80 「村長たちの4日目の夜」
ドジな盗賊を捕まえたり、幼竜が旅に加わるハプニングがあったけれど、その日のうちに崖道を越えることができた。そして、日が沈む前に今日の野営地へと辿り着いた。
今日の野営地は石がゴロゴロとした広場で、近くに湧き水が湧く水場があった。
「モグ、この広場をみんなが寝泊まりしやすいようにしてもらえるか? 」
「うん、わかった。頼んでみるねー」
足場が悪かったのでモグに整地を頼んだ。2つ返事で了承してくれたモグは、早速土の中に潜ってその土地の土精霊に話をしにいった。数分と経たずに戻ってきたモグは、俺に対して「いいって! 」と話がついたことを教えてくれた。
「えいやー! 」
可愛いかけ声とともにモグが両手をぺたんと地面に置いた。
すると、地面が軽く鳴動し広場にそこら中に転がっている石がカタカタと揺れ始めた。
まるで意思を持つかのように大量の石がさーっと波が引くように転がり動き広場から取り除かれる。石が除かれて剥き出しになったでこぼこな地面は、表面が蠢いて水面のように波紋を生じさせてあっという間に地面を平らに均した。
「ありがとう」
「んふふ~」
頼みを聞いてくれたお礼に頭を撫でたモグは、嬉しそうにはにかんだ。
「クルルゥ」
そうしていると、俺の頭に乗っていた幼竜が鳴き声を上げた。前足でてしてしと頭を叩いてくる。顔を前に伸ばしているのがなんとなくわかった。
「ん、どうした? お前も撫でて欲しいのか? 」
生まれたばかりの幼竜はまだ喋れないので、俺は幼竜の様子から推測した。
「クルルゥ、キュルルゥ」
頭の上に手を伸ばすと幼竜は、甘えるようにその掌に頭を擦りつけた。幼竜のまだ弾力があって柔らかい小さな角が掌に当たる。幼竜はそれが気持ちいのか、側頭部に生える角を左右交互に顔の向きを変えて擦り付けてくる。幼竜が満足するまで撫でて上げる。
「キュルルゥ、キュルルゥ」
途中からカプカプと指先を甘噛みしてきたので、魔力を指先から放出してあげるとおいしそうに吸い付いた。
「クァ~」
しばらく魔力を吸ったら満足したのか、幼竜は頭の上で猫のように丸まって眠りについた。生まれたてだからか幼竜の活動時間は短かった。
モグや幼竜と戯れている間に整地された野営地には、続々と騎士団の人達が入っていっていた。早速、野営の準備が始まっていた。天狐たちも馬車を広場の端に止めて天幕の設営を始めていた。
「旦那達がいればどこの野宿も天国だな」
「あ、バッカスさん」
後ろからした声に振り向くと馬車に乗ったバッカスさん達がいた。バッカスさんがエレナが牽引する馬車から飛び降りてこちらへと来た。
「そこの土精霊の嬢ちゃんがやったのか」
「んふふ~そうだよー」
バッカスさんの言葉にモグは誇らしげに小さな胸を張った。
「シアンと違って嬢ちゃんは可愛い気があるなぁ」
「キャー! 」
バッカスさんは笑いながらモグの頭に手を伸ばすと、ぐしゃぐしゃと鈍色の銀髪を乱暴に撫でた。モグは悲鳴を上げてジタバタともがいていたけど顔は笑っていて楽しそうだった。
ひとしきりバッカスさんに撫でられたモグは、バッカスさんの手から逃れて俺の背後に回りこんだ。俺の服を掴みながらモグは、バッカスさんへと「いー」と威嚇しながら楽しげに笑いかける。そんなモグにバッカスさんの顔にも優しい笑みを浮かんでいた。
「そう言えば、ルデリックの野郎から聞いたぜ。また盗賊を捕まえたらしいな」
「あれはたまたまというか助けた相手が盗賊だっただけです。狙ったわけじゃないです」
「そうらしいな。崖から落ちて助かった【竜の咢】の奴らは運が良かったのか悪かったのかわかんねぇな。楽に死ねた分そのまま放っておいた方がよかったかもな」
