75 「村娘の恋の芽生え」
カケルとルデリックが風呂を出た後、露天風呂には入れ代わり立ち代わりでひっきりなしに人が訪れた。示し合わせたわけではなかったのだが、騎士団と天狐たちが鉢合わせることはあまりなかった。鉢合わせた時も同性同士であったため大した騒ぎにはならなかった。
しかし、黒士が全身鎧の姿で湯に浸かっている時に居合わせた女性団員が悲鳴を上げたことで少し騒ぎが起きた。すぐに黒士が湯から出て少女の姿へと変わったことで大事にはならなかったが、「どうした! 」と逸早く駆けつけたルデリックが女性団員の裸を目にしたことで流血沙汰になった。
赤いモミジを腫れた頬に張り付けたルデリックは、遅れてきたクロイスに引きずられていった。そんな騒ぎもありつつ、人が少ない時間を見計らってレナ達が露天風呂へと訪れた。アッシュとレオンの男2人は先に入って騎士団の方へと武勇伝を聞きに言っていた。
「わー! 広ーい! 」
「きれー! 」
頑冶が用意した脱衣所で着替えたリンダとローナは、柵で囲まれた露天風呂の中へとたたたっと駆けていく。
「あ、こらっ! 走ったら転ぶよ! 」
走っていった2人に脱衣所からレナが慌てて制止の声をかけるも時すでに遅く、濡れた石の上でローナが足を滑らせた。
まだ幼いローナの頭は小さな体に反して重く、滑った勢いで天へと上がる足とは逆に頭は硬い石の上へと吸い込まれるように落ちていく。
「おっと、危ないにゃー」
ローナの後頭部が硬い地面にぶつかる前に横から伸びてきた手がローナの後頭部を支えて受け止めた。
「ふぇ? 」
当の本人であるローナは、状況が理解できずにパチクリと目を瞬かせる。
「風呂場は滑るから気を付けるんだにゃー」
寸での所でローナを抱き留めたタマは、ローナを床に下しながら間延びした口調で窘めた。
「ローナ! タマさん、すみません! ありがとうございます。ほらっ、ローナも助けてもらったんだからタマお姉ちゃんにお礼を言いなさい」
脱衣所から駆けつけてきたレナがローナへと駆け寄り、タマに礼を言う。
「タマお姉ちゃん、ありがとう! 」
「別に構わにゃいにゃー」
胸の前で腕を組むタマは2人のお礼に照れくさそうにはにかんで、照れ隠しにローナの頭を撫でた。タマが組んでいた腕を解くとたゆんとたわわな胸が揺れた。
「きゃー」
頭を撫でられたローナは嬉し気な悲鳴を上げて、ひしっとタマの雌豹のようなスラリとした足に抱き着いた。
「これは困ったにゃー」
と、タマは口にするが、細長く黒い尻尾が機嫌良さげにくねくねと揺れていた。その様子を見ていたレナがタマへと提案を持ち掛けた。
「あの、タマさんさえ良ければローナを洗ってみますか? 」
「んんっ、私がしてもいいのかにゃ? 」
「はいっ、タマさんが良ければぜひ。ねっ、ローナ」
「うんっ、タマお姉ちゃん、ローナを洗ってー」
タマの足にしがみ付いたままローナは顔を上げて邪気のない笑顔をタマへと向けた。その笑顔に中てられたタマは、尻尾をふにゃふにゃと萎れさせながら「しょうがないにゃー」と言って蕩けた顔でローナを抱き上げた。
「ミカエルさん、ケティの手伝いは入りますか? 」
「ケティはお利口さんですから私だけでも大丈夫ですよ」
「ねー」とミカエルが、ケティに声をかけると「あー」という気持ちよさそうな声が返ってきた。
「リンダは一人で大丈夫? 」
「もちろん! もう一人でできるもん! 」
備え付けの椅子に座って拙い手付きでしゃかしゃかと髪を洗っていたリンダは、瞑っていた目を開けて得意げに言い切った。
しかし、目を開けたことでそれからすぐに泡が目に染みて「あー! 目がー! 目がー! 」と涙目でわたわたとする。
「ああ、もうっ。ほら、ちゃんと目を瞑って手伝ってあげるからもう少し我慢しなさい」
「うぅ……目が痛いの」
