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魔王の村長さん  作者: 神楽 弓楽
三章 
88/114

86 「雷姫の口づけ」


 

 カケル達がドラティオ山脈の峠を越えていた村を出てから五日目の昼間頃、その越えた先で今まさにドラティオ山脈に入ろうとしている一団があった。その一団は雷光騎士団とよく似た鎧に身を包んだ12名の騎士たちだった。雷光騎士団の騎士との違いを上げるとすれば、青の装飾がされていると鎧の意匠が少々違うのと男女比が4:8と女騎士に大きく傾いていることがあげられる。

 その中でも一際目立つのは先頭を栗色の軍馬で駆ける金髪の女騎士。彼女の鎧は、明らかに他の騎士とは異なる造りをしていた。肌を大きく露出していてとても身軽そうではあるもののとても実用的とは思えないものだった。その人物こそ、ライストール辺境伯の有する雷光騎士団と双璧をなす精鋭騎士団である雷龍騎士団の団長、ルミネア=ライストール、その人であった。

 そして、先頭を駆けるルミネアのすぐ後ろを灰色の魔狼に乗ったスキンヘッドの褐色騎士が副団長を務めるモルド=バルティトスであった。



「まったく、今回の賊はワイバーンの卵などという偽物を用意して分散するなど賊の癖に妙な悪知恵を使うな」


「全くですな。神殿に忍び込み聖竜(真竜)の卵を盗み取った手際といい、こうしてダミーを用意した上で10手に分かれて逃げる用意周到さ。とてもそこらの賊とは思えぬ見事な策略で御座いますな。一体、裏で動かしているのは何者なのでしょうな」


「お前もそう思うか。モルド」


「はい。【竜の咢】は……特に頭目の【災禍】のオルスは、並みの冒険者や傭兵では歯の立たない腕の立つ者ですが、このような策を巡らせるほどの知恵はなかったように思えます。それに真竜の卵と比べればワイバーンの卵の入手は容易ですが、決して簡単ではありません。噂に聞く【竜の咢】程度の実力では、独力で揃えれたとは思えませぬな」


「うむ。それは妾も感じていた。賊がやることにしては今回の騒ぎはちと大きすぎる」


「内乱でのごたごたがやっと落ち着いてきたというのに気の休まる時がありませぬな」


「今頃トールは事態の収拾に奔走しているのだろうな」


 神殿の真竜の卵が盗まれるという前代未聞の事態に執務室で頭を抱えているトールを脳裏に思い浮かべてルミネアは声を押し殺して笑う。ルミネアの忍び笑いが聞こえてくる位置にいるモルドは苦笑を浮かべる。


「姫も人が悪いですなぁ。しかし、本当にこっちでよろしかったので? 」


「む?どういうことだ。何が言いたい」


「いえ、何者かが裏で糸を引いているとしたら、魔物が蔓延る魔境へと逃げるとは思えませぬ。姫は隣領の境で網を張っておられた方がよろしかったのでは? 」


「かもな。しかし、真竜の卵はこの先に運ばれた、と妾は見ている」


「……まさかとは思いますが、遠征に出ているルデリック殿が目当てではないでしょうな? 」


 自信満々に断言するルミネアにモルドは胡乱な視線を向ける。ルミネアがここ最近、主だった実力者が賊討伐の遠征に出た為に退屈していた。「妾も参加すればよかった」モルドは見落としていなかった。


