51 「村長の後悔と課題」
ポチと小鴉がジュエルゴーレムを相手にしている間、カケルと天狐とゴブ筋の三人はアダマンゴーレムの相手をしていた。
鉱石の中では最も硬いとされている金剛鋼の原石で作られたアダマンゴーレムは、兎に角硬かった。
ゴブ筋の振るう大剣では刃が立たず、天狐の【天地割断】も相手の防御力を上回ることができず不発に終わり、魔法も防御力が高すぎるせいでダメージが碌に入らず、アダマンゴーレムの見た目にはこれといって傷はなく。HPは開始からしばらく経っても一割も減っていなかった。
アダマンゴーレムの攻撃は、その硬さと重量から生み出される破壊力を乗せた大剣での振り下ろし、振り上げ、横薙ぎだった。
単純明快な三パターンの攻撃にも関わらず、その威力は絶大であり強烈だった。
武技と呪文を重ね掛けしているゴブ筋でさえも今の装備では連撃には耐えられなかった。
そんな時、天狐が機転を利かして【神通力】でアダマンゴーレムの動きを阻害し、その隙にカケルが強力な魔法でアダマンゴーレムにダメージを与えようとした。
その矢先だった。
頭を失ったジュエルゴーレムが繰り出した無差別攻撃を天狐が受けたのは
地面から飛び出してきた石柱に腹部を強かに強打した天狐は集中が途切れて、アダマンゴーレムを縛る【神通力】が解かれた。
その瞬間、アダマンゴーレムは最も危険度が高く隙のある敵を算出し、その結果に従ってカケルに大剣を振り下ろした。
カケルは、それを避けることができずに左腕を失った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ぐぁあああああ!? 」
全身を駆け巡る激痛にカケルは、絶叫して左肩の傷口を抑えて蹲る。
左腕で済んで良かったとも言えたが、この状態でそのようなことは思えない。
「ぐぅううう……」
痛みに耐えるカケルにアダマンゴーレムが再度大剣を振り上げ振り下ろそうとする。
「よくも……」
ビタリ
と、アダマンゴーレムが振り下ろそうとしていた大剣が、慣性の法則を無視して半ばで止まる。
「よくも、よくもよくもカケルに……」
ゆらりといつの間にか立ち上がっていた天狐の瞳孔は細まり、赤く禍々しい妖気が天狐の全身から噴出されていた。天狐の背後に陽炎のように九つの尻尾が揺らめていた。
アダマンゴーレムが、全身を締め付けるようにかかる【神通力】から逃れようと力を込めるが先ほどとは違い、一ミリたちとも動かない。
カケルが負傷したことでぶち切れた天狐は、アダマンゴーレムを縛る【神通力】に更に力が注がれ、アダマンゴーレムの両手足は直立姿勢のようにぴっちりと体に貼りついた。
アダマンゴーレムの意思に反して右手が抉じ開けられ、大剣が手から滑り落ちる。
そのまま重力に従って地面に落ちると思われた大剣は、天狐の【神通力】によってふわりと浮き上がり天狐の前に引き寄せられる。
「【武器作成:バスターソード】【金剛不壊】【シャープエッジ】」
天狐が大剣に触れると、赤い魔力光に包まれ二振りのバスターソードに分かれる。それらに二つの付与をかけた天狐は、その二振りを握りしめ、一振りをカケルの治療を行っていたゴブ筋の足元に投げ、もう一振りをポチ目がけて投げつけた。
ガッ
ゴブ筋の元に投げられたバスターソードは、硬い地面に深々と突き刺さる。
「それなら……ハァハァ……核まで、ハァハァ、貫けるでしょう……ッ」
消耗が激しいのか、天狐は足元が覚束ない様子で球粒の汗を流して肩で大きく息をする。
「感謝する」
言葉少なく礼を言ってゴブ筋は、自身の大剣と大盾を手放して床に半ばまで埋まった純アダマンタイト製の大剣の柄を掴み引き抜いた。
鉱物の中で最も硬い金属であると同時に金の十倍近くの重さを誇る。
ゴブ筋の身の丈ほどある大剣の重さは四トンを軽く超えていた。
柄を握る右腕の筋肉がミチリと音をたてて膨れ上がる。全身から緑色の魔力光が噴き出す。柄に左手を添えて大剣を両手で握りしめる。