見かねたレナが、リンダの髪を洗うのを手伝った。リンダが1人でできるようになるのはもう少し先のようだった。
「ふにゃぁぁ……」
ローナの体を洗い終えてタマは一緒に湯に浸かった。ローナを抱き寄せたままタマは、体を湯に沈めて白い肌を桃色に染めて艶やかな吐息を漏らした。ローナが頭の上に乗るタマの胸に手を伸ばして、たぽたぽと揺らして遊ぶ。弛緩しきったタマは、されるがままだった。
「気持ちいいですね」
少し離れた所でミカエルが湯に浸かっていた。白い純白の三対の翼を湯の中で広げてほうっと息を吐く。露天風呂の奥の深い場所に立つミカエルは、立ったまま胸まで浸かっていた。ミカエルの豊かな胸は、水面に浮かんでいた。
「…………」
その2人の立派な胸を目にしたレナは、自身の胸へと視線を落とす。隔絶した胸の格差にレナは気落ちする。タマ達と比べれば慎ましやかな自身の胸を隠すようにレナは全身を湯に沈めた。レナは、水面から顔だけを出して、私もあれくらいあれば……と羨望の視線を2人に向けた。
男は胸が大きい方が好きという以前の宴会でバッカスがシアンに語っていた言葉を思い出して、レナはカケルも2人くらい大きい方が好きなのかも……と思考を巡らす。
しかし、そこまで考えてレナは、無意識にカケルに当てはめて考えていることに気付きボッと顔を赤くする。自分でも何故カケルが出てきたのか分からず、レナはブクブクと気泡を立てた。
「にゃぁ? どうかしたかにゃ? 」
何か様子のおかしいレナに気付いたタマが、レナに声をかけた。声をかけられたレナは急に声をかけられて取り乱す。
「えっ! あ、いやっなんでもありませんっ」
「何でもない事はないにゃー。悩み事かにゃ? お姉さんに話してみるにゃ」
お姉さんぶるタマに促されてレナは少しの逡巡の後、口を開いた。
「……タマさんはカケルさんのことどう思ってますか? 」
「村長のことかにゃ? んー、そりゃあ村長は村長だにゃー。村長は強くて頼りになって、けど弱くて頼りないとこがある撫でるのが上手な村長にゃー」
「つ、つまり好きってことですか」
気付けば、そんな質問がレナの口から漏れていた。
「そうだにゃ。大好きだにゃ」
レナの突拍子もない問いかけにタマは、即答した。
「あ、愛してると? 」
「言ってもいいにゃー」
あっさりと告げるタマの愛の告白にレナは顔を赤く染めてタマから目を背ける。背けた先で、ミカエルと視線があった。
「ミカエルさん……」
「はい? どうかしましたか? 」
「ミカエルさんは、カケルさんのことどう思っていますか? やっぱり好きなんですか? 愛しているんですか? 」
「ええっ!? そ、そそんなこと急に言われても……! 」
やけになったレナの突然の問いかけに、ミカエルは気を動転させてその身を光り輝かせて聖気を発させる。真夜中のうす暗い露天風呂に突如現れた眩い光源に居合わせた全員が目を細める。
「村長は優しくて私のことを気遣ってくれますし、私達のために働いてる姿はカッコいいですし……その、羽の手入れが上手ですし……好きかって言われたらそうですし、愛しているって言われたらその通りですけど、そうではなくて……」
ミカエルは頭の上に光輪を浮かべて光り輝きながら頬を赤く染めて、視線を胸の前で突き合わせた人差し指に落としてもじもじとする。
「ミカエル、眩しいからいい加減落ち着くにゃ」
「ピカピカー! 眩しー! 」
「はわっ!? ご、ごごめんなさい。すぐに消しますっ」
タマとローナの苦情で我に返ったミカエルは、わたわたと翼をバタつかせて全身から漏れ出る聖気と光を抑えた。それで幾分落ち着いたミカエルは、ふぅと一つ深呼吸してレナへと向き直った。
「えっと、好きとか愛してるとか私が言えたことではないかもしれませんが村長のことは、お慕いしてます」
