59 「騎士団長のぼやき」
エルフの里に救援に向かっていたカケル達が続々と村へと帰還している頃、村の遥か西に位置する険しい山脈『ドラティオ山脈』の山道を進む一団の姿があった。
その一団が身に着ける装備には統一性があり、装備や荷馬車の随所にはその一団の所属を表す『ライストール辺境伯』の雷を纏う麒麟の紋章が刻まれていた。
その一団の中に一際目立つ者がいた。他の者よりも立派な鎧兜を身に着けて、闇を思わせるような漆黒の毛並みの珍しいユニコーンに跨る者は、この一団を統べるルデリック騎士団長であった。
しかし、そんな立派な武具を身に着け、立派な肩書を持つ男は、黒いユニコーンの馬上で大きな欠伸をしながら気だるげに無精ひげを掻いていた。
「ふわぁ~。まったく、賊の残党なんかを討伐する為に騎士団の半分を駆り出すこたぁねぇだろうにトール様は相変わらず慎重だ」
「それは仕方ないですよ団長。賊の残党とは言っても相手はあの悪名高き『夜鷹の爪』なんですから誰だって慎重にもなります」
ぼやくルデリックを隣にいた優男然とした副団長のクロイスが苦笑しながら諫める。
「夜鷹の爪ねぇ……。あーやだやだ。あんな狂人野郎たちと刃を交えるなんて、考えただけでも嫌になる。なんもしねーでさっさとどっかいくか。魔物の腹に収まっちまわねぇかな」
「団長」
「わーってる。わーってるって、今のは冗談だよ。じょーだん」
クロイスが、次の言葉を発する前にルデリックは、手をひらひらと振りながら自身の発言を取り消した。
そんな団長の様子にクロイスは、ため息をつく。
「気持ちはわかりますが、このような場で言われるのは控えてください。周りの者に聞かれれば士気に関わります」
「今更尻込みする奴はここには残ってねぇだろ。それにほら、俺みたいにどっしりと自然体で構えてるんだから頼もしいってもんだろ」
ルデリックがそう言って、気怠さを隠さないしまらない顔のまま大仰な仕草で胸を張って見せる様子にクロノスは、先程よりも重苦しいため息をついて頭を抑えた。
「それは、自然体ではなくだらけてるというのです。いい加減、団長は『雷光騎士団』の騎士団長としての誇りを持ってください」
「誇りは持ってるぞ、それなりに」
「なら態度で示してください」
「そういうのは、必要な時にしてりゃーいいんだよ。それよりも、先遣隊からの連絡はどうなってるんだ? 」
「はぁ……今のところ異常なしとのことです。魔物との接触もないようです」
クロイスの報告にルデリックは、無精ひげを撫でながら思案顔で考え込む。
「ふーん、この辺りはワイバーンや魔物がよく出没するっていう話だったが、妙だな。特にワイバーンなんかは寄ってきそうなもんだが……」
このドラティオ山脈は、王国と魔物が跋扈する未開の地を隔てる魔境として世間に広く認識されているワイバーンを筆頭に獰猛な魔物たちが生息する危険地帯である。
山道には、魔物避けとして魔除け石が各所に埋め込まれてはいるものの、他よりも居心地が悪い場所程度にしか効果がなく度々魔物が出没していた。
騎士団は無用な戦闘を避けるために効果の高い魔除け石や魔導具を所持しているのだが、ワイバーンほどの大物となると効果が薄く、光を反射する鎧を身に着けた一団は光り物に目がないワイバーンが襲ってきやすかった。
ドラティオ山脈に入ったばかりの頃は散発的にあった魔物の襲撃もすっかり鳴りを潜めてしまい、一団は上空から来るワイバーンを特に警戒しながらも、ワイバーンや他の魔物と遭遇する機会は一向に訪れることはなかった。
その原因は、カケル達にあった。
以前、カケル達が『夜鷹の爪』の残党が塒にしていた洞窟に夜襲をしかけたことが原因である。
『夜鷹の爪』の残党が塒にしていた洞窟は、ドラティオ山脈に連なる山にあった。カケル達が力を発しながら戦闘を行ったことで圧倒的強者の気配がその周囲一帯に広がった。その気配に怖気づいたワイバーンを含む魔物たちが自らの縄張りを放棄して辺りに散ったことで、その周囲は魔物がほとんどいない空白地帯が出来上がった。
カケル達に全くその気はなかったのだが、その周囲一帯は魔物たちから絶望的な程に力の差がある強者たちの縄張りとして恐怖と共に本能に刻まれ、残党との戦闘から二週間以上経った今もその空白地帯は維持し続けられていた。
そして、その範囲には雷光騎士団が利用している山道もすっぽりと入っていた。
「もしかしたら、この辺りの主が近くにいるのかもしれねぇな……。先遣隊を増やして、周囲の警戒を厚くするか」
「では、そのように手配しておきます」
しかし、そんな事情を知る由もないルデリックたちはこの状況に首を傾げながらもより周囲の警戒を密にして慎重に山道を進んでいった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「なに、ラマーム村が壊滅しているだと? 」
その報告がルデリックに齎されたのは、ドラティオ山脈を降り下りて最寄りの村であるラマーム村に向かおうとした矢先のことだった。
その報告を聞いてすぐにルデリックは、全軍でもって魔物や『夜鷹の爪』の襲撃を警戒しながらラマーム村へと向かった。
