはだけてほっそりとした色白の肩が露わになっていた。


「ううん、私も少し前から起きてたから……」


 そう言って天狐は肩にかかった金髪をかき上げ、パジャマの乱れを直す。薄闇の中で天狐の金色の髪は妖しく輝いていた。


 その優雅で妖艶な仕草に女性らしさを感じて、ドキリと鼓動が跳ねた。



 気が緩んでいると天狐たちの何気ない仕草にドキリとしてしまう。気を引き締めないと。


「ちょっとトイレに行ってくる。あと、お風呂に入れそうなら入ってこようと思ってる。だから、戻ってくるのは少し遅くなるかも」


「朝から? そんなに汗をかいたの? 」


「いいや、折角だから朝風呂も堪能してみようと思ってね。リラックスできるし」


「そう。いってらっしゃい。私はラビリンスが起きるまでここにいるわ。幼竜の面倒は任せて」


「ありがとう天狐。ゆっくりお休み」



 天狐とそんなやりとりを交わして俺は部屋を出た。



 廊下の突き当りにあるトイレの内装は貴族の館らしくとても華やかだった。

 そこに用意されていたトイレは、村と同じ汲み取り式の洋式のトイレだった。村のと違う点を挙げれば、横の壁に取り付けられたスイッチのような丸い金属板に触れると自動で水が流れ出すことや拭くものとして、葉っぱの束ではなく、淡い緑色の紙の束が用意されていることだろう。


 丸い金属板に触れると、少しだけ魔力を吸収されたので魔道具の一種なのだと思う。紙は気になって【鑑定】を行ってみると、あの葉っぱを材料に作られたものであることがわかった。


 どちらも面白い発想だと思った。便利なので、村に帰ったら試作してみたい。




 お手洗い用に用意された石の器に張られた水で手を洗って水気を切って、外に出ると扉の前でメイドさんがタオルを持って立っていた。


 

「カケル様、おはようございます。こちらをどうぞ」


「え、あっ、おはようございます」


 まさかメイドさんが待っているとは思わなかった。

 ビックリしながらも礼を言ってタオルを受け取り、手を拭いた。



「どうして僕がトイレにいるとわかったんですか? 」


「カケル様がお泊りになられた隣室で待機しておりましたので、カケル様が部屋を出たのがわかりました。トイレに向われたようなので、こうしてタオルをご用意してお待ちしておりました」


 もしかして寝ないでずっと待機してくれていたのか?


「いえ、何名かの者と交代でしております。お気になさらないでください」


 表情に出ていたみたいでメイドさんは柔らかく微笑んで答えてくれた。


 24時間体制なんてすごいな。俺が部屋を出た時に隣室のドアが開いた気配はしなかったから音で気づいたのかな?


 目の前のメイドさんの頭部に目を向けると灰白色の獣耳が生えていた。やっぱり、獣人は五感が鋭いのかな。


「カケル様、何かご要望はございますか? 」

 

「朝でもお風呂に入れると聞いたのですが、今から入ることはできますか? 」


 ちょうどいいと思って尋ねると、メイドさんはきょとんとした風に目をパチクリとさせた。


 え、何ですかその反応?


「かしこまりました。すぐに準備をさせていただきます」



 断られるかと思ったけど、一拍おいてメイドさんは了承してくれた。


 メイドさんの反応からして、もしかしたら朝風呂はあまりしないのかもしれない。


 悪いことをしたかなぁと俺は思いつつ、メイドさんに案内されて浴場に赴いた。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 浴場についてからメイドさんが担当の人を呼んでくるのを待っていてください、というようなことを言ってきた。


 しかし、担当の人というのがあの浴場で待機していたメイドさんたちのことを指しているのだとなんとなく気付いた俺は、丁重にお断りさせていただいた。


 折角の朝風呂なので、一人でゆっくり入れるならそうしたかった。



「はふぅぅ」


 やっぱり、朝に入る風呂は格別だ。体に残った眠気がお湯の温かさで体から溶け出していくようだ。



 お湯は換えずに使っているみたいで少し汚れていた。ほんの僅かではあったけど、こういう時、高性能な体が仇となってよく視えてしまい、気になったので水魔法を行使して湯舟の汚れを集めて外へと流した。