「これ、変な邪推をするな。そのような理由で選んでない」


「では、どのような理由でですか? 」


「妾の勘が、この道が本命だと言っている」


「はぁ……また姫の勘、でございますか」


「うむ、勘じゃ」


 勘と言い放ったルミネアに対し、モルドは幾分の呆れを見せつつも蔑ろにする気配を見せなかった。


「今回も当たるとよいですな」


「当たって貰わねば困る。これを機に妾はドラゴンライダーとなるのじゃからな」


「……まさか、卵を孵らせるおつもりで? 」


「うむ。聖竜の乗り手とは面白そうではないか」


「神殿の大事な卵を姫が孵らせちゃって大丈夫なのですか? そんなことをしたら本当にトール様が倒れてしまいますぞ」


「安心せよ。神殿と守護竜は、同じ神に仕える身として対等だからな。余程のことがない限り、竜の意思は尊重される。ほら、そんな貴族がいただろう」


「ああ、先々代のオストニア伯爵のことですか。ですが、あれはかなり特殊な例だったと記憶していますが? 」


「賊に盗まれた卵を偶然(・・・・)孵らせてしまうのも特例だろう」


「詭弁ですな」


「しかし、神殿は何も言ってこない。孵らせて懐けば妾は、晴れて竜騎士(ドラゴンライダー)よ」


 冗談か本気か分からないことをルミネアは、楽しそうに話して声を上げて笑った。モルドは「そううまくいくといいですね」と口では言いつつ、内心ではトール様の心の平穏の為にもこれ以上厄介事の種が増えないことを祈った。



 とその時、道の左の前方の急斜面から土煙が上がった。それは、斜面を転がるいくつもの岩によって生じたものだった。



落石(らくせーき)! 」


 いち早く気づいた騎士の一人が部隊に注意を呼び掛けた。騎士たちは、その声に迅速に反応して手綱を引いて騎馬の速度を落とす。これで巻き込まれる心配はないかに思えたが、斜面を転がる岩を睨みつけていたルミネアが、その相貌を険しくした。


「よく見ろ! あれは岩石虫(ロックダンバック)だ! 全員、速やかに戦闘準備せよ! 」


 ルミネアがそう叫んだ直後、まっすぐに斜面を転がり落ちていた岩がこちらへ進路を変えて、直撃コースへと変わった。岩石虫(ロックダンバック)は、名前の通り岩に擬態したダンゴ虫のような魔物であった。



 ルミネアは腰からエストックを引き抜いて、切っ先を斜面を転がり落ちる岩石虫たちへと向けた。


「穿て!」


 ルミネアの豊かな金髪から青白い稲妻が走り、エストックの切っ先へと流れて一条の青白い雷撃が、轟音と共に放たれた。空気を切り裂く雷鳴を轟かせた青白い雷撃は、一番先頭を転がっていた岩石虫の手前の地面に落ちて、地面ごと先頭の岩石虫たちを吹き飛ばした。


「姫! あまり派手にやって土砂崩れを起こさないでくださいよ! 」


「そのようなヘマはやらん! 」


 モルドの苦言を一蹴してルミネアは、金髪をバチバチと激しい音を出して青白く輝かせながらエストックから極太の雷撃を連射した。その度に岩石虫たちは宙を舞い、結局ルミネアたちの元に岩石虫たちが辿り着くことはなかった。


 ルミネアの放った雷撃に打たれた岩石虫たちはすべて岩のように丸まっていた体が解けて、内側の無数の足が露わになった伸びた姿でビクビクと痙攣していた。


「うむ。やはり魔境の魔物はしぶとい。あれほどやっても致命傷には至らぬか」


 その様子を見て、ルミネアは感心したようにつぶやく。ルミネアがそんな呑気を言っている間に、モルドの指示で騎士たちは感電して痺れている岩石虫に止めを刺しに向かうのであった。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 

 雷龍騎士団の一団は、魔境の魔物に遭遇しつつも騎士団長ルミネアの雷撃によって労することなく退けることができ、夕暮れ時にはドラティオ山脈の中腹にまで辿り着くことができた。そこでルミネア達は、野営地にて野営の準備を行っていたルデリック率いる雷光騎士団たちと合流した。


