69 「村長、出発準備の準備をする」
俺と一緒に街に行こうという名目で勝手にシルフィーが開いた大会は、頑冶から話を聞いた俺たちが闘技場に直接乗り込んだことで中止にすることが出来た。大会を中止したことに参加していた仲間たちから特に抗議の声はなかった。初めからシルフィーの独断なのは承知の上だったようだ。
「村長が街に連れていくメンバー選ぶだけで戦うのを許可するなんてありえないからな」
「でも勝ち抜きトーナメントなんて普段やらないから面白そうだったのよね」
「あいつらでもにゃければ、仲間と戦う機会なんてそうにゃいしにゃー」
参加者のほとんどは、ただ試合がしたかっただけだったみたいだ。
大会には、いつも問題を起こすサタン達に限らず、普段は探索班などで仲間も多く参加していた。
うちの村には戦闘狂が多くて困る。
せめて騎士団の人が村に来ている間くらいは控えて欲しいところだ。
そして主犯のシルフィーだが俺に怒られるのを嫌ってか空へと逃亡を図ったので、大会に参加していた力の有り余ってる仲間にシルフィーを捕まえるよう頼んだら、空での追いかけっこが始まった。
空は風の精霊であるシルフィーの独壇場で、縦横無尽に飛び回り、時に分身体を生み出し時に大気と同化して姿を晦ましたりと追手を攪乱するシルフィーを中々捕まえることができなかった。
物騒な攻撃を禁止したのも長引いた要因だろうけど、シルフィーがその追いかけっこを楽しんでたお陰で逃げ切られるということにはならなかった。最後には、天狐に呼ばれた小鴉が参戦してあっという間にシルフィーを捕まえてくれた。
「痛い痛い痛い痛い! 小鴉兄、頭が割れちゃうってば! 」
「全く……。天狐に呼ばれて来てみれば、この大事な時期にお前は一体何をやってる」
「だって面白そうだったんだもん」
その返答に小鴉は、深くため息をついてシルフィーの頭を掴む手により力を入れた。
「お前の悪戯で村長の御手を煩わせるなと何度言えばわかる。今は騎士団がいるから悪戯は控えろと言っただろう」
「痛い痛い痛い! だから仲間だけに聞こえるように告知したし、闘技場を使ったもん! ちゃんと防音して闘技場の音が周りに漏れないようにもしたんだよ! 」
ああ、だから戦いの音が村にまで響いてこなかったのか。
「そういう問題ではない。ばれない様にやれとは某も村長も言っておらん。やるなと言っている。シルフィー、やはりお前とは一度きっちりと話をする必要がありそうだな」
シルフィーの言い訳が小鴉には気に障ったようだった。
それからしばらく、シルフィーは小鴉から有り難いお説教をアイアンクローをされたまま受けることになった。
小鴉に任せておけば良さそうな雰囲気だったので、シルフィーのことは小鴉に任せて俺は小鴉の剣幕に怯えるラビリンスを避難させるためにもその場を早々に後にした。
その後、小鴉から解放されたシルフィーは、泣きじゃくりながら俺の元まで飛んできて何度も謝ってきた。反省をしているようなので俺もすぐにシルフィーを許した。
これでしばらくは悪戯を控えてくれるだろう。
シルフィーの悪戯には小鴉の説教が一番効きそうだなと、泣きじゃくりながら抱き着いてくるシルフィーの背中を撫でて落ち着かせながら俺は苦笑した。
ちなみにシルフィーが叱られてる間、俺は俺で昨夜のルデリックさんとの飲み比べで騎士団が持参した酒を飲み干した件でクロイスさんに怒られていた。クロイスさんの秘蔵の酒を飲んでしまった件は、後で何らかの形で補填しようと思った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
朝のバタバタが一段落ついた俺は、別に用があった天狐と別れてバッカスさん達が暮らす宿にラビリンスと一緒に顔を出した。
昨夜はバッカスさんが久し振りの酒で出来上がってしまって話す機会がなかったので、ルデリックさん達と一緒に街に行くことになったことを伝えた。
「ああ、やっぱり街へ行くことになったんだな」
話を聞いたバッカスさんは、予想通りだと言わんばかりにあっさりと頷いた。
「やっぱり? 」
バッカスさんの態度に俺のように疑問に思ったラビリンスが首を傾げてオウム返しに聞き返した。
「考えても見ろ嬢ちゃん。
どこの世に旦那のような村長と馬鹿みてえに強い村人がいる村があるんだ。実際にその目で見なきゃ誰もそう簡単にはいそうですかと信じたりしねぇよ。俺だってギルドに口でどう説明しようか頭悩ませてたんだから、あの野郎が旦那たちを連れて行って会せようとするのも突拍子のない話ではねぇんだよ」
何故かバッカスさんの説明にラビリンスがすっごくわかりますと言わんばかりに無言でコクコクと頷いている。
普通じゃないのは認めるけど、そこまでのことなのだろうか?
