55 「村長と里長の会談」
後続のサタン達の頑張りでダンジョン内部の敵は全滅している上に罠はほとんど破壊されたりなどで無力化されていた。その為行きの時とは違い、帰りはそれほど気を張らなくてよかった。
ただまぁ、合流してくる仲間がその度に戦果を誇るのには辟易した。
猫が狩猟の成果を飼い主に見せつけるように敵だった骸が積み上げられて山になったのを何度も目にする羽目になれば、嫌になるというものだ。
その光景を目にしたラビリンスなんかは、「ぴぃぃいい! 」と小動物のような悲鳴を上げて失神してしまった。無理もないだろう。俺だって慣れてなければ同じようなことになりそうだった。
……こんな凄惨な光景に慣れてきてしまっている自分がいることに、俺もこの異世界に慣れてきたんだなぁと思った。それがいいことなのか悪いことなのか悩ましいところだ。
積み上げられたダンジョンモンスター達は、素材を後日剥ぎ取るために全てアイテムボックスに収納した。
「村長、その子が新しい仲間なのか? 」
「ああ、ここの元ダンジョンマスターのラビリンスだ。あまり怖がらせるなよ。気が弱いんだから」
「ちみっこいのぉ」
「ダンジョンマスターって割りには全然強そうには見えないな……」
「弱そうだにゃー」
ラビリンスの存在をシルフィーから既に聞いていた様子の皆は新しい仲間に興味津々な様子だった。気絶して俺に背負われたラビリンスを見ながら好き勝手に言っていた。
「とにかく、みんな仲良くするように」
「「「はーい」」」
気絶したラビリンスを背負ったまま仲間を連れてダンジョンを出ると、外は夜が明けて朝になっていた。
「そう言えば朝か……」
ずっと薄暗いダンジョンにいたからか時間の感覚が少々狂っていた。
「これからどうするのカケル? 」
「そうだな。取り敢えず、アリシエルさんに氾濫が治まったことを知らせに行かないとな。でないと安心できないだろ」
「ラビリンスのことは話すの? 」
「うーん、特に話すつもりはないよ。ダンジョンが安全になったことは伝えようとは思ってるけど。だから、ラビリンスはひとまずここに置いていこうと思う。それとみんなもここで待機してもらおうと思ってる。あまり大人数で行くと警戒させるだろうからね」
そう言うと天狐は何故かむっとしたやや怒った表情になった。
「……もしかしてカケル一人でいくつもりなの? 」
「まさか! そんなわけないよ。里へは天狐とゴブ筋、ポチ、小鴉で行こうと思ってる。まぁ、ポチには人の姿を取ってもらおうと思ってるけど」
どうやら勘違いをしているらしい天狐に慌てて弁明すると、天狐は表情を和らげた。
「そういうことね。わかったわ」
内心ほっと息をついていると黙って聞いていたゴブ筋が口を開いた。
「……俺が行ってもいいのか? 」
多分、レナの時や盗賊の時のことを思い出しているのだろう。
「ゴブ筋には辛い思いさせるかもしれないけど、お前が傍にいてくれた方が頼もしいからな。頼りにしてるよ」
「わかった。村長は必ず俺が守る」
ゴブ筋がやる気になったところで、他の仲間にも先ほど天狐たちに話した内容を伝えた。
一部からは、里に一緒に行きたいと反対されたが、日を改めて機会を作るというと渋々だが納得してくれた。シルフィーなんかは、「やだやだやだ! 私も行きたいー! 」と駄々を捏ねていたが、気絶したまま目を覚まさないラビリンスのことを頼むと「私に任せなさい! 」と機嫌を直してお姉ちゃん風を吹かしていた。ちょろい。
「村長、お乗りください」
巨大な黒鳥になった小鴉が、乗るように促してくる。
「ああ、わかった。いいか、みんな大人しく待ってるんだぞ! 喧嘩したり暴れたりしないように! 」
「「「はーい」」」
少し不安ではあるけど、ここは仲間のことを信じよう。
ちゃんといい子で待ってくれることを信じながら俺は小鴉へと乗り込み、その後ろにゴブ筋を乗せた。
天狐はいつものように【神通力】で浮遊して飛行するし、ポチも空を駆ける手段を持っているので問題はない。
「小鴉、出発してくれ」
「クアア! 」
小鴉は鳴き声をかけて飛び上がった。追従するように天狐が浮かび上がり、ポチが虚空を蹴って跳んだ。
そして、俺たちはシルフィー達に見送られてエルフの里へと飛び立った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
里の物理結界を以前に清明が作った天井の出入り口を通って俺たちは里へと侵入した。
まだ朝が早いというのに里の住人であるエルフたちは物々しい様子で起きていた。
「どうやらあそこに降りたら良さそうだな。小鴉あそこに降りてくれ」
出入り口の真下に柵で囲われた場所があった。その中央には『着』と漢字で書かていた。恐らく里にいた仲間の誰かが気を利かせて作ってくれたのだろう。
