87 「村長と仲間のスキンシップ」
日は既に沈み、辺りは深い闇に覆われている。野営地の周りだけは、魔法で生み出した光の玉によってそれなりに明るかった。ルミネアさんとの手合わせを終えた俺は仲間たちに囲まれていた。
「村長はやっぱり隅に置けない男だにゃー」
「そんちょーもってもてー」
俺たちの天幕の近くでは夕食を終えたばかりの筈なのに、仲間たちがその辺から採ってきた果物や魔物の丸焼きで宴会が起こっていた。そこで俺は、仲間たちにルミネアさんに告白された一件をネタにされていた。
左肩にしなだれかかってきたタマがにやにやと笑いながら、俺がルミネアさんにキスをされた左頬を人差し指でうりうりとつついてくる。膝の上に座って果物を食べていたオリーまできゃっきゃっと笑いながらそんなことを言ってくる。
「村長、あの方と契約するのですか? 」
「己の力に頼りがちではあるが、なかなかに筋がいい。あれは強くなるぞ村長」
ミカエルが俺にそう問いかけてきて、アルフがそれを薦めるような言葉を言う。
どうも仲間たちはルミネアさんの告白を新たな仲間になりたがっているという捉え方をしている節がある。
どうしてそうなるんだろうか。というか、俺告白されたんだよな?
しかも恋人をすっ飛ばかしていきなりプロポーズ……。
ルミネアさんが魅力的ではないってわけではないんだけど、なんだかなぁ……。
出会ってすぐに。それもお互いに戦った後に言われることではない気がする。それも負け試合で。
「むー、マスターはあの女騎士団長のことどう思ってるんですか」
考え込んでいるとご機嫌斜めなラビリンスに問いかけられた。ラビリンスは、手合わせの後からずっとご機嫌斜めだ。頬を膨らませて何だか苛立っている。
どう思っているか……。
出会ったばかりだしなぁ。ルミネアさんみたいな綺麗な人にプロポーズされたのは悪い気はしないけど、受ける気はあまりしない。
そもそも片や貴族で、片や身元不明の村長というのは身分差が激しい。ルデリックさんは苦笑というか爆笑してたけど、反対にクロイスさんは今にも死にそうな青い顔をしていた。
地球の頃の歴史でもそうだったけど、そんな身分差での結婚は現実的な話、厳しいどころか無理に等しい気がする。
「うーん、悪い人ではないと思うよ。貴族って割にルデリックさんみたいに砕けてて」
戦闘狂の気があって、そんなところがサタン達とどこか似てて親近感も湧くし。
ただまぁ、恋人や増してや伴侶ってなると今のままじゃ答えはでないかな。
「むー、お姉ちゃんはどう思いますかっ! 」
俺の返答はお気に召さなかったのかラビリンスは、膨れっ面のまま天狐へと話を投げかけた。右隣で熟睡する幼竜を膝に乗せて、そのまだ柔らかいすべすべした背中を静かに撫でていた天狐は、え? 私? といった顔で顔を上げた。
「どうって……ルミネアって人のことでしょ? 私もカケルがいいのなら歓迎するわよ。あの性格なら他の仲間とも気が合うでしょうし」
特にサタンとかと。
と天狐が言うと、ラビリンスは信じられないとばかりに目を瞬かせた。
「えぇ!? それでいいんですか!? 」
「どうして? 人でありながら赤兎馬と同じ力を持っているというのも珍しいわ。先祖返りなのかしら? カケルと契約したらあの娘は強くなると思うわ」
「むー、そうじゃないです! あの人、マスターに告白、いえプロポーズしたんですよ! そそそれに頬にキスまで! 何とも思わないんですか! 」
「うーん、ようするにカケルと契約を結びたいのでしょ? 別におかしいことではないでしょ。いきなり頬にキスしたのは驚いちゃったけど……」
そう言って、天狐は唇に人差し指をあてて考え込むと、ちらっとこちらを見てきた。そして、俺を見て微笑んできた。
――ちゅっ
と思ったら、顔を近づけてきていきなり右頬にキスされた。
「なっ」
俺が驚いて固まると、天狐はしてやったりといった悪戯めいた表情でふふっと笑った。
すぐ傍で「あああっ! 」と叫ぶラビリンスの声が聞こえる。
「私だってしたくなったらするわ。だってカケルは私の主よ。遠慮はしないわ」
天狐はそう言って、笑った。
その笑みから普段は見せない色気のようなものが感じられて、俺はルミネアさんにされた時以上に自分の顔が紅くなるのを感じた。
「それなら私もするにゃ」
「オリーも! 」
そして、真っ赤になった顔に便乗した仲間たちのキスの雨が降り注いだ。
「ウォン! ウォン! 」
「はははっ、いい加減落ち着けポチ」
ベロンベロンと大きな舌で顔を舐めてくる興奮したポチの頭を撫でて俺は宥める。天狐のキスを皮切りに仲間たちから過激なスキンシップを受けた俺は一周回って落ち着いていた。
仲間たちの様子から普段のスキンシップの延長線上であることはなんとなく伝わってきてなんとか落ち着けた。
欧米式のスキンシップだと思えばなんとか……。いや、どちらにしても顔が熱くなるのは止められない。
天狐たちのようなその……魅力的な女性に例え頬だとしてもキスされるのは慣れない。心臓がドギマギする。
みんな美人さんなんだから自重してくれると有難い。俺だって健全な男子なのだから。
「ウォン? 」
「ああ、なんでもないよポチ」
火照った顔に冷えた手甲を当てて冷ましていると、ポチに不思議そうな顔をされたので誤魔化す。女性陣がお風呂に行ってくれて本当に助かった。
ちなみに、今日はもう俺は一番風呂を済ましている。その後に宴会したり、ワンコのポチに顔を舐められてしまったりしたけど、【清浄水】を寝る前に使用したら問題はない。