「しかし、旦那が街に行くってんなら俺も助かる。
面倒かもしんねぇけど、街にいる間にちょっと付き合ってもらえないだろうか?
ギルドに説明する時に旦那が一緒だと助かるんだ。勿論、礼はたっぷりとするし、旦那たちはあの街は初めてだろうから案内もするぜ」
「いいですよ。街についてからの予定がまだ定かではないのですぐにとはいかないかもしれないですが、そのつもりでいますね」
バッカスさんには今回の騎士団の件で色々と助言してもらったし、この世界の常識なんかも色々と教えてもらってるので、それくらいの頼みなら喜んで引き受けれた。街の案内をしてくれるのも助かる。
俺が快く承諾するとバッカスさんは破顔した。
「そうか! いやぁ助かるよ旦那! 」
そう言ってテーブルから身を乗り出して俺の肩をバンバンと叩きながら礼を言ってくる。本当にほっとしているようなのでこちらとしても悪い気分ではなかった。
「あ、そうだ。俺たちは、騎士団の出発に合わせて街に帰ることになるだろうから道中は旦那たちと一緒だな」
「そうなんですか? 」
「俺たちだけで戻るより騎士団についていった方が安全だからな」
確かに騎士団と一緒に行動してれば、盗賊も迂闊に手が出せないし、モンスターに襲われた時もバッカスさん達だけよりは安全だろう。
「そう言えば、行くのは旦那一人だけなのか? 」
「いえ、ルデリックさんが何人でも大丈夫と言ってたので、希望する仲間の中から何人か連れて行こうかなと思ってます。この際レナ達も一緒に街に連れて行って観光するのもいいかなと思ってます」
「観光とはまた旦那も呑気なもんだねぇ。けど、そう何人も一度に連れて行って食糧はともかく、アイツ足は用意できてるのか? 」
「ああ、食糧と足はこっちで用意するつもりですよ。それが条件ですし」
「………」
バッカスさんの疑問に答えると、何故かバッカスさんは押し黙った。
「? どうかしたんですか? 」
「……いや、なんでもない」
俺が声をかけるとバッカスさんはそう誤魔化したけど、「そうか。アイツもまだ旦那たちのことがよくわかってなかったのか」と小さな声で呟いていた。
どういう意味だろうか?
俺が首を傾げてると視線に気づいたバッカスさんは、露骨に話題を逸らした。
「それで、誰を連れていくつもりなんだ? やっぱりテンコやゴブキンも一緒なのか? 」
「はい。まだ全員決まったわけではないですけど、天狐とゴブ筋は一緒に街に行く予定です」
ラビリンスもまだ傍に置いておきたいし、連れていくつもりだ。
もうシルフィーが仲間には言いふらしたようだけど、あとで俺の口からも説明して希望者を募ってみようか。その上で誰を連れていくかは、天狐たちと話し合って決めるか。
その後、バッカスさんから街の見どころを話してもらったりと雑談をして別れた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
バッカスさんと別れた後、俺はその足でレナ達が暮らす家に顔を出した。
年長組のレナとレオンとアッシュは、ちょうど日課の鍛錬と魔法の訓練を終えたところだった。
俺と一緒でまだ昼食を摂ってなかったようなので広場の青空食堂で昼食をもらってきて年少組の子供たちも一緒に食べた。ついでに、鍛錬や魔法の訓練に付き合っていた黒士とアルフとミカエルの3人も一緒だ。
食べながらレナ達には街に行く話をした。
「私達が街にですか? 」
「行けるのかっ! 」
話を聞いたレナは戸惑い、アッシュは喰いついた。
「うん。みんなが行ってみたいならだけど……どうかな? 」
「行く! 俺は行きたい! 」
俺の提案にアッシュは、勢いよく答えた。アッシュはすごい乗り気のようだ。
「僕も行ってみたい」
「わたしも! 」
「ろーなも! ろーなも! 」
アッシュに続いてレオンとリンダも行きたいと希望してきた。まだ5歳のローナもアッシュ達に釣られたのか小さな手に握ったスプーンをぶんぶんと振りながら言ってきた。
即決した子供たちとは違ってレナはまだ迷っているようで考え込んでいた。
「レナ、別に今ここで決める必要はないからな? 」
俺がそう伝えるとレナが顔を上げてこちらを見てきた。
「カケルさん、ケティはどうするつもりですか? 」
チラリとミカエルに手伝ってもらいながら食べている2歳のケティを見ながらレナは聞いてくる。
「子供たちが全員行くなら一緒に連れて行くつもりだよ? 皆一緒の方がケティも安心だろうし」
