68 「悪魔と殺人鬼、激突」
『準備はもう大丈夫かな? 村長と一緒に街へ行こう選手権第三回戦は、サタン兄とジャックの対決だよー! サタン兄はうっかり殺しちゃわないようにねー。ジャックは死なないよう頑張ってねー』
広い円形闘技場の空にふわふわと浮かぶシルフィーの声は、風に乗って闘技場にいる全ての者たちの耳へと届けられる。闘技場の舞台ではサタンとジャックの2人が対峙して開始の合図を待っていた。
サタンが無手に対してジャックは、両手にナイフを逆手で握っている。
昨夜、雷光騎士団の団長であるルデリックとカケルの会話を盗み聞きしていたシルフィーは、今朝その内容を分身体を使ってまでして村中に広めまわり、血の気の多い仲間を闘技場に集めてカケルに黙って『村長と一緒に街へ行こう選手権』なるものを勝手に開催していた。
そんなものを企画するシルフィーも困ったものだが、カケルが知らない非公式の大会とわかっててなお参加する者たちも困ったものだった。
「ジャック死ぬなよー! 」
「サタン、いつものように手を抜くんじゃねぇぞー! ジャックなんか秒殺しろー! 」
「ジャック生きて帰ってくるにゃー! 」
「ジャック死んだらミカエルさんとこ連れてってやるからなー! 」
舞台に立つ2人に観客席の仲間たちから声援?が飛ぶ。そのほとんどがジャックに対するものだった。
「その応援はあんまりじゃないっすか!? 俺っちだってやる時はやるんっすよ! 」
勝利どころか生存を願う応援に勝ち目が薄いと自覚してるジャックも流石に憤慨する。
「ワハハハッ! まぁ、いいじゃねぇか。戦って証明してみせろよ。お前の強さを」
「言われなくてもやってやるっすよ! やすやす負けるつもりはないっすから! 」
「おう、その意気だ! ちったぁ俺を楽しませろよジャック! 」
『はーい。それじゃあ2人ともやる気十分なようだしはっじめるよー! 』
気合い十分な様子の2人を見てシルフィーは楽しげに笑いながら周囲の空気を圧縮して、目の前に拳大の塊を作り出す。
『第三回戦サタンVSジャックはっじめー! 』
無色透明ながらその気圧の差から光が歪みぼんやりと見えるその空気の塊をシルフィーは、その小さな両手で挟んで潰した。
――パァァンン!!
直後、闘技場の上空で大きな炸裂音をまき散らし圧縮された空気が解放された。
同時に、そのどでかい炸裂音を開始の合図にサタンとジャックの2人は前へと飛び出した。
瞬間、ジャックの突き出した左のナイフとサタンの突き出した黒く染まった右拳が衝突する。
――ギャリン!
刃物と拳がぶつかり合った音とは思えない金属同士がぶつかり合った甲高い音が響く。
「チッ、最初から本気っすか! 」
「今日の戦いで端から手を抜く気なんてねぇよ! 」
その言葉と共に顔面を狙って繰り出された左拳をジャックは右手のナイフで防ぐ。サタンの黒く染まった拳はジャックのナイフの刃を一切通さず、ジャックの白銀のナイフは岩をも砕く拳の一撃でも刃こぼれしない。
それぞれ拳を振るいナイフを振るってお互いを攻撃するがそのどちらもお互いの体を傷つけれず、両者は一歩も引かず譲らなかった。
「こりゃまいったっすね」
その至近距離の攻防戦で先に音を上げたのはジャックのナイフだった。度重なる攻防に耐え切れず、サタンの拳を受けて刀身が砕けた。
それを好機と見て繰り出したサタンの鞭のようにしなる蹴りを後方に飛んで避けたジャックは、距離を詰めてこようとするサタンに懐からナイフを何本も出して、襤褸の外套を翻しながら投げつける。
サタンはそれを鬱陶しそうに手で振り払いながら距離を詰めるが、ジャックは着地してすぐに後ろに飛んで距離を詰められた分だけ距離を取る。そして、サタンに向けて無数のナイフを投擲する。
「おい! 逃げんじゃねぇ! 」
「接近戦じゃ分が悪いっす! そっちが最初から本気で潰すつもりならこっちも本気で逃げさせてもらうっす! 」
いっそ清々しい逃亡宣言だった。
「いいぞージャック! 逃げろ逃げろー! 」
「サタンも近づかなきゃ怖くないわよー! 」
『あははは! ジャック、接近戦で敵わないと見るやサタン兄から逃げ回るー! 果たしていつまで逃げれるのかー! 』
観客席の仲間からもジャックへの声援が飛び、シルフィーも実況しながらケラケラと笑う。
「いつまでも逃がさねぇよ! 」
――【悪魔王の束縛】
十二度目となるナイフの雨を凌ぎ切ったサタンの目に三又の槍を持つ悪魔を模した紋章が浮かび上がり、赤黒い光線となって飛び出した。不意の攻撃にジャックは避けれず、その光線を剥きだしの左手に受けた。それ自体に威力はなかったが、その手に悪魔の紋章が刻まれる。
「しまったっす!? 」
