84 「村長と雷姫の初対面」
騎士団が慌ただしくなってからしばらくしないうちに騎士の1人が、こちら側へと来て俺は呼び出された。天狐たちの何名かも指名で一緒に来るように言われたので、天狐、ゴブ筋、小鴉、モグ、セレナ、それと赤兎馬が同行することになった。あと、幼竜も一緒に連れてくるように言われた。
「何かしらね? 」
「攫われたこの子を追ってきた神殿の関係者なのかもしれないな」
何故、天狐たちまで呼ばれたのかまでは分からないが、あまり公にしたくはないだろう幼竜をわざわざ連れてくるように言ってきたのだから関係者だと言うことが容易に考えられる。
「じゃあ、私達のお話が聞きたいってことなのかしら? 」
「そうなのかもな」
あとは、俺たちの素性を改めて探りたいっていう線もあるかな。
自慢できることではないが、バッカスさんやルデリックさんに散々言われてるようにちょっとばかし普通の村人とは違うからな。
「――ルズール村の村長のカケル以下、その従者6名をお連れしました! 」
呼び出されたのは、騎士団の天幕の中でも一際大きな天幕だった。以前にルデリックさんから作戦会議などを行うための場所だと教えてもらったところだった。
「入れ」
天幕の中からクロイスさんの声がする。入室の許可が下りて、警護につく騎士の人達によって出入り口の帳が開かれた。食事時というのもあって、武器の類を見えるところに身に着けていなかった俺たちは特に何も言われずに中へと入った。
実は小鴉なんかは懐にクナイとか暗器を仕込んでいるのだけど、身体検査もないということは問題はないのだろう。
それが必要になることもないだろう。
天幕の中にはルデリックさんとクロイスさんの他に見知らぬ金髪の美少女とスキンヘッドの巨漢の騎士が座っていた。
金髪の美少女は頭から鹿のような角を生やして、下乳から臍にかけて白磁のような白い肌が露出した鎧を着ていた。スキンヘッドの巨漢の方は褐色の肌で、頭に太く刻まれた白い古傷があり、ゴブ筋に匹敵する筋肉隆々の立派な体躯も相まって歴戦の戦士といった風格を醸し出していた。着ている鎧も華美な装飾のない武骨な鎧でありながら、一目でいい素材が使われていることがわかる一級品の代物だった。一見、真新しく見える鎧だけど、何度も【修理】の呪文が使われた形跡がある。随分と使い慣らされている愛用のものだと思える。
見知らぬ2人の視線は始め、俺の頭の上に乗っている幼竜に向けられ、次いで俺へと向けられる。それから背後の仲間へと順に向けられ、最後に再び幼竜へと注がれた。
スキンヘッドの騎士からその胸の内を窺うことはできなかったが、少女の方から面白げなものを見る目で見られているように感じた。
「おお、来てくれたか。飯時に急に呼び出してしまってすまなかったな」
「いえ、お気遣いありがとうございます」
普段のように気安く声をかけてきたルデリックさんの横でクロイスさんがギロリとルデリックさんを睨んでいた。
ルデリックさんが一瞬顔を顰めた。
テーブルの下でクロイスさんがルデリックさんの足を踏んでいるのだろうな……
「ッ、っと、それでだ。カケルを呼んだのは、その頭に乗っている真竜の子に関することだ」
やはり呼び出したのは幼竜のことが関係していたようだ。
「遠方から来られたカケル殿は知らないと思うが、そちらのお二方は我らが雷光騎士団と双璧を為す雷龍騎士団の団長のルミネア様と副団長のモルド殿です」
クロイスさんが、初対面の2人の騎士のことを紹介をしてくれる。
雷龍騎士団という名は、一度バッカスさんの口から聞いたことのある名前だった。
傭兵や冒険者上がりの雷光騎士団とは違って団員の多くが生粋の貴族で、男女の比率が大きく女性に偏っている騎士団だ。そして、お飾りなどではなく雷光騎士団に比肩する精強な騎士団という話だった。
あと、そこの騎士団長が領主のトール様と異母兄弟の姉なんだっけな。
そんなことを思い出していると、そのルミネアさんと目が合った。俺と目が合うとルミネアさんの口元がにやりとつり上がった。
「ルミネア=ライストールだ。お主がカケルか。話は聞いているぞ。随分と面白い男だそうだな。
