85 「村長は自問する。雷姫との手合わせ」
どうしてこうなった。
俺は実にいい笑みを浮かべてるルミネアさんと対峙しながら自問する。
あの後、特に幼竜のことや自分たちのことを問題視されることはなく、主にルミネアさんが投げかけてくる雑多な質問、多くは戦いの腕前について答えていくだけのものだった。モルドさんやルミネアさんから好奇な視線を向けられるくらいで敵意のようなものが感じられなかったので、このまま無事に終わりそうかなと感じていた。
その雲行きが怪しくなったのは、「そう言えば、ルデリックと戦ったそうだな」というルミネアさんの発言からだった。それを俺が肯定するとルミネアさんは自分とも手合わせをしろ、と要求してきた。俺が返答に困っているうちにこうして天幕の外、空いた広場へと連れ出された。
周囲には、大勢の雷光騎士団や雷龍騎士団の騎士たちが俺とルミネアさんを中心に円陣を組むようにして見物している。その中には、心配そうに、もしくは楽しそうにこちらを見る天狐たちの姿や腕を組んで面白そうにこちらを見るルデリックさんや顔を青くしたクロイスさんの姿があった。話を聞きつけてきたのか、天幕に呼び出されていなかった仲間や子供たちの姿もあった。
「魔法が得意なのだったな。遠慮なく使ってくれて構わない。その代わり、私も似たようなことをさせてもらう。武器は真剣を使ってくれてかまわない。治療の腕もかなりのものなのだろう? 多少、腕が飛ぶくらいなら問題ない。なに、仮にそのようなことになっても後から問題にしたりはせぬよ」
ルミネアさんはそう言って構えをとる。腰に差していた細剣は鞘ごと副団長のモルドさんに預けていて、無手である。鎧を着ているとはいえ、露出の多いその鎧ではお腹は剥き出しで素肌が露わになっている場所が多い。これ、本当に鎧としての役割を果たしているのだろうか……。実用的な鎧ではなく、コスプレ用だと言われた方が納得できる。
「わかりました。遠慮なく使わせてもらいます。けれど、武器は私も使いません。素手で行かせてもらいます」
言いたいことはいろいろとあるが、ルミネアさんが今にも攻撃してきそうな気配を出している以上、下手な言い訳は問答無用の開戦になりそうなので俺も仕方なく構えをとった。
この強引さ。そして、話していて感じる印象は、村に残してきた問題児たちに通じるものがあった。問答無用で殴り掛かってくることはありそうだった。
ルミネアさんのように俺も武器は何も持っていない。武器を使ってもいいというけど、相手が使わないのなら俺も使わない。訓練と割り切っていても未だにゴブ筋に武器を向けることに気後れがあるので使わなくてよいなら使う気はなかった。素手だったらいい、というわけではないけど武器を使うよりも気持ちは楽だった。
「ほぅ。しかし、そのような恰好でよいのか? 鎧が無いのであれば、うちの騎士団のを貸し出すぞ」
「大丈夫です。こう見えても付与をいくつも施していますので、鋼鉄の鎧よりも頑丈です。お気遣いありがとうございます」
「魔法衣か。そう言えば、自作できるのであったな。うむ。そのままでよいというなら、始めようではないか。
モルド、開始の合図を出せ」
「はい。わかりました」
モルドさんが、苦笑を浮かべて円陣から一歩前に出てきた。
「姫。くれぐれもやりすぎないで下さいよ」
「カケル。こいつに遠慮なんていらないからな。開始早々特大のをお見舞いしてやれ! 」
「カケルー。無理しないでねー! 」
「村長、頑張れー! 」
「カケルさん、頑張ってください」
「そんちょー、がんばってー! 」
外野から仲間たちから声援が飛んでくる。
下手な戦いは出来ないな。と自分の気を引き締める。
「それではいきますよ。よーい、はじめっ! 」
モルドさんの開始の合図とともにルミネアさんが、その場から消えた。
否。凄まじい速さで前へと飛び出してきたのだ。
「っ!? 」
気づいた時には、体勢を低くしたルミネアさんが懐に滑り込んできていた。咄嗟に腕を前に出して、ルミネアさんが鳩尾を狙って繰り出した拳を腕で受け止めた。受け止めると、バチッと受け止めた腕から全身に電気が走った。ビックリしたけど、ゴブ筋のパンチに比べたら屁でもない。
ルミネアさんが足払いを仕掛けてくる。その場から後ろへ跳んで回避する。その際に一瞬、ルミネアさんと目が合った。その目は、新しい玩具を前にした子供のように輝いていた。
本当、サタンたちに似ているなこの人は……!
