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魔王の村長さん  作者: 神楽 弓楽
二章 村長たちの村おこし
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46 「戦士長と魔獣を呑み込む黒い粘体」

「一体何が起きてるんだ……」


東から突如襲来してきた新手の魔物の群れは、数は五十足らずとダンジョンから溢れてきた魔獣の百分の一にも満たなかった。しかし、劣勢であった戦況はその勢力の介入によってあっさりとひっくり返った。



最前線で戦士達を鼓舞しながら戦っていたオルベイは、周りの魔獣が空から落ちてきた巨石のように巨大なスライムから伸びた触手に捕まり為す術もなく呑み込まれていくのを見ながら戸惑いを隠せなかった。


明らかにそのスライムはオルベイの知るスライムではなかった。闇を思わせる艶のある黒いスライムは、光の反射によって夜空に輝く星々のように七色に輝いていた。


生態系の中でゴブリンと並ぶ最下層に位置することの多いスライムは、その高い適応能力から無数にも思える数の亜種が存在する。故にオルベイがその黒いスライムのことを知らなくとも不思議ではなかったが、そんな些事ではなかった。


スライムは、あらゆる環境に適応する。それこそ聖気が満ちた聖域であろうと、瘴気に満ちた魔界であろうと、溶岩が流れる灼熱の火山地帯であろうと、吐息が凍る極寒の氷雪地帯であろうと、どんな過酷な環境でも自らの体を作り変えて適応してしまう。


浄化の光を放つスライム、人が死ぬほどの濃密な瘴気を放出するスライム、燃えるスライム、氷結の吐息を吐くスライム。他にも猛毒を体に宿すスライムや別の生き物に寄生するスライムなんてものもいる。


しかし、その生態系の中では最下層に位置することの多い魔物である。より強い魔物に喰われる弱い魔物なのである。


だからこそ、闘争心の塊と言えるほどに凶暴化したダンジョンの魔獣たちを少しの反撃も許さず捕食する目の前のスライムがオルベイの目には異質に見えた。


そのスライムがダンジョンの魔獣を歯牙にもかけない程の化け物が跋扈する生態系で生まれた規格外の強さを持つスライムの亜種であることをオルベイが考えないわけではなかった。


しかし、そのスライムからは、グリフォンやドラゴンなど感じられるような生態系の頂点に立つ魔物特有の強者の気配が発せられていた。


生態系の頂点に立つスライム。


故に異質。



そして、オルベイの戸惑いはそれだけに終わらない。


50にも満たない新手の魔物の群れは、そんな存在と同等以上の力を持つ魔物たちばかりだった。ドラゴン、悪魔、アンデット、グリフォン、ペガサス、天使、ハーピーなどオルベイが把握できただけでもそれだけ多様な種族からなる群れだった。



ここまで多様な種族で一種族当たり一人から二人で構成された群れが、偶発的に生まれたものだと考えるほどオルベイは楽観的ではなかった。そこには必ず何者かの意思による介入があって生まれたものに違いなかった。


その勢力がそれが果たして自分達にとって味方なのか、敵なのか。


エルフの里との連絡手段を戦いの最中に失っていたオルベイはそれを計りかねていた。


だからこそオルベイは戸惑い、部下たちが目の前のスライムに剣を向けることを制していた。




そして、気づけばオルベイ達の周囲から生きた魔獣たちはいなくなっていた。


ダンジョンの魔獣で死屍累々の戦場で、オルベイ達の立つ場所の周囲だけがスライムに飲み込んでしまったために死骸が消えていた。




「戦士長、私は夢でも見てるのでしょうか……」


遠い目をして呟く部下の一人の言葉に思わず、オルベイも同意したくなる。


「しっかりしろ! 気を緩めるな! まだ終わったわけではないのだぞ」


オルベイが動揺を隠せない部下を叱咤していると、スライムに変化が起こる。


何十という魔獣を呑み込みながらも体の大きさが変わらなかったスライムが、体の表面をブルブルと小刻みに震わせるとその体を小さくしていった。


巨岩ほどの大きさのスライムが、オルベイの背丈よりも小さくなる。


それは、人の形をしていた。


それは、慎ましい胸であったが少女の姿をとっていた。


少女がスライムであることを示すかのように、少女の膝より下は地面に水たまりのように黒い液体が薄く広がっていた。


艶のある黒髪を足元まで生やした少女は首から下を黒いレザースーツのような艶のあるピッチリと体に密着する服で身を包んでいた。


少女の顔は服や髪に反して色が抜けたような色白の肌をしていた。瞳は黒曜石のように黒く、人形のような無機質な雰囲気を持っていた。


その少女のお腹は妊婦のようにぽっこりと膨れていた。



「ん……ふぅ……」


少女が自分のお腹に手を当てるとごぽりと粘着質な音を立てて、三つの大きな塊が少女の体内から産み落とされる。その塊は、少女の体内を経由して水たまりへと流れ落ちるように移動すると、水たまりとなっている黒い液体を吸いこんでいくかのようにむくむくと大きくなると、あっという間に少女と変わらぬ大きさまでに成長した。


