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魔王の村長さん  作者: 神楽 弓楽
三章 
81/114

79 「村長、竜の親になる」

モグ「みんなみてみてー。ドラゴンの卵だよー」


オリー「わっ、おっきい卵だ。すごーい」ぺたぺた

セレナ「あらぁ、立派な卵ね。水と氷の気配が濃いわね」さわさわ

アルフ「こいつは立派な竜が生まれそうだな」ぽんぽん

ジャンヌ「この竜の色は紅玉のように鮮やかな赤なのでしょうか」さわさわ

タマ「にゃー。大きな卵焼きができそうにゃー」こんこんジュルリ

ムイ「おいしそう」すりすり

モグ「ダメー食べちゃダメなんだからねー! 」ぎゅー



「どうやら間違いないようですね。この男が【竜の咢】の頭目【災禍】のオルスですね」


 気を失った男たちの人相を部下の1人に確認させたクロイスさんがそう断言した。


 俺たちが助けたのは、【竜の咢】という俺たちが向かっている街、領都ミシュラムにいる有名な犯罪集団の一味だった。領都のスラム街を拠点に盗みや恐喝、強姦、殺人などを行っていた紛うことなき重犯罪者たちだった。

 特に頭目である【災禍】のオルスは、領都の近くの村の一つを襲い焼き払った疑惑がかけられている高額賞金首だった。


「スラム街はあいつらの縄張りだから今まで尻尾を掴むことが出来なかったんだが、こんな場所でこうもあっさりと首根っこを捕まえちまうとは思わなかったぜ」


 お手柄だな。カケル


 そう言ってルデリックさんは、俺の肩をバシンと叩いた。しかし、それを俺は素直に喜べなかった。まさか救助した人達が犯罪者だったとは思わず、釈然とせず気持ちの整理がすぐにはつかなかった。


 別に命を救ったことに後悔はしていない。


「どうして彼らは、こちらへ向かって来てたのかしら? 」


 隣で話を聞いていた天狐は、気を失っていたまま騎士団の人達に縛られていく男たちを見ながら不思議そうに首を傾げた。


「……彼らに直接聞いてみなければはっきりしたことはわかりませんが、恐らく【夜鷹の爪】の噂を耳にして接触する為にドラティオ山脈を越えようとしていたのだと考えられます。あれは、同じ狂人を引き寄せる魅力があるようですから」


「【夜鷹の爪】の厄介な所は、叩いても叩いてもまたいつの間にか集まって残虐な行為を繰り返すことだ。あいつらのやることは、同じ狂人にとって魅力に映るようで仲間になる奴が後を絶たないそうだからな。それで隣の貴族様は随分と手を焼いていたって聞いてる。正直、嫌なもんをこっちに押し付けやがったよ」


 ルデリックさんは、そう言って不機嫌そうに鼻を鳴らした。


 なるほど、【夜鷹の爪】には狂人を魅了する悪のカリスマのようなものがあったのか。それは、確かに嫌だな。もしクロイスさんの推測通りならば【竜の咢】は【夜鷹の爪】と考えに共感する集団ということになる。金銭や食糧ではなく他者を傷つけ命を奪うことに比重が偏っている存在なんて、一般的な盗賊団よりも遥かに危険だ。


 こうして道中で鉢合わせて捕まえることが出来たのは僥倖だった。 


 未然に被害を抑えれたことに胸を撫で下ろしていると、俺を呼ぶモグの声がした。



「村長、村長! この子、今動いた気がする! 」


 そう言ってモグが、てててっと両手で大きな卵を抱きかかえてこちらへ駆けてきていた。


 あ、そう言えばこの卵は所有権はどうなるんだろう。以前ルデリックさんから盗賊が所持していたものの所有権は、基本的にその盗賊を捕らえた人に全て与えられるとは言ってたけど。


 これは、もしかしてもらえたりするのかな?


