92 「村長、領主との会食」
執事のジェスターさんに案内されてみんなで揃って食堂へ行くと、そこにはルミネアさんとルデリックさんの姿があった。2人とも鎧を脱いで、ルミネアさんは青白いドレスを、ルデリックさんは黒いスーツに着替えていた。
「おっ、きたか。よく似合ってるじゃねぇか。嬢ちゃんたちもドレスがよく似合ってる。ますます村人に見えなくなるなぁ」
「うむ。母上や愚兄たちが観賞用といって着れもしないのに溜め込んでいた服を相応しい者たちが着ているのを見るのは何度見ても良いな」
2人は着飾った俺たちを見て口々に感想言ってきたけど、その中でルミネアさんの感想に聞き逃せない言葉が混ざっていた。
「えっ、この服って元はルミネアさんのお母さんやお兄さんの服だったんですか? そんな高そうなものをいいんですか? 」
「構わぬ。どうせあ奴らが着ていたわけではなかったからな。着れもしないのに作らせて、完成したものを観賞して虚栄心を満たす為だけのものであったからな。相応しい者に着てもらうのが服たちも本望だろう。金を取るなどとケチ臭いことは言わん。言わせん。それも褒美と思って取っておけ」
ルミネアさんの男前な発言にルデリックさんが苦笑した。
「それを決めるのはトール様なんだが……まぁ、カケルたちのやった功績を考えればこれくらいのことは気前よく寄こしてくれるだろ」
観賞用の衣装というのはよくわからなかったが、問題ないと言われて俺はほっと胸を撫でおろす。
しかし、ドワーフや翼人用の衣装まで観賞用で作らせているのか……。
スライム風呂と言い、貴族様の娯楽はよく分からないものが多いな。
そんなことを考えつつ、メイドの人に案内されて席へとついた。
どうやら、俺の席は指定されているようだった。右隣には天狐が座った。幼竜は左隣の席にメイドさんがクッションを用意してくれたのでその上に乗せた。
ちなみにルミネアさんとルデリックさんは、長テーブルの対面に座っていた。
席に座った俺たちに希望の飲み物が配られていると、当主のトール様がラクイーネさんを連れて食堂に入ってきた。ラクイーネさんは先程のスーツ姿から変わっていなかった。
これで出席者が全員揃ったみたいでメイドさんたちによって食事が運ばれてきた。
食事の方式はコース料理のように順序だって料理が運ばれてきた。
運ばれてきた料理は、緑色の濃厚な風味のポタージュスープ、香辛料を混ぜた刻み肉をパイのような生地で包んでパリッと焼いたミートパイ、バトルコッコの丸焼き、両面を狐色に焼いた肉饅頭、ワイバーンのステーキだった。付け合わせのパンは、もちもちとした白パンだった。
白パンは、製粉した小麦粉を100%使っているのだろうと思わせる白さだが、地球のパンとは違ってふっくらとはしていなかった。
発酵させていないのかな?
焼きたてでもちもちとした食感は、個人的に好きだった。子供たちにも好評だったようで、特にアッシュが何個もおかわりをしていた。
エルフの里で振舞われた果物と野菜中心の料理とは違って肉尽くしだったが、仲間たちはペロリと平らげていた。子供たちは少なめに盛りつけられていたとはいえ、見事に完食していた。ルデリックさんはもちろん、トール様やルミネアさんも残さず食べていた。
食べ方はルデリックさんやトール様の見様見真似ではあったけど、あのルデリックさんがちゃんと礼儀作法に則った洗練された所作で食事を取っていたことが驚きだった。野営の時は手掴みで食べたりしてたのに……。やればできるというのは本当だったのか。
「カケル殿、我が家の食事はどうであったか? 」
「この国の料理を口にするのは初めてでしたが、どれも大変美味しかったです」
「そうか。口に合ったようで何よりだ」
トール様は、少し口元を緩めて笑みを浮かべた。
メイドさんが空になったグラスに追加の赤ワインを注いでくれたので口につける。ワインなんて日本にいた頃は、VR空間の中くらいでしか飲んだことがなかったけど、このワインは口当たりがよくてフルーティな香りが個人的に気に入っている。
「ところで、明日の予定であるが、そちらに問題が無ければ此度の騒動の一件でパラミア神殿にご同行してらもいたいのだが、構わないだろうか? 」
神殿というとこの子のことだろう
「はい、大丈夫です。同行するのは全員でしょうか? 」
「いや、カケル殿と竜の赤子が同行してくれるのなら他の者は別に構わない。ああ、そう言えば、観光も兼ねているのだったな。希望するのならば街の案内に人を手配しよう」
「お気遣いありがとうございます」
トール様の折角の気遣いを無碍にするのも失礼と思い、俺はその好意に素直に甘えた。初めての大きな街なので、案内役の人がついてくれるのも助かるという思いもあった。
明日は俺は神殿に行かなければならなくなったけど、その間、他のメンバーは街の観光になるのかな。
それからしばらくトール様と会話を重ねた。
