56 「村長と里長の歓談」
「は? 」
「あ、いや……えーと。あ、そうだ。ダンジョンで手に入れた物は私たちのものということでいいでしょうか? 」
「あ、ああ、それはもちろん構わないのだが……他には? 」
「うーん、そうですね。これを機会に仲良くしてもらえればと思ってます」
「それはこちらとしても大歓迎です。他には何か? 少し古いかもしれないが王国の貨幣の蓄えもいくらかありますので、用意することも可能です」
貨幣か……
今後のことを考えれば、助けた商人のアサルディさんと一緒に街に行く時に多少の金銭はあっても困らないと思うけど。商品としていくらか村のものを購入したいってアサルディさんに言われてるし、それほど必要という程ではないな。それに間に合ったとはいえいくらか里に被害が出ているのだから、アリシエルさんにとっても金は入り用だろう。
「いえ、私のところは自給自足でやってますのでお金はいりません。そのお金は里の復興のために使ってください」
そう答えるとアリシエルさんは、困ったような笑みを一瞬浮かべた。
「……カケル殿、今一度お尋ねしたい。あなた方が里を助けに来たのは一体何の見返りを求めてのことだったのでしょうか? 」
アリシエルさんは、こちらの真意を見定めるかのように碧眼の瞳を向けてくる。
「見返りは何も求めていません。ただ助ける力が私たちにはあり、助けを求める声があったので助けにきました。それ以上でもそれ以下でもないです。こうして間に合った今、それだけで目的は達成していますし、あとはお互い仲良く今後付き合っていけたらと思います」
そんな俺の我儘に付き合ってくれた仲間たちには感謝しているし、そのことに後悔はしていない。
アリシエルさんはしばし俺を見た後、ふっと笑いを零した。
「……失礼を承知で言わせてもらいますが、同じ長としての立場から見てカケル殿は長としては失格ですね」
「自覚はあります」
俺が誰かの上に立つなんてとても似合うとは思えない。
けど、仲間のために立たなければならないなら俺は精一杯背伸びしてでもそこに立つつもりでもある。それを放棄する気はない。
そう考えていると、アリシエルさんは「しかし」と言葉を続けた。
「私個人としてはその心意気はとても好感が持てます」
席を立ち上がったアリシエルさんは、テーブルから身を乗り出して手を差し出してきた。
俺も席を立ってアリシエルさんの手を出した。
「我らはカケル殿に多大な恩を受けました。それに報いるためにも今後親密なお付き合いをしていきたいと思います」
「はい。是非ともよろしくお願いします」
こうして、俺たちはエルフの里と良好な関係を結ぶことになった。
そしてポチはいつの間にかテーブルに突っ伏して眠りこけていた。起きろ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ご一緒に朝食は如何でしょうか? このままカケル殿に何もしないまま返すとなれば里の恥となりますのでせめて歓待くらいはさせてください」
席に座り直したアリシエルさんが言った提案を考える。
少し前にダンジョンで食事は取っているのだけどこれは断れないだろう。隣の天狐に視線で聞いてみるが、同意見だった。
「はい。わかりました。謹んでお受けしたいと思います」
「そうですか。それは良かったです」
アリシエルさんは、ホッとしたように息を吐くと頬を緩ませて笑った。
徐に懐に手を差し込み、ハンドベルのような物を取り出してそれを鳴らした。
チリリーン
ベルの音が部屋に響く。
突っ伏して寝ていたポチの耳がピクピクと反応し、ポチがむくりと起き上がった。
「うみゅ、もう終わったのぉ? 」
「まだ終わってない。けど、今から食事をすることになった」
「くあぁ……」と眠たげに欠伸をしていたポチは、食事と聞くなりくわっと目を見開き、尻尾をピンと持ち上げた。
「ご飯! お肉あるのっ!? 」
「ポチ、落ち着け。ステイだ。……ええと、お肉は出ますかね? 」
興奮するポチを宥めながらアリシエルさんに尋ねる。アリシエルさんは、クスクスと笑いながらも頷いた。
「ええ、肉料理も用意させましょう」
「村長、食べていい? お肉食べていい? 」
「ああ、いいぞ。ただし、騒がず綺麗に食べるんだぞ」
「うん! わかった! 」
