78 「村長のお手柄」
旅を始めてから4日が経過した。
旅は天候に恵まれて順調に進んでいる。現在は、断崖絶壁に面した道を一列になって進んでいた。
「うわー、底があんなに下にあります」
ラビリンスは、怖いもの見たさからか止せばいいのに馬車から顔を出して崖下を見ていた。
しばらく崖下を見ていたラビリンスは、案の定、足が立たなくなったみたいでその場にへたり込んでしまっていた。
「ラビリンス、そんなところにいると落ちちゃうわよ」
「お、お姉ちゃーん、へるぷみー」
天狐に声をかけられてラビリンスは、プルプルと震えながら両手を上げて懇願した。天狐は、そんなラビリンスに母性を擽られるのか優しい笑みを浮かべて尻尾を伸ばしてラビリンスに巻き付けて救出した。
「ふふっ、ラビリンスは甘えん坊さんね」
天狐は、ラビリンスを胸元に抱き寄せて背中を撫でてあげながらご満悦の様子だった。ラビリンスは、「これが母性の塊……! ふぉおおお」とフンスフンスと鼻息荒めに天狐の胸元に顔を埋めてこれまたご満悦の様子だった。
ラビリンスの様子に俺は苦笑する。ここは打ち解けてきたと思っておこう。
俺の魔法の先生をするようになってからラビリンスは、随分と情緒的に落ち着きを見せ始めていた。天狐やタマと一緒にいることも増え、ずっと俺と一緒にいる必要もなくなってきている。
この前は、ゴブ筋のあぐらの上でお昼寝をしていた。強面だけど心優しいゴブ筋が安全な存在だと受け入れてきているのだろう。
いい兆候だと思う。
「村長、気が散ってますよ。先程から人形の動きが鈍くなってますよ」
「あ、すまん」
別のことを考えていたせいで操紫から注意を受けた。俺は素直に謝罪して、目の前の石人形の操作に集中し直した。
ラビリンスのお陰で魔力操作や魔法の扱いが格段に向上した俺は、上達した魔力操作の腕を磨くために今度は操紫が作った石人形を動かす練習をしていた。
人形を動かすというのは、本来操紫のように固有スキルに分類される【操糸】と【人形師】いうスキルを持たなければできない芸当なのだけど、ラビリンスに言わせれば人形に魔力の糸をつけて動かしているにすぎないのだそうだ。そう言われれば、確かにその通りである。
固有スキルだから、と考えたこともなかったが、スキルというシステムの補助がなくともその技術は再現可能だった。
そして、ラビリンスに促された俺は操紫に付き合ってもらって挑戦した結果、半日に及ぶ苦戦の末にできるようになった。
操り人形師をイメージしながらしていたせいか、両手の指先から魔力の糸を石人形の各パーツへと伸ばして、指の動きに連動して石人形が動くようになっていた。複雑な操作はまだ難しいけど、立たせたままポージングを取らせることはできる。
出来るようになると楽しいもので、こうして操紫に付き合ってもらっていた。
「右足、左足……自分が歩く時をイメージして動かしてください。そうです。いいですね。あ、右肩の魔力糸が消えかかっていますよ。村長、今度は左手首が消えかかってます。集中を切らさらないで、十本の魔力糸に等しく魔力を注いでください。そうです。その調子です」
操紫の教え方は丁寧で優しい。出来たら褒めてくれて、ミスがあればやんわりと指摘してくれるのでやる気は萎えることなく持続した。
十本の指から伸びる魔力糸に気を配って維持する。伸ばしたり折り曲げる指の動きに連動させて魔力糸を伸縮させる。その魔力糸に繋がるパーツがそれに連動して動く。それを一度に順序だって動かすことで、まるで石人形が歩いているかのようにギクシャクとだが動かしていく。
その魔力操作はあの光の蝶よりも数段難しく、俺は顔から滴り落ちる汗のを無視して集中していた。
しかし、その集中は突如響いた崖崩れの音と悲鳴で途切れた。
集中を切らしたことで魔力操作を乱れて魔力糸がプツンと途切れる。石人形がその場に崩れ落ちる。
俺はそれに目もくれず立ち上がって馬車から身を乗り出した。
「どうした! 」
声のした前方を見るが、ちょうど曲がり角に差し掛かっていた場所であったので先頭の一団が崖で隠れて見えなくなっていた。
どうも音の発生源は、その死角となっている方から聞こえた気がした。
「村長、某が見てきて参ります」
「頼のむ」
「はっ」