それは、小さいが先程までのスライムに酷似していた。



それが何なのかオルベイはすぐに理解した。


スライムの増殖である。


「ん……餌」


自分にズルリズルリとすり寄ってくるスライムを少女は、子供をあやすように体表を撫でると魔獣の死骸で溢れた戦場の方に指を向けた。


その際に一瞬、少女の手がオルベイたちの方を通った。


「ッ! 」


怪しすぎる少女姿をしたスライムに神経質なほどに警戒していたオルベイ達は、反射的に後ろに飛び退って身構えた。僅かに残った理性が、オルベイ達が少女に手を出すのを留めさせた。


少女から指示を出された三体のスライムは、ズルリズルリと地面を這って魔獣の死骸へと向かっていった。



魔獣の死骸に張り付いて呑み込んでいくのを少女は見届けると、視線を再びオルベイ達へと向けた。



「……ムイと戦いたいの? 」



コテンと首を傾げて問われた少女の言葉にオルベイは一瞬その真意を計りかねたが、少女の態度からして少女に敵意らしきものは感じられず、改めてこれまでの少女(スライム)の行動を思い返すと、少女の得体の知れなさを考慮しても少女がこちらを積極的に襲うことはないと考えられた。


何せ、襲うつもりなら初めから周りの魔獣と一緒に自分達を捕食することが出来たのだから。



オルベイは、意を決して前に出る。


「いや、そんなつもりはこちらにはない。我々としては、君と戦うのは全力で避けたいと思っている」


剣は未だに手に握っていたが、構えを解いてだらりと刃先を下へと向け、両手を迎え入れるように広げて敵意がないことをアピールして見せる。


そんなアピールを少女は、人形のように何の表情を浮かべることなく頷く。


「そう……あ、怪我してる」


少女は、剣を持ってないオルベイの右腕をじーっと見て呟く。オルベイの右腕には、二筋の裂傷が手首から二の腕にかけて走っていた。応急手当として回復魔法をかけて血止めをしたため、傷の割に出血は止まっているが、右腕は乾いた血がこびり付き赤黒くなっていた。


「ん? これか? これは、魔獣の口に剣を突き立てた時に牙で少しな」


少女の視線の先に気付いたオルベイが、そう言って右腕を前に差し出すと少女はコクンと頷く。



「怪我、治す。治療。村長の命令」


少女は、自分の中で反芻するように呟くとずぶりと自らの腹の中に腕を突っ込んだ。

何かを探すかのようにしばらく腹の中を掻き回して、少女は腹の中から透明なガラス瓶を数本を取り出した。新緑色の液体が中に入ったガラス瓶の表面は、少女(スライム)の体液で濡れていた。


「ん」


少女は、オルベイ達にガラス瓶を持ってない方の腕を前に出した。

その意図がわからなかったオルベイ達は、訝し気に眉を顰める。


しばらく少女は、催促するように前に出した手を上下に揺するが、オルベイ達が動かないと気付くと再び口を開く


「腕を出して、怪我、治す」


「ん、おお! そうだったか。察しが悪くてすまない。頼めるだろうか」


「隊長! 」


得体の知れない少女へとあまりにも不用心に近づくオルベイに部下のエルフ達から声が上がるが、オルベイは、手でそれを制した。


「それは、ポーションなのか? 見慣れない色をしているが」


「ん、オリーの葉っぱと実から抽出した回復薬」


オルベイの問いかけに少女はそう答えると、オルベイの傷ついた右腕を掴む。

無造作な少女の行動にオルベイは、反射的に体を固くさせ左手が腰に提げた剣へと伸びるが、少女は気にした様子もなく、傷口が見えやすいように軽く腕を捻って傷口を上に向ける。


「……っ」


オルベイは、奥歯を噛みしめて痛みに耐える。

オルベイと戦ったダンジョンの魔獣は、瘴気を帯びていたのか傷口はよく見えると劇薬に触れたようにグジュグジュに爛れていた。

少女は、そんな傷口を見ても一切表情を変えずに、瓶の栓を抜いて中の緑色の液体を傷口にドバドバと豪快にぶっかけた。


空になったガラス瓶を少女は、ポイと上に放ると口を異様に大きく開いてパクリと呑み込むと、次の瓶の栓を抜くとオルベイの顔にズイと近づけた。


「飲んで」


「っ、わかった」


腕にふりかけたポーションが傷が染みるのかしかめっ面になっているオルベイは、少女に言われるままに瓶を受け取る。


得体の知れない少女からもらった得体の知れないポーションに、オルベイは少し逡巡するが、すぐに意を決したように瓶の口を唇に押し当てるとぐいと勢いよく飲み干した。


「お、意外にフルーティーで飲みやす………っ!! 」


口に含んだ時は、果物の甘ったるい風味に悪くないなと思うオルベイだったが、少ししてから顔を覗かせた舌にへばりつく様な強烈な苦味の後味に盛大に顔を顰める。


ポーションというのは、どれもかなり飲みたくないまずさだが、このポーションも中々にまずかった。


それでも体が拒絶反応を起こすこともなかったので、オルベイは500mlほどのポーションを全て飲み干した。



変化はすぐに現れた。限界まで酷使しほとんど枯渇していた体内魔力(MP)が回復し活性化し、体の傷が急激に修復されて傷一つなくなる。魔獣の体当たりをモロに受けて罅が入っていた骨も治り、腫れが引いていった。


