71 「村長、魔法の師を得る」
街までの旅は、今までの移動と比べればゆっくりとしたものであった。
長距離を移動する時はいつも小鴉やポチの背に乗っていたので、新幹線や飛行機に乗っているような速さだったから何だか新鮮だ。
ガタガタと音を立てながら舗装されてない平原を移動する馬車は、例え車輪が石に乗り上げようとも、例えくぼみに落ちようともその振動が俺たちに伝わることはなかった。
これは馬車に【付与術】で付与した『環境全適応』というエンチャントの効果によるものだ。主に車酔い対策で講じたものなので俺や天狐のように全く平気な仲間たちにはあまり必要のないエンチャントではある。
そもそも自力で走っても車以上の速度で走れる俺たちは普段馬車を使わない。もっと速度を出す時も足の速い仲間に乗せてもらったりすれば済む話なのだ。
だけど、そんな俺たちが馬車を利用する機会を考えれば今回や前回のように自分たち以外の車酔いする人も一緒に乗ることが多くなるはずだ。だから、今回制作した3台の馬車には『環境全適応』を付与した。
『環境全適応』を付与するにはそれなりに貴重な素材がいくつか触媒で必要だったのだけど、幸い仲間が提供してくれたもので事足りたので踏み切ることができた。
やっぱり仲間から素材を採集できるのはとんでもないチートだと思う。
仲間から素材を採集するなんてできなかったゲーム時代には、素材集めで大分泣かされたので少し複雑だ。アイテムボックスとかを全部リセットされてこちらに飛ばされてきたのでとても助かることではあるんだけどね……
そんなこともあって『環境全適応』が付与された馬車は中にほとんど振動を通さなかった。ついでに極寒の凍土だろうと灼熱の火山の火口付近だろうと、外界がどんなに気温が酷くても中の温度は適温に保たれる。それに物理的にも魔法的にも頑丈だし、腐食に強くて木製だけど耐火性もばっちりだ。
まぁ、馬車の形が幌馬車で前後が開け放たれてるので、走行中は気温の調節とかには限度はあるんだけどね。外にいるよりは快適に過ごせるのは間違いない。
それに両方とも閉じることが出来るので状況に合わせて調節することはできる。
『環境全適応』は触媒集めが大変な分、その効果は万能なものだった。普通は鎧にかけたりするものなのだけど、こういった乗り物などにも可能だ。
そんな乗り心地のいい馬車の中で快適に過ごしながら俺は光球を浮かべて魔法の練習を行っていた。
――【光よ】
無詠唱での呪文の発動は慣れたもので、声に出さず手元から光球が生み出される。意識を集中させていると、その際に自分の体を血液のように流れる体内魔力の一部が掌から溢れて集束するのを感じとることができた。
天狐たちとのパスの活性化を経験した今なら生み出した光球と極細の魔力のパスで繋がっていることも感じ取ることが出来た。それを意識しながら光球の光量が強くなるよう念じると、魔力のパスに微かに活性化して俺の思い通りに光球の光量が強くなった。
今度は光球を自分の意志で動かしてみる。
その時にも魔力のパスは微かに活性化していた。
今までは発動した魔法がどうやって俺の意志を汲み取ってくれているかわかっていなかったけど、最近、この光球と繋がってる魔力のパスが俺の意志を光球に伝えていることに気付けた。
そして、もしかしてこの魔力のパスを道具とかに繋げることで天狐たちが自然とやっている自身や道具に魔力を纏わせることではないかと俺は思い至った。
まぁ、その魔力のパスの繋げ方が今一分からないんだけどね……
魔力の放出もスキルの補助が出来ないし、まだまだ課題は山積みだった。
「マスター、さっきから何をやってるんです? 」
「んー? 魔法の練習だよ」
練習を続けていると同じ馬車に乗っていたラビリンスが聞いてきたので答えた。
「光の玉を光らせたり動かすことがですか? 」
「ああ、俺の魔法は型通りのことしかできないからな。自分の魔力を感じることも儘ならないからその練習」
「? マスターは魔力感知や魔力操作ができないのですか? あんなにすごい呪文をいとも簡単に扱えるのにですか? 」
「俺と契約したラビリンスなら分かるだろうけど俺はスキル頼りだったからね。だから、基礎的なことをスキルの補助に頼りきりで型通りのことしかできないんだ」
特に魔法がね。と言って、不思議そうに首を傾げるラビリンスに俺は苦笑を浮かべた。
ラビリンスは、俺の言葉にピクリと反応した。
「あーあれですか。私もマスターと契約してスキルを使えるようになってからは魔法の扱いが格段によくなりましたね」
ラビリンスはそう言った後「ですが…」と言葉を続けた。
「あれはずっこいですよマスター!