「村長、そこで待っていてくれ」
「ハァハァ……ああ、勝ってこいゴブ筋」
体を駆け巡る激痛に冷や汗を流しながらもカケルは、ゴブ筋にエールを送った。
カケルからエールを受け取ったゴブ筋は、その場から跳んだ。
―【瞬動兎跳】
「ぉぉおおおおおおおおおおおおお!! 」
ゴブ筋は雄叫びを上げて天狐の【神通力】で身動きがとれないアダマンゴーレムの胸へと大剣を突き立てた。
――【貫く剛剣】
赤い魔力光を纏った大剣は霞む速度で突き出され、アダマンゴーレムの硬く分厚い金剛鋼の体に易々と突き刺さり、その奥にあったアダマンゴーレムの核を貫いた。
瞬間、核から膨大な魔力が噴き出してゴブ筋の体を吹き飛ばした。
「ぬぅっ!? 」
魔力の奔流で天狐の【神通力】が乱され拘束が解ける。しかし、解放されたアダマンゴーレムが動き出すことはもうなかった。
「カフッ……」
魔力が噴き出るとともにガクガクと体を痙攣させてアダマンゴーレムは、その場から後ろに仰向けに崩れ落ちた。と同時に無理をした天狐が口から血を吐いて気絶した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
一方、少し時を遡ってジュエルゴーレムと戦っていた小鴉とポチたちは、自分たちのミスでカケルの腕が斬り飛ばされた瞬間を目にした。
「不覚……! 」
地面から伸びてきた石柱に翼を穿たれ墜落した小鴉は、態勢を整えて着地したところで、その光景を目にした。己が生み出した結果に、小鴉はギリッと奥歯を噛みしめる。
「ォオオン! 」
ポチから怒りの咆哮が上がり、極低温の冷気がジュエルゴーレムの周りを覆った。
煌々と赤く光っている溶岩ごと床につけたままのジュエルゴーレムの両腕が氷漬けにされる。
溶けない魔氷は、溶岩の熱を全く受け付けず、溶岩は魔氷から伝わる極低温の冷気に晒され瞬く間に光を失い黒く固まった。
ジュエルゴーレムがどうにか腕を引き抜こうと格闘する隙に、背後から小鴉が襲った。
「【極地・一刀居合斬り】」
鞘から太刀を引き抜いた小鴉の一閃は、ジュエルゴーレムの左足を半ばから断ち切った。
「ハッ! 」
ジュエルゴーレムがおかしな動きを見せる前に小鴉の回し蹴りで斬った右足を壁へと蹴り飛ばした。
その時、天狐の方からポチへと純アダマンタイト製の大剣が飛んできた。
それに気づいたポチは、駆け寄ってジャンプすると器用に口で大剣の柄を噛んでキャッチした。そして、そのまま地面に降りずに空中を蹴って、ジュエルゴーレムの真上まで飛び上がる。
ジュエルゴーレムは、魔宝石を輝かせて失った右足の替えを作り出そうとしているところだった。
四トンを超える大質量に加え、切れ味強化を為された大剣は易々と無防備なジュエルゴーレムを真っ二つに切り裂いた。
振り抜いた大剣は、刀身が深々と床に埋まった。
足という支えのなかった右半身は、魔力の供給が立たれて脆くなったのか、自重を支えきれず右腕の根元が砕けて地面に落下する。
しかし、この一撃は体を破壊することはできたものの核には当たっていなかった。七色に輝く透明な核の一部が左半身の断面から覗いていた。
――【螺旋槍手】
「終わりだ……! 」
ジュエルゴーレムが最後の悪あがきをする前に小鴉の右手が岩石の中に突き刺さりその中から核を抉り取っていた。
核を抜き取られたジュエルゴーレムは遂に活動を停止した。
「プッ……ウォン! 」
口から砕けた歯を吐き出してポチはどうだ、と一声鳴いた。
「……。」
小鴉は、剥がれた爪から血をポタポタと流しながら手に握るゴーレムの核をジッと無言で見つめていた。
こうして、危うい戦闘はカケル達の勝利に終わったのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ダンジョンボスとの戦いは、俺たちの勝利に終わった。
しかし、その内容はお世辞にも問題なかったと言えるレベルではなかった。
