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魔王の村長さん  作者: 神楽 弓楽
三章 
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88 「村長と騎士団長の語らい」


 ルミネアさんが率いる雷龍騎士団が合流した次の日、6日目の旅は順調だった。

 雷龍騎士団からしたら来た道を引き返しているのと変わらないので、近場のモンスターは粗方片付けられており、これまで通りモンスターが出没することはなかった。


 行きは急いでたことで打ち捨てられていたモンスターから有用な素材を回収しながらなのでその足並みはゆっくりだ。素材回収という小休憩を繰り返しながらドラティオ山脈を下山した。


 周囲の景色が荒涼とした大地から段々と緑溢れる森へと変わってくる。



「ドラティオ山脈……大きな山だったな」


 越えるのに6日かかったドラティオ山脈を振り返って仰ぎ見る。こうして振り返るとモンスターと出会うこともなく、毎日露天風呂で温まることもできて話に聞いていたよりも遥かに優雅な登山だったと思う。


 あ、露天風呂と言えば、昨夜合流した雷龍騎士団の食いつきがとんでもなかったそうだ。昨夜は俺の元にまで届かなかったけど、早朝一番にルミネアさんから「お主のことがますます欲しくなったぞ」と絡まれ、ルデリックさんからは「お前、雷龍騎士団の女たちの評価が跳ね上がってたぞ」と言われた。


 雷光騎士団よりも女性騎士が多い雷龍騎士団には遠征先の露天風呂というのは堪らなかったみたいだ。あと、ルデリックさん曰く、雷龍騎士団の騎士たちからは「どこぞの馬の骨が姫に気に入られるなんて……! 」という声があったそうだが、露天風呂や携帯トイレの『おまる君』を使用してから好意的な声が増えたそうだ。


 ルミネアさんに告白された直後の騎士団からの視線には殺意に近い敵意を感じたりもしたけど、朝になったらそれがすっかり鳴りを潜めていたのはそれが原因か。




「マスター、街まではあとどれくらいなんですか? 」


「んー、ルデリックさんの話だとこのペースなら明日の夕方くらいにはつくそうだよ」


 馬車の縁に顎を乗せて景色を眺めていたラビリンスがこちらを振り返って聞いてくるので俺はそう答える。


「そんなにすぐつくんですか? 」


「らしいよ。ここから先は舗装された道を行くことになるから馬車の速度が上がるみたい」


 ドラティオ山脈では急な登りや崖道が多かった上に気圧が低く酸素も少なめとあって、体を慣らす意味もあってかなりゆっくりなペースを落とし、休息を多めにとっていた。

 しかし、ドラティオ山脈を降りて森を抜けてからは、舗装された道を走ることになるので自然と速度は出るだろうという話だった。


 ちなみに高山病などに関しては騎士たちは鍛えられているだけあって問題がないようで、子供たちも調子が悪いようであればミカエルが軽いうちに治療していたので終始元気だった。ルデリックさんはそんな子供たちを見て「将来有望そうなガキたちだな」と言っていた。



「ほへー、一体どんな風な街なんですかね。楽しみですねマスター! 」


「そうだな。ところで、次の休憩までしばらく先だからそれまで魔法の練習をしないか? 」


「はい! マスターがそういうのでしたら教えてあげるのですよ! 」


 景色を眺めるのも飽きが来ていたのか、ラビリンスは俺の提案をノリノリで引き受けてくれた。






「カケル、何をしておるのだ? 」



 馬車の中で魔法の練習をラビリンスとしていると、ルミネアさんが栗色の馬に乗って馬車の中を覗いてきた。俺はすぐに馬車に浮かべていた水の鳥を消失させて、ルミネアさんに顔を向けた。