 ラビリンスとの特訓のお陰でこの程度の規模であれば呪文(スペル)に頼らない魔法が使えるようになったのは、ちょっと嬉しい。


 楽しくなってきて、意味もなく水面から水球を浮かび上がらせたり、波を作ってみたりする。



 あ、これ。子供たちの前でやってあげると喜ぶかも。



 そんなことをしばらくしていると、脱衣所から物音がして誰かが入ってきた。



 もしかしたらメイドさんたちかな。

 必要ないとは伝えたけど、やっぱり駄目だったのかもしれない。



 もしそうだと考えた時の気恥ずかしさから、体を隠すように俺は口元まで湯に浸かった。



「おや、先客がいたみたいだね」



 入ってきたのは、トール様だった。



「ごふっっ!!? 」



 思わず息を呑んだ俺は、湯が気管に入って盛大に咽た(むせた)。湯のフローラルな芳香が鼻奥で広がってつらい。



 トール様は湯舟の中で咽る俺を一瞥して苦笑を浮かべた後、洗い場に向ってお1人で体を洗い始めた。


 湯着を着たメイドさんが脱衣所から出てくる気配はない。


 この日の出前の浴場内には俺とトール様の2人しかいなかった。



















 はっ!?

 あまりの状況につい思考を放棄してた。


 


 え、何この状況。

 改めて考えても、どうしてこうなったのか分からなかった。


 ここって別館だよね? 別館ってことは本館あるよね? トール様って本館に住んでるんじゃないの? 何で別館の浴場に入ってきたんだ? しかも、こんな日も出てないような早朝に狙ったかのように。



 分からないことが多すぎて、トール様が何故ここにいるのか自分には導き出せそうになかった。

 

 いや、そんなことより、ここからさっさと出てしまおう。



 俺はそう思って、ざぶざぶと湯を掻き分けてお風呂からでようとした




 ――ところで、体を洗っていたトール様がこちらに振り向いた。



「おや、カケル殿はもう出るのか? 」


「っ、ええ、まぁそろそろ出ようかと……」


 不意に声をかけられて、心臓が飛び出しそうだった。


「少し待ってはもらえないか? この機会に少し話を聞きたい」



 そう言われると、否とは言えなかった。


「……はい、わかりました」


「うん、もう少しで体を洗い終わるからそれまで待っていてくれ」


 脱出を諦めた俺は、再び湯に浸かった。


 あんなにも心地よかった朝風呂は、今やとても居心地の悪いものとなってしまっていた。



 しばらくして、体を洗い終わったトール様がこちらへとやってきて湯に浸かった。


 トール様の体つきは、意外にも鍛えられていて筋肉質で見えるだけでも体の至る所に古傷が残っていた。特に腹部と右肩に大きな傷痕が残っていた。


 前にバッカスさんが、トール様はお家騒動で当主の座につくまでは冒険者をしていたという話をしていたのを思い出した。


 そんなことを考えていると、じっと傷痕を見ている俺の視線にトール様が気づいた。


「もしかして、傷が気になるのか? 」


「あっ、いえ、無遠慮な視線を送ってしまってすみません。私も仲間との鍛錬でよく傷だらけになってしまうので、つい……。えっと、そのすみません」


 言われて、その行為が失礼だったかもと思い至り、俺は慌てて謝った。それをトール様は笑って流してくれた。


「そんなに畏まる必要はない。ここは浴場で我々は裸だ。世俗の身分など忘れて同じ男同士、気楽に語り合おう」


「は、はぁ……」


 トール様の言葉にどう答えたらよいかわからず、俺が曖昧な返事を返すと、トール様はふっと口元を緩ませて思わずと言った様子で笑った。


「いや、すまない。実はこれは私の言葉ではなくてな。友人に私が言われた言葉なのだ。その時の私も君のような反応だったのでな。つい笑ってしまった。すまない」


「い、いえ、大丈夫です」




 それから俺は、トール様と話した。


 トール様は、謁見室や食堂の時よりも気さくに俺と接してくれた。

 世俗の身分など忘れて……という言葉は、友人の受け売りという話だけど、トール様自身もそちらの方が楽という印象を受けた。


 トール様は、仲間としたゲーム時代の旅の話というよりは俺自身の話が聞きたいようで、親は何をしているのかとか、生まれ故郷はどこだとか、師はいたのかなどを色々と聞かれた。