「村長」
「ん? 操紫か。どうした? 」
「不躾なお願いになるのですが、お手を少々お借りしてもよろしいですか? 」
「手? 別にいいけど……」
手相でも見る気なのか? などと操紫の不思議な頼みに答えて俺は空いていた左手を差し出した。
すると、操紫はその手をそっと取ると跪いて
手の甲に唇をそっと押し当ててきた。
「うん?? 」
俺がその行動の意味を理解できないでいると、顔を上げた操紫がにっこりと笑いかけてきた。
「驚かせてしまいすみません村長。先程の天狐たちとのやり取りを見ていて私もたまには村長に忠義を行動でわかりやすく示してみようかと思いまして」
ああ……そういうこと。
「操紫のことは頼りにしてるよ。いつも周りに気を配ってくれて助かってる」
操紫が得意のゴーレムや人形を操って子供たちの世話をしてくれたり、伝令役を買って出てくれてるのは知っている。今回の旅でもその細やかな気配りを期待して抜擢したと言ってもいい。操紫の能力は街の調査をする時に色々と役に立つだろうしね。
けど、手甲にキスって……
一応、敬愛とか忠誠を示すという意味では間違ってないのか? どこで知ったのか聞いてみるべきだろうか
「村長」
そう思っていると、今度は小鴉に声をかけられた。何故だろう。次の言葉が容易に想像つく。
なので、小鴉が何か言う前より先に左手を差し出してあげた。
「村長……! 」
すると、すごい嬉しそうに目を見開いた。口元を隠しているのに喜んでいるのが分かる。
「いいよ」
「では……」
と言って、小鴉は口元の布をずらすと俺の手を取って跪き、手の甲に唇を押し当てた。操紫が当てた箇所とは微妙に違う。
「某の体から魂の一片に至るまで全て村長のもの……どうか最期まで、お傍でお仕えすることをお許しください」
手の甲から唇を離した小鴉が、額に手を押し当てながらそう宣誓した。
「うん。こんな俺で良ければこれからもよろしく頼むよ」
「はっ……! 」
「ワフッ」
――かぷっ
「あっ、おい。ポチ」
操紫と小鴉のを見て感化されたのか、ポチがいきなり右手に噛みついてきた。いや、呑み込んだって方が合ってるか。ポチの大きな口に俺の右手がすっぽりと入ってしまっている。
……すごく生暖かい。
ポチに手を口から離してもらって【清浄水】で唾液まみれの手と顔を洗い流してすっきりさせてもらう。ポチなりの愛情表現なんだろうけど、思わず苦笑が零れる。
「ゴブ筋はやらないのか? 」
ポチが落ち着いたところでゴブ筋にそう尋ねてみる。この場でいる中でスキンシップらしいことをやっていないのはゴブ筋だけだ。頑冶や赤兎馬や月影は、そもそも宴会の場に姿を出していない。
「……そうだ、な」
一拍置いてゴブ筋はそう言うと俺の前まで歩いてきた。そして、俺の胸、ちょうど心臓の真上辺りに手を置いた。大きなごつごつとした武人の手を俺の胸に押し当てて、ゴブ筋は片膝をついて視線を合わせてきた。
「村長の心臓は俺が守る。俺が村長の盾になる。鎧になる。だから、村長は安心して魔法の詠唱をしてくれ」
「ああ、頼りにしてるよ。ゴブ筋が前にいるお陰で俺は安心して周りを見ることが出来るんだからな」
「任せてくれ。誇りにかけて村長、守る」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
宴会の片づけが終わった後、俺は野営地の近くを1人で散歩していた。ここ最近は、魔法の練習ばかりしていたので久しぶりかもしれない。
「みんないい子だよなぁ……」
天狐たちや小鴉たちのスキンシップを思い返して、俺は独り言を呟く。
こんな俺なんて……と自分を卑下する気はないが、今まであそこまで真摯に慕われたことがないので未だにむず痒く、俺は天狐たちにどうやってその思いを返していけばいいのか分からず申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
俺が出来ることはしたいと思う。何だってしてあげたいと思う。
もちろん、無理なことは無理なんだけどね。
せめて、ゲームの時に愛用していた装備を作って再び渡してあげたいと思っている。あとは、日頃から感謝とかだろうか。無防備過ぎるのは問題だけど、天狐たちが構って欲しいなら目一杯構ってあげたいなぁ。
この世界をいつか仲間を全員連れて観光とかもしてみたいな。みんな、新しいものとかに目がないからきっと楽しむと思う。
シルフィーもこの旅から帰ったら街に連れて行ってあげたいな。
地球では見ることがなかった満天の夜空を見上げながら俺はそんなことを考えていた。
吐く息は白かったけど、心はぽかぽかと暖かかった。
影郎「……」(カケルの影の中
補足。
・ルミネアのプロポーズ。
仲間たちからは
ルミネアはカケルの仲間になりたそうにしている。
という認識をされてます。(ラビリンスを除くと
・赤兎馬
今回の旅に同行した仲間の一人であり、ルミネアと同じく雷撃を扱う固有能力を有している。
ぶっちゃけ、麒麟である。名前の由来は、仲間にした当初は馬に近い容姿をしていた為
・月影
今回の旅に同行した仲間の一人。
・影郎
今回の旅に同行した仲間の一人。ほぼ常にカケルの影の中でカケルを見守っている影の護衛。たまに子供たちの影に移動して見守っていることもある。あまり影の外に出たがら無い為、ほぼどの場面でもいるのだが、全く姿を見せない。