「そうですか……」
ミカエルの返答にそう返事を返したレナは真っ赤にさせた顔を湯の中にブクブクと沈めた。
だから、その後のタマの言葉はレナには聞こえていなかった。
「村長と契約した仲間ならみんな、村長のことが大好きにゃー。小鴉やゴブ筋もそうだし、シルフィーやサタンも問題ばっか起こしてるけど村長のことが大好きなのは変わりないにゃー」
しかし、タマの胸の下で聞いていたローナがレナの代わりにタマへと聞いた。
「みんなそんちょーのこと好き、なの? 」
「そうにゃ。私もミカエルも村長のことが大好きだにゃー。ローナは、村長のこと好きかにゃ? 」
「うんっ。ローナもそんちょー好きー! 」
ローナの舌足らずな声は聞こえたのか、ぶぱっ! っとブクブクと気泡を立てていたレナの口元の水面が大きく弾けた。と、同時にレナがその場に立ち上がった。
「そんな! ローナもっ!? 」
レナは、一連の流れからローナの無邪気な好意を早とちりして取り乱す。そんなレナの反応にローナは、きょとんとする。
そんなローナを見て、レナは自身の思い違いにすぐに気付いた。
「~~~~っ!! 」
我に返ったレナは、きゅっと唇を噛んで声なき悲鳴を押し殺して立った勢いと同じ勢いで体を湯の中に沈めた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
どうしたんだろう私……。
風呂を上がったレナは、下の子たちを連れて外へと出た。お風呂で温まった体を夜の冷たい風が撫でる。レナは、その風を浴びながら上の空で考え事をしていた。
レナが考えているのは、カケルのことだった。
先の風呂の一件でミカエルとタマからカケルに対する想いを聞いてからレナの心の中はずっと荒れていた。自分から聞いておきながらレナは、聞いたことを後悔していた。
やっぱり、私カケルさんのこと……
脳裏でこちらに向かって笑いかけるカケルを思い浮かべたレナの胸はトクン…と高鳴った。顔に血が上がってくるのを肌で感じてレナは、高鳴る胸を抑えた。
「……? お姉ちゃん、どうしたの? 」
「ううん。なんでもないよ。さっ、体が冷えないうちにテントに戻ろっか」
「もこもこっ! うん、戻る! 」
テントと言われて、下に敷かれたもこもこの絨毯を思い出したローナが声を上げて、はやくはやくとレナの手を引っ張った。
レナも気持ちを切り替えて、早くテントに戻って寝ようと思った。
そんな子供たちの目の前を白く光る蝶が横切った。
「ちょうちょ! 」
「蝶が光ってる! 」
ローナとリンダが同時に歓喜の声を上げた。レナもまた叫びこそしなかったが、その幻想的な蝶の姿に一瞬目を奪われた。
しかし、すぐにその蝶が本物ではなく蝶を模した光の塊であることに気付く。よく見たら本物の蝶のように羽ばたかずに羽を広げて滑るようにして空を飛んでいた。
その蝶は、そのままレナ達の前を通り過ぎてテントがある方とは反対の方へと飛んでいく。
その蝶が飛んでいく先に目を向けたレナは、固まった。
「あ、逃げちゃう! 」
「ちょうちょさん、待って! 」
飛んでいく蝶をリンダが無邪気に追いかけ、リンダにつられてローナも緩んでいたレナの手から離れてぽてぽてと蝶を追いかけた。
それにレナは反応することなくある一点を見つめていた。
レナの視線の先には、色とりどりの色に光る蝶が集まって飛んでいた。
そして、その中心にはカケルがいた。
「わー綺麗! 」
「ちょうちょがいっぱい! ぴかぴか! ぴかぴか! 」
光の蝶の群れにまで辿り着いたリンダとローナが興奮した様子で、そこにいた蝶を捕まえようと追いかける。しかし、元が光の塊で実体を持たないために蝶はするりするりと子供たちの手をすり抜けて飛んでいた。それがまた子供たちの琴線に触れて捕まえてやろうと躍起になっていた。
