49 「村人たちのターン」
均されていた闘技場の舞台は、カケルの魔法攻撃によって荒れ果て、ネクロドラゴンがいる中央はすり鉢状の大きなクレーターが生まれていた。
「グゥォオオオオオオオオオオ!!! 」
一見傷つき満身創痍に見えるネクロドラゴンは、戦意を喪失することなくより一層滾らせてカケル達に向かって怒りの咆哮をあげた。その咆哮は聞く者の戦意を揺さぶる重圧となってカケル達を襲った。
「ぐっ……! 」
カケルは心臓を鷲掴みされたと錯覚するほどの重圧を受ける。カケルは顔を顰めて胸を軽く抑えたが、歯を食い縛り意思を強く保つとその重圧はすぐに霧散した。
カケルがネクロドラゴンの威圧に気圧されていたのは時間にしてほんの僅か2秒ほどで、ネクロドラゴンの咆哮が終わるよりも早く立ち直っていた。
最強種の一種であるドラゴンの咆哮は、生半可な者が聞けば戦意が挫けるどころか、あまりの重圧に心臓が鼓動を止めて死んでしまうこともある死の咆哮である。それでなくとも、精神を直接揺さぶられるドラゴンの咆哮を聞いたものは、その重圧から動きが硬直してしまうものである。その咆哮を間近で向けられて2秒で立ち直ったカケルの精神性は、十分に普通からは逸脱していた。
しかし、カケル以外の仲間はドラゴンの咆哮を間近で受けても全く気圧されることはなかった。
ポチはネクロドラゴンの咆哮が響き渡る中、一瞬グッと後ろ脚に力を溜め込むと闘技場の地面を蹴って飛び出した。
走り出したポチは、一歩地面を踏みしめる度に加速していき、そのままの勢いでネクロドラゴンに体当たりをした。
パァン!という空気が破裂する音の後に腹に重く響く重低音の衝突音が響いてクレーターの中からネクロドラゴンが砕けた骨をまき散らしながら弾き飛ばされた。
「グゥオオオォォ! 」
「燃えなさい【百狐の葬炎】」
天狐がそう呟くと再び突進を仕掛けてきそうなポチへと牽制するために尻尾を振るっているネクロドラゴンの周りに百個の青白い火の玉が生じる。
ネクロドラゴンが異変に気づき行動を起こすよりも早く、百個の青白い火の玉はネクロドラゴンに殺到しその身を焼き焦がした。
「グギャアアアアアア!!? 」
青白い炎に包まれたネクロドラゴンは悲鳴を上げてのた打ち回る。炎はネクロドラゴンを薪にして燃え上がり、ネクロドラゴンの体の表面が炭化してボロボロと崩れ落ちていく。
「アォォオオオン! 」
炎に包まれるネクロドラゴンの前でポチは雄たけびを一つ上げる。するとポチの体から白い冷気が立ち昇り、まるで鎧のように魔氷がポチの体を覆った。
「ウォオオオン! 」
魔氷の鎧を身に着けたポチは、燃え盛るネクロドラゴンへと飛び掛かり、すれ違い様に長く伸びた魔氷の爪でネクロドラゴンの尻尾の根元を切り裂いた。
一度では切断できず、燃やされながらも反撃してくるネクロドラゴンの攻撃を掻い潜りながらポチは二度三度と切り裂き、ついには根元からネクロドラゴンの尻尾を切断する。
切断された尻尾は、未だに青白い炎に包まれて燃え盛っていたが天狐が意識を向けるとより一層青白く燃え上がり巨大な狐の形となって天へ立ち昇るようにして消え去った。後には白い灰の山だけが残っていた。
「グゥオオオオオ!! 」
青白い炎に包まれたネクロドラゴンが声を上げると、炎の中に黒い光が混じる。その光はカケル達が知覚するよりも早く視界を黒く塗りつぶすほどの強烈な閃光を生み出し、爆音を上げて体を四散させた。
ネクロドラゴンの体から無数の骨片が青白い炎を纏って四方に飛び散り、周りにいたカケル達に殺到した。
「む! 【身代わりの盾】! 」
目晦ましの黒い閃光に紛れた骨片の散弾にゴブ筋はいち早く感づき、カケル達の前で盾を構えて武技を発動させた。緑色の盾が緑色の光に包まれ、その光は背後のカケル達を覆うように薄く周りに広がり透明な半球のドームを作り出した。
ゴブ筋がアーツを発動させると、飛び散った青白く燃える無数の骨片は不自然な軌道を描いてゴブ筋が構えた盾に吸い込まれるように飛び、盾に直撃する。
ゴゴゴォン!