小鴉は指示通りにその場所へと降り立った。少し遅れてポチがスタッと四つん這いで着地し、天狐はゆっくりと降りてきた。
結界を通過する直前に変身して今のポチは、獣人の子供のような姿をとっていた。
ゴブ筋と俺が降りると、小鴉も人の姿へと変じる。
「お疲れさま。運んでくれてありがとうな」
「はっ、勿体なきお言葉です」
「うー……やっぱり落ち着かない」
人に変じたポチが落ち着かなさそうにそわそわしている。
「ポチ、里のいる間は我慢しろよ。あとで肉いっぱい食わせてやるから」
「本当! 」
「ああ、約束だ」
肉はダンジョンの攻略で腐るほど余ってるからな。
「僕、頑張るから!」
ご褒美があるとわかったポチは、真っ白な尻尾をブンブンと振って喜びを露わにしていた。今からご褒美の肉を想像しているのか口から涎が零れかかっている。
「失礼、カケル殿でありますか! 」
ポチのだらしない口をタオルで拭ってやっていると若いエルフの戦士がやってきた。
「はい。そうですが」
「お待ちしておりました。この度カケル殿たちを案内する役目を担いましたエイリサと申します。妹のレスティアの窮地を救って下さり感謝致します」
そう言ってレスティアの姉と名乗ったエイリサさんは、頭を下げた。
「ああ、レスティアのお姉さんでしたか。妹さんが終始心配しておりましたがご無事で何よりです」
「ミカエル殿のお陰です。でなければ私は今も寝たきりだったでしょう。どうぞこれから長の元まで案内致します。ついてきてください」
「はい、わかりました。天狐たちが一緒でも大丈夫でしょうか? 」
「問題ありません。長からは付き人も一緒に通すように言われてますから」
そう言ってエイリサさんは、俺たちを大きな屋敷へと案内してくれた。
この里の建物の多くは樹上に作られたツリーハウスで、エイリサさんが案内してくれた屋敷も当然の如く大木の上に建てられていた。高さだけならビルの五階に相当しそうだ。他のツリーハウスの中でも頭一つ抜けて高い。中は、ランタンのような光を発する魔導具が随所に置かれて思いのほか明るかった。
「ここでしばしお待ちください」
部屋へと案内され、そこに用意されたテーブルの席へ座るよう促された。
俺と天狐とポチは一言礼を言って着席し、小鴉とゴブ筋はそれを護衛だからと言って固辞して後ろに立ってくれている。
そう言えば、特に言われなかったが小鴉とゴブ筋は帯剣したままなのだが大丈夫なのだろうか。
そんなことを思いながら出されたお茶を啜る。程よい渋みで、お茶請けとして出されたドライフルーツと一緒に食べるとおいしかった。
「おいしいな」
「ええ、香りも良くていいわね。何の植物の葉を使ってるのかしら? 」
俺も気になったので【鑑定】で見てみると『オーラリの葉』が使われていることがわかった。生憎聞いたことのない名前だ。
「オーラリの葉みたいだ。知ってるか? 」
「いいえ、聞いたことないわね。この世界特有の植物なのかも」
「樹木の葉っぱみたいだから今度森で探して見るのもいいかもな」
「そうね。私は薬茶よりもこっちの方が好きだわ」
今度森で探して見るとして、後でアリシエルさんにオーラリの茶葉をいくらか分けてもらおうかな。
「ふーん」
しかし、天狐が気に入った茶葉はポチの口には合わなかったようで匂いを嗅いでから手をつけていなかった。
「村長、僕お肉の方がいい」
「お肉は帰ってからな」
「はーい」
ポチはつまらなそうに返事を返す。暇なのかピコピコと狼耳を動かしながらキョロキョロと辺りを見まわしていた。
そうしてしばらく待っていると、部屋のドアが開いて人が入ってきた。
「すまない。お待たせした」
入ってきたのは、アリシエルさんだった。その後ろから体躯のいい屈強な戦士といった様相のエルフの男が会釈して入ってくる。
アリシエルさんが入ってくると同時に俺は席を立った。天狐もそれに続く。一拍遅れてポチも席から立った。ずっと立ちっぱなしだった小鴉とゴブ筋も居住まいを正して直立する。
「改めて名乗ります。私がこの里の長を務めるアリシエル=ユースティアです。後ろの者は、この里の戦士長を務めるオルベイと言います。今一度あなた方の名を聞かせてもらえますか? 」
「はい。改めまして名乗らせていただきます。私は平原の村の長をしている藤沢 翔と言います。隣にいる彼女が天狐で、こっちがポチです。後ろにいる2人は小鴉とゴブ筋と言います。4人とも私の大切な仲間で私の村の住人です」
「なるほど。この度は、里の危機に駆けつけて下さり大変感謝しております。カケル殿たちのご助力がなければ、今回の氾濫は私たちも無事では済まなかったでしょう。里の者を代表して礼を言わせていただきます。ありがとうございます」
そう言ってアリシエルさんとオルベイさんは深々と頭を下げた。
「いえ、間に合ったようで本当に良かったです」
