45 「村長の交渉。悪魔の哄笑」
カケル達が里に侵入した時、アリシエルは里の中央にある世界樹の幼木の巨木の下に作られた祠の中で、結界の維持と強化を行っていた。
「グフッ……!? 」
光り輝く魔法陣の中央で杖を握り、魔法陣に己の魔力を注いでいたアリシエルは、突如魔法陣から逆流してきた魔力を体に叩き込まれ、その強烈な不快感に口元を抑えて倒れ込んだ。
「アリシエル様!? 」
魔法陣の外にいた女性から悲鳴が上がる。
「結界が、破られた……? いや、乗っ取られた? 」
魔法陣の上に倒れたアリシエルは全身から脂汗をかきながら体内で暴れる魔力の制御を試みながら自分の身に起きた原因を探る。
魔法陣から読み取れる情報が確かなら結界の頂点の一部分の制御がアリシエルの手から離れていた。
「アリシエル様、大丈夫ですか!? 」
先ほどの女性が、魔法陣の中に立ち入り、倒れたアリシエルを抱き起す。
「……私は大丈夫だ。それよりも外の者に――」
アリシエルがそう言いかけたとき、祠の中にエルフの戦士が入ってきた。
「アリシエル様。侵入者が現れました! 救援に来たなどと言ってます」
エルフの戦士はそう言って里の長であるアリシエルに判断を仰ぎに来ていた。
アリシエルは、女性の手を借りて立ち上がると、魔法陣が問題なく起動しているのを確認すると伝令のエルフの戦士に答えた。
「……わかった。私が行こう」
「アリシエル様!? 」
アリシエルは、体内魔力の暴走を抑えると女性の制止の声を無視して現場に向かった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
少しの間、後続の仲間が結界の中に入ってくるのを確認していると、ふと早々に落ちていった清明のことが気になり地上に目を向けると、清明が武装したエルフの集団に囲まれているのが目に入った。
というか、こちらに向けて弓や杖を向けているエルフもいた。
あ、これって、敵か何かだと勘違いされてないだろうか……?
「やっば! 小鴉! すぐに下に降りてくれっ。くれぐれも攻撃したりするなよ! 」
「承知」
俺の指示で小鴉は地上へと羽ばたき急降下を始める。
一瞬の浮遊感の後、地上に吸い込まれていくように俺たちは落ちていく。
「きゃ、きゃぁああああああああ!? 」
背後のレスティアから耳をつんざく様な悲鳴が上がり、お腹に回された腕に力が入る。
地上まであと半分といったところで、小鴉が羽ばたくのをやめて翼を畳んで小さくなる。それに合わせて俺も小鴉の体に貼りつかせるように体を曲げる。
そして、地面まで残り数メートルといったところで小鴉は翼を広げて体を地面と平行になると一度大きく羽ばたいて落下の勢いを殺してしまうとふわりと地面に降り立った。
「小鴉、ありがとな」
「ふぇ!? 」
そう礼を言って俺は、呆けているレスティアを腰に抱き小鴉から飛び降りた。
小鴉の羽ばたきで起きた風圧で周囲の武装したエルフたちは後退していて、動揺しているのか少しざわついていた。
俺はそんなエルフたちを警戒しながら、傍でやれやれといった様子で両手を下した清明に声をかけた。
「悪い、清明。危険な目に合わせたな」
「あれしきのこと問題ない。それよりもこの状況をどうにかしないと一触即発の危機だ」
確かに。
それは言えていた。周囲を囲む武装したエルフたちからは未だに殺意ともいえるピリピリとした気配が伝わってくる。まずはそこからか。
俺は一歩前に出ると、大きく息を吸って声を張り上げた。
「私は平原の村で村長をやっている魔物使いのカケルだ! この度この里の娘、レスティアからの救援要請を受けて仲間と共に加勢に来た! 私達はダンジョンから溢れ出たモンスターと戦いに来た! エルフと戦うつもりはこちらにはない! 」
よし、噛まずに言えた。
後は、相手の出方を待つだけだ。最悪、この里を出てさっさとダンジョンに潜ってしまうことも考えとこう。
俺が話してからもエルフたちは武器をこちらに向けたままだが敵意が薄れ、動揺の気配が強くなってざわめきの声も大きくなった。あちらこちらから「レスティアといえば、確かエイリサの妹の……」とか「平原の村と言えば、王国の……」といった声が聞こえてきている。中には上の仲間を見て「あれがすべて使い魔だというのか……」と呟く声もあったりした。
