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魔王の村長さん  作者: 神楽 弓楽
二章 村長たちの村おこし
56/114

54 「迷宮の夜明け」



カケルたちがダンジョンの最奥で食事を摂っている頃、地上では沈んでいた日が昇り始めていた。




「夜襲は、なかったか……」


一晩中、祠の中で結界の維持を行っていたアリシエルは、疲労困憊した様子でぐったりと魔法陣の上にへたり込んでいた。


「アリシエル様、一度休まられた方が……」


ずっと傍で控えていた少女が心配して駆け寄ろうとするが、それをアリシエルは手で制した。

アリシエルは、覚束ない手つきで腰の皮袋から小さなガラス瓶を取り出すと、栓を抜いてその中身を一気に煽った。


「……私は、大丈夫だ。それよりもアティアン、アルフ様たちは如何している? 」


底をついていた魔力が戻り、アリシエルの顔色はよくなる。しかし、顔にはまだ疲労が色濃く残っていた。


「……つい先程アルフ様は、数名の者を連れて森の見回りに行かれたと報告がありました。他の方々は、治療所で薬を作りながら待機しているようです」


「そうか……。しかし、カケル殿は一体何者なのだろうな……」


「わかりません。あのような魔物使い(テイムマスター)は、御伽噺でも聞いたことがありません。あの方は本当に村長なのでしょうか? 王国の手の者では……」


「ふっ、まさか。このような危機に駆けつけて助けてくれる者がわざわざ村長などと胡散臭いことを騙ることはあるまい。騙るにしてももっとそれらしい肩書きがあるだろうに……それこそ王国の手の者だと名乗った方が王国としては貸しが作れてよかろう」


アリシエルは、アティアン(少女)の疑念を笑って否定する。しかし、アティアンがカケルのことを疑うのも致し方ないとアリシエルは思う。

カケルが、魔物使い(テイムマスター)であるということは、連れてきた様々な種族からなる混成集団を見て疑う余地はないが、その者たちと平原で村を営んでいるという話は、到底信じられることはできない。

その村を見たことのあるレスティアから話を聞いた後も、アリシエルの中ではカケルが村長であることには半信半疑であった。


あの種族の多様性から考えて、ここら一帯で済む話ではない。それこそ、大陸を越えて世界を巡る規模の長旅と過酷な試練の末でなければ、不可能に近い。


カケルが言ったことが全て真実であるとすれば、カケルはそのような旅の末にここらに流れ着き、何らかの心境の変化から平原に居つき村を作り、村長と名乗るようになったのではないかと、アリシエルは考えていた。


「………案外あいつの子孫であったりするのかもな」


かつてアリシエルが里を出て大陸を旅していた時の仲間の一人を思い出す。

国家戦力に匹敵するほどの武力を持ちながらも権力や富に価値を見出さず、放浪の末に自分たちの前から姿を消した男とアリシエルは、カケルが似ているように感じた。


アリシエルがそんなことを考えていると、祠に一人の男が入ってきた。その男を見てアリシエルは瞠目した。





「オルベイ……」


その男は、ダンジョンから溢れた魔獣を食い止めるために戦場に出てから行方不明となっていたオルベイであった。


「アリシエル様、ただいま帰還致しました」


オルベイは、その場に膝をつき頭を垂れる。

アリシエルは、一度何かを言おうとして口を開き、思い留まって口を閉じた。

そして、搾り出すようにして言葉を口にした。


「……よくぞ。よくぞ、生きて帰ってきたオルベイ」


「はっ」


震える声で口にするアリシエルの言葉に、オルベイは頭を垂れたまま短く返事を返した。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「――そうか。カケル殿たちは、真に里の救世主だな……」


オルベイから話を聞き終えたアリシエルは、事態が収束に向かっていることに安堵のため息をつく。


オルベイから語られた話の中には、オルベイがスライムの娘のムイに連れられて見てきたダンジョン内でサタン達が魔獣たちを蹂躙する話もあった。ひとまずは、里が再び魔獣の群れに襲われる可能性はないと考えれた。