「お久しぶりですビルヴァートン騎士団長殿。あの【夜鷹の爪】の討伐。そして、【狂い鬼】のゴドフリーの捕縛、おめでとうございます」


「あーよせよせ。そういう堅苦しい挨拶はいらねぇよ。いつも通りルデリックで構わねぇ。それにお前もどうせ知ってんだろ。俺らは何もしちゃいねぇよ」


 畏まったモルドの挨拶をルデリックは煩わしそうに跳ねのけて苦笑する。青筋を立てたクロイスが、ゴホンと大きく咳払いするがルデリックは聞いてはいなかった。そして、ルミネアはルデリックに賛同するようにしきりに頷いていた。


 モルドとクロイスは、目を合わせると、お互い面倒な上官を持ちましたね。とばかりに苦笑した。


「モルド殿、今度一杯どうですか? 」


「それはよいですなぁ。戻ったらぜひ」


 互いに苦労する上官を持つ身として、2人の仲は親密のようだった。



「なんだ。お前ら飲みにいくのか? なら、俺も誘えよ」


「飲みなら妾も付き合うぞ」



「「いえ、姫(団長)は、誘ってませんので」」


 空気の読めない2人が便乗しようしたがきっぱりと断られた。上官の愚痴話で、当の本人達はお呼びではない。



「ちっ、まぁいい。で、どうして嬢ちゃんたちがこんなとこまで出っ張ってきてんだ? 領都はどうした」


「その領都で面倒な騒ぎが起きた。知りたいか? 」


「ああ、知りたいね」


「パラミア神殿に賊が侵入した。賊は【竜の咢】という犯罪集団だ。頭目は【災禍】のオルス。村の放火と殺人、強盗……まぁ、【夜鷹の爪】と比べれば大したこともない小物だ。だが、奴らは神殿に侵入してとんでもないものを盗んだ」


「とんでもないもの? 」


「パラミア神の守護竜、聖竜アプラス。その系譜の竜の卵を奴らは盗み取った。今、妾たちがここにいるのはその後始末――と、いうわけなのだが、心当たりがあるだろうルデリック? 顔に出ているぞ」


 ざっと説明したルミネアは、特に驚いた様子も見せないルデリックとクロイスにそう笑いかけた。知っていることはすべて吐け。と言外にルデリック達に語り掛けていた。

 そんなルミネアに、ルデリックはため息をひとつついて肩を竦めた。


「そんなに顔に出ていたか? まぁな。その賊ならそっちの牢馬車の中にぶち込んでるよ」


 軽い口調で答えたルデリックにルミネアとモルドは、やはり……と内心でつぶやく。ドラティオ山脈へと逃げる【竜の咢】は、馬車で逃げているという情報を得ていた。ライストール辺境伯領からドラティオ山脈を越える道で馬車が通れるのは、正規のこの道に限られる。2人は、その一本道でルデリックと合流したことから【竜の咢】と先に接触していることを疑っていた。


「メルディ、確認してこい」


「はっ」


 ルミネアは、部下の女騎士へと確認するように指示を出す。女騎士が牢馬車へと案内されていくのを横目にルミネアはルデリックへと質問を続けた。


「卵の方は? 」


「そっちも回収できてる。……とは言っても少々面倒なことになってしまったけどな」


 そう言って苦笑するルデリックにルミネアはピクリと反応し、モルドは「まさか……」と声を零した。


「まさか、卵が孵ったなどと言うつもりはないよな? 」


「そのまさかだよ。

 嬢ちゃんのことだからトール様に送った報告書をもう見ているだろうけど、今うちに同行しているルズール村の村長に新しくなったカケルっていう魔物使い(テイマー)が、真竜の卵を孵しちまった」


 どうしたもんかね……とため息をつくルデリックの言葉にモルドは絶句し、ルミネアは舌打ちをした。


「っち、先を越されてしまったか」


「姫、まさか本気でしたのですか? 」


「機会があれば、試してみるのは当然だろう? それよりもルデリック。そのカケルとやらに会いたい。会えるか? 」


「嬢ちゃんが希望するなら。俺んとこの天幕を貸してやるよ」


「助かる。おお、それとカケルの配下の者たちにも会ってみたい。全員でなくていいから数人一緒に呼んでくれ」


「へいへい。特に希望がないならこっちで適当に決めるけど、どうする? 」


「うむ、ルデリックの好きにせよ」


「あいよ。あいつは、面白い奴だぞ」


「ほう、それは楽しみだ」


 そうして、カケル達は騎士に呼び出されて、ルミネアたちと顔を合わせることになったのだった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ルミネアはカケルと顔を合わせて、ルデリックの言った通り、確かに面白いなと感じた。



