60 「村の宴」
ラビリンスを紹介した後、頑冶と入手した素材の用途について軽く話し合った。
今回手に入った素材は、魔宝石や魔晶石のような高品質かつ汎用性の高い希少素材が多くあるので、何に使うかで話し合う必要があった。特に魔晶石なんかはダンジョンに潜らないと手に入らない代物なので、慎重に使わなければ、次手に入るのがいつになるかわからない。一応ダンジョンを作れる術はあるけど、それだって安定して素材を採集できるようになるまで大分時間はかかるのであまりあてにはできない。
装備を優先するか、それとも村の設備を強化するのかはとても悩ましいところである。
そんなことを話し合っていると、帰りが陸路だった天狐たちが村に帰ってきたという知らせが入った。その知らせに俺たちは、話を切り上げて天狐たちを迎えに行った。
「おかえり、天狐」
「ただいま、カケル」
「何か問題とかはなかった? 」
「心配しなくても大丈夫よ。私達を襲ってくる輩なんていなかったし、みんな大人しく真っ直ぐ帰ってきたわ」
「そうか。それならよかった」
今回はダンジョンで存分に暴れることが出来たからか、みんな大人しかったようだ。
帰ってきた仲間一人一人に声をかけて労いの言葉をかけていく。
存分に力を振るうことができたからか、みんなはすっきりとした顔をしていた。
頑張ったご褒美として頭を撫でてと要求してくる仲間には存分に頭を撫でて、体をもふもふしてという仲間には存分にもふもふした。
ひょっとして俺へのご褒美ではないかとも思えるのだが、喜んでもらえて何よりである。
食事や肉を要求してくる仲間には、この後宴を開くから楽しみに待ってろと伝えておいた。
「カケル、これから料理を作るのでしょう。手伝うわ」
「助かる。流石に一人でみんなの分を用意するのは無理があるからな」
「なら他にも助っ人を呼ばないとね。私から料理ができる仲間に声をかけてみるわ」
「わかった。じゃあ、俺もレナ達に手伝いを頼んでみるよ」
なんせ数百人規模の宴会だ。さらに何十人前も食べる大食漢が何人もいるのだからその食事量は推してしかるべきである。人手は必要だ。
「わかったわ。でも、そんなに多いと調理場から溢れないかしら……」
「ああ、そこは大丈夫だ。さっき頑冶と話して即席で作ってくれることになったから」
野晒しだけど、今日はいい天気だし問題ないだろう。それに、あのダンジョンの巨大な魔獣たちの丸焼きとかもどんどん焼いていくつもりだから、処理をするにしてもそちらの方が都合がいい。
そんな風に天狐と話し合っていると隣で聞いていたラビリンスが、くいくいと俺の裾を引っ張ってきた。
「ん? どうしたラビリンス? 」
「安心してくださいマスター! 私も手伝います! 」
「えっ? ラビリンス、お前料理できるのか? 」
「ふふん、そんなのレディの嗜みですよ……って、マスター! すごく胡散臭そうな顔をしないでください! 私だって料理ぐらいしたことあるんですからっ! 」
いや、だってお前がレディを口にする時は、大抵見栄を張る時じゃないか。ほら、天狐だって首を傾げてるぞ。
「あら? でも、あの部屋にはキッチンや調理器具が見当たらなかったのだけど……」
「うぐっ……」
「ああ、そう言えば……わざわざ大鍋とかの調理器具を出して作ったもんな。実はお前作ったことはあっても、大昔過ぎて腕が錆びついているっていう落ちじゃないだろうな? 」
俺がそう問いかけると、言葉を詰まらせていたラビリンスが「ぐはぁっ!? 」と叫び声を上げて、その場に崩れ落ちた。
図星か。
だが、ラビリンスはそれでも諦めきれなかったようで、キッとこちらを涙目で見上げてきて言った。
「……したことはあるもん。私だって出来るもん! 」
「……まぁ、その気持ちは認める。だから一から教えてやるからちゃんと覚えるんだぞ」
「! イエスッ、マスター! 」
「ちなみに、最後に料理したのはいつなんだ? 」
「えーと、300年近く前……かな? 」
それお前生まれてるのか?
