91 「村長たちのドレスアップ」
俺が褒美を受け取る時の対応がツボに入ったのか領主様は噴き出した後に顔を背けてプルプルと震え、お偉い騎士団長であるルデリックさんとルミネアさんは揃って隠そうともせずに腹を抱えて大笑いした。
何だかしまらない雰囲気の中、領主様との謁見は終わった。
別室に戻ると仲間たちから労いの言葉をかけられた。耳がいい彼らの中にはルデリックさん達の笑い声が聞こえていたようで、何があったのかと聞かれた。素直に褒美の時のことを話したら、タマや頑冶には呆れられて、天狐には「カケルらしいわね」と微笑まれた。
――コンコン
それからしばらく別室で過ごしていると、ドアがノックされて銀髪の女性が入ってきた。
「初めまして。トール様にお仕えしている家令のラクイーネと申します。以後お見知りおきを」
先程、謁見室で褒賞を乗せたお盆を運んでいた人だった。ラクイーネさんは、使用人のようなメイド服は着ておらず、動きやすいズボンに装飾の控えめな白シャツに黒のコートという服装だった。
スチュワーデスがどんな役職なのかはわからないけど、謁見室に向かう途中ですれ違った役人の男性の服装と似通っていることから女性のお役人さんなのだろう。
今日泊まることになる別館へと案内してくれるということなので、俺たちはラクイーネさんの後についていった。
「こちらが本日カケル様方にお泊りいただく別館となります」
渡り廊下を渡って案内された別館はこれまた立派な洋館だった。そして、開け放たれている玄関の前には容姿の整った男女の使用人がズラリと並んでお出迎えしてくれた。
「ご要望等がございましたらそちらに控える使用人等に遠慮なく申しつけください。」
出迎えてくれた使用人の半数はヒューマンだが、残り半数の中には獣人やエルフといった種族の女性もいた。その中でも変わった種族と言えば、淫魔に属する悪魔と2メートルを超えるヒューマンとのハーフっぽい巨人の男女だろう。
淫魔のメイドさんと目が合うと意味深な流し目を送られたが、横のラビリンスにくいくいっと袖を引っ張られて俺はそっと視線を外した。
「マスター、マスター。ボンキュッボンな褐色メイドですよ。エルフメイドもいますよ」
くいくいっと俺の袖を引っ張ってきたラビリンスがやや興奮気味に小声で俺にそんなことを呟いてくる。ラビリンスが何が言いたいのか今一分からず、俺は「そうだな」とだけ返した。
「執事のジェスターと申します。ここからはラクイーネ様に代わってわたくしがご案内させていただきます」
一歩前に出てきた総白髪のご老人が、そう言って俺に対して一礼した。背筋がピンと立った立ち振る舞いは、皺だらけの顔に反して老いを感じさせなかった。
「何でも命令してもいいメイド……うへへ」とメイドを見ながら変な笑みを浮かべて小声で呟くラビリンスの頭をチョップして正気に戻して、ここまで案内してくれたラクイーネさんに一言お礼を言って、俺たちは執事のジェスターさんに案内されて別館の中へと入った。
「このベッド、あたしのー! 」
「ローナ、ここっ、ここなのっ! タマおねーちゃんはここっ」
「にゃー。ローナがそう言うならそこにしようかにゃー」
「アッシュ、今夜も添い寝してやろうか? 」
「ぶっ、何言ってんだよアルフ姉ちゃん! 」
「……そう。今日アッシュの添い寝は私の番。あなたは昨日した」
「そ、そういうことじゃねぇ!? ってか、あれ順番決まってたのかよ! 」
俺たちは一度、寝室へと案内された。
俺は主賓として豪華な個室を案内されて、他の仲間たちは4部屋の大部屋に案内された。大部屋は6人分のベッドが置かれ、その上で悠々と過ごせるだけの広々としたスペースがあった。ふかふかそうなベッドにリンダやローナ、オリーやポチといった子供たちが早速飛び込んでいた。
俺が案内された個室も大部屋と同じくらい広かった。
天蓋付きのキングベッドまであって個室と言われても、広すぎて逆に居心地が悪そうだった。
「カケル様、湯浴みの準備が出来ております。長旅の汚れを落とされたいかと思いご用意致しましたが、いかがなさいますか? 」