 こうして2つの騎士団のトップ4人を前にしても全く物怖じしない。場慣れしているというよりは、その反対で全く場慣れしていないからこそ余計な緊張をしていないように見える。


 

 超長距離の転移。


 神の悪戯とも考えられる大陸を跨いだ可能性もある遠い遠い異国から来たというカケルは、自分たちのような貴族や騎士とは接する機会がなかったのかもしれない。敬意は感じられても下の者が見せる権力者に対する恐れや敵意、畏敬といったものを一切感じられない。


 かと言って無知ではない。話していてスムーズに話せることからある程度の教養は感じられるし、礼儀作法も少々国とは異なるがあるように見える。何より魔法に長けているのだから学はある。傲岸不遜とは遠くかけ離れた性格は少々面白みに欠けるが、トールのように弄り甲斐のありそうな性格をしている。


 一目見ただけで並外れた実力者とわかる後ろの従者たちやカケルの頭の上で寝ている件の幼竜の安心しきった様子からして人望もあるようだ。それも相当に好かれている。


 経歴を抜きにしても今まで出会ってきた者の中にはいない不思議な男だとルミネアは思う。


 そう言えば以前、部下の魔物使いから『強い魔物を従える為には、従えるに足る相応の強さを魔物使いに求められる』と聞いたことがあったな……とルミネアは思い出した。


 

 ということはである。


 目の前のカケルは、後ろの従者たちを従えるに足る実力を持っているということだ。



(知りたいな。その強さは如何ほどなのか)



「……そう言えば、カケル。お前はルデリックと戦ったそうだな」


「え? あ、はい。村を出る前に一度だけですがルデリック騎士団長様と手合わせをしました」


「なかなか楽しかったぞ。お前があそこまでやれるとは正直思っていなかったからな」



「ほぅ……」



 ルミネアは、己の気持ちが昂るのを感じた。「あ、団長、まずいですよ」と、クロイスがルデリックに声をかけるももう遅かった。ルミネアの気持ちの昂りに呼応して金髪に青白い電撃が走り、バチバチと音を立てる。


「なぁ、カケル。私とも戦ってみる気はあるか? 」


「へ? 」



 こいつ(カケル)と闘いたい。


 ルミネアは、その思いをもう抑えれなかった。 





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 天幕を出て、仕合に向けて体を解すルミネアにモルドが声をかけた。

 

「姫、本気ですか? 」


「ああ、本気だ。真竜が認めた男など興味があるではないか」


「姫、今回の相手は、その辺のゴロツキや冒険者や傭兵でもなければ、騎士団の者でもないのですよ」


「良いではないか。ルデリックも構わんと言っている。それに相手も嫌とは言ってないだろう」


「言ってないだけでしょう。どう見たって困惑してるじゃないか」


 しれっと同意の上だというルミネアにモルドは、所在なさげに騎士たちの作った円陣の中心で立ち尽くすカケルを指差して異議を唱える。



「何も殺し合いをしようというわけではないだろ。ちょっと手合わせをするだけだ」


「姫のちょっとは、信用なりません。私が何度、冒険者と傭兵の両ギルドに呼ばれたと思っとるんですか」


「そう心配するな。相手は、ルデリックと十分に戦えたというし、治療の腕も立つと聞く。そうそうお前が心配するようなことにはならぬよ」


「あのですねぇ……。別に私は相手のことだけを心配しているのではないのですぞ。相手の実力は、未知数です。姫に万が一があっては困りますぞ」


 モルドの言葉にルミネアは、珍しくきょとんとした表情をした。自分が心配されているとは露にも思っていなかったという表情だった。その反応にモルドは、これだから姫は……とスキンヘッドの頭に手を置いた。