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「マスター! マスター! 血が、血が、ビューって! 顔に!! 」
「うぇぇええ、マスター、この内臓まだ生温かくて……うぇぇええ」
「ヒィッ!? マスター! あの子と今目が合いました! 」
「うん、俺が悪かった。解体から入るのは、止めよう」
「そうしてくれるととても助かるのですよマスター……」
軽いパニックを起こしていたラビリンスは、げっそりとした顔色で力なく頷く。
ううむ……予想して然るべき結果だった。
現地のレナ達が全く平気だったが、慣れてない者にはきついのは少し考えればわかることだった。
まずいな……俺も当初は平気とは言い難かったのに、そのことを考えれなかったなんて感覚が麻痺してるな。
どうも異世界に慣れていくにつれて地球の頃の感覚からどんどん乖離していっているような気がする。
それはともかく、ラビリンスには、それほど複雑な処理を必要としない丸焼きの補助を頼もうと思ってたのだが、この様子だと今回は無理そうだ。他のこととなると無難に食材の皮を剥いたり、切るのを手伝ってもらうのが良さそうだ。
ラビリンスにそう提案してみると、激しく頷いて賛成してくれた。
「いいか。包丁はこうやって持ってだな……」
「こうですね」
「反対の手は、こうやってネコの手のように丸めて野菜の上にそっと置いて」
「あ、これは覚えてます。にゃーんですね。にゃー」
「そうそう。それで、トントントンと切っていくんだ。出来るか? 」
「ええと……とん、とん、とん……。できましたマスター! 」
覚束ない手付きで慎重に根菜のオルスゥを切ったラビリンスは、ぱぁっと顔を輝かせてこっちを見てきた。無邪気な笑顔に頬が緩むのを感じながら頷く。
「うん、よくできたな。しばらくこれをさっきと同じくらいの厚さで切っていってくれ」
「わっかりました! 任せてくださいマスター! 」
やる気まんまんといった様子で、空いた手でビシッと敬礼するラビリンスを微笑まし気に見つめる。
子供のお手伝いを見守る親ってこんな風な思いを抱いているのだろうか。
そんなことを思いながら俺は俺で仕込みをしなければいけないので、反対側に作られた調理台で作業に取りかかった。
一メートルくらいある骨付きの肉塊を調理台の上に出して、包丁で骨ごとぶつ切りにして横の大鍋へと放り込んで、他の食材や香草なんかも投入して、魔法で生み出した水を入れて煮込んでいく。同様のことを横にぐるりと並べた5つの大鍋にも行う。
煮込んでいる間に、何種類もの香辛料を混ぜたタレにぶつ切りにした魔獣の肉を漬け込んだものを、熱した大きな石板の上で焼いていく。両面が程よく焼けたところで、切った野菜などを投入して肉と一緒に炒めていく。
人外染みた身体能力を活かして、3メートルくらいの長大な石板で炒めていって一気に20人前くらいのピリ辛肉炒めを作って、大皿に山盛りに盛り付けてアイテムボックスにどんどん仕舞っていく。
「村長、タイガーステーキ焼き上がりましたわ」
「そんちょー、こっちもミートパイが焼き上がったわー」
「ローストコカトリス一丁あがりー! 」
「わかった! すぐいく! 」
少し離れたところで、仲間が作ってくれた料理も出来た傍からどんどん回収してアイテムボックスに入れていく。
時間が経つほどに完成する料理は数を増してきて、自分が作ってる料理も手が離せなくなる。
意外にも黙々とやるラビリンスにも時折目を配りながら、料理の匂いに誘われてつまみ食いにきた龍源たちを追い返したり、味見と称して全て平らげてしまいそうな焔にストップをかけたりと調理場は、まさに戦場だった。
ようやく宴の準備が終わったのは、もう夕刻になろうかという時だった。昼からしていたというのに随分と時間がかかったように思う。瘴気に侵されて変異していた魔獣の肉を問題なく食せるように下処理する一手間が必要だったから、それも仕方ないと言えば仕方ないかもしれない。
宴の準備が終わった俺は、頑冶たち生産班が村の外れにセッティングした宴会場に集まった皆の前で乾杯の挨拶をすることになった。
モグが即席でつくった大理石の壇上の上に立ちながら内心どうしてこうなったと思わずにいられない。
確かに俺の立場上俺がしなくて誰がするのかって感じなのだけど、正直バッカスさんに言われるまで全く考えていなかった。
バッカスさん恨みますよ。
「ここはカケルの旦那が、乾杯の挨拶をしなきゃ始められないだろ」なんて皆の前で言わなければ、こうなることにはならなかっただろうに。
モグが気を利かせたつもりなのだろうが足元の地面を迫り上げて壇上にしてしまったせいで逃げ道が完全になくなった。
「えーと、今回は皆、エルフの里を助けるために動いてくれてありがとう。急なことだったけど、皆が迅速に動いてくれたことで間に合うことが出来ました。本当にありがとう。そして、みんなお疲れさま」
シルフィー辺りが気を利かせてくれたのか、俺の声は野外の宴会場の端にまでよく通った。
――パチパチパチパチ!