旅の話をルデリックさんみたいに求められてゲーム時代の話をいくらかしたり、神殿で盗みを働いた【竜の咢】盗賊団を捕らえた時の顛末や【夜鷹の爪】の残党が辺境で起こした惨劇を話をすることになった。
「報告として聞いていたけど、そんなことになっていたのか……っと、このような場でする話題ではなかったか。カケル殿、改めて我が民を救い、守ってくれたこと感謝する。此度の滞在中で何か困ったことがあれば何でも申してくれ」
「あ、ありがとうございます」
礼を言うと、トール様は優しく微笑みながら頷かれた。この地の領主がここまで気遣いをしてくれるほどの過剰な歓迎に内心、ビクビクしつつも俺は邪険にされていないことに安堵していた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ふぃー食べた食べたー」
会食が終わって寝室に戻ってくるなり、ラビリンスは俺のベッドの上に身を投げ出した。小さい体に見合わずよく食べていたラビリンスのお腹は、ぽっこりと膨らんでいた。実に幸せそうである。
あれから他の仲間たちとは部屋の前で別れた。パジャマは渡したので、今頃子供たちは着替えてベッドに寝ていると思う。仲間たちも子供たちに合わせて多分寝るんじゃないかな。
「ラビリンス、そのままだとドレスに皺がついちゃうわよ」
「うー」
動くのが億劫になっているラビリンスは、ばたばたと足をばたつかせるだけだった。それからすぐに電池が切れたようにぱたりと止まって、そのまま寝息を上げて寝てしまった。
「まったく、仕方ないわね。カケル、彼女の寝間着を出してちょうだい」
苦笑を浮かべた天狐は、神通力で寝ているラビリンスを浮かび上がらせると器用にドレスを脱がして、代わりにアイテムボックスから出したパジャマを着せていた。
れでぃーのお着換えを見るのは、野暮だろうと思って途中から俺は見ていない。付き添ってくれていたメイドさんが天狐の手際に目を丸くしていた。
「今日はありがとうございました。もう寝るだけですので、下がってくれて大丈夫ですよ」
「かしこまりました。朝は湯浴みの準備もしております。その他、御用の際は扉の傍の呼び鈴を鳴らしてください」
「? はい、ありがとうございます」
朝風呂かー。何だか温泉街に泊まった時のことを思い出すな。メイドさんがいるのは恥ずかしかったけど、お風呂自体は心地よかったし、朝風呂はありかもしれないな。
「もういいわよ」
一礼して静かに部屋から出て行くメイドさんを見送った頃に、ちょうどラビリンスの着替えが終わったようで俺はそちらに振り返った。
そこには、雪化粧されたような豊かな双丘があった。
「ぶっ」
「カケル、私の寝間着を出してもらえるかしら? 」
首元の結び目を解いた脱ぎかけの天狐から俺は自身のハイスペックを活かした神速で体ごと目を背ける。しかし、悲しいかな。ハイスペックな俺の脳裏にはしっかりと先程の絶景が鮮明に記録されていた。
落ち着け落ち着け。天狐の体なんて見慣れてるじゃないか、今更こんなことで……って慣れるわけないじゃないか。いや、でも今更こんなことで心臓をバグバグしてしまうのもおかしいだろ。背中を何度も流したりしただろう、あの時の平静さを思い出すんだ。
「カケル……? 」
「ひやっ! 何でもないぞっ! 」
「そう? 」
上擦った声で返事を返してますますこちらを不思議そうに見てくる天狐の視線を感じながら、俺はアイテムボックスから天狐のパジャマを出して顔を逸らしたまま渡した。
天狐の衣擦れの音でドキドキしている自分がいることに気づく。
あれか、ドレス姿の天狐を見たのが原因か? 確かに天狐のドレスは思わず見惚れてしまうくらい綺麗だったし、普段は和服姿の天狐のドレス姿は新鮮だったけど、そのせいなのだろうか?
酒が今になって回ってきたのかと思うくらい顔に血が集まってきて熱くなってきた。
そんな風に頭の中をぐるぐると空転させていると「んふー」とベッドから幸せそうな寝言が聞こえてきた。
「もう食べれないですよマスター……んにゃんにゃ」
どうやら夢の中ででもラビリンスはご馳走を食べているようだった。ベッドから聞こえてきたラビリンスの寝言で俺はやっと正気を取り戻した。
バリバリと頭を掻いた。ため息がひとつ零れた。
溜まってるのかな俺?
「カケル、もうそろそろ寝ます? 」
パジャマへと着替えた天狐が俺にそう聞いてきた。見慣れた天狐のパジャマ姿に俺は、もう動揺することはなかった。
「そうだな。寝るか」
俺もスーツから寝間着に着替えて3人で寝るには十分すぎる大きなベッドの中に入り、天狐やラビリンスと一緒に寝たのだった。
最近、家族のような仲間、という色眼鏡が外れかけているカケルでした。
明けましておめでとうございます。昨年は、数々の感想や評価、FAをありがとうございました。今年も「魔王の村長さん」をよろしくお願いします。




