63 「村長、やらかす」
騎士団に守られながら連れられて俺たちは、雷光騎士団の野営地へと到着した。
最初はエレナのゆっくりなペースに合わせてくれていたのだけど、途中でエレナが余裕であることがわかると、徐々に速まっていき最終的にエレナは車のアクセルをベタ踏みしたような速さで馬車を走らせた。
騎士の人たちもそれに合わせて馬を全力で駆ってあっという間に野営地へと到着した。
「こ、腰が……」
「やべぇ……酔った」
「まずだぁー吐きぞうでず」
「い、生きた心地がしませんでした」
とても速かったけど、やはりというか乗り心地は最悪だった。
この体は平衡感覚にも強いようで、車酔いがなかったのが幸いだった。
腰を抑えて座り込んだままのシアンさんには回復魔法をかけて、車酔いでグロッキー状態のバッカスさんと今にも吐きそうなラビリンスには状態異常の回復魔法をかけた。顔色の青いアサルディさんには、ごめんなさいと謝った。
自分が生み出した惨状にオロオロするエレナのフォローをしていると、騎士の1人が俺を見ていることに気付いた。
さっき先導していた騎士の人だ。
「あの……どうしましたか? 」
「……いや、随分と魔法が達者なのだなと思ってな」
「村長になる前は天狐たちと各地を放浪していたことがあったので、その時に身に着きました」
「……ほう。師はいるのか? 」
「師と呼べるような人はいなかったですが自分なりに調べたり、他人の魔法を自分なりに真似てみたりして研鑽を積みました」
「なるほど。我流か」
騎士の人は、1人で何か納得したようにうむうむと頷く。どうかしたのだろうか?
ゲームなんて言っても伝わらないだろうから多少ぼかしたけど、嘘は言ってない。
こちらの視線に気付いたのか騎士の人は、再び口を開く。
「すまない。少し気になったのでな。私は少し用があるので離れるが、お前たちはここで待っていろ」
「あ、はい。わかりました」
騎士の人はそう言って去って行ってしまった。多分上司の人に報告とかがあるんだろう。
騎士の人を見送った後、他の人の様子を見ると回復魔法が効いたようで、顔色はよくなっていた。もうしばらく休めば大丈夫そうだった。
「エレナだっけ? いい走りだったぜ」
「あ、ありがとうございます」
落ち込んでいたエレナもケロッとしていたボバドルさんから褒められて元気を少し取り戻していた。
あの人はあの馬車の中で悲鳴を上げるどころか楽しんでいたけど、スピードジャンキーな気があった。絶叫系とかも好きそうだ。
「マスター、帰りはゆっくりがいいです」
こちらは逆に苦手そうだと、縋るように抱き着いてくる青い顔のラビリンスを見て思う。
ボバドルさん以外みんな反対すると思うから、帰りはゆっくりだよ。多分
安心させるために背中をぽんぽんと叩いておいた。
しばらくしてラビリンスが落ち着いたところでふと、役目を終えた馬車を放置したままだったことに気づく。
騎士団の人の邪魔になるだろうし仕舞っとくか。
俺はそう思って、馬車をアイテムボックスに収納しようとした時、仮想ウィンドウを操作していた手を天狐にやんわりと掴まれた。
「カケル、ここでアイテムボックスを使うのは控えた方がいいと思うわ」
口に出してないのに、俺の行動を察した天狐にやんわりと止められた。天狐に言われて、その行動の危うさに気付く。
バッカスさん達の前で初めて使用した時、随分と驚いていたのを思い出す。
アイテムボックスのような魔法を見たことがないと言っていたのだから、騎士団の人達の前でやるべきではないな。
「そうだな。助かった」
天狐に礼を言うと、気にしないでと天狐はふるふると頭を横に振った。
その頭を俺は、感謝の気持ちを込めてぽんぽんと撫でた。
そうこうしていると、さっきの騎士の人が戻ってきた。
「話を聞く準備ができた。代表の者は私の後についてきてくれ。後の者は別室で待機してもらう」
「ちょっと待った。代表の者ってのは、アサルディの旦那だけか」
バッカスさんの確認に騎士の人は「いいや」と首を振って、俺とアサルディさんとバッカスさんを名指した。
その基準にバッカスさんは納得したように引き下がって、アサルディさんも素直に従った。
夜鷹の爪の話をする上で俺抜きにするわけにはいかないので、天狐が一緒でないことに俺は少し不安に思いながらも騎士の人に従った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
俺たちを案内した騎士の人、ギルストファーさんが俺たちの聞き取りの担当だった。
案内された場所は野営地にある天幕の一つで、中は簡素なテーブルと人数分の椅子だけが用意されていた。天幕の中には俺たちとギルストファーさん以外に書記らしき女性の騎士が1人いて、外に数名の騎士が待機していた。
入る前に身に着けてた武器を預けたけど、ギルストファーさん達は鎧を着て帯剣したままだったので、警戒されてたのだろう。
事情聴取はアサルディさんとバッカスさんから始まり、自分の番が来たのはアサルディさん達が夜鷹の爪に捕らえられた所からだった。
バッカスさん達が拷問を受けた話の時は険しい表情をしていたギルストファーさんだったが、洞窟の夜襲の顛末を話すと、眉間を押さえていた。
いや、これでも事前に話し合って多少マイルドにしたよ?