その時、ラビリンスがパチパチと小さい手を叩いて拍手をした。それはすぐに周りの仲間にも伝播して、あっと言う間に万雷の拍手が会場に鳴り響いた。
仲間たちの拍手が、とても胸に響いた。
体の奥から込み上げてきたものを押さえつけて、俺は拍手が治まるのを待って再び口を開いた。
「その労いと感謝の気持ちとして、今日の宴を用意しました。皆、今日は好きに食べて仲良く楽しもう! 肉ならたっぷりとあるからな! 」
今日一番の歓声が上がった。
俺は高々とジュースの入ったコップを高々と掲げる。それに応じて、会場に集まった仲間たちもそれぞれ飲み物が入ったコップを掲げた。
「それでは、ご一緒に。乾杯! 」
「「「「「乾杯!!! 」」」」」
俺に続いて五百を超える声が唱和され、コップをぶつけ合う音があちこちから聞こえた。
そして、宴が始まった。
用が終わって地面へと沈み込んでいく壇上の上で、目から溢れてくる涙を俺は乱暴に袖で拭った。
「マスターかんぱーい! ……あれ、マスターなんか目が赤くないですか? 」
それはきっと気のせいだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「いやー、しっかし旦那が突然、宴をするって言った時は、何の宴かと思ったが、まさかエルフの里に行ってたとはな。しかも、ダンジョンの氾濫を鎮めに行ってたなんてな! 旦那たちは、相変わらずやることがすげぇな! 」
乾杯の後、会場を回りながら仲間たちに声をかけて労っているとバッカスさん達に捕まった。
バシバシと俺の背中を遠慮なく叩くバッカスさんは宴の雰囲気にでも酔ったのか、酒がないのに赤い顔をしていた。
バッカスさんにせびられて仕方なく、当たり障りのない程度にダンジョンでの戦いを話したりした。当然、ラビリンスのことは伏せている。というよりも元からいた仲間としてラビリンスを紹介した。元々バッカスさん達が、接する仲間は限られていたのですんなりと受け入れてくれた。
あと、バッカスさんがわざわざ俺を呼び止めたのは今回のことを聞きたいというだけでなく別れを告げるためだった。
「そうですか……。もう明日には出てしまうんですか」
「ああ。村長の旦那たちには随分と長く世話になっちまったが、そろそろ戻ってギルドに報告しないといけないからな」
「それでは、明日までに皆さんの装備などを用意するようにしときます」
「すまねぇ。恩に着る。この借りはいつか絶対に返して見せる」
「ええ、期待しときます。ちなみにアサルディさんも一緒に? 」
「ああ、俺たちが護衛しながら街に帰る予定だ。後でアサルディの旦那が挨拶に来るだろうよ」
そっか。ならアサルディさんの分も用意しておかないとな。後で渡す予定の荷馬車に不備がないか点検しとこう。
「それでは、バッカスさん達の穏やかな旅路を祈って乾杯! 」
「おう。乾杯! 」
コップを打ち付け合って同時にぐいっと中のジュースを呷った。
「かーっ、甘くてうめぇけど、やっぱり酒がねぇと物足りねぇな。酒が恋しいぜ」
そうぼやくバッカスさんに俺は苦笑する。
「いつか旦那とは酒で一晩飲み明かしてぇな」
「その時がくることを楽しみにしてますよ」
「ああ、とびきりいい酒用意するから。旦那はとびきり美味い料理を頼むぞ」
バッカスさんはまた「ガハハハ! 」と笑いながらバシバシと俺の背中を叩いた。
それからバッカスさん達と別れた俺は、ラビリンスや天狐と会場を回りながら足りなくなった料理の補充をしたり、声をかけてくる子たちと話したりした。
みんな結構、料理に夢中だったりするけど、中には仲間とのお喋りを楽しんでいる子もいたりするのだ。
「村長、少しよろしいでしょうか」
そうこうしていると小鴉が俺の前に現れた。
「どうしたんだ小鴉。何かあったのか? 」
「……周辺の偵察に出ていた配下から先程気になる報告がありましたので、村長の考えを伺いに参りました」
「気になる報告? 」
「ハッ。そうです」
小鴉がわざわざ宴会の最中にわざわざ報告してくるってことは、重要なことなんだろう。……今度は一体何だろうか。また『夜鷹の爪』だったりしないよな?
「……わかった。別の場所で聞いた方がいいか? 」
「その方がよいかと思います」
ならそうしようか。
「天狐もついてきてくれるか? 」
「ええ、私も行くわ」
あとは……
大皿に山盛りにされた料理を口一杯になるまで放り込んで食べているラビリンスへと俺は目を向ける。
先ほどからずっとこの調子である。食に夢中で、怯えるかと思ったバッカスさんとの対面の時もケロッとしていた。
「ふぁい、まふはーいへらふぁいでふ! んぐ、私、ここで食べながら待ってますね! 」
案の定、とてもあっさりと自分から残ると言った。料理に夢中だからヘッチャラなのかもしれないけど、本当に肝が小さいのか図太いのかよくわからない奴だ。
「じゃあ、大人しくここで待っとけよ」
「りょーふぁいでふ! 」
本当に大丈夫かな……。やや不安になりながらも、俺は天狐を連れて小鴉の話を聞くために会場を離れた。
バッカス
以前、『夜鷹の爪』に囚われていた所をカケル達に助けられて精神の療養ということで、ここ数週間、村に滞在していた内の一人。
【隻眼の血紅狼】という小規模の傭兵団の団長。他の団員は、ボバドル、シアン、オスカー
行商人のアサルディの護衛中に夜鷹の爪に襲われた。
アサルディ
行商人。ドラティオ山脈を越えて村に行商にくる数少ない商人だったが、行商の途中【夜鷹の爪】に襲われて囚われていた。積み荷などは、その時略奪されるのではなくアサルディの反応がみたいという理由だけで、荷馬車ごと燃やされてしまい。現在一文無しになっている。