「ルミネア様、こんなところに一体どうしたんですか? 」


 騎士団長でこの地の領主の妹に当たる大貴族なので、自然と口調も丁寧になる。


「お主の顔を見に来たのだよ。将来、私の伴侶となる男の元へ来て何が悪い? それよりもカケル、私に様づけは不要と申したはずだぞ」


「そう言われましても……」


「妾が良いと言っているのだから良いのだ。周りが騒がしいのであればカケルが力を示せば、黙るだろう。それにこの場に妾の名を呼び捨てしてお主を咎める者はいない」


「……わかりました。ルミネアさん、と呼んでもいいですか? 」


「うむ、今はそれで良しとしよう」


 不満そうに眉根を寄せた表情で、しかし仕方がないといった口調でルミネアさんは折れてくれた。どこまでが本気なのかは分からないが、今のところルミネアさんはあのプロポーズを撤回する気はないようだ。


「ところで先程は何をしていたのだ? 水でできた鳥を飛ばしていたようだが」


「あれは、ちょっとした暇つぶしです」


「ほう、旅の最中に魔力を使った暇つぶしか。酔狂なことをするな」


「そうですか? 」


「魔物がいつ出るかわからない旅で魔力を無駄に消費するなど酔狂以外の何物でもないだろう。カケルもここに飛ばされるまでは長旅をよくしていたのだろう? 」


 何を当然なことをとルミネアさんは不思議そうな顔をして言われた。


「ええ、していました。けれど、上級呪文を無暗に放つとかでなければこの程度の魔力の消費は数分もあれば回復するので気にしたことはあまりありませんでした。それにいざという時のために常にマナポーションの類は持ち歩いていたので」


「なるほどな。よく考えれば、カケルは桁外れな魔力を有していたな。しかし、あんな高価なマナポーションはそんなほいほいとは使えまい。常に用意しておくのも大変だろう」


「そうでもないですよ? 素材があればマナポーションは自作できますし、素材は旅先で十分に確保することができたので強敵と連戦するようなことがなければ困ることはありませんでした」


 ルミネアさんが誤解しているようだったので訂正したら呆気に取られた顔をした。


「……そうであった。魔導具(マジックアイテム)だけでなくポーションの類も自作できるのであったな。ううむ、ますますカケルが欲しくなった。どうだ、街についたら神殿に卵の報告をするついでに婚姻を結ぶというのは」


 ポーションの話がルミネアさんの琴線に触れてしまったのか、そんなことを言ってくるルミネアさんに俺は苦笑を浮かべることしかできなかった。


 どう返答しようか迷っていると魔狼に乗ったモルドさんがこちらに現れた。


「姫、いつまでも戻ってこられないと思いましたらやはりここにいましたか。ルデリック殿が早く戻られるよう言ってましたぞ」


「おお、モルドか。ちょうど良いところにきた。街に戻ったら早速、神殿で妾とカケルの婚姻の儀を済ませたいと思うのだが、どうだろうか? 」


 ルミネアさんが俺に先程言ったことをそのままモルドさんにも話すと、モルドさんは呆れたような困ったような顔で口を開いた。


「何を言っているんですか姫。それはいくら何でも無理でしょう。トール様に認めてもらわなければカケル殿と婚約すらできませんでしょう。些か性急過ぎですぞ」


「わかっている。言ってみただけだ」


 副官のモルドさんからばっさりと切り捨てられてルミネアさんは、いじけたようにぷいっと顔を逸らした。


 その拗ね方がなんだか可愛いな、と思って俺は自然と笑みが浮かんだ。



「それではなカケル。またくる」


「はい。またきてください」


 ルミネアさんはそう言うと馬に手綱で合図を送って馬車から離れていった。



 ルミネアさんについていく際、モルドさんは一度こちらを見た後、軽く一礼して戻って行った。何も言ってなかったけど、うちの姫がすみません、と言われたような気がした。


 見た目は真逆なのに何だか、クロイスさんと同じ匂いがした。



 副官って苦労してるんだなぁ……




「むー、マスターは渡しません」


 その後は、むくれたラビリンスの機嫌を天狐と一緒に直すことに時間を費やすことになった。


 