寝室の案内が済んだ後、執事のジェスターさんからそんなことを言われた。
一応、街に入る前に村人らしい恰好に着替える時に全員【清浄水】でざっと体を清めているのだけど、わざわざ気を使って湯浴みの準備をしてくれているというのに断るというのは……
俺が迷っていると、ジェスターさんが「この後、夕方にトール様との会食が控えております」と教えてくれた。
服装は用意してくれているそうだけど、それなら尚更一度、お風呂に入った方が良さそうだった。
傍で聞いていた天狐に目配せすると同じ考えのようで小さく頷いた。
「お心遣いありがとうございます。お願いできるでしょうか? 」
俺はジェスターさんに軽く頭を下げてお願いして、仲間たちにも声をかけてみんなで浴場へ向かうことになった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「天狐、ラビリンスと子供たちの面倒をよろしくな」
「ええ、任せて」
浴場へと案内された俺は男女に別れて脱衣所に入った。そして、服を脱いで浴場へと入ると使用人らしき白い湯着を着た女性たちが俺たちを待っていた。
「うわっ」
俺は慌てて手拭い代わりに持っていたタオルで前を隠した。
レオンも俺と似たような反応をしたけど、他の男性陣は堂々としたもので、前を隠す素振りすらなくどうして女が男湯にいるんだ? という反応が精々だった。頑冶は女性よりも浴場の造りの方に関心があるようだし、ポチとアッシュは村の大浴場並みの大きな湯舟に目を輝かせていた。
みんな、無頓着すぎないか?
と俺が考えていると、湯着を着た女性の中から尖った耳が特徴の金髪エルフの女性が俺に一歩近づいてきた。
「カケル様、わたくし共がお体をお流ししますので、どうぞこちらへお座りなさって肩の力を抜いてください」
「え、いや、そんな……1人で出来ますから」
「いえ、そういうわけにはいきません。カケル様、ご安心ください。わたくし共に任せてもらえれば、ご当主様の面前に出ても問題のないくらいにお体を磨き上げて見せます」
見た目はまだ年若い女性に見えるけど、その物腰からしてこの場の使用人の中で年長のように感じる。
仲間たちのように気心の知れた相手でもない異性に体を流されるというのは、想像しただけでも背筋がむず痒く感じてどう断ろうかと俺が困り果てていると小鴉が前へと進み出てきて口を開いた。
「では、村長、某が背中をお流し致しましょうか? 」
「そんな……! コガラス様も大切な客分で御座います。お手を煩わせるわけにはいきません」
「それ以前に某は村長の下についている。従者が主の背中を流すことに何か問題はあるのか? 」
「それは……」
小鴉の言い分にはエルフの使用人さんも言葉が詰まったようだった。
ナイスだ小鴉。これで穏便に回避できると思っていると女性が俺の方に振り向き、懇願するように見てきた。
「カケル様、どうかお願いでございます。わたくし共の仕事を取らないでいただけますか? 」
エルフの使用人さんだけでなく、後ろの他の使用人さんたちからも懇願するような視線で訴えられる。
仕事……仕事かぁ……。
そう言われると、俺の我儘で使用人たちを困らせているような気がして、俺はこれ以上跳ね除ける気持ちにはなれず、諦念の気持ちで使用人さんたちにお願いした。
「……はい。よろしくお願いします」
「長旅をされてきたということでしたが、皆さま身綺麗ですね。こちらに来られるまでに沐浴をされたのですか? 」
「いえ、沐浴はしませんでした。ですが、私は水魔法を少々扱えるので失礼のないように体を洗ってから来ました」
「まぁ、そうだったのですか。カケル様はテイマーの素養だけでなく魔法使いの素養もお持ちなのですね。髪も驚くようにさらさらですね。これは毎日お手入れを? 」
「いえ、特にこれといったことは。毎日髪を洗う程度のことしかしてません」
「まぁ毎日ですか。綺麗好きなのですね」
「いえ、別にそんなことは……」