ルミネアさんの姿がまた一瞬ぶれて、後ろへ跳んだ俺をすぐに追ってきた。突き出された掌底が心臓を的確に狙ってきている。
また、ビリビリがくるのだとしたら心臓の間近に打ち込まれるのはまずいだろう。
――【嵐弾】
「なっ!? 」
追ってくるルミネアさんに、無詠唱で圧縮した空気の塊をぶつけた。突き出していた腕を弾くとともに直撃で生じた突風でルミネアさんを吹き飛ばした。如何に素早いルミネアさんでも空中では身動きが取れないだろう。
――【アクセル】
――【韋駄天】
生まれた僅かな時間で、ルミネアさんの速度に追いつけるように自身に速度上昇のバフをつけた。
「無詠唱とは驚いた! 妾の動きが見えているのだな」
数メートルほど吹き飛ばされた後、着地と同時に地面に手をついて勢いを殺したルミネアさんはそう叫んだ。
「では、もっと速度を上げるぞ! 」
金髪の中でバチバチと音を立てて帯電していた青白い電気が彼女の全身へと広がり、彼女の全身に帯電する。青白く輝く彼女は、再びこちらへと飛び出してきた。
速い……!
先ほどよりも数段速度が上がっている。しかし、自身にかけたバフのお陰で対応できない速さではない。
顔面を掴もうとしてきたルミネアさんの右手を躱して、逆にがら空きの脇腹へと掌底を入れる。
彼女に触れる直前にバチンッと感電したが、構わずそのまま掌底で脇腹を打ち抜く。
「うぐっ」
怯んだ彼女の懐へと入り込み、左腕を掴む。バチバチバチっと彼女の纏う電気が俺へと流れてくるが、俺はそれを無視して投げた。
「かはっ」
受け身もできずに地面に背中を強かに打ち付けたルミネアさんは、息を口から吐き出して悶絶する。
あとは、拳を眼前に突き出せば勝ちかな。
と思った矢先に、身の危険を感じた俺はそこから飛び退った。
一瞬、遅れて彼女を中心に青白い電撃が閃光とともに地面を放射状に広がった。先程までとは比べ物にならない威力の電撃だった。現に、電撃を受けて地面が蜘蛛の巣状にひび割れていた。
「くふっ、こほっ、くふふっ……くはははっ! こうも綺麗に投げられるとは思わなかった。真に見事! お主、妾の電撃が効いておらぬな? 余程、電撃への耐性が高いのだな」
電撃に対する耐性はカンストしている。ルミネアさんが身に纏っている電気程度では、HPはほとんど減らない。
純粋な剣技と圧倒的膂力で攻めてくるルデリックさんと違って、雷撃とスピードで攻めてくるルミネアさんとはどうやら相性が良いようだった。
ルミネアさんは、楽しそうに笑いながら立ち上がる。せき込んではいるが、堪えたような様子は全くない。モルドさんも止める様子がないからまだまだ試合は続行のようだった。
ルミネアさんは、電撃があまり効かない俺相手への加減は、不要と感じたのか。身に纏う電気がより一層強くなり白くなる。頭部の角にも青白い電気が帯電して、角が白く輝いて見える。
と思っていると、角から白い電撃が飛んできた。
「うおっ!? 」
驚いた俺は仰け反って躱そうとしたが、白い電撃は俺の体に吸い込まれるように弧を描いて直撃した。
バヅンッと音がして、衝撃で吹き飛んだ。
体の中で入ってきた電撃が暴れまわって目がチカチカとする。
い、今のは効いた。
何とか着地しつつ、俺は直撃したお腹を擦る。皮膚が火傷したようにヒリヒリする。HPも1割ほど削れていた。