体にずっしりと圧し掛かっていた重しがさっぱりと消えてしまったかのような錯覚を覚えるほどにオルベイは体の軽さに驚く。


「ハイポーション並み……いや、それ以上か」


「? オリーの葉っぱと実使ったんだから当たり前」


治った右腕の感覚を確かめるように動かしながらオルベイは問いかけるが、少女は意味がわからないとばかりに首を傾げる。


世界樹の葉や世界樹の実は、エリクサーやエーテルの素材になるだけでなく、それ単体でハイポーションの上級品質並みの回復アイテムとして使える。その二つをメインにして作った新緑色のポーションは、エクスポーション並みの回復アイテムとなっていた。



「他のエルフも怪我してる。これ傷にかける。そして、飲む」


少女は、そう言って腹の中に手を突っ込んで、二十人近くいるエルフの戦士の数に合わせて40個近いポーションを腹の中から吐き出した。



「……よくその体でその数だけのポーションを収納できるな」


「ムイ、何でも呑み込める。いくらでも呑み込める。ムイすごい。エヘン」


感心するオルベイに少女は、表情を一切変えずに腰に手を当ててない胸を張った。棒読みで擬音語まで口にしている少女を見て、オルベイは誰かの見よう見まねのようだと感じた。


ダンジョンから溢れてきたモンスターたちは、群れの後方を龍源たちが好きに暴れて壊滅。

乱戦地帯は、黒いスライムのムイなどがエルフに配慮しながら掃討。

里へ向かわず森に行ってしまったはぐれ個体は、別の仲間が追っている。


大体カケルが里の方で話し合いをしている間にあった出来事。一時間も経たずに5000近くの魔獣壊滅



新登場の仲間紹介。興味がなければスルー推奨




名前:ムイ/種族:???(スライム系統?)

性別:???


容姿:

体高4メートル、体長6メートルはありそうな巨石のような大きさの塊。艶のある真っ黒の体色で、光が当たると見る角度によって七色に輝く丸い粘度の高い半固体の液体。


人型になると艶のある黒髪を足元まで生やした色白の少女の姿をとる。胸は小さい。

首から下を黒いレザースーツのような艶のあるピッチリと体に密着する服で身を包んでいる。

瞳は黒曜石のように黒く、人形のような無機質な雰囲気を持っている。



性格:

無口。感情の起伏が薄く表情にでることはほとんどない。

カケルの命令は絶対。仲間の頼みも基本的に二つ返事で了承する。


補足:

固有スキルとして、体にアイテムを収納できる。その許容量は不明だが、見た目以上に収納できるのは確か。ゲーム時代には、そのスキルを倒したモンスターのドロップアイテムを収集してくれるくらいのスキルでしかなかったが、この世界に来てからは、それだけでなく収納した回復アイテムを任意で使用したり、運搬の手伝いが行える。難点は、この世界に来てからは、収納したものは体液で濡れるようになったので、体液が染みないようにしてないと紙などは厳禁、密閉してない料理の収納もできなくなっている。


また固有スキルの1つに、モンスターを一定数丸呑みすることで、スライムベビーと呼ばれる自分の種族の幼体を産み出す。ゲームだと一定時間の経過で消滅するが、この世界だとどうなるかは不明。


本来のスライムの姿だと、体の一部が千切れたように分離するのだが、人型だとそうではない模様。

ゲーム時代だと、特に差異はなかった。


龍源たちとはまた違った意味での問題を起こしたりする問題児。


食性は超雑食。有機物はもちろん、鉱物などの無機物も糧にしてしまう。

何でも食べれる故に、普段の食事では大食漢というわけではないが、食べようと思えばいくらでも食べてしまう大食い。


仲間内では、比較的古参だが、スライムはある程度進化しないと中々完璧な人型をとれない種のため武器はほとんど扱えない。生産系統も同様の理由であまり育っていない。唯一採取、採掘などの採集系統のスキルをカンストしている。魔法はそこそこ使える。

戦闘では主に、組みつきや丸呑み、触手での攻撃、酸や毒液などの攻撃を行なう。物理的な攻撃は基本効かない。高い再生能力を持っているので中々倒しにくい。


ステータスの方は、仲間内では中の中といったところ。

所有する固有スキルなどを考慮すると、実戦で勝てるものはそれほど多くない。

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