「カケルさん……」
気付けば近くにまで来ていたレナは、上の空でカケルの名を囁いた。レナの心は早鐘のように高鳴っていた。顔にはこれ以上なく血が上って火照り、真っ赤になっていた。レナは、熱に浮かされたような濡れた目をカケルへと向けていた。
レナの視線に気づいたのか。それとも声が聞こえたのか。
カケルが、レナに気付いて微笑みかけた。
そっか。私、カケルさんのことが好きなんだ。
そんなカケルを見て、レナは自身がずっと抱いていた気持ちに気付いた。
初めは、死にかけの自分たちを助けてくれた恩人として見ていた。しかし、近くで接している内にその気持ちは恋慕へと変化していた。
親しかった人たちを一度に失くし悲しみに暮れていた自分にカケルが用意したスープが心に沁みた。カケルの優しい笑顔が安心を与えてくれた。朝の鍛錬でボロボロになっても何度でも立ち上がるその姿に惹かれた。黙って危険な地へと行くカケルに心配して怒りを覚えた。モノ作りに夢中になっている姿にカッコよさを感じた。あどけない表情で眠るカケルの寝顔に愛しさを抱いた。
「レナ、今魔法の練習で光の球を蝶とかに変える練習をしてるんだ。レナから何かリクエストはあるか? 」
「そう、ですね……」
しかし、今それをカケルに打ち明けることをレナはしなかった。カケルの周りには、天狐やタマといった自分よりもずっと綺麗で素敵な女性がいた。自分がそこに並べる女になるまではこの気持ちは自分の胸に大切にしまっておこうとレナは考えた。
それからレナは、他の子供たちと一緒にカケルが生み出す光の生き物たちの饗宴を楽しむのだった。
名前:タマ/種族:???
性別:♀
容姿:
肩まで伸ばした艶やかな黒髪は絹のように細く滑らか。金色の瞳は、暗闇や興奮時には瞳孔が狭まり猫目になり金色に輝く。白く細い首には、黒いチョーカーが巻かれている。肌は白く、黒いレオタードのような服が覆い隠している。両手足も密着する伸縮性のある黒い長手袋とニーソを履いている。
側頭部からふさふさの黒い猫耳が生えている。細長く黒い尻尾は腰の付け根から伸びている。口を開けば発達した犬歯が見える。
背丈はカケルよりも高く、胸はたわわに実っている。腰はくびれてお尻は張りのある桃尻。太ももはむっちりと太く発達し足の付け根からつま先にかけて美しく滑らかな曲線を描いている。
本来の姿は、体長十メートルオーバーの巨大な黒豹のような魔獣。闇のような黒い毛は、鋼糸のように硬く刃を通さない。
ただ大きすぎるのでポチのように普段は獣の姿の時も、数メートル程度に抑えている。やろうと思えば、一般的な猫サイズにまで縮めることもできる。
性格:
姉御肌。好戦的ではあるが、同時に理性的で気紛れ。気性は穏やか。子供は嫌いではない。
補足:
古参の1人。
影郎と同様、固有能力として【影渡り】などを保有しているため、影に身を隠したり、影から影への瞬間移動が可能。
足の速さは偵察班の中ではポチに次ぐ速さである。
戦闘時は、専ら魔獣形態である。その戦い方は敵の死角をつく奇襲、暗殺を最も得意とする。
攻撃は、鋭利な前足の爪による攻撃や尻尾を巧みに使った絞め技、鋭い牙による噛み付きといった一般的な攻撃の他に、影を使った特殊な固有魔法を闇魔法や光魔法と併用して使う。
人の形態では、魔獣形態で使える技が使用できるため徒手空拳を主に使う。特に強靭な脚力を活かした蹴りは強力。
暗闇での戦闘や遮蔽物の多い空間での戦闘を得意とするため、以前のダンジョンでの掃討戦ではダントツの討伐数を誇った。
ポチのように人の姿を取ることを避けてはいないが、猫耳や尻尾を仕舞うのを嫌って猫の獣人の姿であることが多い。また、タマの感情の機微によって猫耳と尻尾は顔の表情よりも過敏に反応する。
日向ぼっことカケルに撫でられるのが好き。