 そんな淡い期待が浮かんだ。

 そんな俺を他所にモグの声に反応してクロイスさんとルデリックさんも卵を抱えるモグを見た。


「随分と大きいですね。あれは何の卵ですか? 」


 卵を見たクロイスさんが、そう口にする。自分がそれに答える前にルデリックさんが、横で息を呑んで冷や汗を流した。


「お、おい。カケルあれってまさか……」


「あ、ルデリックさんも気付きました? そうなんです。あれ、真竜の卵なんですよ」


 珍しいですよね。


「はい!? 真竜の卵!? 」


 そう続けようとしてクロイスさんの絶叫にも似た声に遮られた。


「おい、カケル。それはどこで拾った」


「えっと、この人達が乗っていた馬車の中から出てきました」


 ルデリックさんの声音は、いつになく真剣な色を含んでいた。


「カケル、お前この真竜の卵がどこの系譜かわかるか? 」


「確か、パラミア神という神に仕える守護竜に連なる真竜の卵だったと思います」


 鑑定で見た文言をそのままルデリックさんに答えた。


 俺の言葉を聞いた途端、クロイスさんは胃が痛いとばかりにお腹を押さえて、ルデリックさんは頭痛を堪えるかのように頭を押さえた。


「あいつら神殿から聖竜の卵を盗みやがったのか」


「カ、カケル殿! 卵に傷は、罅とかはありませんか……!? 」


 ルデリックさんは勘弁してくれと呟き、クロイスさんは泡を食ったかのような慌てようで俺に詰め寄ってきた。


「だ、大丈夫です。確認しましたけど卵に傷一つありませんでしたよ」


 俺は、詰め寄ってくるクロイスさんに気圧されながらそう答える。俺の言葉にクロイスさんは安堵のため息をついた。


「……念のため、確認させてもらってもいいですか? 」


 是非もなかった。俺は、クロイスさん達の反応にきょとんとしているモグに声をかける。


「はい。もちろんです。モグ、ちょっと卵をかしてもらってもいいかな」


「うん。いいよー」

 

 すんなりと渡してくれたモグから真竜の卵を受け取って、クロイスさんの目の前に出した。クロイスさんは、その真竜の卵の表面を食い入るようにジロジロと見た。


 その間、俺は真竜の卵を両手で持っていたのだが、あることに気付いた。


 ……あれ? この卵、俺の魔力を吸収してないか?


 視界の隅に表示させている自身のMPバーが、ほんの僅かにだけど減少していっていた。これは、毎秒いくらか自然回復する魔力を越えて俺の魔力が消費されていることを意味していた。減る速度からして、それなりの量を卵に吸われている。


 真竜の卵が魔力を吸収するというのはゲームの時にはなかったことだった。


「あの……クロイスさん、どこかに置いた方が確認しやすくないですか? 」


「ああ、そうですね。少し馬車の中をお借りしてもいいですか? 」


「はい。大丈夫ですよ。では、これはクロイスさんが持っていただけますか? 」


「そうですね。わかりました」


 嫌な予感がした俺は、真竜の卵から離した方がいいと判断してそう提案したのだけど、一足遅かった。



 ビシリ、とクロイスさんに卵を受け渡す直前になって真竜の卵に大きな亀裂が一筋入った。クロイスさんが両手を差し出したままピシリと硬直した。ルデリックさんの息を呑む声が聞こえた。


 ピシリ、ピシリ、と亀裂は脈動するように一定のリズムで大きく、そして複雑に枝分かれしていく。その卵を両手で持つ俺には、殻の中で動く存在を知覚することが出来た。中が動く度に殻に罅割れが生じていく。

 

 生まれる。そう確認させるには十分だった。


 ビシッ! 

 中からの軽い衝撃で殻の一部が割れ飛んで、そこから青白い幼竜が顔を覗かせた。まだ目も開いていない顔は、粘液で濡れてテラテラと光っていた。スピスピと鼻をしきりに鳴らして辺りを窺うように首を左右に動かす。


 か、可愛い。


 その愛らしさに俺は今の状況を忘れて顔を綻ばせた。


「あら可愛い」


「可愛いー! 」


 横から覗いていた天狐とモグが無邪気な声を上げた。2人の歓声で固まっていたクロイスさんが再起動した。


「ふぅ……」


 と思ったら血の気の無くなった顔で気を失いかけた。


「え、ちょっクロイスさん!? 」


「ふ、副団長! 」


 部下の1人が、慌てて崩れ落ちそうになるクロイスさんを支えた。ナイスキャッチ!