 

「そんなに心配ならお主が審判をせよ。危なくなったらお主の判断で止めればよい」


「はぁ……わかりました。それでいいでしょう」


「ああ、それとこれを預けておく。真剣だと万が一があるからな」


 これから仕合だというのに腰に差していた細剣を渡してきたルミネアに無駄だと知っているモルドは何も言わずに受け取った。





 騎士団の騎士たちが作った円陣の中へと入ったルミネアは、未だ戸惑いを見せているカケルに最後の確認を取っていく。ここまで来てごねるようであれば、無理にでも付き合って貰わねばなと頭の片隅に抱いていたルミネアだったが、それは杞憂に終わり、カケルは逃げれないと悟って、一度深呼吸して気持ちを戦闘モードへと切り替えて見せた。


(ほう……)


 ここにきて初めてカケルから向けられた闘気にルミネアは、内心感嘆の声を上げる。先程まで見せていた戸惑いは消え、驕りも怯えもない混じりっけなしの純粋な闘気だった。ここまで穏やかでそれでいてピリピリと肌を刺激する闘気は初めてだった。


(これは久しぶりに楽しめるかもしれないな)


 ルデリック達雷光騎士団が遠征に出たりと、暫く満足に戦えていなかったルミネアは戦いに飢えに飢えていた。その飢えた獣の目の前に落とされた獲物は、とても上手そうに獣の目には映った。



「はじめっ! 」



 モルドの開始の合図とともにルミネアは、全身に電気を流すことで跳ね上がった身体能力でもって、地面を駆けてカケルに迫る。


 その速さにカケルの目はついていけていなかった。


 あっさりと懐に入り込んだルミネアは、カケルの鳩尾に拳を繰り出した。しかし、カケルが咄嗟に前に出した腕でそれは防がれた。その際にルミネアの拳とカケルの腕との間に青白い電撃が流れる。


 が、カケルは応えた様子もなく、続けてルミネアが仕掛けた足払いを跳んで回避した。初見でルミネアの神速の動きに反応してみせたカケルにルミネアは、笑みを浮かべて上機嫌になる。


(対処してみせたか! くくっやるではないか。だが、逃がさん! )


 カケルが背後に跳ぶのと一緒に、ルミネアも前へと跳んだ。確実にカケルの動きを止める為にルミネアは心臓を狙った。


(とった! )


 ルミネアは、空中では避けれないと見ていた。心臓への一撃、カケルは果たして耐えれるか、とルミネアは考えていたが、その考えは早かった。


 ルミネアとカケルとの間に急速に空気が収束し、塊となってルミネアへと飛んできた。


「なっ!? 」


 予備動作が一切見られないカケルの無詠唱の【嵐弾(ストームバレッド)】をルミネアは避けることはできなかった。隙を突かれたルミネアは突き出していた腕を弾かれ、無防備だった胸へと当たった。身に着けた鎧がカケルの魔法に抵抗(レジスト)し、ルミネアが纏った魔力を帯びた電気が相殺してくれたことで吹き飛ばされるだけで済んだ。


 でなければ、肋骨の1本や2本折れていたかもしれなかった。


「無詠唱とは驚いた! 妾の動きが見えるのだな(ただの初級呪文(スペル)が減衰してなお、この威力か。全くとんでもない男だな)」


 魔法に長けているというのは真であるようだ。とカケルの評価を上方修正する。


(だが、妾の速度はあがる。お主はどこまでついてこられるかな? )