◆◇◆◇◆◇◆



 そして、夜。

 森を抜けた先の草原にある野営地で俺たちは夜を過ごす事になった。


 森の中にも野営地はあったのだが、選ばれたのは草原にある道から少し外れた見通しのよい野営地だった。少人数での旅ならば、見通しのよい草原は敵に見つかりやすいために避けた方がいいのだが、商隊(キャラバン)や今回のような騎士団規模となると逆に敵を見つけやすいので視界の悪い森よりもいいのだそうだ。


 隠れたり逃げる前提であれば死角の多い森の中や岩陰は向いているが、隠れきれる数ではなく迎え撃つ前提であればどこから敵が来るか視認しやすい草原が向いているというのは理解できる話だった。



 別に森の中では大人数が入れる露天風呂のスペースが確保できないというのが理由ではないのだろう。クロイスさんの前でルデリックさんに冗談でそう言ったら何故か目を泳がせていたけど。




「あ˝ぁぁぁぁ」


 今夜も用意した露天風呂へと身を沈めたルデリックさんの口から気持ちよさそうな声が漏れる。

 

 俺もその横にお邪魔する。

 じんわりと足の先から温まっていくちょうどいい湯加減だった。



「こうして風呂に入るのもこれで最後か……」


 湯に浸かったルデリックさんがポツリと零す。


「そうですね。出発から7日……思えばあっという間でした」


「本当にな。こんなに呑気な旅は生まれて初めてだ。こんな蜜を味わったら次から血と汗と泥に塗れた遠征に耐えられるかわからねぇな」


「普段の遠征はどんな感じなんですか? 」


「んー、そうだな。まず、風呂はねぇだろ。あっても川の水で体についた返り血や泥を拭うくらいだ。服も破損や汚れが酷くなければ大体が着たきり雀だな。移動中は魔獣の襲来に警戒しなきゃなんねぇし、夜は闇夜に紛れてくる魔獣を夜通し警戒しなきゃならない。食事だって倒した魔獣をぶつ切りにして焼いたものや塩っ辛いだけの干し肉のスープに堅焼きパンつけて食うことが多い」


「それは大変ですね」


「まぁな。街や村を経由するならそこまで酷くなることもねぇんだが、今回のように人の住まない魔境に一週間以上入ることもある。あれは結構しんどいぞ。昼夜問わず襲ってくる魔獣に味気ない食事。臭いは全員臭いから気にならないが、着心地は最悪だ。オグラーガ(カエルの魔獣)なんかに丸呑みされた時なんか最悪なんだからな。臭すぎて誰も近寄らねぇの」


 その時のことを再現するかのようにルデリックさんは、自分の顔にお湯をかけてぶるぶると顔を振った後、水面から両腕をざぱーと出して脅かすようにこちらに向けて寄ってくる。


 当時は本当に大変だっただろうけど、こうしてコミカルに表現されると思わず笑いが漏れてしまった。


「アハハ、それは本当に大変でしたね。それで、臭いは取れましたか? 」


「それが全くっ。川で水浴びしても一向に臭いが取れないどころか【清浄水(クリンアクア)】を使える部下にやってもらっても効果がなくてよ。それから2日は臭いが取れなかった。返り血はまだマシなんだが、オグラーガは本当にダメだ。数日放置した残飯みたいな酸っぱい生臭さ、あれは堪えるぞ」


 そう語るルデリックさんの目は据わっていた。


 ちょっとトラウマになってるんだろうな。と俺はらしくないルデリックさんの様子に苦笑した。




「それってルミネアさんの雷龍騎士団でもそうなのですか? 」


「ん? ああ、そりゃ当然さ。まぁ、あそこは女性騎士が多いから多少綺麗好きだったり下着を何枚か持っていってたりするかもしれないが、基本は騎士だ。俺たちのように血だらけになって泥水啜ったりすることはあるぞ。特にルミネアは、あのスピードと性格だろ? 先陣切って魔獣の群れや賊の集団に飛び込むことなんてしょっちゅうでついた渾名が【鮮血の雷姫】だ。あの白銀の鎧を血で真っ赤に染めちまうくらい大暴れして戻ってきたらそのまま眠っちまうような豪胆な奴だよ。本当、どうしてあんな母親から生まれたのか不思議なくらいの女だよ」


