62 「村長、騎士団と初接触」
ラマーム村の近くで野営をしていた雷光騎士団は、朝を迎えても本隊はその場に留まり、周囲の情報収集に努めていた。
逐次、偵察から戻ってきた部下からの報告をルデリックは、クロイスと共に天幕で聞いていた。
多くは夜鷹の爪の足取りを見つけられず戻ってきていたが、改めて山道付近の偵察を行った部下などは夜鷹の爪に襲撃を受けたと思われる燃え残った馬車の残骸を発見するなどそれらしい報告もあった。
そんな中、飛行型の従魔で空から偵察を行っていた部下から気になる報告があった。
「なに? 馬車がこっちに向かってきている……? 」
「はっ、ここから東に約10キロの地点。馬車に幌はなく荷馬車のような形状でした。
馬ではなく人馬族の女が牽引してます。
馬車に乗っている者は、男が5名、女が3名の計8名。男の1人は狼人族で、女の1人は、どこかの民族衣装と思われる服を着た狐人族でした」
狼人族と聞いた時、ルデリックの眉がピクリと動いた。
「男の中に、隻眼の男はいなかったか? 」
「いえ、おりませんでした」
「じゃあ馬車に何か……あー、首であったりそういう悪趣味な装飾はあったか? 」
「ありませんでした」
「……そこに夜鷹の爪に該当する者はいましたか? 」
「遠目からではおりませんでした」
「……そうか。なら、引き続きその馬車の監視を頼む。追って指示を出す」
「はっ、失礼しました」
報告を終えた部下は、ルデリック達に敬礼をした後に天幕を出ていった。
「東……となると、ルズール村からですかね? 」
「それしか考えれないだろ」
「村の者でしょうか? 」
「……商人の可能性もあるな。一月前にここに向かったきり連絡が途絶えてる商人がいる」
「しかし、それは先程あった報告でその商人は山道で夜鷹の爪に襲撃を受けた可能性が高いとなったのではなかったのですか? 」
「その商人や護衛の死体は見つかってねぇ。逃げ延びたにせよ、捕まった後に脱走したにせよ生存している可能性はある」
「……夜鷹の爪である可能性は考えられないでしょうか? 」
「その可能性もあるな。だが、どの道やることは大して変わらねぇよ」
「……と、言いますと? 」
「こっちに向かって来てるっていうんなら会いに行こうじゃねぇか。そんで相手が夜鷹の爪ならぶっ潰す。そうでないならちょっと話を聞いてみる。それでいいんだよ。ここでいつまでもうだうだ考えたって仕方ねぇよ」
ルデリックがあっけらかんとそう言い切ると、クロイスはため息をついて首肯した。
「……わかりました。では、そのように手配しましょう」
◆◇◆◇◆◇◆
騎士団を迎えるために俺は、今バッカスさん達と一緒に騎士団の野営地に馬車で向かっていた。
相手をあまり刺激しないために馬車に同乗する仲間は、天狐とラビリンスに限定している。まぁ、上空で小鴉が待機してるし、影には影郎が潜んでいるけど……
そんなわけで馬車に乗っているのは、俺たち以外に傭兵団【隻眼の血紅狼】のバッカスさん達と商人のアサルディさんの合わせて8人だ。馬車は、ケンタウロスのエレナに引いてもらっている。
最初はポチにでも引いてもらおうと思っていたけど、バッカスさん達から止められて、立候補した仲間の中から妥当な仲間を選んでもらって、そこからさらに熾烈なジャンケンによって決められた。
探索班から軒並み立候補あったけど刺激が強すぎるという理由で第一選考でほぼ振るい落とされて、最終的に生産班から立候補していたエレナが勝ち残った。
馬車は、早足程度のゆっくりとした速さで草原を進んでいた。
これよりももっと早く走ることもできるのだが、相手を刺激しないようにするならこれくらいでいいんですとアサルディさんに諭された。あと、荷馬車の問題として速度を出すとガタガタと揺れて乗り心地が悪くなってしまうのもあった。
「エレナ、疲れたら休憩してもいいからな」
エレナの動きに合わせて栗毛のポニーテイルが揺れている後姿に向かって労いの声をかける。
「大丈夫ですよ村長。これくらい平気ですっ」