「では、もっと速度をあげるぞ! 」


 ルミネアは、普段は抑えていた力を解放する。体の奥から吹き出した力が髪へと伝わり、全身へと広がる。彼女の全身が帯電し、バチバチと音を立てて青白く輝く。


 ルミネアが追撃するよりも早く間に合わせて見せたカケルの無詠唱での呪文(スペル)の発動速度は、極めて厄介だった。攻撃に合わせたカケルの魔法のカウンターを警戒したルミネアは、カケルが速さに慣れる前に視界を奪うことにした。つまり、顔を掴みにいった。


 先程の数倍の速度でルミネアはカケルに迫る。先程の速度に辛うじて反応していたカケルの目には、到底捉えられることのできない速度だろうとルミネアは、思っていた。


 しかし、その考えは掴みかかったルミネアの右手をカケルが躱したことであっさりと覆された。


(なにっ!? )


 偶然か!? とも思ったルミネアの脇腹を打ち抜く鋭い掌底が叩き込まれる。


「うぐっ」


 緩んでいた腹筋を貫き、容易く内蔵へと衝撃は浸透した。体内で弾けた痛みをルミネアが感知するよりも早くルミネアの体は宙を舞い、地面に強かに背中を打ち付けた。


「かはっ」


 その衝撃で肺から空気が全て吐き出された。


 脇腹の痛み。背中の痛み。息のできない苦しみ。


 

(な、何が起きた……。投げられたのかわたしは? )


 理解できない攻撃にルミネアは困惑するが、頭上でカケルの動く気配を感じて我に返る。


(いかん! )


 マウントを取られる危機を感じたルミネアは咄嗟に地面へと全力の電撃を流した。そのあまりの威力に一瞬、閃光が迸った。カケルが飛び退いた気配を感じてルミネアは、体を起こした。


 カケルは、少し離れた先に立っていた。先程の攻撃に応えた様子はなかった。あれでもカケルを傷つけることはできなかった。



 息もまだままならないというのにルミネアの口から自然と笑い声が漏れた。


「くふっ、こほっ、くふふっ……くはははっ! こうも綺麗に投げられるとは思わなかった。真に見事! お主、妾の電撃が効いておらぬな? 余程、電撃への耐性が高いのだな」


 帯電した自身に触れてもダメージを負わないカケルにルミネアは、そう見当をつける。


(ならば、こいつはどうだ)


 ルミネアは、胸の奥からさらに力を引きずり出す。青を帯びていた白はより一層白く輝き、角も発光灯のように光り輝く。そして、その角から放たれたのはこれまでとは違う、より強力になった白い電撃だった。


「うおっ!? 」


 カケルは、雷速に匹敵する速さの白い電撃に反応して躱そうとしたが、そんな身を捩った程度ではこの電撃を回避することはできなかった。カケルにその意図がなかったとしても、帯電したルミネアに触れたカケルは感電し、ごく微弱ながら帯電していた。その微弱な電気が白い電撃をカケルのお腹へと導いた。



 白い電撃がお腹に直撃したカケルは、その衝撃で高々と吹き飛んだ。どよめきが辺りから響く。

 カケルは、吹き飛ばされた先で何事もないかのように着地したが、お腹を擦っているあたり効いてはいるようだった。



「これくらいなら効くのだ、なっ! 」


 有効打を見つけたルミネアは、ここぞとばかりにカケルへと白い電撃を連続で叩き込んでいく。


 追尾してくると気づいたのかカケルはギリギリの回避を狙わず、地面を転がって躱していく。その度に、白い電撃が地面を穿ち、土砂を跳ね上げた。時には、円陣を作る騎士のすぐ足元に落ちることもあって、騎士たちは蜘蛛の子を散らすかのように円の大きさを広げた。子供たちの方へと飛んできた電撃は、天狐たちが片手間で相殺していた。