「ところでオルベイ」


「はっ」


「顔を上げて見せてくれ」


「は、はぁ? 」


戸惑いながらオルベイが顔を上げると、近寄っていたアリシエルがその顔にそっと白く細い手を伸ばした。




「傷が、消えている。これはどうした? 」


オルベイの頬にあった古傷の場所を指でなぞりながらアリシエルは尋ねる。


「……。恐らく戦場で出会ったムイ殿からもらったポーションの影響かと……」


オルベイが、そう返すとアリシエルは、「そうではない」とオルベイの頬を抓った。


「それはもう聞いた。その話は気になるが、古傷が消えるレベルのポーションを使用したということは死に掛けたということだろう。それは聞いてないぞ」


「いえ、死ぬほどの怪我では……」


「では、何故私に黙っていた」


「それは……」


ずいと顔を寄せて問い詰めてくるアリシエルに、オルベイはたじたじだった。







「アリシエル様」


「……何だ」


隅で静かに控えていたアティアンから名前を呼ばれて、アリシエルは不機嫌そうに振り向く。


「オルベイ様の話の通りであれば、もうアリシエル様が結界の維持を続けることはないでしょう。あとの維持は私がしますので、アリシエル様は一度お休みされてはどうですか? それにオルベイ様との話は、もっと落ち着かれる場所でされた方がよいでしょう」


「む……。しかしだな……」


アティアンからの二度目の提案にアリシエルは先程とは違い、迷いを見せる。アリシエルは、反論しようとする口をもごもごとさせてしばらく悩むと、「ふぅ……」と息を吐いて、肩の力を抜いた。


「……そうだな。すまないが、そうさせてもらう」


「はい。お疲れさまでした。あとのことはお任せください」


アティアンは、にっこりと笑ってオルベイの手を引いて祠を出ていくアリシエルを見送った。


救いを求めるようにこちらを見るオルベイをアティアンは、見なかったことにした。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「「八階層、残り294体だよー! みんな頑張れー! 」」


喧噪としたダンジョンの中で、掌サイズのシルフィーの分身体たちの声が木霊する。



「スピードと手数なら兄貴たちには負けないっすよ! 」



――ヒュゥロロロロロロ!


南瓜の空いた穴が音を奏でる。


南瓜の被り物をしたジャックが、ボロボロの外套を棚引かせて魔獣の群れの中へと飛び込む。両手に握る血塗れのナイフが魔獣を切り裂き、鮮血が舞う。


魔獣の群れの中でジャックが縦横無尽に駆け回る。その度に、魔獣たちの鮮血が辺りに散った。

一分後には、30はいた魔獣たちは、全身に無数の切り傷を刻まれて自らが流した血の海に全て沈んだ。



「ジャック、これで358体目だねー! 目指せ400! 」


「よっしゃー! 頑張るっすよ! 」


「あ、龍源が大っきい群れを全滅させた。だから、あとは108体だよー」


「ちょっ、まじっすか!? もう時間がないじゃないっすかっ! 」


「ほらほら、急げー急げ―。あと72体だよー」


――ヒュゥロロロロロロ!!