今回の戦いでは、俺たちの連携不足や装備の性能不足を露呈することになった。
そして、何より俺の不甲斐なさを痛感した。
情けなかった。
片腕を失った痛みで戦闘不能になった自分が
天狐が不意を突かれたことで注意を敵から反らしてしまった自分が
碌な対策も考えずに無策に突っ込んでしまった自分が
自分が、戦上手だと思ったことはゲームの時から一度も思ったことはなかった。
全滅することなんて何百回もあったし、他のプレイヤーが少ない被害で済んでいる戦いで、壊滅的な被害を出すこともあった。
それでも何度も挑戦して挑戦して挑戦して何十何百もの敗北の上になんとか勝利を積み上げてきた。
ゲームの時は、それでどうにかなった。何の問題もなかった。
しかし、異世界にいる今ではどうだろうか。
………改めて考え、自分がまだまだ甘かったことを痛感した。
心配そうに左腕をしきりに舐めるポチを見て思う。
某も腕を斬り落として詫びを入れる!と騒ぐ小鴉を見て思う。
騒ぐ小鴉を殴り飛ばして止めて、守れなくてすまないと謝るゴブ筋を見て思う。
体内魔力の枯渇と【神通力】の過剰使用で意識を失った天狐を見て思う。
強くなろう。
仲間を率いて誰も死なずに生き残れるくらいに強く。
皆を救えるくらいに強く。
多くの課題が残すこととなったダンジョンボス戦だったが、同時に多くの貴重な素材を残していった。
アダマンゴーレムは、やはり全身全てが高純度の金剛鋼の原石だった。
15メートルの石像全てが、その金剛鋼の原石だった。
希少魔金属であり、金属の素材としては最上級の代物だ。これを丸々入手できたのは、望外の喜びだった。
そして、天狐が無理をしてアダマンゴーレムの大剣から金剛鋼を抽出して作り出した二振りのバスターソードも回収した。流石に、純度百%だと重量がとんでもないことになっているので、付与で軽量化するなり何らかの形で作り直しすることはは決まっている。
今は、ゴブ筋が持っておきたいと言っているので一振りはそのまま持たしている。付与が碌にかかってないものだけど頑丈さと重量は、渡していた魔鋼の大剣より遥かに優れてるから扱うことさえできればより強力な威力を発揮するだろう。
ゴーレムの核もまた割れてしまっているが、超重量のアダマンゴーレムを動かす動力源となっていただけあってゴーレムの核の中でも規格外の大きさを誇っていた。
半分となってしまった今でも、欠片をハンドボールくらいの大きさのジュエルゴーレムの核と比べて二倍も差があるのだからすごい。
操紫辺りに見せれば喜ぶに違いない。
ジュエルゴーレムもまた、すごかった大小様々の全属性の魔宝石が体の至る所に混じっていた。
アダマンゴーレムが金剛鋼の原石の塊なら、ジュエルゴーレムは魔宝石の原石の塊だった。
特に体の各部埋め込まれた特大の一メートル超の魔宝石がほとんど無傷のまま手に入ったのは奇跡だった。
沈んだ気持ちがこの戦果でかなり持ち直した。
また、失った左腕に関してもゴブ筋に渡していたグリーンポーションをかけてもらったことで新たに生えてきた。
こうして、何の違和感もなく元通りになった左腕を見ていると自分も存外化け物だなと思う。
ほとんど炭化している斬り飛ばされた左腕に関しては、小鴉が回収していたのでアイテムボックスに放り込んだ。意味は特にない。しいて言えば、残すことで戒めにしようと思っている。
天狐を気を失っている間、俺は天狐に膝枕をしていた。
しばらくすると天狐が目を覚ました。
「ん……ふぅ……カケル……? 」
目が覚めた天狐は、数度瞬きをしながら覗き込む俺と目を合わせる。
「あ、目を覚ましたか天狐! 」
「カケル………。カケルっ! 」
脳が状況を理解するのに僅かに時間がかかったのか、ボーとこちらを見ていた天狐は突然ガバリと起き上がってきた。そして、俺の左腕を見て天狐は感極まって泣き出した。
「ああ、よかった……! カケル……カケル……! 」
天狐は、口元を抑えてポロポロと両目から涙を流す。