「ほう、これくらいなら効くのだ、なっ! 」
表情に出ていたのか、ルミネアさんは連続で白い電撃を放ってきた。
まじかっ。
俺はその場から転がって難を逃れる。
白い電撃が外れて、すぐ傍の地面をごっそりと抉った。
おいおい、まっすぐ飛んできていたのにすぐそばの地面に当たるのはどういうことだ。
どうやらあの白い電撃は、追尾式らしい。
全くもって厄介だった。
立ち上がるよりも早くルミネアさんが次々と角や手から白い電撃を撃ってきているので、俺は情けなかろうが地面を何度も転がって躱す。泥だらけになるなんてゴブ筋との朝練では日常茶飯事だ。
――【白き雷撃】
転がりながら、俺は細やかな嫌がらせとしてルミネアさんへと似た呪文を放った。
「はははっ、【雷魔法】も扱えるか。しかし、妾にその類の魔法は効かぬぞっ」
でしょうね。
しかし、ルミネアさんが迫ってきた雷撃をわざわざ振り払うという一手間をしたお陰で、一瞬だけど攻撃の手が止まった。
「【瞬き】! 」
その隙に地面を蹴って走る。時間の流れが遅くなったかのように周囲の景色がゆっくりと、しかし高速で後ろへと流れていき、反対にルミネアさんが目の前に迫ってくる。一瞬消えたように見える俺にルミネアさんは驚いている様子で、接近している俺にはまだ気づいていないようだった。
――【絶縁体】
電撃の耐性を一時的にだがより一層高める。
ルミネアさんの懐に入り、左足を踏み込む。
「なにっ!? 」
この時になって、ルミネアさんが気づいた。
しかし、ルミネアさんが何かをするよりも俺が掌底を腹に突き出す方が早かった。
「【浸透掌】! 」
掌底はルミネアさんの鳩尾へとはいった――
かに思えた。
まるで、霞に映った幻影に攻撃をしたかのようにルミネアさんの体をすり抜けた。
え?
虚を突かれて思考が空転する俺が最後に目にしたのは、銀の隙間から見える白だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
誰かに体を揺すられる感覚に目を覚ますと天狐に膝枕をされていた。
「大丈夫カケル? 」
「あ……えと、俺は負けたのかな? 」
「ええ、そうよ。相手の回し蹴りがカケルの側頭部に綺麗に決まってね。頭の痛みとかは残ってる? 」
そう言われて俺は頭を擦るが、それらしい痛みはなかった。もう治療済みなのだろう。
「大丈夫みたいだ。ありがとう天狐」
天狐に礼を言って体を起こす。気絶してからそう時は経っていないのだろう。まだ周囲には騎士団の騎士たちや仲間たちが残っていた。
「お疲れさん。後少しだったのに残念だったな」
ルデリックさんが近づいてきて声をかけてくる。「立てるか? 」と言って手を差し出してきたので、お言葉に甘えて手をとって立ち上がる補助をしてもらった。
「そう、ですか? 最後どうして当たらなかったのかが不思議です」
「あーあれはな「妾の持つ【雷化】を使ったのだ」」
俺の疑問にルデリックさんの言葉に被せるように答えたのは、ルミネアさん当人だった。
「それって、雷の精霊化したってことですか? 」
「うむ、そうだ」
なるほど。道理で物理攻撃だった掌底がすり抜けてしまったわけだ。
精霊に魔力を纏わない物理攻撃は無効なのだ。ってことは、攻撃を外して隙だらけのところをルミネアさんは回し蹴りで俺の頭を打ち抜いたってことか。