ミニシルフィーの声に急かされて、ジャックは慌てて次の獲物を探しに行くのだった。





それから5分後、ミニシルフィーたちの口笛が八階層に響き渡った。


「「終了ー! 八階層、掃討完了! これでダンジョンコンプリート! 」」




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




カケル達が食べ終えたご飯の片づけを行っていると、隠し部屋に風が吹いた。


「うおっ 」


カケルの頬を撫でるように通り過ぎると、風は集束して一人の少女を形作ってカケルの背中に飛び乗った。

突然かかった背中の重みにカケルは、少しよろめく。



「そんちょー! モンスターの掃討終わったよー! 」


カケルの首に腕を回してぎゅーと抱きつく少女は、シルフィーだった。


「シルフィー!? 急に抱き着いてくるなっ。危ないだろう」


カケルは、手を後ろに回してシルフィーを強引に引っぺがした。服の襟を掴まれて猫のようにぶらーんとするシルフィーに、カケルはこらっと叱る。


しかし、シルフィーは堪えてないようでキャッキャッと笑っていた。




「ったく。でもお疲れさま。みんなは無事だったか? 」


「無事も何も問題なーしっ。あ、因みに五階層から始めた競争の一位は、タマ姉で2642体だったよ。流石だよね! 」


「そんなことしてたのかよ……」


シルフィーの報告にカケルが呆れてると、横にいたラビリンスがカケルの裾を引っ張った。



「マスター。その子ってもしかして精霊? 」


「ん? ああ、こいつは風の精霊だぞ」


こいつ、と言ってカケルは、指差す。それをシルフィーは両手を伸ばしてはしっと掴む。


「どうもー、シルフィーユのシルフィーだよー。って村長この子誰? 人間、じゃないよね? 」


片手ではカケルの指を離さないままシルフィーはラビリンに手を振って挨拶する。しかし、途中でラビリンスが人ではないことに気づきカケルに尋ねる。


「ここの元ダンジョンマスター。新しい仲間だ」


「あ、なるほどー。よろしくー。私のことはシルフィーお姉ちゃんって呼んでねっ」


「え? え、えっとよろしくお願いします? 」


「かったいなー。もっと砕けていいよー」


シルフィーは、一度実体化を解いてするりとカケルの手から逃れるとふわりと浮いてラビリンスへと顔を近づける。


「ねっ、ね? 」


「ま、マスター! 」


シルフィーのテンションについていけず、ラビリンスはたじたじだった。


救いの手は意外なところから出てきた。


「そこまでにしろ」


そう言って小鴉が、シルフィーの頭を鷲掴みにして止めた。お、とカケルが意外そうに眉を上げる。


「シルフィー、ラビリンスはまだ人に慣れてない。困っている」


「えー、でも私精霊だしー」


「屁理屈はいい……」


シルフィーの頭を掴む手に力が籠る。実体化を解けれないように手に魔力を纏わせていた。


「痛い痛い痛い痛い! 小鴉兄痛いって! 」


万力のように締め上げられてシルフィーは悲鳴を上げる。ラビリンスは、その隙にカケルの後ろに逃げ込んでいた。


「あ、ありがとうございます。小鴉さん……」


「……小鴉でいい」



小鴉のつんけんした態度に「はぁ……全く」とカケルは疲れたようにため息をつく。しかしながら、口は嬉しそうに少し笑っていた。





「カケル、片付け終わりましたよ」


「村長、いつでも戻れるぞ」


「ウォン! 」


そうこうしていると、片づけを終えた天狐たちから声がかかった。


「おお、そうか。よし、じゃあ戻るか。小鴉、シルフィー戻るぞ」



「はっ」


「はーい。あー痛かった……」


カケルに言われて小鴉は、シルフィーを解放した。

解放されたシルフィーは、すぐに小鴉から距離をとると、あっかんべーをして涙目で自分の頭を擦った。




カケル達は続々と隠し部屋から出ていく。



最後に残ったのはラビリンスだった。


「…………」


ベッドも絨毯も本棚も全て片付けられてがらんとした部屋を見る。


ここで過ごした三百年以上の思い出が、ラビリンスの中で走馬燈のように甦る。



外に出れず、この薄暗いダンジョンで一人で過ごした日々。

貴重なDPを使ってまで物語を手に入れ、外への想いを馳せた日々。


もう諦めていた夢がひょんなことで叶うこととなり、実感がわかずラビリンスは、夢現の気持ちだった。



「おーい、ラビリンスどうしたー? 」


いつまで経っても来ないラビリンスを心配したカケルの声が聞こえてくる。気付けば、カケル達は十階層の門の前にまで来ていた。


「あー、待ってくださいマスター! 」


ラビリンスは、慌てて駆け出す。最後にダンジョンコアを一瞥したラビリンスは、「じゃあね」と言って手を振って出ていった。




人がいなくなり、十階層とダンジョンコアの部屋を隔てる門はゆっくりと閉じられた。



ラビリンスは、もうそこに戻る気はなかった。

因みに競争結果トップ10※眷属を使っての蹂躙ではなく、あくまで個人の討伐数


1.タマ(探索班副リーダー)……約2600体

2.呉羽         ……約2500体

3.(ホムラ)          ……約2200体

4.ジャンヌ(ユニーク)  ……約2000体

5.白夜         ……約1550体

6.龍源         ……約1500体

7.サタン(ユニーク)   ……約1300体

8.赤兎馬(麒麟)     ……約1000体

9.ルシフェル(ユニーク) ……約950体

10.影郎         ……約800体

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23.ジャック(ユニーク)  ……約400体(364体)

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89.飛燕         ……13体


※黒骸他数十名は、参加せず一階層で待機、もしくはうち漏らしがないか見回り


競争での総討伐数(五階層~八階層)は、約3万と少し。

地上に溢れたのや、四階層まで上がって犇めいていたのも入れると約8万くらいです。

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