57 「村長への感謝の言葉」
「何? アルフ様が……? 」
アリシエルさんの話では、里に残って尽力してくれていたアルフやオリーといった面々は別室で食事をしているということだった。
なので、俺たちはアリシエルさんに案内される形でそこに向かっていた。
しかし、案内の途中で一人のエルフが現れて、オルベイさんに何らかの報告すると目的地が急遽変更になった。
「……すみません。カケル殿、どうやら皆様は既に食事を済まされたようで、今は里の鍛錬場に移動しているそうです。行く先を変更してそちらへ案内します」
オルベイさんから耳打ちされたアリシエルさんがそう言って軽く謝罪する。
「いえ、全然構いません。それよりもあの……もしかしてうちの者が迷惑を掛けたりしてないでしょうか? 」
皆が鍛錬場に移動したということに俺は一抹の不安を抱く。
里に残った面々はほとんどが温厚な性格で好戦的ではないが、中にはアルフのようにサタンたちの程ではないにしろ売られた喧嘩は買うような者もいる。
問題起こしてないといいんだけどな……
そんな心配は見事的中したが、返ってきた反応は予想とは全く違うものだった。
「まさか! そんなことはありません! 里の戦士達がアルフ様と一戦交えたいと願い出て、それをアルフ様が快く応じてくださったのです。こちらこそ里の者がアルフ様のお手を煩わせてご迷惑をお掛けし申し訳ございません」
「いえいえ! 迷惑だなんてとんでもありません。アルフもこの里の戦士たちと戦えて喜んでいるに違いありません」
腰を折って深々と頭を下げるアリシエルさんとオルベイさんに俺は少々慌てながら返答を返す。
「しかし――」
「と、兎に角、鍛錬場に案内よろしくお願いします」
「……わかりました。それでは私についてきてください」
なんとか頭を上げさせて移動が再開したことに俺はほっと息を吐いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
大木を降りて地表に建てられた鍛錬場に辿り着いた時、ちょうどアルフとエルフの戦士の一人が対峙していた。対峙しているエルフの戦士は、まだ若い青年といった相貌だった。
両者は互いに木剣を構えていて、エルフの戦士が革鎧をしているのに対して彼女はゆったりとした白いワンピースというラフな格好だった。
大方、上に身に着けていた軽鎧を動きにくいといって脱いだのだろう。
「いきますっ! 」
「こいっ! 」
先に仕掛けたのは、エルフの戦士だった。
「チェァアアア! 」
一呼吸でアルフに肉薄し下段に構えていた木剣を斜めに斬り上げる。
しかし、アルフは足を僅かに組みかえる少しの足運びだけでその一撃を紙一重で躱した。
木剣が空を切り、生じた風でアルフの前髪が棚引いた。
エルフの戦士は、振り上げた木剣に両手を添えるともう一歩踏み込んで即座に振り下ろす。アルフはその一撃を後ろに下がることでさらに躱す。
エルフの戦士は更なる攻勢に出ようと、地面に向かって振り下ろされる木剣の勢いそのままに力を反転させて斬り上げようとしてして
生まれた一瞬の隙をアルフに突かれた。
後ろへ下がったかに思えたアルフは、前に倒れ込むような重心移動でするりとエルフの戦士の懐に潜りこむと、相手の手首を取ってそのまま横を通り抜けた。
言葉にすればたったそれだけのことなのだが、エルフの戦士は木剣の勢いを利用されて宙を舞い地面に叩きつけられた。
「カハッ」
合気の要領で投げられたエルフの戦士はまともに受け身を取れず、強かに背中を打ち付けられて呼気を全て吐き出した。
「これで終わりだな」
硬直して動けない相手に彼女は悠々と木剣を喉元に突きつけて勝負がついた。
ドッと周囲の観客から歓声が上がった。
歓声が鳴り響く中、彼女はゴホゴホと咳き込む相手に手を差し出して立ち上がらせる。
「ありがとうございました」
「うむ、中々悪くない太刀筋であった。これからも精進するように」
「はい! 」
試合が終わると、周りで観戦していた者の中から乙女といった年頃のエルフの少女たちがアルフに群がり飲み物を渡したりとキャーキャーと騒いでいた。
「アルフは、随分と慕われてるようですね」
「ええ、何せ我らの遥か上位種であるタイタニア様ですから。ハイエルフの私ですら尊敬の念を抱かずにはいられません」
アリシエルさんのその言葉で俺はああ、それでか。と先程から気にかかっていた疑念が氷解する。
エルフたちにとってアルフは絶対的な上位者であるから様づけだったのか。
「そー、んちょっ! 」
そんなことを考えていると後ろから軽い衝撃がきた。振り返るとオリーが背中に抱き着いていた。
「おっと、どうしたオリー? 」
「んふふー、オリー頑張ったんだよー。褒めて褒めてー! 」