私、魔法使えるようになるだけで3年もかかったんですよ!
ダンジョンマスターだから私狙われてましたし誰かに教えてもらうことなんてできませんから、なけなしのDPをおいしいお菓子を我慢してコツコツ溜めて高い魔導書を買って、この世界の文字を解読しながら四苦八苦して魔力の扱いを覚えたのに! 呪文を発動するのだってただ詠唱を唱えればいいってわけじゃないんですよ? 複雑な演算処理が必要なんですよ! 高位の呪文となればそれだけ魔力の制御は大変なんですよ!
そ れ を !!
呪文詠唱を唱えるだけで魔法が発動するだなんて最早チートですよ! ずっこ過ぎますよマスター! 」
「お、おう……。なんかごめんね」
不満が溜ってたのかこちらに迫ってくるラビリンスの剣幕に押されて俺は体を仰け反らせながらつい謝った。確かにスキルがなければ俺は魔法もモノ作りも碌に出来なかっただろうからチートと叫ぶラビリンスを否定することはできなかった。
「何でマスターが謝るんですかー! 」
しかし、それがいけなかったのかラビリンスはうがー!と声を張り上げてポカポカと胸を叩いてきた。
「あたたっ。ごめん悪かったって」
「だから何で謝るんですかっ! 」
天狐に視線で助けを求めるけど、あらあらと楽しそうに微笑んでいて助けてくれそうにはなかった。頑冶も静観していて動く様子はなく、こういう時期待できる小鴉はあいにく周辺の警戒に出てるので不在だった。
「ラビリンス、馬車の中で暴れたら危ないから落ち着けって」
痛くはないけど馬車の中で暴れるラビリンスを落ち着かせるのに苦労していると、ラビリンスの後ろから大きな手が伸びてきて暴れるラビリンスの後ろ首を掴んで引っぺがしてくれた。
「ラビリンス。いい加減、落ち着け。村長が困ってる。あと、馬車の中で暴れるな」
ゴブ筋に引っぺがされたラビリンスは、元の席に座り直される。まだ言いたいことがあるように俺をむーっと睨んできていたが頭が冷えたのかまた暴れるようなことはなさそうだった。
「あはは……助かったよ。ゴブ筋」
ゴブ筋に礼を言いながら俺も乱れた服を直して席に座り直した。光球はいつの間にか効果が切れて消えていた。
まさかラビリンスがここまで不満を溜めていたとは思わなかった。
ダンジョンコアを操作した時も感じたけど、スキルの補助があるとないとでは随分と違いがあるみたいだ。
あの時見ることはなかったけど、ラビリンスは以前から魔法を使うことができたのか。スキルなしで使うことができるなんて、やっぱりラビリンスは頭いいんだな………
……ん? ちょっと待てよ。
「ラビリンス。魔導書を読みながら魔力を感じるところから始めたってことはもしかしてお前、魔法の発動の仕方とか、魔力の操作の仕方とか説明できるのか? 」
「え? あっはい。魔導書に書かれてた内容の受け売りになりますし、私なりの解釈でいいのなら説明できますよ? 」
マジか。まさかラビリンスにそんな特技があったとは……
「ラビリンス、良かったらなんだけど俺に魔法のことを教えてくれないか? 」
「……ふ、ふぇえええええ!? 私がマスターの先生にですか!? 」
「頼む。お前しかいないんだ」
本能的に魔力を扱ってる天狐たちの魔法の説明は大前提に魔力を意のままに扱えることがあるから魔力の扱いが未熟な俺ではついていけなかった。
「お前しかいない……私がマスターの先生……えへへ」
俺に頼まれたラビリンスは最初は驚いた様子だったけど今は顔を真っ赤にさせていやんいやんと体をくねらせて嬉しそうだった。
「私が先生かぁ……えへへ」
「ラビリンス? 」
心ここに非ずといった様子だったので声をかけるとラビリンスは現実に帰ってきてくれた。
「わっかりましたマスター! 私がマスターに魔法というものを一から教えてあげるのですよ! 」
我に返ったラビリンスは、そう言って誇らしげに胸を張った。
こうして俺は、思いがけずしてラビリンスという魔法の先生を得たのだった。
お待たせしました。
ちょっとリアルで調子崩してました。
そろそろ他の作品の更新もしたいと思っているので、次回から更新頻度は落ちていくと思います。
それでもできる限り早く更新できるよう頑張ります。
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