名乗り出てきた小鴉に偵察を頼む。小鴉は、一礼して馬車からそのまま崖に身を投げた。そして、背中の翼を大きく広げて羽ばたかせると、崖の向こう側へと飛んでいった。
俺はそれを横目で見つつ後列の馬車に乗っているミカエルとモグに声をかける。
「ミカエル、悲鳴が聞こえたから誰か怪我を負っているかもしれない。その時は治療を頼む。モグ、崖崩れが起きていたら手を貸してくれ」
「わかりました! 」
「はーい」
頼んだ2人からは返事がすぐに返ってきた。そうしていると、様子を見に行ってくれていた小鴉が戻ってきた。
「どうだった? 」
「崩落です。騎士団に被害は出ていませんでした。どうやらこちらに向かってきていた一団が崩落に巻き込まれて崖へと落ちたそうです。いかがいたしますか? 」
「助ける」
即答だった。俺は、小鴉の問いかけに考えるよりも先に答えていた。
「承知致しました。では、某が先に行って探してきます」
小鴉は、そう言うと再び崖へと身を投げ出して崖下へと急降下していった。
「私達も先に行くね! 」
「生存者の治療してきます! 」
続いてモグを抱いたミカエルが六枚の翼を広げて崖下へと滑空していった。
「天狐、お願いできるか? 」
「ええ、もちろんよ」
天狐は、すぐに頷いてくれた。
「ラビリンスはここでお留守番ね」
「はい。マスターとお姉ちゃん、気を付けていってきてね! 」
ラビリンスに見送られて俺は、天狐と抱き合って崖へと飛び降りた。
天狐の【神通力】で安全に崖下へと降りた俺は、先程落ちてきたと思わしき馬車の残骸を発見した。
そこには先に行っていた小鴉とミカエルの姿もあった。
ミカエルは、辛うじて即死を免れた人の治療を行っている最中であった。モグが、崩落で堆積した土砂を取り除いて小鴉が、馬車の残骸を掘り返して生存者を探していた。
生存者は、ミカエルが治療している者以外にも5人ほどいた。
「ミカエル、俺も手を貸すぞ」
「私もよ」
血の臭いが濃く等しく瀕死の人達を俺と天狐とミカエルは、手分けして治療する。落下の衝撃で気を失っているのか全員意識はないようだった。
「村長、崖の出っ張りに引っかかっていた」
途中、小鴉が生存者を発見して連れてきてくれた。
落下したのは、7人で全員のようだった。死者はギリギリでなかったようでホッとした。
「よかったです」
ミカエルも胸を撫で下ろしていた。
「ひとまず死者が出なくてよかったな」
「ええ、そうね。ところで、どうやってこの人達を運ぶの? 私が運んだ方が良いかしら」
「あー、そうだな。天狐の【神通力】で運べれるならその方がいいかもな。あと、馬車の方から無事な積み荷は一緒に持っていこうか」
アイテムボックスはまだ秘匿しておきたいから、魔法鞄に積み荷は収納しようかな。
「おおーー! 」
そんなことを考えていると、モグの歓声が木霊した。
どうしたんだろうと思い、声の聞こえた方へと顔を向けた。すると、そこには大きな卵を抱えたモグがこちらへと駆けてきていた。
「そんちょーそんちょーそんちょー! みてみてっ! 卵見つけた! おっきな卵! 」
幼いモグでは腕が回らないほどに大きな卵だった。それをしっかりと抱え込んで興奮した様子で見せてきた。
「こんな大きな卵、どこで拾ってきたんだ? 」
「あそこっ! 転がってたんだよ! 」
モグが指さした方には落下の衝撃で馬車の残骸の一部が土砂に混じって埋まっている場所だった。もしかしたらこれも積み荷の一つだったのかもしれない。
しかし、よく割れやすい卵が剥き出しのままで割れなかったな。と思いながら俺は何の卵か興味が湧いて、興味本位からその卵に対して【鑑定】を行った。
【真竜の卵】
真実と秩序を司るパラミア神に仕える守護竜に連なる真竜の卵。
その鑑定結果に俺は目を剥いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「真竜の卵!? えっ、本物? 」
信じられなかった俺は、その卵に対してもう一度【鑑定】を行った。しかし、その結果は変わらなかった。
「真竜の卵なんて珍しいわね。黒玉の時以来ね」
「まさかこの世界に来てから目にするとは思わなかったな」