バッカスさん達の部位欠損を治療した話はそのまま話したけど、蘇生魔法を使ったことは口にしなかったし、仲間のサタンが【狂い鬼】のゴドフリーたちと戦ったことは話したけど、一度に相手にしたとは言わなかった。
流石にここまで話すと村長と村人にあるまじき強さを持っていることに言及されたけど、ルズール村のレナ達と出会った時のことを話して、夢の中で託された自分の遺魂珠を見せると訝し気ながらも俺が仮ではあるけど村長だと認められていることに一応の納得をしてくれた。
そして、バッカスさん達と一緒に助けた村の人たちを保護して、ルズール村の近くに新たに村を作った旨を話すとギルストファーさんは驚いていたが、合点がいったという表情にもなっていた。
もちろん、どれも最初話した時は、半信半疑どころか信じられないと言いたげな疑いの目を向けられたのだけど、アサルディさんとバッカスさんが俺の話を本当のことだと肯定したことで、頭ごなしに否定されることはなかった。その代わり、あれこれと様々な質問に答える羽目になった。
しかし、ルズール村を訪れる前にどこにいた。
という質問に関してはゲームだと馬鹿正直には答えられないので、他の人にも話しているように仲間と一緒に突発的な転移に巻き込まれてこの近くに転移してきたとしか答えられなかった。
その話に関しては、最後までギルストファーさんは半信半疑といった様子だった。
それから俺たちはいくらか質問をされた後に解放されて、天狐たちと合流した。
俺たちを待っている間、天狐たちも軽い事情聴取を受けていたみたいで、天狐とエレナとラビリンスが俺のテイムモンスター、俗にいう従者であることは話したそうだ。
俺の方でも自分がテイムマスターであり、自分の仲間を村人として扱って一緒に暮らしていることは隠さず話しているので、問題はないと思う。
というか、普通の村に悪魔やケンタウロスやゴブリンなど多様な種族が一緒にいる時点で、俺がテイムマスターであることに疑問を抱かれるどころかむしろ納得していた。
「あれで良かったんですかね」
わざわざ用意してくれた食事を天狐たちと一緒に取ながら、俺はバッカスさんに尋ねた。取り敢えず話せることは話したし、あまり警戒されないよう迂闊なことは言わないよう心掛けたけど、ギルストファーさんの反応を思い出すとどうにも不安だった。
「聞かれたことには答えたんだし、もうなるようにしかならねぇだろ。それに旦那の話はどう話したところですぐには信じてもらえねぇよ。何せ当事者でなければ俺だってそんな話は信じたかわからねぇ。酒場とかで聞けば法螺話だと鼻で笑って聞き流しただろうしな」
「法螺話って……。そんなに嘘っぽいですか? 」
「嘘っぽいというか、やってること為してることが全く普通じゃないからな。旦那たちを知らなければ誇張だと思うくらいにはな。普通、四肢欠損レベルの怪我となると大きい教会の神官に高い金でも払わなきゃ治せねぇし」
「えっ、それってまずかったですかね」
医者の無免許治療という単語が脳裏に浮かんでドキリとした。
「まずくはねぇだろ。別にシアンだって神官でなくても回復魔法を使えるしな。ただどこの宗教の教会でも回復魔法のノウハウがあるから神官の方がどうしても治療の腕は高くなるわな。無暗矢鱈に人を治療したり、商売してるともしかしたら文句を言われるかもしれねぇけど、今回の場合は緊急事態ってことで当て嵌まらないだろ」
「そ、そうですよね。よかった。安心しました」
バッカスさんの言葉に、俺はほっと安堵の息をついた。
「ガハハハ! まぁ、ここで待っとけと言われたんだから、何か用があれば向こうからまた声がかかるよ。今はあれこれ考えず食べて待っとけばいいだよ」
そう言って、バシンと背中を叩かれた。
それもそうだなと思って、俺は止めていた手を動かして食事を再開した。
「ちょっと邪魔するぞ」
その直後に立派な鎧を着た無精ひげの男が天幕に入ってきた。
入ってきた男は天幕の中をぐるりと見回すと、バッカスさんを見て止まった。男はずんずんと無言で近づき、バッカスさんの顔をジロジロと見始める。