使用人の着る湯着は薄く、濡れると肌に張り付いてより女性の体型が露わになるので、そちらに意識を向けないように俺は話しかけてくるエルフの使用人さんの受け答えに集中した。天狐たちと違って、見知らぬ異性に近づかれるのは妙にドキドキするというか、背中がむず痒くって居心地が悪かった。
されるがままに体を丸洗いされた後、俺は鮮やかな赤色の花弁が浮かんだフローラルな香りのする湯に十分に浸かった後、早々に浴場を出た。
「カケル様、着替えをご用意致しました。こちらにお着換え下さい」
そして、ご丁寧に用意されていた礼服に着替えさせられる。着付けは使用人の人が手慣れた様子でしてくれた。浴場から出てくるみんなに使用人の人たちはテキパキと用意していた服を着せていく。
俺が着せられた礼服が一番手が込んでいて立派だった。流石にこの場で【鑑定】するのは失礼だろうけど、使われている生地の質も一段といいように思える。
小鴉は、背中に翼を出す為のスリットが入っている翼人用の黒い礼服を着ていた。和服を好む小鴉だが、洋服も似合っている。頑冶は、ドワーフ用の礼服と評した白い長袖のブルゾンに紺色のエプロンという質のいい作業着を着ている。服には金糸などで装飾されているので実用的ではないから本当に作業着風の儀礼用の礼服なのだろう。「わかっておるではないか」と頑冶は満足そうだった。きっと、この世界のドワーフと頑冶は話が合うに違いない。ゴブ筋は、俺と同じ標準の礼服を着たが、ゴブ筋の体格故にちょっときつそうだった。あと、黒服なのでサングラスをかけさせると大人の高級店にガードマンとして出てきそうな威圧感があった。操紫は、普段から燕尾服を着ているので違和感がない。月影は、容姿が生粋の村人を真似ているせいか、着せられている感があった。赤兎馬は、白髪の混じるプラチナブロンドをオールバックにして白い礼服を着こなしている。皺も見え始めている壮年といった顔立ちなのに背筋はピンと立っていて、老いを感じさせない。それに褐色の肌に白い礼服は思ったよりも似合っている。赤兎馬の着付けをしていた若い使用人がほぅっと息を吐いて見惚れていたのを俺は知っている。
アッシュとレオンとポチは、未成年用と思われる礼服を着せられていた。レオンは結構似合っていたが、アッシュは毎日鍛えていて随分と体格が良くなったせいか、窮屈そうだった。しかし、黒シャツに赤い礼服は赤髪と合っていた。ポチは灰色の礼服で白銀の髪と合っていた。
しかし、この礼服全部でいくらするんだろう。多分天狐たちの分も用意されてるだろうな。
請求されたら支払えるだろうか?
流石に破ったら弁償だよね……とつい小市民的な思考なるが、よく考えれば【修理】で修繕できるのでそんなに気にしなくてよかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
浴場を出た俺たちはその後、俺の寝室で一休みしていた。
広い部屋の床一面に高級そうな絨毯が敷かれ、天蓋ベッドの他に部屋の一角には磨き上げられた大理石のテーブルと高級感漂う装飾のソファや椅子が置いてあるので、そこに座って天狐たちを待っていた。
レオンとアッシュはその高級感漂う雰囲気に中てられたのか、借りてきた猫のような大人しさでソファに浅く座って呆けている。壁際にそれとなく置かれている壺やモンスターの剥製も高そうだし、下手に動いて汚したりしたら……と思ってしまうのは無理もないことなのかもしれない。
逆にポチはキングサイズのベッドの上に丸くなって寝ころんでそのまま寝てしまっている。
後で服の皺を直さしてやらないとな。
ゴブ筋と小鴉はいつの間にスイッチが入っていたのか椅子やソファには座ろうとせずに俺の後ろに2人して立っている。一度座るように言ったときにゴブ筋がソファに座る素振りを見せたのだけど、ギギィという嫌な音とそれを見ていた頑冶の「ふむ、構造的に耐えられそうにないの」という呟きで結局立つのを選んでしまった。そのせいで俺も強く言えなくなってしまった。小鴉はゴブ筋が立っているのに座るわけにはいかないと頑ななので結局2人して立っている。
頑冶は、部屋に置かれた装飾品に興味津々のようで部屋を歩き回って装飾品を手に取って観察するので、一応許可を取っているとはいえ、一番使用人をハラハラさせていたかもしれない。