相当な威力を秘めていたのか、ゴブ筋の盾に殺到してきた骨片が衝突した衝撃でゴブ筋の体が大きく揺れ、衝撃がゴブ筋の背中から突き抜けて突風となり背後のカケル達の頬を撫でた。
「うわっ! ゴブ筋大丈夫か!? 」
「問題ない。それよりも村長、来るぞ! 」
心配から思わず声を出したカケルにゴブ筋は、そう言って盾を構え直す。
「クォオオオン! 」
体を爆発させて燃える骨を吹き飛ばすことで天孤の炎を鎮火することに成功したネクロドラゴンは、一回り小さくなっていた。ネクロドラゴンは、先ほどよりも甲高い鳴き声を上げてカケル達へと突進を仕掛けてくる。その動きは先ほどまでの鈍重な動きとは違い、明らかに機敏に速く動けるようになっていた。
先ほどの爆発でネクロドラゴンから距離を取っていたポチは、自分に背を向けてカケル達の方へと走り出したネクロドラゴンに気づき慌てて追いかける。
「ウォオオン! 」
「クォオオン! 」
背後から飛び掛かってきたポチに、ネクロドラゴンは体を構成する無数の骨を組み替えて即席の尻尾を生やして振り払った。
「ウォン!? 」
まさかの反撃で虚を突かれたポチは、目の前に迫った尻尾を噛み砕き氷爪で斬り払ったが、尻尾を囮にしたネクロドラゴンを止めることはできなかった。
「【白狐の白炎】」
ネクロドラゴンの目の前にボッと音を立てて白い炎で形作られた三尾の狐が現れる。
「クォオオン! 」
突然現れた炎の狐にネクロドラゴンは怯むことなく直進した。
迫るネクロドラゴンに炎の狐はその場に佇んだままコーン、と甲高い鳴き声をひとつ上げてネクロドラゴンと接触した。
ネクロドラゴンに直撃した衝撃で炎の狐は炎をまき散らして四散した―――
―――かに思えたが、四散した炎が再び集まりネクロドラゴンの顔に纏わりついた。
「グゥオオオオン!? 」
視界を炎で埋め尽くされたネクロドラゴンは炎を振り払おうと首を左右に激しく振るも炎は消えるどころか燃え盛った。軽いパニック状態に入っているネクロドラゴンは、それでも足を止めてはおらず、盾を構えたゴブ筋に真正面から衝突した。
「【へヴィガード】【リフレクトガード】」
何倍も体格差のあるネクロドラゴンとの衝突に耐えるゴブ筋の体は筋肉が隆起し、踏みしめていた足場に蜘蛛の巣状の罅割れが生じて陥没する。ゴブ筋はネクロドラゴンの突進を一歩も引かず、押し込まれることもなく耐え切り、暴れながら前に進もうとするネクロドラゴンとそれを阻むゴブ筋とで力が拮抗する。
力の拮抗は一瞬だった。
ネクロドラゴンの突進を受け止めきった盾が眩く輝いたかと思うと、盾の前面からエメラルド色に輝く無形の衝撃波が生じてネクロドラゴンを吹き飛ばした。
「クォオオオン!? 」
盾から生じた衝撃波が直撃した胸から砕けた骨を撒き散らしながらネクロドラゴンは宙を舞う。
「――参る」
ここで初めてカケルの後ろで待機していた小鴉が動きを見せた。鞘に差したままの腰の太刀に手を置いてその場で屈んだかと思うと地面を蹴って空を舞うネクロドラゴンの方へと飛んだ。
背中から生やした黒翼は畳んだままで、その飛翔は小鴉の純粋な脚力による跳躍だった。
小鴉はすれ違い様に太刀を抜き放ちネクロドラゴンの胴体を斬った。
小鴉は背中の黒翼を広げて一瞬で勢いを殺すと、ネクロドラゴンへと再び向かう。
初動から空気の層を突破して音速に達する速さでネクロドラゴンへと接近して再び斬った小鴉は、すれ違った先で宙を蹴って強引に向きを変えてネクロドラゴンを襲う。
パパパパパパパパパァン!