天狐を安心させたくて俺は気付いたら天狐を抱きしめていた。
「大丈夫、大丈夫だから」
そういいながら天狐の背中をポンポンと叩くと嗚咽が大きくなった。天狐が泣き止むまで俺はずっとそうしていた。
「落ち着いたか? 」
「うん。もう大丈夫。ありがとうカケル」
しばらくして天狐は、泣き止んだ。
笑顔が戻った天狐を見てホッとする。
不思議と俺の胸のつかえも天狐の涙と一緒に流れ出たように気持ちは前より落ち着いていた。
アダマンゴーレムとジュエルゴーレムの素材を全てアイテムボックスにしまって俺たちは、二体のゴーレムが守っていた門の前に立つ。門は固く閉ざされたままだったが、俺が触れると静かに開いた。
門が開いた先には、紫色の光を中に宿した怪しく輝く巨大なガラス玉のようなダンジョンコアが見えた。
「いくぞ」
そして、ダンジョンボスを倒した俺たちはダンジョンコアがある最奥の部屋の中へと入っていった。
【神通力】
天狐の持つ固有スキル。
神力を用いる技のことで、強力かつ汎用性が高く。幅広い分野の魔技や呪文を覚える。
異世界に来てから変化したスキルの最たるもので、恐ろしく汎用性が広がっている。
今回は、アダマンゴーレムを拘束したのは、ただ単純に念動力の性質を持つ神通力でアダマンゴーレムを強引に抑え込んでいた。アーツやスペルを使用しない方法で非効率だった上に、大質量のアダマンゴーレムを無理やり抑え込んでいたので、天狐に強い負担がかかった。
【武器作成:○○】
【鍛冶】で覚える呪文
レシピが存在するものをMPを代価に素材を消費して完成品を作成する。完成したものは均一で、ちゃんと作ったものに数段劣る。
しかし、今回は不足する素材をMPや自分のスキルで補うという荒業を使ったために多大にMPを消費し、使用者に負担がかかった。
この方法は、異世界に来た影響で行えるようになった。
【シャープエッジ】
【付与術】で覚える呪文
一時的に斬撃系統の武器の切れ味を上げる。
【瞬動兎跳】
【走法】で覚える武技
通常の【瞬動】と違い、地面から空中へと瞬間的に跳び上がり、更に空中でもう一度虚空を蹴って方向転換する。
熟練度にもよるが、最大で百メートル近く、高さだと最大二十メートルまで跳び上がれる。基本的に二度目の跳躍は、地面と水平かそれ以下の角度でなければならない。
【極地・一刀居合斬り】
【刀】で覚える武技
【居合斬り】の純粋な強化版の最終武技。斬撃に耐性を持つものにも有効打を与えることでできる。
しかし、武器を著しく消耗する上に冷却時間もMP消費も多いので多用はできない。
事実、小鴉が最後に刀ではなく素手を使ったのは、太刀がもう使い物にならないほどに消耗していたから
【螺旋槍手】
【拳】スキルで覚える武技
捻りを加えた貫手で、高い貫通力を誇る。
しかし、敵の防御力が高いと反動でダメージが入ることもある。
小鴉の爪が剥がれたのはそのため。
『アダマンタイト』
鉱物の中で最も硬いとされる魔金属。
かなり希少であり、滅多にとれるものではない。
硬さもさることながら、金の十倍近く重い。
アダマンゴーレムは、ジュエルゴーレムと同じ大きさながらその重さは十数倍の差があった。
大剣もまた十トン近くあった。
そのまま使うことよりも合金の素材にされることの方が多い。
純アダマンタイト製の武器や防具を作ると要求STR値が恐ろしいことになる。
『魔宝石』
属性のついた魔力が宿った鉱物。
より大きく、色が濃く透き通るものほど純度が高いとされている。
一般的には、ピンポン玉サイズであれば希少とされている。拳大だとなかなか出回らない。
ボーリング球サイズを超えるものとなると、大貴族の家宝とされている。
一メートル越えは、存在しないわけではないが大国ですら持ってない国もあるほどに希少性が高い。
天狐が、片手で四トンの大剣を投げたりしてますけど、【神通力】で補助してますがほとんど素の腕力です。
次回、ダンジョンコアです