そんな膠着状態がしばらく続いているとエルフの里の長が出てきた。里長は、アリシエル=ユースティアと名乗った女性で、ハイエルフの特徴である妖精の羽を持っていた。
「戦士たちよ。武器を下げよ」
里長がそう言うだけで、周りを囲っていたエルフたちは武器を収めて一斉に頭を垂れていた。
俺は里長に改めて名を名乗り、加勢にきた旨を伝えると、邪険にされることなく「加勢感謝します」と言って頭を下げて礼を言われ、加勢を受け入れてくれた。
それと、レスティアを保護したことも感謝された。レスティアは母親を名乗るエルフが出てきて、何度も俺に礼を言いながら連れられていった。
あと、どうやって結界を越えてきたのかと聞かれたので結界を張るのが得意な仲間がいるのでといって後ろの清明のことを紹介したら、すごく興味を持っていた。というか、里長自身が結界を張っていたようで、その結界を一部だけ破壊し、制御権を奪った清明に元から関心があったようだ。
やはり結界を一部とはいえ、破壊したのがまずかったらしいが清明が元に戻せるので問題ないと言い切ったので里長も火急の事態なのでと言ってお咎めなしにしてくれた。
そして、上で待機していた仲間をこちらに呼んで、里長に紹介した。
上空で待機していたのは、偵察班に乗せられた拠点防衛に長けたオリー達やエルフ系統の種族であるアルフたち、それに回復に長けたミカエル達で、いるであろう怪我人の治療や里を防衛するためのメンバーだ。
続出する怪我人に治療の手が足りなかったそうなので、早速ミカエル達回復班には、怪我人が収容されている場所に治療に向かってもらった。
それから、しばらく里長と話し合いを行った結果、里のメンバーについては里長に任せることになった。
「それでは里長さん。仲間のことは任せました」
「ああ、丁重に扱うと約束する。それよりも本当にいくのか? 」
再び小鴉の背に乗った俺に対して声をかけてきたアリシエルさんの問いかけに俺は大きく頷き答える。
「はい。仲間が待ってるので」
それに本当にこの氾濫を止めるためにはやはりプレイヤーである俺が行かなけれなばいけなかった。
「小鴉、頼むぞ」
「クァア!! 」
俺を乗せた小鴉は、翼を羽ばたかせて空に飛び上がると螺旋を描くように飛翔し、清明が張り直した結界を通り抜けて戦場へと向かった。
あいつらやり過ぎてないといいんだけどなー……
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
―ドォン!
空中に打ち上がったオレンジ色の光球が爆音と共に破裂する。
先頭を飛ぶ龍源はそれを視認すると、里に押し寄せる魔獣の群れへと舵をきった。
後続の仲間で、戦場へ向かうメンバーはその龍源を追って方向転換をする。
「敵は限られてる早いもの勝ちじゃー!! 」
「「「うぉおおおおおお!! 」」」
彼らは飢えていた。
戦いに飢えていた。
血を浴び、血を流す戦いに飢えていた。
命を喰らう戦いに飢えていた。
仲間同士の喧嘩では満たされない戦いに飢えていた。
敵は目の前にいる。
以前の盗賊とは違い、殲滅戦だ。生かして捕らえる必要はなかった。
加減をしなくても長く戦える歯ごたえのある敵だった。
そして、敵は数え切れないほどにいた。
「いいかぁ! エルフは巻き込むんじゃねぇぞ! 」
サタンが、今にもエルフたちが入り乱れて戦う戦場に突っ込んでいきそうな仲間に忠告をする。
返事はすぐに雄たけびとなって返ってきたが、頭に入っているかは怪しかった。
戦場が近くなるとサタンたちは自然と散開し、個々別々の場所に向かった。
サタンが降りたったのは、エルフのいない魔獣の群れの中央に位置する場所だった。
そこにサタンは抑えていた瘴気を体から放出しながら飛び込んだ。着地と同時に、足元にいた魔獣を踏みつぶしたサタンは、全方位に向けて黒い光弾をばら撒く。
放たれた黒い光球がぶち当たった魔獣たちは、悲鳴を上げてたたらを踏むと当たった箇所から血を流しながら殺気と狂気が混じった視線をサタンへと向けた。
人には害を為す濃密な瘴気も魔獣たちには何の害も為していなかった。
「へっ、やっぱりちったぁ、やるじゃねぇか」
周囲を魔獣に囲まれているにも関わらずサタンは余裕の笑みを浮かべて拳を構える。
「全員相手にしてやるよ。どっからでもかかってきな」
言葉は通じていなかったが、その余裕の態度を隙と捉えたのか魔獣の一体がサタンに飛び掛かった。