その意図にジャックが気づいた時には遅く、四方の虚空から鎖が現れてその身を縛り付けられた。
「この技を使うってことは本気とかいいながら本気出してないじゃないですか! 」
両手両足を縛り付けられ身動きができなくなったジャックが抗議の声を上げる。
「勘違いすんじゃねぇ。手を抜かねぇってつったんだ。お前が俺と真正面から戦おうとしないなんて端からお見通しだよ。あと、炎を出そうとしても無駄だぞ。その鎖はお前の魔力を吸い取るからな」
サタンの言う通り、不利を悟ったジャックがその身を炎と化して逃れようとしても体に纏わりつく鎖に魔力を吸われて出来ないでいた。
鎖の拘束から逃れようとするジャックの目の前で、サタンは自身から溢れ出る瘴気を右腕にどんどん集束させていく。それ以前から集束した瘴気で黒ずんでいた肌は、よりその黒さを増して紫色を帯びた禍々しい漆黒となる。
「あんまこの手は使いたくなかったんだが仕方ない。これで終いだ。真正面から戦ってきてたらまだ勝機はあったかもな」
その言葉と共にジャックの懐にその右拳が振るわれた。直撃の瞬間に右腕に集束した瘴気が純粋な破壊エネルギーに変わり解放された。
「ぎゃーっす!? 」
ジャックを拘束する頑丈な鎖を全て破砕し、ジャックは目にも止まらぬ速さで水平に吹き飛び、舞台に展開された強固な結界に轟音と共に叩きつけられた。その余波で、結界全体がビリビリと震動した。
当然そんな一撃を受けてジャックが無事で済むはずがなく。ジャックは地に倒れてピクリとも動かず、地面に血溜りを作った。南瓜の被り物は砕けて直撃の衝撃で砕けて、端正な素顔を晒していた。外からでは分かり難いが、アバラは全て砕けて肺を損傷し、他の内臓もぐちゃぐちゃにシェイクされていた。
『終了ー! 第三回戦の勝者はサタン兄だー! 』
サタンの勝利を告げられ、サタンは拳を突き上げた。
観客席からどっと歓声が上がった。
『ジャックは残念だったねー。誰かジャックに回復魔法かけてあげてー』
シルフィーの呼びかけで、観客席から幾人かが舞台に降りてジャックに回復魔法を施す。そのお陰ですぐにジャックは意識を取り戻した。
「うぅ……酷い目にあったっす」
南瓜の被り物の中に隠れていた色白な顔を青くさせてジャックは、殴られた腹を押さえながらよろよろと立ち上がる。仲間の回復魔法で、砕けたアバラやぐちゃぐちゃになった内臓は元通りに修復されたが、まだダメージは色濃く残っていた。
「相手が悪かったわね」
「どんまいジャック」
「いい逃げっぷりだったぞ」
治療にきた仲間たちが、ジャックに声をかけながら追加で回復魔法をかけて体に残ったダメージを緩和させる。
「助かったっす。もう大丈夫っすからちょっと離れるっす」
ある程度回復するとジャックは治療してくれた仲間にそう言って距離を取ってもらう。仲間が離れたのを確認すると突然ジャックの体から炎が噴き出して火達磨になった。
それは一瞬の出来事であり、炎はすぐに何事もなかったかのように消える。
その一瞬の間にジャックは砕けたはずの南瓜の被り物を被りその素顔を再び隠していた。
「次こそは、その体切り刻んでやるっすからね! 」
南瓜を被って完全復活を果たしたジャックは、舞台から飛び立とうとしているサタンへと啖呵を切る。負けたばかりだというのにその戦意は鈍るどころかより鋭くなっていた。
「おう、楽しみにしてるぞ」
ジャックから放たれる殺気にサタンは、背中の翼を広げて飛び立ちながら気持ちよさそうに笑った。
そのすぐ後に、頑冶から話を聞いたカケルが駆けつけて、四回戦が始まる前に大会は幕を閉じた。
「シルフィーまた勝手にこんなことをして! 」
「あはは、そんちょーごめんなさーい! 」
「こらっ逃げるな! あっ、待て! シルフィー! 」
「怒られるからやーだーよー! こーこまーでおーいでー! 」
「はぁ……小鴉に捕まえるのを手伝ってもらった方が良さそうね」
シルフィーが勝手に始めた大会の一部始終でした。
【悪魔王の束縛】
サタンの保有する固有スキルの一つで、三つ形態の一つ『妨害する悪魔王』形態の時に使用できる。
左目に宿る紋章を照射して対象の体のどこかに紋章を刻むことで発動する。
虚空から頑丈な鎖が召喚して対象者を拘束する。その鎖は、対象者の身動きを封じるだけでなく対象者のMPを吸収して魔法やスキルの発動を阻害する強力な効果を持つ。
その鎖の維持には対象者から吸収したMPが使用されているので対象者のMPが枯渇してしばらく経つと維持できずに鎖は消滅する。ただし、サタンからMPの補給があればその限りではない。
一度に選択できる数に制限はないが光線が届く距離は最高50m。遮蔽物を透過できず、紋章は肉体にしか刻めない
加速する更新。増える感想。私嬉しい