眠った幼竜を膝の上に乗せて使用人の淹れてくれたルポティネという果実の皮と茶葉を使った酸味が強めのフルーツティーを操紫と一緒に飲みながら待っていると着替えを済ませた天狐たちがやってきた。
「あら、みんなここにいたのね」
入ってきた天狐は、赤いイブニングドレスを着ていた。マーメイドラインでホルターネックのドレスは、天狐の魅力を十二分に強調させていた。
「カケル、どう似合ってる? 」
「ああ、すごく綺麗だよ天狐」
俺に対して無邪気に微笑みかけた天狐がクルッとその場で回ってみせる。剥き出しの背中と谷間の白い素肌に視線が吸い込まれそうになるのを俺は自制した。
「か、カケルさん。私のはどうでしょうか……! 」
「うん、レナもよく似合っているよ」
天狐に続いて入ってきたレナは、白いイブニングドレスを着ていた。ワンストラップのドレスで腰から裾の先にかけてほんのりと赤くなっていくグラデーションは、レナの赤髪とマッチしていてお世辞抜きで似合っていた。俺が褒めると嬉しそうにはにかんだレナは、開花しかけの蕾を思わせる美しさだった。
リンダとローナと一緒に入ってきたタマは黒いイブニングドレスを着ていた。マーメイドラインでホルターネックのドレスなのは同じなのだが、天狐と違って谷間は隠れていて背中のスリットが腰のくびれ近くまで入っていた。ドレスに合わせたのかタマは、長い黒髪を夜会巻きにしていた。
「タマお姉ちゃん見て、見てっ! 」
一緒に入ってきたリンダとローナはそれぞれ青と白のドレスを着ていて、楽しそうにクルクルと回っていた。
「そんちょー! オリーのも見て―! 」
「村長、私もドレス着てみたんだよ! 」
「ど、どうですかマスター? 」
たたたっとこちらへと駆け寄ってきたのはオリーとモグの2人で、その後ろから遠慮がちにラビリンスが近づいてきた。オリーは若緑色のドレスを着ていて、モグは白のドレスを着ていて、ラビリンスは黒のドレスを着ていた。
「うん、3人ともよく似合ってるよ」
そう言って頭を撫でて上げると、3人とも嬉しそうだった。
その後からゾロゾロと入ってきた女性陣の内、セレナとミカエルは青系統のドレスで、セレナの方が色が薄く水色でどちらもワンストラップのドレスだった。ミカエルは恥ずかしいのか翼で覆い隠そうとしていたけど、似合っているよと言ったら嬉しそうにはにかんでいた。
ジャンヌとちゃっかり出てきているエヴァは赤系統のドレスで、ジャンヌが燃えるような鮮やかな赤色のVネックのドレスならエヴァは血を思わせる赤黒いストラップレスのドレスを着ていた。というか、エヴァの服は自前だな。早速エヴァはレオンに絡みに行っていた。
エレナは、緑のイブニングドレスを着ていた。控えめな彼女の性格らしい他の仲間と比べれば肌の露出が抑えめで、フリルの多いドレスを着ていた。ケンタウロスのエレナは、一時期的に馬の耳と尻尾という特徴を残しつつ人の姿を取っていた。
アルフとムイは、白のドレスを着ていた。マーメイドラインのストラップレスドレスで動きやすさを重視したと言わんばかりに裾には大きなスリットが入っていて動くたびにアルフの白い太ももが露わになっていた。ムイは、ホルターネックのドレスを着ていた。城に入ってからムイは、きちんと人の姿を取っているので黒髪の色白の少女がスライムだと一目で見抜く人はいないのではないかと思う。
そして、黒士は普段と変わらない全身鎧の恰好だった。
あれ? と一瞬思ったが、黒士がドレスを着れないことを思い出して納得した。
「気にしてない」
俺の視線に気づいたのか少女の姿を取っていた黒士は、俺の方を見て本当に気にしていないような無表情で言った。
「そうか……」
俺はそう返しつつも、今度頑冶と一緒に黒士が着替えれる服装を作ろうと心に決めた。
準備が済んで後は待つだけになった俺たちはこのまま寝室で過ごすことになった。ベッドがいくつも置いてある大部屋より俺の寝室の方が広いので、結局ジェスターさんが呼びに来るまで俺たちはずっとここで寛いでいたのだった。