歩みを止めずにこちらを振り返ったエレナは健気に微笑んだ。
普段、生産班という裏方で頑張ってくれているエレナだけど、直接役に立てると今回はとても張り切っていた。変な方向に暴走することなく役割を全うして頑張ってくれるのは、素直に嬉しい。
あとでブラッシングでもしてあげたいな。なんて心に決めていると、ふと視線を感じて顔を上げた。
空に一羽の鳥が飛んでいた。太陽の光を反射して光るあの翡翠のような緑色の羽根と鋭く尖った嘴は、『翡翠風鳥』だ。風魔法を操る魔鳥だ。
こちらを監視するようにぐるぐると回っている。
「あれは従魔ね。大方、騎士団の監視じゃないかしら」
気になってバッカスさん達に聞いてみると、シアンさんが答えてくれた。
従魔だと見分けるポイントは、モンスターの体から経路と呼ばれる主人との間の魔力の経路が伸びているかどうかで分かるものらしい。魔力の流れを視認することができる魔術師だからこそできることらしい。
まだ瞑想などで極度の集中状態じゃないと魔力を感じることができない身としては出来ない芸当だ。それに距離が離れすぎていて、多分どの道わからない。
ちなみに魔術師だからと言って誰でもできることではないし、シアンさんの眼では、俺と天狐たちの間のパスを見ることができないらしい。曰く、密接に結びつき過ぎて認識できなくなっているそうだ。
ちなみに、契約を結んだばかりのラビリンスとのパスは至近距離まで近づいたら辛うじて見えるらしい。
どういう事かというとパスを視認できるのは外部に向けて魔力が漏れているのが原因で、より強固なものになるほど魔力の漏洩が少なくなるから視認が困難になってくるらしい。また、意図的に魔力を流すなどしてパスを活性化させるなどすることで視認できるようにすることは可能だし、その逆も慣れればできるそうだ。
なるほど。そうなのかと納得していると、シアンさんからは何でそんなことも知らないのよというようなジト目で見られた。
スキル頼りなので、そういった知識はからきしなのです。
システム的な数値になればそれなりにわかるのだけど、所謂設定に即した知識や技術などの理解は浅い。機会があれば一度勉強したいと思ってるけど、今はそれどころではないからな。
まずは、目先の問題からどうにかしないと。
話が少し脱線してしまったけど、従魔である翡翠風鳥がこちらを監視するように飛んでいるということは、恐らく向こうがこちらの存在に気付いるということを意味している。
「穏便に話が進むといいんですがね……」
騎士団との接触が刻一刻と近づいてきていてアサルディさんは一抹の不安を拭えない様子だ。俺も上手くいくのかとても不安だ。
こんな状況でも俺の膝の上ですやすやと眠れてるラビリンスが羨ましい。いや、こいつの場合はまだ村に来たばかりでこの状況を把握できてない可能性も高いんだけど……
「団長がアイツならそう悪い話にはならねぇだろう」
意外にもバッカスさんは昨日あんだけ脅すようなことを言いながらも緊張した素振りがなかった。
そう言えば、昨日の話し合いの途中で知ったことだけど雷光騎士団の団長とバッカスさんは面識があるみたいだ。
「バッカスさん、その団長とはどこで知り合ったんですか? 」
「うん? 言ってなかったか? アイツは元々傭兵やってて、俺とはギルドが入った時期が一緒で同期なんだよ。昔、組んでいたこともあるんだが……まぁ、アイツは数年ほどで見初められて騎士団に入団しちまったがな。それからも酒場で酒を飲みかわすくらいの関係は続いてたんだよ」
「へー、傭兵上がりなんですか。それで団長だなんて強いんですね」
なんだか、それだけで実戦的で強そうというイメージがする。
「強いだけじゃ騎士団の団長になんてなれるもんじゃねぇんだが……まぁ、アイツは文句なしで強いな。なんせ上級悪魔にタイマンで勝つような奴だからな」
タイマンで上級悪魔を……それは確かに強い。上級悪魔がゲーム時代と同等だと仮定するならエルフの里の戦士長のオルベイさんに匹敵するくらい強いんじゃないだろうか。