「よぉ、久し振りだな」
バッカスさんが旧友に会ったかのような気安さで手を挙げると、男は驚いたように声を上げた。
「やはりバッカスか! お前、その眼は一体どうしたんだよ! 」
その騎士の人は、嬉しそうに笑いながらバッカスさんの肩をバシバシと遠慮なく叩いていた。
バッカスさんの知り合いってことは、ひょっとして……
「ルデリック騎士団長様……」
アサルディさんがポカーンとした口からその名が出た時、俺はああ、やっぱりと納得した。
この人が、雷光騎士団の団長さんなんだ。
突然入ってきたルデリックさんは最初バッカスさんと親し気に話していたけど、不意に俺へと視線を向けてきた。
「それで、お前がルズール村の村長か? 」
「え……あ、はい。私がルズール村の村長をしているカケルと言います」
咄嗟にそう答えると、ルデリックさんは値踏みする視線を俺へと向けてきた。
「なるほどなぁ。話によるとお前はテイムマスターなんだってな。一体どれくらい魔物と契約してるんだ」
「えーと、大体500程ですかね……」
詳細に覚えてなかったけど、確かあと少しで580になるくらいだったと思う。
「わっはっはっは!! 500! そうか、500か! こいつは面白い! 確かにテイムマスターを自称するだけはあるな! 」
「はぁ……ありがとうございます」
何が面白いのか大笑いするルデリックさんに俺は相槌を打つ。それがまた何かのツボに入ったのかルデリックさんは、さらに笑った。
「おいバッカス。お前、随分と奇天烈な連中に助けられたな」
「まぁな。旦那たちは随分とお人好しでもあるからな。変わってるけど悪い奴らではないぞ。変わってるけど」
「確かに悪い奴ではなさそうだな」
バッカスさんがこちらを見ながら言うとルデリックさんも改めて俺を見た後に頷く。
そこまで俺は変わってるのだろうか?
「んんっ」
そう思っていると、新たに男の人が入ってきてわざとらしげに喉を鳴らした。
「ん? どうしたクロイス」
「……団長、再会した旧友の仲を深めるのは結構ですが、何度も言うようにもう少し騎士団長としての自覚を持ってください」
「いーじゃねぇかよ。ここにはそんなの気にするうるさい奴なんかいねぇしよ」
「私がいます」
「おーそうだったな。で、どうしたんだ? 」
「……ルズール村の村長とやらがテイマーだそうなので、その確認をしにきました」
クロイスと呼ばれていた騎士の人は脇で抱くようにして持っていた大きな丸めた布を広げた。その布には、精緻な魔法陣の刺繍がされていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
クロイスさんが持ってきたものはテイマー、俗にいう魔物使いが魔物と契約した際に出来るパスに魔力を流して活性化させ視覚化する代物だった。
この時初めて気付いたのだが、この世界では一般的な魔物使いをテイマーと呼び、世間から一流と呼ばれる人などがテイムマスターと呼ばれてるそうだ。
つまり、俺はずっと一流の魔物使いだと自称していたということに気付いた。
俺のような魔物使いを一般的にテイムマスターだと呼称するのだと思ってた自分の勘違いが、恥ずかしい。バッカスさんやシアンさん達には、「知らなかったのかよ……」と呆れられ、ルデリックさんにまた笑われた。
穴があったら入りたい。
「では村長殿。この魔法陣の中心に座ってください」
「……はい」
クロイスさんに促されるままに俺は地面に敷かれた魔法陣の上に靴を脱いで胡坐をかく。
「それでは、魔法陣に魔力を流して見てください」
クロイスさんに言われて俺は気持ちを落ち着かせて、魔導具を使うときのように魔法陣に魔力が流れることを念じた。
少し集中するのに時間がかかったが、少しずつ魔法陣に魔力が流れ始めた。
魔力が流れ込んだ魔法陣が淡く輝き始めるのに合わせて、右手の甲に何かが浮かび上がる。