 クロイスさんのことでほっとしたところで俺は、はっと気付く。


 このまま持ったままだと卵から出てきた竜の赤ちゃんが落ちてしまう。どこかに置かないと。


 そう思って首を巡らして、俺は馬車の後部へとそうっと移動する。馬車の中で、床に絨毯を敷いてその上で何やら作業をしていた頑冶が俺と、俺が持つ卵から顔を出す幼竜を見て目を丸くした。


「頑冶、頑冶、これを置きたいからちょっとスペース作って」


「お、おう。わかった」


 俺の頼みに頑冶が、床に敷いていた厚手の絨毯ごと風呂敷のように中身を包んで退けてくれた。天狐が気を利かせて【神通力】で馬車の奥から毛布を引っ張ってきてくれた。緩衝材代わりに敷いた毛布の上に俺は、卵をそっと置く。


 幼竜は、瑠璃のような青い瞳をゆっくりと開く。

 開いては閉じて、開いては閉じて。何度か目を慣らすように幼竜は呼吸に合わせてゆっくりと目を開けては閉じる。ピンク色の細長い舌が小さな口から伸びてチロチロと虚空を舐める。


 幼竜が身動ぎする。パキパキと殻が割れる音を響かせながら幼竜はたどたどしい動きで殻の中から前足の片方を出した。粘液で濡れた小さな前足が毛布を踏みしめる。

 続いて危ういバランスでフラフラとしながらもう片方の前足も出した。

 ぽふぽふと前足を交互に上げては下す動作を何度か繰り返す。足元の確認を済ませた幼竜は、毛布に爪を立ててズルズルと殻を破りながら胴体を卵から引きずり出した。


「クルルゥ」


 胴体に張り付くようにして収納されていた翼が、広げられる。淡い水色の皮膜の翼が大きく広がる。確かめるように広げられた翼が上下にゆっくりと動く。下に敷かれた毛布スレスレまで下げていた長い首をもたげて、幼竜はこちらを見上げる。幼竜が鳴き声を上げた。


「クルルゥ、キュルルゥ」


 幼竜の瑠璃色の瞳と目が合った。幼竜がたどたどしい様子で毛布を踏みしながらこちらへと歩み寄ってきた。幼竜の後ろ足が殻を踏み抜いてパキパキと割りながら出てくる。そして、ずるりと青白く細長い尻尾が出てくる。


 幼竜の顔の傍まで手を伸ばすと、幼竜がスピスピと鼻を鳴らして指先の臭いを嗅ぐ。ピンクの舌が伸びて指の腹を舐めた。そして、幼竜は甘えるように手に体を擦りつけてきた。


「キュルルゥ」


「もしかしてカケルのことを親だと思っているのかしらね? 」


 天狐が慈しむような笑みを湛えて呟いた。そうかもしれない。生まれて最初に見た動くものを親だと思うカルガモのようにこの子も最初に見た俺を親だと思っているのかもしれない。