それからその団長さんの逸話をバッカスさんだけでなく、その仲間のボバドルさんやアサルディさんから聞かせてもらった。
けど、アサルディさんやボバドルさんの話に出てくる騎士団長は、【巨人殺し】や【劣竜殺し】、【黒の聖騎士】なんて異名を持つ強くてすごいというイメージが強いのに対して、バッカスさんの話は自分のイメージする騎士団長というお堅いイメージがどんどん崩れていくようなダメ人間みたいな逸話が多かった。
性格がズボラ過ぎるたり、仕事放り出して昼間から酒場で飲んだりするのはどうかと思う。
そうな感じに話が盛り上がっていると前方からこちらに向かって馬を駆けてくる人達が現れた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「止まれ!! 」
馬車から離れた場所で馬の手綱を引いて止まった騎士たちから有無を言わせぬ制止の声がかかった。こちらに槍を向けていて、従わなければ殺すといった意志が伝わってくる。起こしたラビリンスが、その殺気に気圧されて俺の服を掴む力を強めた。
「エレナ、止まって」
「はい」
念のため、俺からもエレナに指示を出して歩みを止めてもらう。
「我らは、ライストール辺境伯直属の雷光騎士団である。お前たちは何者だ」
馬車が止ったのを確認すると騎士の1人が前に馬を進めて誰何してきた。
「私はアサルディと申します。行商人をやっています」
「俺はバッカス。傭兵ギルドに所属している。依頼を受けて商人の旦那の護衛をやってる。後ろの3人は同じ仲間だ」
「ボバドルだ」「シアンです」「オスカー、だ」
順に名乗りを上げていき、俺の番になった。
緊張しながらも俺は口を開いた。
「カケルと言います。ルズール村の村長をやっています。馬車を引いているエレナと横にいる天狐とこの子は私の村の者です」
「何故、ルズール村の村長が行商人と共にいる。それに積み荷はどうした」
「ここにくる途中で盗賊に襲われ、その時に馬車ごと積み荷を失いました。この馬車は、カケル殿から提供してもらったものです。カケル殿達が同行しているのは、盗賊に関わることでご領主様に報告するためで御座ます」
騎士からの問いにアサルディさんが答えると、騎士たちの間でざわりと騒めいた。
「……なるほど。その襲われたという盗賊とはどこで遭遇した。どんな輩だった」
更に問いかけてくる騎士にアサルディさんがドラティオ山脈の山道で襲われたこととその相手の中に【夜鷹の爪】に属していた【狂い鬼】のゴドフリーといった高額賞金首がいたことを伝えると、騎士たちのざわめきはより一層大きくなった。
こちらに向けていた武器はすでに降ろされている。一応、危険はないと判断したようだ。
「我々はこの地に逃げた夜鷹の爪の残党の討伐にきた。より詳しい話を聞きたいので、我々と野営地までご同行していただきたい」
騎士は、ここの代表者がアサルディさんだと見ているようで、その申し出はアサルディさんに向けられていた。
「わかりました。よろしくお願いします」
チラリと俺を見た後、アサルディさんはその申し出を受けた。
「私が先導しますので、その後ろをついて来ていただきたい」とずっと俺たちと話していた騎士の人は、先頭に立ち、他の騎士たちは馬車を守るようにぐるりと四方に配置についた。
予想通り、雷光騎士団が夜鷹の爪の残党の討伐に来ていたことに内心胸を撫で下ろしながら、俺はエレナに彼の指示通りに動くようにお願いした。
今のところは、問題なくいっていた。
進み始める馬車の上で俺はこの後も話が上手く進むことを願いながら、待っているであろう騎士団の事情聴取を何度もシミュレートするのだった。
忘れた人用
スキルのお陰でカケルは問題なく魔法などを使えるけど、仲間のように応用するための知識や技などを全く有してなく、目下修行中。
我流で体内魔力の感知ができるようになったばかりで、最近やっと至近距離でなら何となく魔導具の表面から漏れる魔力の流れなどが視えるようになってきた。