バッカスさんの言葉に俺は苦笑する。
神殿から大切にされていた真竜の卵を盗み、他にも悪事に手を染めている【竜の咢】は、まず死罪は免れない。死罪にも色々あるそうだけど、【竜の咢】はその中でも重い火刑になるそうだ。
焼身自殺は地獄の苦しみというのを昔聞いたことがある。生きながらにして焼かれる苦しみは確かに楽には死ねないと思う。
だけど、バッカスさんの見捨てていればよかったという発言には賛成はできなかった。
その時は盗賊だとは知らなかったというのもあったけど、仮に知っていたとしてもやっぱり助けたと思う。救えるのに手を差し伸べないのは夢見が悪かったし、彼らが救った後で罪に問われて裁かれるのは彼らの問題であって助けない理由にはならなかった。
内心そんなことを考えている俺をよそにバッカスさんは、話を続けた。
「で、旦那の頭の上で寝ているのが噂の神殿から盗まれたっていう竜の子か? 」
「あ、はい。可愛いですよね」
俺がそう言うとバッカスさんは苦笑いを浮かべた。
「旦那は相変わらずだな」
意味がよく分からず俺は首を傾げた。
「だってそうだろ。神殿から盗まれた竜の卵っていう厄介事の塊を前にしてそんな調子なんだから。ルデリックの野郎は、孵化したそいつを神殿にどう説明しようか頭抱えてたぞ。
それに竜ってのは一度に産む数が少ない分、卵一つに対して執着心が強い。それこそ大陸を跨いでまで取り返しに来たっていう逸話があるくらいだ。旦那、もしかしたら盗人と間違われて卵を取り返しに来た親竜に襲われちまうかもな」
「まっ、神殿から盗んだ卵だから追ってくるのは竜じゃなくて神官だろうけどよ」というバッカスさんに俺は乾いた笑いを上げることしかできなかった。
街に到着するまでそんなことが起きないことを祈るばかりである。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ひぃぃ!? なんだこいつ!? 」
「ぎゃああああ! 喰われちまう助けてくれぇ! 何でも話す! 何でも話すから! 」
「あっ、そこはやめっ、やめっ……あっーー!? 」
天狐たちと夕食の準備をしていると、離れた場所にある【竜の咢】を乗せた全体が金属の装甲で覆われた護送馬車から男たちの悲鳴が聞こえた。目を向けると護送車がギシギシと音を立てて揺れていた。
防音性能もある護送車から聞こえてくる微かな悲鳴を鋭敏な聴覚が無駄に発揮されて離れててもはっきりと聞こえてしまった。思わず顔を顰めた。
「またムイの仕業ね……」
横の天狐も聞こえたみたいでスープをかき混ぜる手を止めて少し呆れた様子で護送車の方を見た。
「そう言えば汚かったもんなぁ……」
【竜の咢】を助けた時のことを思い返してそう思う。土や出血による汚れも酷かったけど、単純に何日も風呂に入ってない垢塗れで、髭や髪もぼうぼうのぼさぼさだった。すぐに盗賊だと分かって捕縛されたから【清浄水】とかで綺麗にする暇もなかった。
ムイには、さぞかし魅力的に見えたことだろう。
今日の夕飯は、温かいカナンのスープとホワイトマフォースというマンモスのような白い毛並みの象の香草包み焼きだった。3日目にポチがジャンヌと共に獲ってきたものの残りだった。モグに肉を土のボールで覆ってもらった上から火で炙って蒸したホワイトマフォースの肉は、トロトロに柔らかくなっていた。脂身が多い肉だけど、香草がくどさを消していた。酸味のあるスープとも相性が良かった。
「おかわり! 」
ガツガツと詰め込むようにして食べていたアッシュが、いっぱいに頬張った口を抑えながら空っぽになったスープの椀を突き出してきた。遠慮はないとばかりに、本日三回目のおかわりだった。