そうして、一団がラマーム村に到着した時、そのあまりの変わり様に報告を聞いていたルデリックやクロイス達でさえ動揺した。
ラマーム村の周囲の地形は、流星群が隕石となって降り注いだのかと思いたくなるほどにクレーターのような大穴がボコボコとあちこちに空いていた。ここが元は地平線が見えるような平地だったとは誰も想像できないのではないか、というほどに変わり果てていた。
村を囲うようにあったはずの畑は跡形もなく消え去り、村のみが村としての形を残したまま存在する光景は、異様であった。
それは村に入ってからも変わらず、壊された扉や壁に突き刺さった矢や村の至る所に残る血痕などから戦いがあったと思わせるにも関わらず、死体が一向に見つからなかった。
致死量を超える夥しい血痕が生々しく残る室内においても死体は見つからず、また火葬や土葬したような痕跡も村の周囲で見つからなかった。
このような異常事態は、ラマーム村に限らず少し離れた場所に位置するオコル村やナガル村でも同様のことが起きていた。
そのことが、3つの村が何者たちかによって壊滅していること以上にルデリックの頭を悩ませていた。
「クロイス、お前はどう思う? 」
「どう、とは? 」
「なんか妙だとは思わないか? 死体がなければ、生存者も見つからず、食糧庫は綺麗に空っぽ。家の中は、それほど荒された様子もないってのに、その一家が隠していたような金目のものは見事に回収されてる」
今回の賊討伐の遠征に参加した部下たちの中には、ラマーム村やオコル村出身の者たちもいた。
村の者しか知らないような隠し貯蔵庫や地下室を知り、調査した者たちから齎された報告を聞けば、聞くほどルデリックの中で、小骨が喉に刺さったような違和感を感じていた。
「確かに、これまでの話に聞く『夜鷹の爪』の所業の数々を考えると、些か妙です。それに住んでいた村人を全員殺したにしては、この場はあまりにも聖気に満ちて澄み過ぎています。まるで神官が土地の浄化を行った後に似ています」
「やっぱりお前もそう思うか……」
ルデリックは自身の無精髭を撫でながらしばらく考えた後、一つの結論に至った。
「こりゃ、どう考えても俺たちよりも先に『夜鷹の爪』の残党に襲われた後の村に訪れた奴がいるな」
ルデリックの中で、すでに『夜鷹の爪』の残党が3つの村を襲ったことは確信していた。
獰猛で危険な魔物が跋扈する地に住みつき畑を耕し暮らしてきた村の住人は、先代の領主時代に行われた開拓事業でこの地に村を作ったワケアリの開拓民であり、それから20年以上、獰猛な魔物から村を守り抜いてきた歴戦の強者たちだった。不可解なことが多いが村に残る戦闘痕から村を襲撃したのは人であり、その者たちを歯牙にもかけず殺す者がいるとすれば、『夜鷹の爪』以外考えられなかった。
であるならば、報告された幾つかの『夜鷹の爪』らしかならぬことは、その後に訪れた誰かによるものだと考えれた。しかし、それがどのような者、あるいは者たちなのかまではわからなかった。
クロイスも同意見なのかルデリックの考えに頷いた。
「しかし、『夜鷹の爪』の残党に村が3つも壊滅してるだけでも頭が痛いのに、さらに村を浄化して死体をどこかに消し去った誰かさんときた。どうしたもんかねぇ……」
ルデリックは、天を見上げてそうぼやいた。
その様子を遥か上空から一体の鴉天狗が見ていたことに、ルデリックたちが気づくことは終ぞなかった。
ざっくりした説明(詳しくは今後本編にて
『ライストール辺境伯』
カケル達が暮らす村が属する領地の領主
家紋は雷を纏う麒麟の紋章で、『雷光騎士団』と呼ばれる騎士団を保有している。
辺境伯として広大な領地を持っているが、その七割が『ドラティオ山脈』を越えた魔物が跋扈する地であり、実質三割を統治している。ドラティオ山脈やその先の地で採れる貴重な薬草や霊草、魔物の素材などは、高く売買されるのでそれを目当てに冒険者が集まる。冒険者ギルドからの税が大きな収入源。
当代の領主はトール=ライストール
『雷光騎士団』
ライストール辺境伯家が保有する騎士団。騎士団の他に軍隊も有している。
雷光騎士団は総勢500人であり、今回の賊討伐遠征では、その半数が導入されている。
その構成は、冒険者や傭兵上がりの者が多く騎士団長であるルデリックなどは、その筆頭である。
ルデリックの乗る珍しい黒い毛並みのユニコーンの他に、雷光騎士団は飼いならされた魔物や幻獣の類を所有している。
『ドラティオ山脈』
人の地と魔物の地を隔てる魔境と呼ばれるような魔物が跋扈する険しい山脈。
ワイバーンやグリフォンなどの飛行する危険な魔物が多数生息し、山越えは非常に危険が伴う。
『ラマーム村、オコル村、ナガル村』
ドラティオ山脈の洞窟を塒にしていた夜鷹の爪の残党に襲撃された村。
元は、先代の辺境伯の時代の開拓事業で、生まれた開拓村。
村人たちは、色々とワケアリだが、腕は確かであり、20年近く魔物の襲撃から村を守ってきていた。
魔境に作られた開拓村の数少ない成功例だったのだが、『夜鷹の爪』が相手では相手が悪かった。