「ほらほらほらっ! どうしたカケル! 手も足もでないかっ! 」


 気分が高揚しているルミネアは、実にいい笑みを浮かべながら白い電撃を連発する。


 と、その時、返事とばかりに地面を転がるカケルから眩い閃光と共に白い雷撃が飛んできた。ルミネアが放っていた電撃を飲み込んでルミネアへと迫る。


「無駄だ! 」


 しかし、それはルミネアの腕の一振りであっさりとかき消された。


「ははははっ、【雷魔法】も扱えるか。しかし、妾にその類の魔法は効かぬぞっ」


 カケルの反撃をあっさりと打ち消したルミネアは哄笑する。


「ん? 」


 しかし、先程までいた場所にカケルの姿がないことに気づき、その哄笑は途切れた。



 ジャリ……という、砂を踏む音がすぐそばでする。


「なにっ!? 」


 先程まで遠くで転げ回っていた筈のカケルが懐に潜り込んでいることにルミネアは驚く。ルミネアが距離を取ろうとするよりもカケルの突き出した掌底が届く方が早かった。


(くっ、避け切れぬか――! )



 避けきれぬことを悟ったルミネアは、胸の奥の力を解き放った。その瞬間、彼女の肉体は雷化し、カケルの掌底はすり抜けた。


 雷化したルミネアは、雷速となった速度で身を翻して宙を舞う。


 そして、捉えた筈の攻撃を躱され思考が空転するカケルの隙だらけの右側頭部へと渾身の回し蹴りを放った。


 雷速の回し蹴りなど躱せる筈もなくカケルの頭は揺れ、体が左へと傾いだ。


 この時、カケルの意識は確実に刈り取られていた。



(どうだ――! )


 頭を蹴りぬいた手応えに勝利を確信するルミネア。しかし、それを実感する前にルミネアの足を誰かが掴んだ。


 否、意識を失った筈のカケルが頭を蹴ったルミネアの右足を掴んでいた。それも雷化したルミネアの足を掴む為に右手に魔力を纏うという繊細な技を用いて。


(ばかなっ!? )


 即座に反応したカケルにルミネアはまだ意識があるのかと驚くと同時に今の自分の足を掴んだことに驚愕する。


――ゴオッ


 カケルを中心に大気が押しのけられるかのように、カケルの体から膨大な魔力が噴出する。その濃密な魔力の気配にルミネアは、ぶわっと全身から冷や汗が流れる。


(なんという量の魔力だ……)


 ルミネアはこの捕まった状態でこれ程の魔力を使用した魔法を至近距離から放たれたらと想像し、身震いする。


 ゴクリと息を呑む。

 ルミネアは、カケルの手を振り解くのも忘れてカケルに魅入った。



 しかし、カケルがそれ以上何かをすることはなかった。


 ふっ、と先程までルミネアを圧迫していたカケルの魔力が霧散する。そして、意識をとうに失っているカケルは、糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。



「勝負あり! 勝者ルミネア=ライストール! 」



 審判であるモルドの判定が下り、騎士たちの歓声が沸き上がった。


 雷速の世界での出来事は、周りに見ている者たちにとってはほとんど一瞬であった。ルミネアの足が最後カケルに完全に掴まれたことに気づけた者は多くなかった。精々、咄嗟にカケルの出した手の傍でルミネアが足を止めたようにしか見えなかった。そして、カケルの魔力の一瞬の放出に気づけたものはもっと少なかった。






「カケル! 」


「カケルさん! 」


 勝敗が決してすぐにカケルを心配した天狐とレナが、倒れたカケルの元へと駆け込んできた。

 それに遅れてわっ、と子供たちと仲間たちが集まる。天狐は、すぐにカケルを楽な体勢に寝かせてさり気なく膝枕をして、カケルの状態を確認する。レナは、あわあわとテンパりながら外傷がないか目を配る。