「わかりました。私も皆と一緒に街に行ってみたいです」
「うん。じゃあ、子供達は全員参加ってことで決まりだね」
俺がそう言うと、子供たちから歓声が上がった。
「村長、私も行く」
「うむ。私も街に行ってみたいぞ! 」
「わ、私もご一緒してもいいでしょうか? 」
「お前たちもか……わかった。考えとく」
成り行きを見ていた黒士とアルフとミカエルの3人も街に行きたいと言ってきた。この3人なら問題も起こさないだろうし、レナ達と仲が良いから連れて行くのもいいかもしれないと思い俺は前向きに検討して見ることにした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そんなこんなで俺は、街に行く準備の準備を少しずつ進めて行った。
夕方の夕食時には、改めて街に行くことを仲間に連絡して希望者を募ったりした。そして、集まった希望者を各班のリーダーや天狐と検討し合った。その場には、ラビリンスも同席した。
1人にしておけないというのもあったけど、怖がりなラビリンスが平気な相手なら街に連れて行っても問題ないだろうという思惑も少しあった。
レナ達も仲間に慣れてきて仲間の容姿で怖がることはなくなったからな。その点、ラビリンスならまだ慣れ切ってなかった。
当然と言えば当然なのだが、よく問題を起こすシルフィーやサタン達はお留守番となった。逆に黒士とアルフとミカエルに関しては反対する者がいなくてすんなり一緒に行けることになった。
何だかんだで検討会に参加したメンバーも全員希望していて、一緒に行くことになったりもした。
検討会は夜遅くまで行われて、ラビリンスの眠気が限界に達したところで一旦お開きとなった。
小鴉達と別れて眠気が限界にきてるラビリンスを背中に背負って俺は天狐と一緒に帰路についた。
「ますたー、ごめんなさい」
「ラビリンスが謝ることじゃないよ。他の皆は寝なくても平気だけどラビリンスはそうじゃないからね。こっちこそ遅くなっちゃってごめんな」
「わたしはだいじょーぶなのですよ」
背中の上でラビリンスはそう言うけれど眠気で呂律が回ってないので大丈夫ではない。ラビリンスをベッドで寝かすために足早に帰った。
「カケル、おやすみなさい。ラビリンスもおやすみ」
「んにゅ……お姉ちゃんも、おやすみ……」
「おやすみ天狐。また明日」
部屋の前で天狐と別れて自室に入る。部屋の仲は真っ暗なので魔法で光球を生み出した。
「【光よ】」
明るくなった部屋で、うとうとしているラビリンスを寝間着へと着替えさせ、ベッドの上にそっと寝かせる。俺も寝間着へと着替えてベッドへと入る。
「おやすみラビリンス」
「ん。ますたーおやすみなさい」
そう言って光球を消すと部屋は再び闇に閉ざされた。
「ますたー」
「ん? どうした? 」
「じつはわたし…………やっぱりなんでもないです」
「そうか? 寂しかったら抱き着いてきてもいいからな」
「そういうことじゃないです……おやすみなさいますたー」
「ああ、おやすみ」
そろそろタイトルが思いつかなくなってきた……
忘れた人用
・レナ
14歳の女の子。最近回復魔法の練習を頑張ってる。最近はカケルと約束して朝練で怪我したカケルを練習台にしてる。
・アッシュ
12歳の勝気な男の子。毎日、黒士とアルフに扱かれて可愛がられている。最近、カケルに噛み付くようなことはなくなっている。成長期で、どんどん逞しくなっている。
・レオン
12歳の大人しい男の子。毎日鍛錬はしているけど、アッシュとは違い魔法の練習をミカエルから習っている。読書が趣味の子。鍛錬を続けてることで以前よりも体力はついてきている。
・リンダ
11歳の活発な女の子。何だかんだで一番最初にカケルの仲間に慣れていった猛者。今では頑冶の髭を引っ張ったり、サタンに肩車してもらって村を散策したりと腕白っぷりを発揮している。
・ローナ
5歳の女の子。上のレナ達の真似をしたがるお年頃。
・ケティ
2歳の男の子(?)。カケルの仲間の女性陣から殊の外可愛がられている人気者。ミカエルがよく面倒を見ている。
実はケティ、男の子か女の子かど忘れしてしまいました……。もし本編で明記しているようでしたら教えてもらえると幸いです。そろそろ登場人物作らないといけないな……
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