大規模な長距離転移に巻き込まれた迷い人。破格の力を持つ従者を幾人も従えるテイムマスター。【夜鷹の爪】の残党の討伐。壊滅した村の復興。この辺りに迷い込んだのは二カ月程前のようだが、その短い間に色々としていたそうだの? お主の処遇をどうしたらよいか、あやつは頭を抱えておったぞ」
そう言ってルミネアさんは、口元を手で隠してクスクスと笑った。
あ奴とは誰を指しているか分からず、俺はあいまいに頷いた。
「お主とは一度会って手合わせしたいとは思っていたが、それはまぁよい。
妾らがこのようなところにまで出張って来たのは、【竜の咢】と聖竜の卵のことでだ。
【竜の咢】の賊共はあろうことかパラミア神殿に盗みを働いて聖竜の卵を掠め取って姿を晦ましおってな。聖竜の卵は神殿にとって重要なものであるのは言うに及ばず、万が一にも神殿に卵を託した親竜の逆鱗に触れれば事なのでな。妾ら雷龍騎士団が出張ることになったのだが、あちらも中々に悪知恵を働かせてワイバーンの卵なんていうダミーまで用意して10のグループに分かれて逃げおってな。どれが本命か分からぬ上、もたもたしておると領地を跨がれて迂闊に手を出せなくなる故、こちらも隊を分けて追うことになったのだ。それで妾らは、こちらに逃げた賊を追ってきたということなのだ」
「まさかドラティオ山脈を抜ける無謀なルートが本命ですとはなぁ。姫の直観はよく当たりますな」
「ふふん、そうであろう。
しかし、既に賊が捕らえられておるとは思いもしなかった。それに聖竜の子が生まれておるなど考えもしなかったぞ」
ルミネアさんは、そう言って幼竜を一瞥する。幼竜は、このような状況にも一切頓着することなく頭の上でぐっすりとお休みしている。
「やはり孵化したのはまずかったのでしょうか? 」
俺は気になっていることをルミネアさんに問うた。
「問題なかろう」
その返答は、とてもあっさりしたものだった。
「卵がいつ孵化するかなど、端から人が決めれるようなことではない。お主が手にした時がちょうどその時であったのだろう。
それに聖竜の卵を孵化させたからと言って、神殿側が文句を言うことはなかろう。過去には、一介の冒険者や孤児が神殿の聖竜を孵化させてドラゴンライダーとなった話もある。有名な話であれば、三代前のオストニア伯爵がローニア神殿の守護竜の卵を孵らせて愛竜とした話もある。
妾も機会があれば……と思うておったが、先を越されてしまったの」
「いやはや、残念でしたな」
ルミネアさんの話を聞いて、ルデリックさんとクロイスさんに目を向けると、2人ともそう言えばそんな話もあったな。といった表情をしていた。2人とも忘れていたようだ。
「しかし、パラミア神殿に一言もなし、というわけにはいかんからお主には妾らと一緒に神殿に来てもらうことになるぞ。ああ、一応領主なのだし、あやつにも報告せねばならぬな。くくくっ、一体どんな反応をするのか今から楽しみだの」
「ったく、あんまり弄ってやるなよ」
ルミネアさんは、報告する時の相手の反応を想像したのか、クスクスと楽しげに笑った。それをルデリックさんが苦笑混じりに窘めた。
もしかして、あやつっていうのはトール様のことなのかな?
何だか俺のことで苦労を重ねているようで、まだ会ったことのないトール様に心の中で謝罪した。
そして、幼竜の件が問題ないと言われて俺は、胸の内でホッと息を吐くのだった。
【修理】
耐久値が設定されているアイテム、武具・防具・道具などの消耗した耐久値を回復する無属性の呪文。
生産系統のスキルを習熟することで覚えることのできる呪文。
対象とするアイテムの種類に則した生産スキルの習熟度によって補正がかかる。
この上位呪文として【完全修理】や【修復】がある。
【完全修理】は、アイテムの耐久値を最大値まで回復する呪文。
【修復】は、耐久値を全損し、破損したアイテムを元に戻す呪文。※その際に耐久の最大値が減る。
・神殿と守護竜
大体の神殿では竜もしくはそれに代わる魔物が守護獣とされている。守護獣とされる魔物は、大半が知性ある魔物。守護獣たちは神に仕えているのであって神殿に仕えていないので、余程のことがない限り神殿は守護獣の意思を尊重する。
ドラゴンライダーの話は一部では有名だが、世間一般的にはほとんど知られていない。また、そのようなことが起きるのは五十年に一度あるかないかといった極稀な例の話。