そう言って、オリーはぐりぐりと頭を背中に押し付けてくる。要求通りに頭をワシャワシャと撫でてあげると「きゃー! 」と嬉しそうな悲鳴を上げていた。可愛いやつである。
それを見ていた天狐が羨ましそうに見てきていたので、天狐の頭もワシャワシャと撫でた。
「ん? おおっ、村長来てたのか」
2人の頭を撫でていると、アルフがこちらに気付いたようで少女達の波を掻き分けてこちらに向かってきた。
「お疲れさま。人気者だな」
「はははっ、慕ってくれるのは有り難いが、やはり慣れないな。私は戦っている方が性に合ってるようだ。村へはいつ戻るのだ? 」
「もうすぐ戻るさ。まだここに用はあるか? 」
「いや、先程の手合わせで希望してきた者は終わったから私は問題ないぞ」
「オリーもだいじょーぶだよー! 」
「そう言えば、他の皆はどこにいるんだ? 」
「多分もうみんなこの辺に集まってきてると思うよ」
オリーがそう言った通り、少しすると里に残っていた面子が全員集まってきた。みんな、もういつでも出発できるようだ。
そして、魔導具の方も準備が出来たようだ。
「カケル殿、お待たせした。これが約束のものです。この魔法鞄の中に魔導具とオーラリの茶葉を入れておきました。魔法鞄も一緒に受け取ってください」
そう言ってアリシエルさんから鞣した革で作られミスリルで縁取られた鞄を渡された。小ぶりの魔晶石が埋め込まれていることからもこれが俗にいう魔法鞄の一種なのだろう。
「こんなに高価なものをいいんですか? 」
「はい。カケル殿たちの働きを考えればこれくらいおまけの範疇です。その魔法鞄の容量はおよそ家一軒分ほどありますのでどうぞ活用してください」
そう言ってアリシエルさんは、この魔法鞄の使い方や注意事項を教えてくれた。
この魔法鞄は、魔晶石を使った所謂、魔石式の魔導具で普段は魔晶石に蓄えられた魔力で維持している。足りなくなった時は、魔晶石に触れて魔力を注ぐことで補充できる仕組みらしい。
あと、魔石の魔力でも代用可能なそうだ。また、魔法鞄のような高価な魔導具には使用者を限定する仕組みがあるそうで、その設定の仕方も教わった。
中身は、魔晶石に触れながら「リスト」とコマンドを唱えると空中に文字が浮かび上がって確認することができて、中から物を出す時は念じながら手を突っ込めば目的の物を取り出すことができるそうだ。
出すものをいちいち指定する必要があるアイテムボックスと比べるとその点は便利そうだ。
早速、魔晶石に触れて中身を確認していると、頼んだものだけでなく王国の貨幣も入っていることに気付いた。
「あの、お金が間違って入ってるようですけど」
「いいえ、それは間違っておりません。里では王国の貨幣は普段使うことがなくて死蔵されているものですので、気にせず受け取ってください。復興の際に王国の貨幣が必要になることもありませんので安心してください。我々も貨幣を必要としない自給自足の生活をしていますので」
アリシエルさんにそう言われて、自分の勘違いにようやく気付いた。
「……わかりました。有り難く受け取らせてもらいます」
ここまで言われて無下にすることもできず、俺は大人しくお金を受け取った。
里を出る時は、盛大に見送られた。そのほとんどがアルフの見送りということには苦笑いしたが、こうして目に見える形として感謝されることに悪い気はしなかった。
結界に勝手に開けた出入り口は、約束通りに清明が元通りに張り直して、俺たちは里の正門から堂々と出ていこうとしている。
「また皆さんを連れていらしてください。その時は盛大に歓迎致しますので」
「はい。その時はぜひ。機会があれば平原の私の村にもいらしてください。歓迎しますよ」
「ええ、機会があればぜひ」
そう言って、アリシエルさんと別れの挨拶を交わして出発しようとした時、見送りに来ていた群衆の中から見覚えのあるエルフの少女が飛び出してきた。
「あの、カケルさん! 」
そのエルフの少女は、レスティアだった。
「里のみんなを助けてくれてありがとうございましたっ!! 」
その感謝の言葉で、全てが報われたようで俺は何よりも嬉しかった。
「ああ、またな! 」
俺は、そう言ってエルフの里を後にした。
短めですが、これで一旦終わりとします。
次話は、ダンジョンで待っているメンバーと合流して村に戻ります。
・アルフ
種族:妖精女王
エルフ種としての最上位種族の一つ。
エルフの妖精としての側面が強く出ていて、精霊との親和性が非常に高く精霊使いとしての高い適正を持っている。また、MPの保有量も豊富で、魔法の高い適正もある。
その反面、妖精の特徴でもある肉体面の脆弱さがあるのだが、アルフはそれをスキルの補正で補ってしまっている。その分、魔法面の育成が不十分であり、魔法特化の黒骸などには遥かに及ばない。今後磨けば並び立つことができる素養はあるのだが、アルフの性格からして難しい。