空気の層を破る音が幾重にも重なり合った音が響き、あまりの速さに小鴉の姿がネクロドラゴンを取り囲むように幾重にも分裂していた。
ネクロドラゴンが宙を舞っていたのは時間にして二秒ほどだったが、その間に小鴉に斬られた回数は30回を超えていた。
「ク、オ、ォォ……」
中央のクレーターに落下したネクロドラゴンは、満足に声を上げることすら出来なくなっていった。相次ぐカケル達の攻撃に最早竜種の無尽蔵の生命力もアンデッド種の不死性も限界を迎えていた。
カケルの目から見てもネクロドラゴンのHPは既に一割を切り、MPもまた底を尽きかけていた。
ポチがクレーターの縁に立ち、底にいるネクロドラゴンを睨む。
「ガァアアアア! 」
―――【凍える息吹】
前足を踏ん張りネクロドラゴンに向けて声を張り上げたポチの口から極寒の冷気が吐き出される。
クレーターの中は、あっという間に魔氷に覆われた白銀の世界へと変わる。
底にいたネクロドラゴンもまた自身を覆った氷の中に閉じ込められる。
青白い炎を纏った薙刀を持った天狐がクレーターの中に降り立つ。
キラキラと輝くダイヤモンドダストを蒸発させながらゆっくりとした足取りで天狐はネクロドラゴンへと歩み寄る。
「これで終わりよ【天地割断】」
一閃。
天狐が横薙ぎに振るった薙刀は、ネクロドラゴンを覆う魔氷に真一文字の傷をつけ、その中身ごと斬り裂いた。その切り口から青白い火がチロリと舌を出す。
「――燃えろ狐火」
天狐のその言葉を合図に氷の中で青白い炎が吹き荒れる。荒れ狂う炎は出口を求めて氷の切り口から勢いよく噴出する。
「そんな姿になってまでもここを守り続けたあなたには悪いけれど先に行かせてもらうわね。せめて安らかに眠りなさい」
死してなおここを守り続けた竜に天狐は黙祷するかのように静かに目を瞑る。
クレーターの中から巨大な狐の形をした青白い炎が立ち昇って静かに消えていった。
ゴゴゴゴゴ……
ネクロドラゴンが本当の死を迎えたことで、今まで固く閉ざされていた十階層へと続く門が重々しい音を響かせながら口を開いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ふぅ……なんとかなったか」
戦闘が終わってカケルは、疲れが一気に出てきたのかその場に崩れ落ちるように座り込んだ。
「村長……大丈夫か? 」
前にいたゴブ筋が振り返って心配するようにカケルの顔を覗き込んだ。
「ハハ、正直少し休みたいかな。足に力が入らない」
カケルは乾いた笑いを浮かべて、震える膝を手で押さこむ。
ネクロドラゴンから受けた咆哮の恐怖が気を抜いた今になって出てきたようだった。
「村長、一度ここで休憩を取って次のダンジョンボスとの戦いに備えるべきだ」
「ああ、お言葉に甘えてそうさせてもらうよ。スペルやアーツの冷却時間を待たないといけないしな」
そう言ってカケルは、疲れたように地面に仰向けに倒れこむ。
「悪い、ゴブ筋少し寝る……」
カケルはゴブ筋にそう伝えてから静かに眠りについた。
余程眠かったのかカケルは、すぐに静かな寝息を上げだした。
「よいしょっと」
二人とのやり取りの一部始終を聞いていた天狐は、クレーターの中から戻ってくるなりカケルの傍に女座りしてカケルの頭をそっと自分の膝の上に置いた。
「おい……」
「あら? いいじゃないゴブ筋。こうした方がよく眠れるわ」
咎めるように声を出したゴブ筋に天狐は、カケルの頭を優しく撫でながらニッコリと微笑む。
一理あると思ったのかゴブ筋は黙り込む。
「……まぁいい。それで、いつまでここで休む? 」