「ミカエル、回復! 」


「ひゃ、ひゃい! 」


――【癒しの聖光】


 天狐に言われてミカエルがあわあわと胸を揺らしながらカケルへと癒しの効果がある光を浴びせる。


「おい、狐の嬢ちゃん。カケルは大丈夫か? 」


 カケルの様子を見にきたルデリックが天狐へとカケルの容態を聞く。


「ええ、大丈夫よ。単に気絶しているだけだから。念の為ミカエルに治療してもらったからじきに目を覚ますわ」


「そうか」


 天狐の返答にルデリックは、安心したように息をついた。


「しかし、カケルは頑丈だな。あの嬢ちゃんの回し蹴りを食らって首が飛んでなければ折れてないんだから――っと、すまねぇ。今のはなしだ。あいつには後で言っとくから」


 カケルを心配する天狐たちの前で無神経なことを言うルデリックに仲間たちの咎めるような視線とレナの涙目とラビリンスの泣きそうな顔が向けられ、ルデリックはすぐに前言を撤回して謝った。




 居づらくなった場所から早々に退散し、ルデリックはその足でルミネアへと声をかけた。


「よぉ、カケルと戦ってみた感想はどうだ? 」


「……ああ、実によい戦いだった。あれは、面白いな」


「だろう? あいつ面白れぇだろ。駆け引きや身のこなしは粗削りだが、技や身体能力がピカ一だ。嬢ちゃんの動きにだって初見なのによくついてきただろ」


「初見であそこまで妾の動きについてこれたのは、人でならカケルが初めてだな。それに妾よりも早く動いたのもあれが初めてだ」


 カケルから視線を外した一瞬で懐に踏み込んできた速さ。最後に見せた莫大な魔力。

 それらを思い出してルミネアは、体が熱くなるのを感じた。ゾクゾクと背筋が震えた。はぁぁ、と熱い吐息が口から零れ出た。



 あれはいい。実にいい。



 彼女の本能が、そう彼女に囁いていた。




 そうしているとカケルが目を覚まし、ルデリックが声をかけにいった。一言、二言、言葉を交わしてルデリックは、カケルを立ち上がらせた。


 ルミネアは、2人の話に割り込む形でカケルへと声をかけた。



「参りました。ありがとうございました」


「うむ。真に楽しい戦いだった。久々に体が熱くなったぞ」


 カケルは、素直に負けを認めて手を差し出した。その潔さと楽しかったと、敵意の欠片もない目で語るカケルにルミネアは、評価をこれ以上なく上方修正する。



「そう言えば、治療はもう済みましたか? 」


「む? いや、まだだ」


「あ、それなら、よければ私が治療しましょうか? 」


「うむ。頼もうか」


 カケルの申し出にルミネアは、2つ返事で了承した。


「では……【清水の癒し(アクアハイヒール)】」


 カケルが、詠唱を破棄して呪文(スペル)を唱えるとルミネアの身体にカケルの魔力が流れ込み、戦いで痛めたルミネアの体を癒した。痛みが引いていき、これまでの強行軍で溜まっていた疲労さえも解きほぐされていく。その温かく優しい癒しの魔力に自然とルミネアの頬が緩んだ。


 

 ああ、やはり欲しい。


 彼女の本能が再び騒ぎ出す。



 どうすれば、手に入る。


 そう考えた時、彼女の頭にはある一つの解決法が浮かんだ。



「お主にはもう妻がおるのか? 」


 気づけば、ルミネアはカケルへとそんなことを尋ねていた。


「へ? い、いいえ」


「では、婚約者はおるのか? 」


「いいえ! 彼女だっていたことはありませんよ! 」


「そうか。ならばカケル、妾はどうであろうか? 」


「は? 」


「妾を妻にする気はないか、と聞いておるのだ」



 カケルを夫にすれば、私のものだ。



 ルミネアは、所有権を主張するかのように固まるカケルの頬へとそっと口づけをした。




雷姫の雷化による雷速回し蹴りは常人に放つと、雷が頭に直撃した上でボーリングの玉が高速で直撃するようなものなので首が飛ぶどころか消し飛びます。


殺しが目的でなければ、ルデリックとごく一部の実力者にしか使われない必殺技です。(雷化してると大抵が必殺になってしまうのだけど。

同行している仲間は直撃しても耐えれる(ラビリンスは無理。

ポチや小鴉とかに至っては雷速にもついていけるので避けれる。



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