 どうしよう。すごく可愛い。


「わぁ、ドラゴンの赤ちゃん可愛いですねマスター! 」


「あらぁ、生まれたのねぇ」


「ちみっこいにゃー」


「うむ。鍛えれば強くなりそうだな」


「可愛い……」


「燃えるような赤も素敵ですけど、この青白さも炎みたいで綺麗ですね」


 俺が幼竜の可愛さに堕ちていると、騒ぎを聞きつけたのかいつの間にか女性陣が後ろにいて生まれたばかりの幼竜に興味津々だった。




「マジでパラミア神殿の守護竜の系譜じゃねぇか。え、どうすんだよこれ」


 クロイスさんの介護をしていたのか遅れてやってきたルデリックさんが、幼竜を改めて見て低い声で唸る。「俺の責任になるのかこれ? 」と呻いている。


「えっと、そのまずいんですか? 」


 先程からのルデリックさん達の様子に不安に思ってそう尋ねると、ルデリックさんは「わからん」と言って首を振った。


「こんな例は初めてだ。俺の手には負えない。この件に関しては、パラミア神殿とも関係するから街に帰ってトール様の判断を仰がなきゃいけない」


 ルデリックさんは、お手上げとばかりに両手を上げた。気づけば大事になっていることに俺は、不安を覚える。俺の変化にルデリックさんは、気づいたのか苦笑を浮かべて俺の胸に拳をとんと当てた。


「まぁ、悪いようにはならんように手を尽くすさ。あまり気に病むな」


「ありがとうございます」


 ルデリックさんの気遣いに俺は頭を下げた。


「そう言えば、クロイスさんは大丈夫でしたか? 」


「あー……心配すんな。あいつは、不意の出来事に弱いからな。しばらく休んでりゃ回復するさ。それよりその竜の子供はお前に懐いているようだけど、カケルは生まれたばかりの竜の世話はできるか? 」


「えっと、真竜なら一応これまで卵から2回ほど育てたことはありますが……」


 それはゲームの時のことだからなぁ……。

 幼竜の餌ってなんだろう? やっぱり親竜のミルクなのかな。いや、でも竜は授乳する種ではなかったような……あーでも紅玉は人の姿の時はおっぱいがあったし、できるのかな?


 どうなんだ?


 困った俺は、天狐へと視線を向けた。それが伝わったのか天狐が俺の代わりに答えてくれた。


「真竜は、高位の竜だからカケルの魔力を与えていればいいんじゃないかしら? 」


「そんなんでいいのか? 」


「ええ、高位の竜は魔力を糧にできるからそれで十分よ」


 そう言えば、以前に天狐たちはマナを糧にすれば1カ月や1年ずっと絶食でも活動には支障はないって言ってたな。その分、周囲のマナを消費するから食事をとることに越したことはないとも言ってたか。



 試しに、幼竜が体を擦りつける手の指先から僅かに魔力を放出してみた。幼竜が魔力の放出を敏感に察知して手に絡ませていた首をもたげた。魔力が放出されている指先に顔を近づけてチロチロと虚空を小さい舌で舐める。


「クルルゥ? キュルルゥ! キュルルゥ! 」


 幼竜が喉を鳴らして嬉しそうな鳴き声を上げた。舌がチロチロと忙しなく虚空を舐める。どうやら大気中に漏れた俺の魔力を舌で舐めとっているようだった。


 なにこの子可愛い。


「キュルゥ! 」


「! 」


 パクリ


 忙しく舌を動かしていた幼竜が埒が明かないと思ったのか、パクリと小さな口で魔力が放出されている指先を咥え込んだ。まだ牙が生えそろっていないのか噛み千切られるようなことはなかった。幼竜の口内は生温かく柔らかい。その中でチロチロと舌が俺の指を舐めてくる。


 嚥下するように幼竜の喉が何度も動き、おいしそうに幼竜の目が細められた。


「うわぁ、可愛い。なにこの生き物可愛すぎるよぉ……」


 俺の気持ちを代弁するように馬車の縁に齧りつくようにして掴まっているラビリンスが声を漏らした。

 いや、本当に可愛い。


「……その様子だと問題なさそうだな。じゃあ、旅の間はカケルがその竜の面倒を見てもらえるか? 」


「あ、はい。わかりました。任せてください」


「じゃあ、任せたぞ。あと、すぐに出発できるようにしてくれ。今日までにここを抜けちまいたいからな」


「わかりました。すぐに準備しますね」


「それじゃ頼んだよ」



 こうして俺たちの旅に、【竜の咢】という犯罪者5人と生まれたばかりの真竜の子が加わることになったのだった。

ドラゴンの赤ちゃんは可愛い(確信

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