 そんな話を聞くとルミネアさん、仲間と気が合いそうだなとますます思えてきた。


 あ、ルミネアさんで一つルデリックさんに聞いておきたかったことを思い出した。


「あの、不躾な質問なんですが、ルミネアさんには許嫁とか婚約者のような方はいないんですか? ルミネアさんくらいの年頃の貴族ならいそうな気がするんですが……」


 俺がそう尋ねるとルデリックさんは、難しそうな顔をした。


「あーいたっちゃいたな。けど、内乱の折に有耶無耶になってそれっきりだな。元々あいつはその婚約には乗り気じゃなかったようだしな」


「そうなんですか? 」


「ああ、あいつはあの性格だろ? 自分の夫となる奴も強くないと話にならんと常々言っててな。俺やモルドとか結構苦労したんだぞ。あいつ、『あんな奴を夫とするくらいならお前を夫にする! 』とか言い出してな。2人ともさっさと結婚したら諦めてくれたけど、俺もモルドも嫁の機嫌取るの大変だったんだぞ」


「え、ルデリックさん結婚してたんですか? 」


「おうよ。3歳になる息子もいるぞ。娘も来年の春くらいに生まれる予定だ」


「そうだったんですか……」


 意外だ……。ルデリックさん、妻帯者だったんだ。それに子供もいるなんて。

 ルデリックさんには随分とお世話になってるし、ルデリックさんの奥さんや子供さんに何か用意した方がいいかな? 贈り物には何がいいだろう。


「まっ、そういうわけであいつが今回どれだけ本気かはわからねぇけど、本気で困るんだったらさっさと身持ち固めちまえば早いぞ。お前さんだったら相手には困らねぇだろ」


 ルデリックさんのアドバイスに俺は苦笑した。


「貴重なアドバイスありがとうございます。

 ところで少し話が変わるのですが、ルミネアさんのあの雷撃は生まれつきなんですか? 魔法というよりは種族的な力のように感じたのですが」


「おっ、よく気づいたな。そうさ、あれは魔法じゃなくてあいつの能力だな。有名な話なんだが、あいつの……というよりはライストール伯爵家と言った方が適切だな。その初代はカケルと同じ魔物使いでな。テイムマスターって呼ばれるくらいの腕前だったらしい。その初代の相棒にして妻が麒麟(キリン)っていう雷を操る幻獣種でな。それでライストール家の家系は雷魔法の適正が高い者が多いんだが、ルミネアは特にその血が濃くてな。先祖返りって呼ばれてるくらい色濃く麒麟の血をついでるんだ。だから、あんな芸当ができるんだよ」


「ああ、そうだったんですか。でも、人と幻獣種が子を為すことなんて出来るんですか? 」


「何言ってんだよ。契約を交わしたら子供作れるくらい有名な話だろ。まぁ、違う人種同士ならともかく、幻獣種との間に子供を為そうとしたらそれこそお前さんと仲間くらいの強い結びつきがなければ難しいだろうけどな」


 当たり前のことのように言うルデリックさんだったが、俺としてはその話はとても衝撃だった。


「え、精霊やドラゴンやアンデッドとかとも可能なんですか? 」


「そりゃ出来るだろう。この国の公爵家は四精霊の血を引くって話だし、王族は神竜の血を引いているらしいからな。アンデッドは……確か、どっかの伯爵がリッチの血を引いてるって話だぞ」



 マジかよ。



 王国のとんでもない歴史を聞いて、俺はただただ驚くことしかできなかった。

 


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