ポチは、元気よく返事を返す。素直で結構なのだが、アリシエルさんたちの前ということもあって俺は苦笑を浮かべる。
「無理言ってすみません」
「いいえ、構いません。しばらくしたら料理がこちらに運ばれてきますので、それまでお寛ぎ頂いて大丈夫です」
「わかりました。ところで、お聞きしたいのですが里長さんが先程鳴らしたベルは一体何なのですか? 」
「アリシエル、と呼んで頂いて構いませんよ、カケル殿」
「わかりました。アリシエルさんと今後は呼ばせてもらいます」
アリシエルさん、と呼ぶとアリシエルさんはそれでいいのですと言いたげに満足気に頷き、ベルについて教えてくれた。
「これは『共鳴りの鐘』と言いまして対となって使う魔導具です。片方を鳴らすともう片方も鳴るというものです。先程鳴らしたのは、食事をこちらに運んでくるよう伝えるためです」
「なるほど。そう言えば、この屋敷の随所に置かれていた明かりを灯しているものも魔導具ですよね? 」
「ええ、そうです。あれには、光魔法の【光よ】が込められてまして私たちは『魔石式魔導ランタン』と呼んでいます。御覧の通り、我が里は樹の上に家を建てて住んでいますので、火は大敵なのです。多少なら大丈夫とはいえ、代用可能なのは魔導具に置き換えて火はなるべく遠ざけるようになっています」
「そうなんですか。それらの魔導具はこの里で作られたものなのですか? 」
俺がそう尋ねるとアリシエルさんは、少し驚いた顔を見せた後頷く。
「はい。ご存知の通り、我が里の近くにはダンジョンがあったので魔石の入手が容易で、それを使った魔導具の作成と開発は盛んです。最も、ここ百数十年は同じエルフと僅かに交流があったくらいなので、開発されたもののほとんどは日常生活で使うようなものばかりですが」
へー、この里では魔導具の作成ができるのか。そう言えば、頑冶がトイレに置かれてた『水洗棒』に知らない技術がいくつか使われていると言っていたく興味を示していたな。今度、ここに頑冶を連れてきてその作業風景を見学させてもらうのもいいかもしれない。
「よろしければ、いくつかお渡ししましょうか? 」
「はい。興味がありますので是非お願いします」
頑張って戦準備してくれた頑冶たちにお土産として持って帰ったら喜んでくれるかもしれない。
「わかりました。では、後程魔導具の一覧を用意してお渡ししますので、欲しいものがあれば差し上げます」
「ありがとうございます」
「お気になさらず。少しでも恩に報いなければ、こちらも納得できませんので」
そんな会話をしていると、ふとドアの方から料理のいい匂いが漂ってきたので意識がドアへと向く。
チリリーン
テーブルに置かれた『共鳴りの鐘』がひとりでに鳴り響く。
その音に俺は少し驚く。
「来ましたね」
アリシエルさんは驚いた様子もなくそう言って、ハンドベルを手に取って再び鳴らす。すると、ドアが開かれ料理が盛り付けた皿を持ったエルフたちが入ってきた。
テキパキとした様子でテーブルに皿が並べられていく。どうやら、一人一皿というわけではなく一品ごとに大皿に盛り付けられていて、それを皆で分けて食べる方式のようだ。
「アリシエルさん、ゴブ筋と小鴉も一緒に食べても大丈夫ですか? 」
「もちろん大丈夫ですよ。お2人も里のために尽力してくれた方々なのですから」
ゴブ筋達とも一緒に食べたくてアリシエルさんに尋ねると、アリシエルさんは快く承諾してくれた。
「オルベイ殿が食事を取られずに似た立場の某たちだけが食事を取るというのも……」
「では、オルベイも一緒に食事を取れば問題ありませんね。オルベイ、一緒に食事を食べましょう」
小鴉がオルベイさんを理由に断ろうとすると、アリシエルさんはそんなことを言ってきた。
オルベイさんとしても予想外なのか、「は?」と声を漏らして驚いた表情でアリシエルさんを凝視している。
反対なのかオルベイさんがアリシエルさんに近づき耳打ちする。
「アリシエル様、私はあなたの護衛としてこの場に」
「構いません。私が許可します。それにこの方たちに対して護衛は不要です。ですから私の隣に座りなさい」
「し、しかし」
「諄いです。それ以上言うのであれば私が手ずから食べさせますよ? 」
「……わかりました」
申し訳ないことに耳がいいせいでばっちり全部聞こえていたが、俺は聞こえなかったことにした。
オルベイさんとアリシエルさんは割と親しい仲なんだな、なんて思ってない。