「そうね。肝心のカケルが今この状態だし、取りあえずカケルが起きるまでとしましょう。ここで一旦長めの休憩を入れるのは私も賛成ですしね。――ポチ!あなたもわかってるわよね! 」
十階層へと続く門の前でしきりに匂いを嗅いでるポチは、返事を返すようにウォン!と一声鳴いた。
「――ということよ小鴉。あなたも休みなさい。ここなら元に戻っても大丈夫でしょ」
「承知した」
いつの間にか天狐の後ろに立っていた小鴉はそう返事を返すと、巨大な黒い鳥へと変じて飛び立ち、闘技場の隅の地面に丸くなって目を閉じた。
【百狐の葬炎】
天狐の固有スキル【狐火】で覚える呪文
対象の囲むように百個の狐火を生み出す。
この狐火は対象を追尾するように動き、着弾すると対象に纏わりつき対象のMPを糧に燃え上がる。
この炎は、呪いに近い状態であり、解呪しない限り消えることはない。
対象を燃やし尽くした時、狐の形になって空へと消える。
ネクロドラゴンは、自爆することで燃えてる骨ごと飛ばして難を逃れた。無数の骨で体を構成したネクロドラゴンならではの対処法。なお、ゲーム時代ではネクロドラゴンにそのような技は確認されていなかった。
【身代わりの盾】
【盾】で覚える武技
使用者を中心に半径五十メートル以内の指定した仲間や対象物を保護する防護膜を生じさせ、狙った攻撃を全て自分に集中させる。また防護膜に触れた攻撃には使用者を目標にした追尾機能が付与させる。
予め攻撃に追尾機能が付与されていた場合、使用者の技量が上回ることで上書きすることができる。
仲間に向けられた攻撃を一身に受けるため、範囲攻撃などを防ぐ場合、仲間が受けるダメージも肩代わりするためダメージは相当なものであり、諸刃の刃である。
【白狐の白炎】
天狐の固有スキル【狐火】で覚える。
三尾の白狐の姿をした白い狐火を生み出す。この狐火はある程度の意志を持つがそれ自体に攻撃力はない。
この狐火に対して攻撃を仕掛けた相手に対して呪いという形で取り憑き、体に纏わりついて燃やす。取り憑いた際に対象のMPを使用して燃える。
対象のMPが一定値を下回ると消滅する。
【へヴィガード】
【盾】で覚える武技
使用者を一時的に重くする。その加重は使用者の技量によって変化する。
またパリィされなくなる。
【リフレクトガード】
【盾】で覚える武技
盾で受けた攻撃を吸収して反射する。
パリィされる可能性が上昇し、パリィされると反射は失敗する。
また、許容範囲以上の攻撃だった場合自動失敗となる。
成功した場合、威力を増幅させて衝撃波として反射する。増幅率は、使用者の技量に依存する。ゴブ筋の場合1.5倍
【凍える息吹】
ポチの固有スキル【氷狼の息吹】で覚える武技
【竜の息吹】と似た固有スキルで、効果範囲内に冷気を吐き出し、氷漬けにする。
この攻撃で生じた氷は、魔氷であり、自然解凍することはなく使用者の意思か、魔力を帯びた炎などによって空気に溶けるようにして消える。通常の氷よりも頑丈だが、物理攻撃で砕けたりする。
【天地割断】
【薙刀】で覚える武技
強力な横薙ぎの一撃。また、使用者の攻撃力が相手の防御力を上回ると問答無用で真っ二つにする。ゲーム時代は、単に大ダメージを与えるだけのものであったが、今やると実際に真っ二つになる。
範囲攻撃に分類されるが、攻撃範囲が薙刀が届く範囲内なのでかなり短い。
ネクロドラゴンは、無数の骨で構成されてるので真っ二つにされても直接死に繋がることはなかった。
次回、十階層のダンジョンボス戦になるかと思います。