よく食べるなぁ、と思いながらアッシュの椀にスープを入れて返す。次いでに空になっていたお皿にホワイトマフォースの香草焼きを追加した。
アッシュは「ん」と言って受け取ってまたガツガツと勢いよく食べ始める。そんなアッシュの態度にレナから叱責が飛んだ。
「アッシュ、カケルさんにありがとうってちゃんと言いなさい! 」
レナの言葉に煩わしそうに一瞬眉を潜めたアッシュだったが、レナには言い返さずに「ありがと」と言葉少なく俺に礼を言った。それを俺は笑みを浮かべながら受け取った。
食事の後は、風呂に入った。流石に三日目なので、一番風呂は操紫と小鴉と一緒に入った。幼竜は、モグが面倒をみたいとお願いされたので、風呂の間だけ預けてきた。小鴉は、恐縮してたけど強引に連れ込んだ。こうでもしないと小鴉は理由をつけて辞退をしようとするのは、この旅の間に学習済みだった。小鴉としては、万が一もの危険がないように気を配っておきたいのだろう。
少しくらい気を抜いたっていいのに相変わらず生真面目だ。まぁ、そこが小鴉の可愛いところでもあるんだけどな。
折角なので勢いに乗じて普段なかなかやらせてくれない背中を洗ってやった。
「いい湯ですねぇ……」
そう言って濡れた前髪を掻き分けるのは操紫だった。服を脱いだ操紫の体は、意外にも筋肉質だった。贅肉の類が見当たらない。線は細いのに身が詰まった木のように引き締まっている。操紫と一緒に風呂に入るのは今日が初めてだった。
操紫は、先に体を洗い終えて湯に浸かっていた。ふぅ、と呼気を零して体を弛緩させていた。
「モグとセレナには感謝しないとな」
「そうですね。湯から出た後に2人にお礼を述べに行くことにします」
そんなことを話ながら小鴉の背中を洗う。翼の付け根、肩甲骨辺りは小鴉一人では手の届かない位置なので丁寧に擦る。
「どこか痒いところはあるか? 」
「いえ、そのようなところはどこにも」
「そうか。何かあったら言ってくれよ」
「はっ」
「あ、そうだ。羽の手入れもやってもいいか? 」
「いえ、そのようなことまでしていただくのは流石に……」
「俺が好きでやるんだからそんな風に遠慮しなくていいよ。小鴉の好きな香油とかも持ってきてるぞ」
「ですが……」
香油の小瓶を見せても小鴉は首を縦に振ってくれなかった。
「ダメか……? 」
俺は小鴉の耳元でもう一度聞き返した。小鴉の翼がびくっと上下に揺れた。
「……承知しました。村長の望むままに」
しばしの沈黙の後、小鴉は首を縦に振ってくれた。
「ありがとう小鴉」
小鴉の了承が得られたことで、俺は心を弾ませながら早速小鴉の羽の手入れに取り掛かった。
星の夜空のように黒くそれでいて艶があって綺麗な小鴉の翼の羽は、ミカエルの羽とはまた違った手触りをしている。全体的にふんわりとした柔らかいミカエルの羽に対して、小鴉のは一枚一枚に芯が入っているかのように硬く弾性がある羽だった。攻撃手段として使われることもあるだけあって、勢いよく飛んできたら鋭利な刃物のように斬れそうだった。手入れしている最中に抜け落ちた羽根は、小鴉に一言断ってから素材として回収した。
30分ほど時間をかけて手入れをした後、一緒に湯に浸かった。
「どう? 上手くできてたか? 」
「はっ、見事なお手並みで御座いました。有難う御座います」
「そっか。よかった。また機会があったらやらせてね」
「……はっ」
小鴉は、少し間が空いてから小さく答えた。
「体が温まったら出ような。それから翼を乾かして羽に香油を塗ろうな」
「はっ」
マスクを取り払った小鴉は少し嬉し気に口の端を上げていた。
「おや、珍しい」
小さく笑った小鴉を見た操紫が珍しいものを見たという表情で驚いた後に微笑んだ。