頭を下げられてなんだか背中がむず痒かったけど、今回は間に合って本当によかったと俺は心からそう思えた。天狐たちの迅速な行動がなければ間に合わなかったし、アリシエルさんたちの奮闘がなければ間に合わなかった。自分だけの力ではないけれど、こうして間に合い助けることができてよかった。それだけで今回、頑張って良かったと思える。協力してくれた天狐たちには感謝してもしきれない。
一通りの挨拶を終えてアリシエルさんが対面の席に座るに合わせてこちらも席に座り直す。予想通りオルベイさんは、座らずにアリシエルさんの後ろに直立不動で立っていた。
「カケル殿がこちらに戻られたということは、ダンジョンはひとまず落ち着いたと取って大丈夫なのでしょうか? 」
「いえ、仲間と協力して狂暴化したダンジョンのモンスターは掃討しましたので今回の氾濫はもう終結したと取って頂いて大丈夫です。ダンジョンから出て森に迷い込んだモンスターはまだ仲間が追ってますが、それも大多数は討伐できています」
「は? 」
「それと、今回のようなことが起きないようにダンジョンの最下層まで攻略して異常が起きていたコアを少々弄りましたので、今後あのダンジョンで氾濫が起こることはないと思います」
「…………」
「里長さんの情報のおかげで、順調に攻略することができました。ありがとうございました」
「いえ、大したことでは……。いや、それよりもちょっと待っていただきたいカケル殿」
「あ、はい。何でしょうか? 」
何かおかしなことを言っただろうか? アリシエルさんの表情が固い。
「その話は全て真のことなのか? 」
「はい。そうです」
ダンジョンマスターであるラビリンスの存在を伝えてないが、嘘は言ってない。
アリシエルさんは、頭痛を堪えるように目頭を押さえてる。どうしたんだろうか。
「……その、すまないが俄かには信じ難いことばかりで少々あなたを疑っている。良ければいくつか証拠を見せてもらえないだろうか? 」
「はぁ、証拠ですか」
うーん、証拠か……
何がいいだろうか。流石にこの場でダンジョンモンスターの死骸を出すわけにもいかないし……
あ、そうだ。アレがいいか。
俺はアイテムボックスからネクロドラゴンから採れた巨大な魔晶石と、ジュエルゴーレムから採れた巨大な核をテーブルの上に出した。
「これなんかでどうでしょうか? 九階層のネクロドラゴンからドロップした魔晶石と十階層のゴーレムから採れたその核です」
「なんという大きさ……触ってみてもよいだろうか? 」
「別に構いませんよ」
「なんと……この大きさで魔晶石だというのか。信じられない」
テーブルにデンと置かれた魔晶石にアリシエルさんは目を丸くさせている。後ろに控えるオルベイさんも静かに息を呑んでいる。
何度見てもこの大きさには、俺も圧倒される。すごい大きさだ。
「これで納得していただけたでしょうか? 」
「うむ。これだけのものを出されて信じないわけにはいかない。しかし、先程ネクロドラゴンと言っただろうか? 確かあのダンジョンは火竜であった筈だったが」
「それが、封印されている間に変貌したようで九階層では火竜ではなくネクロドラゴンが待ち構えていました」
「そうだったのか……」
それきりアリシエルさんは何やら考え込み始めたようで押し黙る。
俺もその間静かに黙ってお茶を啜って喉を潤す。
「……わかりました。カケル殿が話した内容はこの場では一度全て信じてみることにします。念のため、後日人を集めてダンジョンの調査をしたいと思いますが、カケル殿のことを疑っているわけではありませんので悪しからず。私も里の長として慎重に判断しなければなりませんので」
「ええ、もちろん。それは重々理解しています。自分で調べて見なければ安心はできないでしょうから大丈夫ですよ」
「そう言って頂けると助かります」
アリシエルさんは、軽く頭を下げるとテーブルに置かれたお茶に口をつける。
「ところで、カケル殿に一つ聞きたいことがあります」
アリシエルさんは居住まいを正してそう切り出してきた。真剣な雰囲気に自然とこちらも居住まいを正す。
「……はい。なんでしょうか? 」
「率直にお尋ねします。此度の一件でカケル殿がこちらに求める要求は一体何でしょうか? 」
………。あ、
「……すみません。そう言えば全然考えていませんでした」
総合評価一万ポイント突破!
ありがとうございます。本当に嬉しいです。
その記念、というわけではなく更新が遅くなってしまった原因でもあるのですが、第一話と第二話を新しく書き直しましたので、この更新を機に入れ替えを行います。
よろしければ一目見ていただければと思います。
そして、遅まきながら明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。