痛みも感じる間もなく意識を失ったのは俺が弱いからなのか、ルミネアさんがそれだけ上手かったのか……
うん。ルミネアさんがうまかったということにしておこう。
「参りました。ありがとうございました」
「うむ。真に楽しい戦いだった。久々に体が熱くなったぞ」
俺は素直に負けを認めて、ルミネアさんへと手を差し出した。ルミネアさんは、それを鷹揚に頷いて手に取った。
「そういえば、治療はもう済みましたか? 」
ふと気が付いたことを聞くとルミネアさんは、まだだと答えたので「よければ、私が治療しましょうか? 」と聞いてみた。断られるかとも思ったのだが、あっさりとOKが出たので、俺はルミネアさんに回復呪文をかけた。
「ふむ……お主の治療は気持ちいいな。それに速い。本当に腕が立つのだな」
ルミネアさんは、頬を緩めて笑みを浮かべながら褒めてくれる。ちょっと照れる。
「ところでカケル。お主にはもう妻がおるのか? 」
何の脈略もなくルミネアさんは、突然そんなことを俺に聞いてきた。
「へ? い、いいえ」
俺は、ルミネアさんのHPバーに向けていた視線をルミネアさんへと向け直した。
「では、婚約者はおるのか? 」
「いいえ! 彼女だっていたことはありませんよ! 」
急に何を聞いてくるんだ。ずいと顔を寄せてくるルミネアさんに俺は仰け反って答えた。
「そうか。ならばカケル、妾はどうであろうか? 」
「は? 」
「妾を妻にする気はないか、と聞いておるのだ」
ルミネアさんは、俺の頬に手を当てて問うてきた。
人生初めての告白に俺は戸惑いを隠せなかった。固まる俺の頬にルミネアさんはそっと口づけしてきた。
途端に周囲が大きくどよめき、俄かに騒がしくなってきた。
どうしてこうなった。
ラビリンスの「今キスしたっ!? マスターがほっぺにキスされた!」という叫びが耳の中で何度も反響する中、俺はそう自問せざる得なかった。
【嵐弾】
【風魔法】で覚える呪文
高密度に圧縮した空気の塊を敵にぶつける。
直撃の際に激しい突風が生じて吹き飛ばしの効果がある。
普通の木であればへし折れるほどの威力はある。
【白き雷撃】
【雷魔法】で覚える呪文
高威力の直線的な雷撃を放つ。自動追尾するような効果はもたないが、その分威力が高く。直撃した敵のスタン発生率が高く。状態異常の感電になりやすい。
【雷魔法】の特徴でもあるが、攻撃の速度が速いため、例え直線的にしか進まなくても、発動してから避けるのは困難。
【絶縁体】
【土魔法】で覚える呪文
一時的に雷撃に対する耐性を上げる。また、その間、状態異常の感電を無効化する。※感電していた場合は、解除される。
【浸透掌】
【拳】スキルで覚える武技
内部へとダメージが浸透しやすい貫通技。
硬い外骨格や鱗を持つ魔物などに特に有効。反対に、ゴーレムなどの内部も硬い無機物系の魔物には効果が薄い。
【雷化】
固有スキルに該当するスキル。
体を一時的に雷の精霊化する。精霊のように体は霊体化し、魔力を纏っていない物理攻撃は無効となる。
また、雷の精霊へとなるので、その速度は雷速となる。
・状態異常【感電】
一時的に行動が不能となる。スタンよりも長く、麻痺よりも拘束が強く。気絶とは違って意識ははっきりしているのが特徴。また、その間に触れた対象にも低確率で【感電】させる可能性がある。