「んん、失礼しました。オルベイも一緒に食事をとることに納得しましたので、どうぞお二方も遠慮せず食事をお取りください」
これには小鴉とゴブ筋もついに折れて、アリシエルさんに一言礼を言って席に着いた。
「お待たせしました。さぁ食事を始めましょう」
そうして和やかな食事が始まった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
食事はとてもおいしかった。
出された料理は果物や木の実を使った料理が多く。炒った木の実を入れたパンは、シンプルだが香ばしくておいしかった。ポチは、後から出されたスパイシーな味付けの紅大熊の香草焼きに夢中だった。
一人で大皿をペロリを食べてしまった時は、アリシエルさんは笑って許してくれたが天狐と2人で謝った。
ゴブ筋と小鴉はいざ食事を食べ始めると遠慮することなくいつものように食べていた。
朝からだがお酒も当然のように出た。何気にここに来てから初めてお酒を目にした気がするが、この体はアルコールに対しても強いのか果実酒を何杯飲んでも酔いがこなかった。天狐たちも酒に強いのか俺と同じくらい飲んでもケロッとしていた。ポチだけは、アルコールの匂いが嫌いだったようでずっとジュースを飲んでいた。
そう言えば、オルベイさんは食事にほとんど手をつけてないことを若干酔ったアリシエルさんに見咎められて、手ずから料理を食べさせられそうになっていた。やっぱりあの2人は仲が良いんだろう。
食事の最後にアリシエルさんは、自身に魔法をかけて酒気を抜いていた。聞き慣れない呪文だったけど、アルコールを解毒する呪文か何かなのだろうか?
「カケル殿、今回の食事は非常に楽しいものでした。それでは、こちらが先程お話しした里の魔導具の一覧となります。在庫もありますので、すぐに用意できます」
「お気遣いありがとうございます」
礼を言って、渡された一覧に目を通す。和紙のような植物紙には、魔導具の名称と簡単な説明が書かれていた。
説明を見たところ、便利そうなのがいくつか目につく。
「そうですね。取り敢えず『魔石式魔導ランタン』と『洗浄の大甕』、『魔石式小型魔導炉』、『遠見の眼鏡』。あとは……」
洗浄の大甕はどうも洗濯機のようなものらしいし、魔導炉は魔力を帯びた炎を生み出すことができるみたいで気になった。遠見の眼鏡は、望遠鏡のように遠くまで見ることができるものみたいだ。俺は次々と気になったものを上げていく。天狐たちにも意見を聞いて欲しいものを上げる。
「あ、こんなに頼んでしまって大丈夫ですか? 」
「全く問題ありませんよ。先程もいいましたが在庫がありますし日用品ですので量産できます。後生大事にするものでもありませんから。私としては、むしろそんなものでよろしかったのですか? 我が里に伝わる魔剣などもあるのですが……」
「食事の時にもお話ししましたが、生活で使う魔導具の方が私たちからすれば興味が惹かれますので。農作業や料理で魔剣は使いませんからね」
それに仲間の装備は、可能なら自分の手で作りたいからな。
「フフッ。そうですか。わかりました。それでは魔導具は以上でよろしかったですか? 」
「はい。これで十分です」
「それでは魔導具はこれから他の者に用意させます。他に何か要求はありますか? 」
「いえ、もう十分……あ! そうでした。あともう一つだけお願いします。最初に出されたお茶が気に入りましたので、その茶葉をいくらか分けてください」
「オーラリ茶のことですね? はい、わかりました。一緒に用意するように伝えておきます」
「何から何までありがとうございます」
「いえ、カケル殿たちから受けた恩を考えればまだまだ返したりないくらいです。また近々里にいらしてください。その時は里を上げて歓迎致します。もちろん、村の方々も連れてきてください」
「はい。機会があれば是非とも。今度はゆっくりと里を見て回りたいと思います」
その時は、頑冶だけでなくレナ達も連れてきてあげたいな。
「楽しみにしてます。それでは、アルフ様たちがおられる場所まで私が案内いたしますので私についてきてください」
そう言ってアリシエルさんは、アルフ達のいる場所へと俺たちを案内してくれた。
話し合いが恙なく終わり、ラビリンスのことを隠し通せたことに俺は、そっと安堵の息を吐いた。