 出身は島国で、親もテイマー。親が師だったけど本当に基本を教えてもらっただけで後はほとんど独学で、旅の最中に知己を得たテイマーに教えを受けたりすることが何度かあった。 

 などと、適当に(うまいこと)答えた。


 一応、これは『モントモ』でプレイヤーが最初にチュートリアルを受けた時の設定なので、その場ででっちあげた嘘というわけではない。


 そして、トール様が、何でも聞いてくれてかまわないという態度だったので、「どうして、別館の浴場を利用されているのですか? 」と気になっていたことを聞いたら、「か……いや、手間がな。かかるからな」と何か含みのある言い方をされた。


 あ、これ聞いちゃいけない話だと思い、「ええっと、いつもこんな早朝に入られているのですか? 」と話題を変えたら、「そうか。もう深夜と言える時間ではないのだな……」と遠い目をされた。


 これも聞いちゃいけない話だったと俺は大いに焦った。幸い、トール様は苦笑を浮かべるだけで気分を害した様子はなかった。


 トール様は、ついさっきまで徹夜で書類の決裁をしていたそうだ。

 これから始まる農作物の収穫に合わせての徴税関連の書類に加えて、ここ最近で立て続けに起きた騒動関連の書類の処理に追われているそうだ。何でも、お家騒動の後処理で綺麗に掃除をしてから慢性的な人手に陥っているそうだ。


「税処理の計算や公式な文書を書ける文官ともなると、学校出の者くらいしかいなくてな。なかなか人手不足が解消できない。これが武官であれば、傭兵や冒険者からも選択する余地があるのでなんとかなるのだけどな」


 そう言って疲れたように笑っていた。


「そう言えば、トール様は前に冒険者をやっていたと聞いたことがあるのですが、本当なのですか? 」


「ああ、本当だ。と言っても活動していたのは、この辺りではなくて、王都だったが」


 本当にそうなんだ。


「貴族でも冒険者になったりすることがあるんですね」


「いや、あまりない。三男、四男が成功を夢を見て、ということもあるが、冒険者は危険も多く泥臭い仕事だ。それを嫌う貴族は多い。それよりも騎士に憧れ軍門を叩く者が多い。私の場合は、母親が冒険者だったんだ。庶子として認められて学校にも行かせてもらえたが、父の正妻が私を嫌っていたのでまともな職にはつけそうになかった。だから、学校を出たらそのまま冒険者になった。多少腕が立ったので、それなりの暮らしはできていた」


 そう話すトール様は、どこか昔を懐かしむように天を仰いでいた。

 

「そう言えば、カケル殿たちは、突発的な転移のせいで、この地に飛ばされた直後はほとんど着の身着のままだったという話だが、真か? 」


「ええ、はい。見事なまでにすっからかんで、逆に笑ってしまいました。これで仲間たちとも離れ離れになっていたら、私はきっとここにはいなかったと思います」


 このハイスペックボディなら大抵のことはなんとかなりそうな気もするけど、転移直後の精神状態で仲間たちがいなかった時のことを考えると、悲嘆にくれたりして、ろくに動けなかっただろうし、ましてやレナ達を助けて、盗賊を討伐しにいくなんてことは出来ていなかったと思う。


「旅の時もそうでしたが、私一人の力ではどうにもならないことを仲間と力を合わせることで乗り越えてきました。今回の転移の一件も、その後の盗賊の一件も仲間の惜しみない協力があったからこそ私は成し遂げることが出来ました。モノはまた作っていけばいいと思っています。それくらいで仲間と離れなくて済んだと思えば安いものです。本当に心から仲間と離れ離れにならなくてよかったと思っています」


「なるほど。彼らこそ、カケル殿の宝というわけか」


「そうなりますかね」



 優しい目で微笑まれたトール様にそう返され、俺ははにかんだ。

 なんか、こういうことを真面目に言うのは気恥ずかしくて、それを誤魔化すように俺は口元まで湯に浸かった。




「ところで、カケル殿。ルミネアがカケル殿に求婚をしてキスをしたと報告があったのだが、これは? 」


「ごふっっっ!? 」


 このあと、トール様に滅茶苦茶弁明した。


 




 必死に弁明をする俺の頬を撫でるようにひゅうと風が吹いて換気口から出ていった。

 


トール様は、一本かけるくらい割と波乱万丈な半生を送ってきてます。



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