魔物の卵は、ゲームの時にも存在した。それは食材としての側面もあったが、一部の高位の竜や魔蟲の卵だと孵化させて育てることができた。ワイバーンなんかは巣穴に行けば必ずあるので入手は比較的容易だった。だけど、真竜の卵ともなるとその入手は困難だった。そもそも真竜自体、神の名を冠するゴッドモンスターや名付きのユニークモンスターを除けば、最高位クラスの竜種に位置するのでその個体数は少なくて、ダンジョン以外では遭遇するのは稀で、ましてやその卵を見つけるとなると成体を見つける以上に難しかった。
ただ真竜の成体を仲間にする難易度に対して、発見した卵は孵化させれば仲間になるので見つけさえすればとても容易だった。
四年近くゲームをやってきて真龍の卵を入手できたのは、たったの2回だった。それぞれ紅玉と黒玉と名付けている。
目の前の真竜の卵は、青白いので名付けるとするな蒼玉だろうか。
っと、いかんいかん。この真竜の卵は、この人達の所有物だった。つい妄想を膨らませてしまっていた。
欲しいなー
「残念だけど、これはこの人達のだからね。勝手に取るわけにはいかないよ」
欲しいけど、育てたいけど
「えー」
卵を抱えるモグが不満の声を上げる。愛着が湧くのはわかるけど、ここは諦めてもらうしかない。
「助けなければ潰えていた命、その対価として譲ってもらえばよいのでは? 」
小鴉、いくら当人たちの意識がなくてもそんなこと言わない。そんな気持ちで欲しくてしたわけではないし、そう言われると心が揺れてしまう。
「ひとまず、この人達を上に運ぼう。天狐、頼めるかな? 」
「ええ、任せて」
「では、村長は某の背中にお乗りください」
そうだな。天狐の負担は減らした方がいいだろう
「ありがとう。そうさせてもらうよ。モグは、その卵のこと頼むな」
「はーい」
巨鳥へと変じた小鴉の背中に乗りながら俺は、モグへと真竜の卵のことを頼んだ。モグは、少し不貞腐れつつも返事を返してくれた。
そうして、俺たちは崖下から馬車のある上へと戻った。
上にいるルデリックさんたちは、崖下へと降りた俺たちのことを待って行軍を止めてくれていた。
「カケル、今度から隊から離れる時は一言言ってもらえると助かるな」
「はい。すみませんでした」
戻ってきた俺に、ルデリックさんはやや厳しい顔で注意してきた。それを俺は素直に謝った。
確かに騎士団の人達へ声をかけるのを忘れていたのはまずかった。余計な気を使わせてしまった。
「まぁ、次から気を付けてくれればそれでいいさ。今回は人の命がかかわっていたからな。で、落ちた奴らは大丈夫だったのか? 」
「はい。辛うじて7人とも治療が間に合ったので全員無事です。今はまだ落下の衝撃で意識を失ってますが直に目を覚ますと思います」
「そりゃあ良かった。ところで、ちょっと気になることがあるんで、そいつらと会せてもらってもいいか」
「はい。わかりました。今は自分たちの馬車に寝かせています」
「そうか。わかった」
「あと、彼らが持っていたものを拾っていましたら見せてもらえますか? 」
話に割り込む形で横で黙って聞いていたクロイスさんが頼んできた。
「? あ、はい。わかりました」
俺は疑問に思いつつもクロイスさんの頼みで魔法鞄に仕舞っていたものをその場に広げてみせた。
馬車に積まれていたので見つけたのは、真竜の卵を除くと幾ばくかの食糧と人数分の武器、貨幣の入った大袋、それと幾つかの装飾品だった。
ルデリックさんとクロイスさんが注目したのは、装飾品だった。
「これは……」
「ああ、間違いないな。【竜の咢】の刻印がある」
「えっと、どういうことですか? 」
俺が2人の話についていけないでいると、2人は俺を見て微妙そうな顔をした。
「あーなんだ。カケル、お手柄だ。おめでとう」
「はい? 」
俺の肩に手を置いてそう言ってきたルデリックさんに、俺は理解できずに聞き返すのだった。
【真竜の卵】
真竜という、数ある竜種の中でも最高位に位置する最強種。ステータスが全てにおいて高く、伸びしろがある。成体であれば人の言語を話すこともできる知性ある竜でもある。
ゲームで発生するクエストの中には重要人物として助言者として登場することもある比較的温厚な種族。なお、本気出しちゃうと演出で山を一つ消し飛ばす咆哮を放っちゃう。まさに怒らせてはいけない種族でもある。
その真竜の卵である。ゲーム時代は、入手困難な超レアアイテムだった。入手方法も確立されておらずほぼ運。4年で2体というのは、一般的。プレイヤーの中には、卵から孵った真竜のみで6人パーティーを作った猛者もいる。