二メートルを越える巨体のサタンを覆い被せれるほどの大きな体でもって信じられないような跳躍力でサタンの首に食らいつこうとした。
「一! 」
その腹をサタンの拳が貫いた。魔獣の背中が爆散しように破裂し鮮血を辺りに散らす。
「二! 」
一撃で絶命した魔獣の腹から腕を引き抜き、背後から飛び掛かってきた大型犬ほどの魔獣の額に肘を叩き込んで頭蓋を粉砕すると共に背骨を折り砕く。
「ガアア! 」
魔獣の一体が咆哮と共に極太の光線を吐き出す。射線上にいた魔獣を巻き込みながらその光線はサタンにぶち当たり、サタンが無造作に振り払った腕でかき消える。サタンは、光線を吐き出した魔獣の方を見て獰猛に笑う。
魔獣がもう一度光線を放とうとすると、視界からサタンが消える。
「こっちだよ。三ッ! 」
魔獣が首を左右に振るもサタンの姿はなく、頭上から声がかかる。はっと顔を上げた魔獣の顔面にサタンの黒く染まった拳が叩き込まれた。サタンの拳から放たれた衝撃で、魔獣は血と共に肉片を当たりに飛び散らさせ地面は蜘蛛の巣状にひび割れる。
「コォォオオ! 」
「フィヨォオオオオオ! 」
ここにきて周りの魔獣たちはサタンに対する警戒の段階を数段上げて、各々が自衛の為に赤い肉薔薇が咲いた場所に立つサタンに向けて魔法を行使した。
極太の熱線が放たれ、風の刃の嵐が吹き荒れ、灼熱の炎が地面を這い、氷柱や一抱えほどの岩の礫が飛ぶ。
鉄砲水が押し寄せ、青白い雷が雷鳴と共に放たれ、地中から剣山の如く鋭い岩が飛び出る。
二十を超える数の魔法が発動し、相反する属性が干渉しあいながらもサタンの元に殺到する。
その全てをサタンは、真正面から受け止めた。
魔獣たちが全ての魔法を撃ち終えた後もサタンはその場に立っていた。
足を岩に貫かれ、片方の角が半ばから折れ、片翼の皮膜がズタズタに切り裂かれ、脇腹に穴を空け、煤にまみれて全身の至る所から血を流していたが、サタンは笑っていた。
「クハハ! いいぞ。いいぞテメェラ! 今のはいい攻撃だ! 」
傷ついているというのにサタンは嬉しくて堪らないといった様子で哄笑し、敵を賛美する。
「ああ、楽しい。楽しいなぁ! 」
傷を負ったサタンを見て勝機を見たのか、数体の魔獣が笑い続けるサタンに迫った。
サタンの姿がかき消える。
知能が高いのか、一番前にいた魔獣が上を向くがそこにサタンの姿はなかった。
「どこ見てんだ、よッ! 」
いつの間にか目の前に現れていたサタンが、無防備な魔獣を穴の空いた足で蹴り飛ばす。足に凝縮された力が解放され、首元を蹴られた魔獣の首と胴体は泣き別れになる。
「五、六、七ぁ!! 」
目の前に現れたサタンに後続の魔獣は慌てて地面に爪を立てて減速するが、その隙を突かれてサタンの手刀で一度に三体が斬り捨てられる。
残った一体は、咄嗟の判断で後ろに飛んだことで難を逃れたが、三体を斬り捨てたサタンが即座に迫る。
「ギィア! 」
苦し紛れにサタンの足に噛み付こうとして、振り抜かれた足に頭蓋を蹴り砕かれた。
「これで八! おい、ちったぁ粘れよ。呆気なさすぎんぞ! 」
サタンは周囲の魔獣に対してそう咆えながら、純粋な脚力でもって垂直に十五メートルほど飛び上がると再び黒い光球を無数に生み出し、仲間やエルフのいない魔獣が密集した場所にばら撒いた。
その光球が直撃した魔獣たちの意識がサタンに向けられる。
数体の魔獣が落下中のサタンに光線を放つ。
サタンは、光線を腕で打ち払いながら地面に着地する。
サタンに攻撃を受けた魔獣がサタンの元に集まりサタンを囲む魔獣の壁はより一層厚くなり、サタンの笑みは深くなる。
「そうだよ。もっとこいよ! 全員相手してやるからよ! 」
サタンはそう叫んで、犇めき合う魔獣の群れの中に飛び込んでいった。
体が霞む速度で群れに飛び込んできたサタンに接触した軽自動車ほどある魔獣は宙を舞い、大型犬ほどの魔獣が蹴られたボールのようにかっ飛んだ。サタンの腕の一振りで複数の魔獣が肉塊となり、鮮血が散り、サタンが蹴り飛ばした魔獣が弾丸となって周りの魔獣を押し潰した。サタンもまた、鋭い爪で肌を切り裂かれ、角で肉を抉られ、毒針を突き立てられたりもした。
それでもサタンの笑みは深みを増すばかりで崩れることなく、サタンという暴力は留まるところを知らなかった。
「クハハ、クハハハハハ!! 」
サタンの哄笑が魔獣の断末魔の悲鳴に紛れて戦場で鳴り響くのだった。