以前、ラビリンスの時に浮かび上がった円形のエンブレムだ。それが幾重にも重なって七色に輝く。見ると天幕の中にいる天狐やエレナ、ラビリンスの手の甲にもエンブレムが生じていた。しかし、俺とは違ってそれぞれ自分を表現しているようなエンブレムが一つだけだった。天狐なら金色に輝く九つの尾を持つ狐、エレナなら緑色に輝く野をかける上半身が女性の馬、ラビリンスなら紫色に輝く膝を抱える少女だった。
彼女たちのエンブレムから光のラインが伸びていて俺の手の甲のエンブレムと結びついていた。天狐が一番太く、ラビリンスが細いのは、道中でシアンさんが話していた親密度の関係か。
光のラインは、天幕の中にいる彼女たちだけでなく黒いラインが天へと突き抜けて伸びていき、銀色のラインが足元へ落ちている。そして、様々な色の光のラインが横へと伸びて天幕を突き抜けてまっすぐ東へと向かっていた。
これが天狐たちと俺を繋ぐパスか……
こうして明確に繋がっているのを見るのは、何だか妙に嬉しく感慨深かった。
……というかこの魔法陣、結構魔力を喰うな。視界の端に表示されている俺のMPバーがガリガリとすごい勢いで減っていっていた。
「……もう、結構です」
俺のMPが半分を切って、外が俄かに騒がしくなった所で、クロイスさんからストップがかかって俺は、魔法陣の範囲外から出た。物理的に魔力の供給が途切れて魔法陣はゆっくりとその活動を停止して、それとともにパスも不活性化したのか、光のラインが消えて右手の甲に浮かんでいたエンブレムも消えた。
「あれで良かったですか? 」
「え、ええ……十分ですカケル殿」
問題はなかったようだけどクロイスさんの顔は、盛大に引きつっていた。
というか俺と天狐たち以外、天幕いる人たち皆、顔が強張っていた。
「……わかってはいたけどよ。旦那ってホント非常識だよな」
あれ? もしかして俺やってしまったのではないだろうか?
テイマー
主にモンスターと主従契約を結び使役する者のことを言い、俗にいう魔物使いのことである。契約を結ぶモンスターの偏りによっては、魔獣使いやスライムテイマー、ドラゴンテイマーなどと呼ばれる。一般的に契約を結んだ物を従魔と呼称するが、人や人型の場合は、従者と使い分けられる。ただ、テイムモンスターと一括りにして呼ぶことも多い。
テイムマスター
一流のテイマーに贈られる称号のようなもの。お伽噺に出てくるテイマーの多くがそう呼称されていることが多い。
簡単に言えば、魔法使いの、賢者的なもの。
つまり、カケルは「私は魔法使いです」と言っているつもりで「私は自称賢者です」と言っていたに等しい。誰からも特に指摘がなかったのは、それを名乗るだけ数多くのテイムモンスターを従えて、それらが強かったため。
『テイマーの魔法陣(名称未定)』
魔法陣に魔力を流すことでテイムモンスターとのパスを活性化させるというだけのシンプルなもの。
本来の用途としては、カケルのように意図的に活性化できない未熟なテイマーの練習用として使う以外に、テイムモンスターとの繋がりを強くして念話をしたり情報を共有したりし易くするための代物。
魔法陣に魔力を流す分なしでやる場合よりもロスがあるのだが、本来ならば然程問題ない。
しかし、活性化させるパスの数が多いほど、そのテイムモンスターとの距離が離れているほど魔力を多く必要とし、その分ロスはより多くなる。
つまり、500以上のパスを活性化させたうえで、その99%が十数キロ離れた場所にいる状態で行ったカケルの魔力消費はえげつなく、それを何分も維持できたのは、カケルの人並み外れた膨大な魔力を保有していたため
以前、蘇生魔法をこの世界の人でも使えると述べましたが、蘇生魔法が使えるのであって、一度でカケルのMPが吹き飛んだ光属性最高位の回復呪文の【聖なる癒しの極光】が使えるわけではありません。
普通であれば、儀式をして何人もの人が協力することで初めて使えるくらいの魔力を要求する大魔術です。
毎日更新できませんでしたが、二日間隔での更新四回目!
相変わらずストックなんてありませんが、いけるところまで頑張ります!