小鴉はその反応にまた元の能面のような表情に戻ってしまった。いつも口元を黒い布で隠している小鴉の笑みを見ることが少ないだけに勿体なかった。
『カケルー。入っても大丈夫かしら』
と、そんなことを思っていると仕切り板の向こうから天狐の声がした。どうやら長居をし過ぎてしまったらしい。
「おっと、天狐たちが来ちゃったな。小鴉もう十分か? 」
「はっ、体はもう十分で御座います」
「では、そろそろお暇しましょうか」
そんな会話をして、俺たちはお風呂を後にした。
なお、服を着ようと入った脱衣所は天狐たちが使っていた。お陰で半裸のラビリンスから出会い頭のボディブローを食らう羽目になった。
「マスターどうして入ってくるんですか! 私だけじゃなくて天狐お姉ちゃんやタマさんとかミカエルさんがいるんですよ! 」
「ご、ごめん。 でも、どうしてお前たちがここに? こっちは確か男用だったろ」
俺はラビリンスに謝りながら尋ねる。2日目から脱衣所は男女別に2つ用意するようになっていたはずだ。だから、天狐たちと脱衣所で鉢合わせするはずがなかった。
「え? でも脱衣所の前の立て看板はちゃんと女用って」
「本当か? 」
「ええ、私も見たわよ。左が男で、右のここが女だったわ」
天狐の言葉に俺は小鴉と顔を見合わせた。
「俺たちが入った時は? 」
「左が女で、右が男でした。間違いありません」
「ふむ、不思議なことですがどうやら彼女たちの言い分は正しいようですね」
腰にタオルを巻いて脱衣所を出て入口の確認をしてきた操紫がウェーブがかった髪から水を滴らせながらそう言った。俺はその言葉に戸惑い、自分たちが入ってきた風呂の方の出入り口を確認した。
「あれ? こっちはちゃんと男用ってなってるぞ」
入口の前にはちゃんと男と書かれた看板が立てられていた。
「誰かの悪戯かにゃー」
惜しげもなく白い素肌を晒すタマが大きく伸びをしながら呟いた。
「でも一体誰が? 」
真っ先に思い浮かぶのは、シルフィーだが、彼女は村で留守番しているはずだった。
「まぁ、そんな細かいどうでもいいにゃ。どうにゃ? 村長も私たちと一緒に入るかにゃ」
話をぶった切るようにタマが突然そんなことを言い出した。その言葉に天狐が真っ先に反応した。
「あら、それはいい案ね。カケル、久し振りに洗って欲しいわ」
天狐が俺の腕をしな垂れかかってきた。天狐の胸が直接腕に当たって心臓が跳ねた。
「あー、ずるい。オリーも洗ってそんちょー! 」
「あ、あの私も羽の手入れを手伝ってもらえたら」
「ええっ、マスターとまた一緒にお風呂に入るのですかっ」
「いや、えっとあのだな……」
素肌を隠すこともなく恥じらいも見せずに無邪気に寄ってくる天狐たちに俺は、たじたじだった。
その時、バッと横から暗幕が広がるように目の前を真っ黒の翼が遮った。
「申し訳ないが此度は某が先約だ。別の機会にしてもらおう」
翼を広げて小鴉はそう言い放った。ナイスだ小鴉! と俺は内心、小鴉に賛辞をおくる。
天狐たちは小鴉の主張に驚いたようだったが、すぐに口元に笑みを浮かべた。
「約束ならしかたないねー」
「そうね。先約なら仕方ないわね。今日はあなたに譲るわ」
「貸しにしといてやるにゃー」
「うー今度お願いしますね村長」
天狐たちはあっさりと引き下がってくれた。ラビリンスが「忠臣キャラがデレた。萌える……! 」などとよくわからないことを口走っていたが、俺は天狐たちの気が変わらない内に逃げるようにして脱衣所を後にした。
そして、約束通り天幕の中で小鴉の羽の手入れの続きをするのだった。
しかし、結局脱衣所の看板を入れ替えたのは一体誰だったんだろ……
旅になった途端増えるお風呂回




