40 「村の闘技場建設と生意気な赤髪の少年」
次の日の朝、いつものゴブ筋との朝稽古を終えた後、俺は頑冶のところに闘技場のことで相談しにきていた。
仲間同士の戦いに耐えられる闘技場を建てるためには、頑冶たち生産班の協力は必要不可欠だ。
「闘技場か……」
話を聞いた頑冶は、腕組みをして熟考するように目を瞑る。
「……ダメか? 」
「いや……いいな。それ」
沈黙に耐えれず俺が頑冶に尋ねると、目を開けた頑冶はにやりと笑った。そして、腕組みを解いてパンッと足を叩いて立ち上がった。
「よしっ、作るか。闘技場」
頑冶のその一声で、闘技場の建設が決定した。
闘技場の建設が決まってからの動きは実に早かった。
頑冶の鶴の一声で、生産班は闘技場を最優先で建設していくことが決定し、建設に必要な石材の確保と、建設予定地の土地の整備が急ピッチで行われた。
巨大な闘技場を建設するに当たって膨大な量が必要となる石材は、【大地創造】という土を石へと錬成できる固有能力を持つモグの協力で実にあっさりと良質な石材を確保することが出来た。
また、闘技場の建設は満足に体を動かすことが出来ず欲求不満気味だった仲間達には好評で、生産班以外の他の班や普段単独行動をしている者の多くが自発的に手伝ってくれた。その中には闘技場を建設する原因にもなった問題児たちもいて、本気で戦える闘技場を作るんだと息巻いていた。闘技場の強化に必要となる触媒や材料として自分の体の一部を進んで提供してくれた。
その意欲は凄まじいもので、頑冶と闘技場を建設することを決定してから1日も経たずに、土地の整備が終わりもう闘技場の土台の建築が始められていた。闘技場の建設は順調といっても良かった。
不眠不休でも全く問題ない頑丈な体をした仲間達は、夜でも構わず建設を続けるだろうからこの調子なら多く見積もってもあと3日くらいで完成しそうだった。
俺は仲間達の闘争心を甘く見ていたようだ。我慢させるんじゃなくてもっと発散させる機会を作っていった方がいいのかもしれない。
活き活きとした様子で手伝う問題児たちの姿を見て俺はそう考えさせられた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ! 」
側で黒士が見守る中アッシュは、一振り一振りを自分の目指すイメージに近づけようと意識しながら素振りを行なっていた。素振りの前に村の外周を走ってきたアッシュの体は火照り全身からは汗をかいており、刃を潰した鉄剣を振る度にその汗が体から離れ周囲に散っていた。その様子は、アッシュの激情を湛えた険しい顔つきも相まって、鬼気迫るものがあった。
アッシュの素振りは、一月前と比べ剣先のブレが減り鋭く腰の入ったものになってきていた。
そんなアッシュの体つきは、カケル達と出会った一か月前と比べ随分と逞しくなっていた。十分な栄養をつけて稽古に励んでいたためか身長が伸び、以前にも増してがっしりとした筋肉質な体つきになってきていた。
一緒に鍛錬している筈のレナとレオンの姿がないのは、アッシュだけに追加で課さられた黒士の課題を熟しているからだった。追加課題は、黒士から言い出したのではなく二週間ほど前にあった盗賊討伐をきっかけにアッシュから頼み込んできたのだ。
「それまで」
アッシュの素振りが千回を超えたところで、黒士が制止の声をかけた。その声を最後にアッシュは、もう一振り行い素振りを終える。
「ふっ、ふっ、ふっ、ふぅぅー」
剣を振り切ったまま姿のままアッシュは、荒い息を整えていき一度大きく息を吐いて深呼吸をすると腰に差した鞘に剣を戻した。その時、剣を持つ手が疲労からカタカタと痙攣していたがアッシュが三時間ほどで熟してきた鍛錬の密度を考えれば無理もなかった。
「ありがとうございましたっ! 」
「ん」
姿勢を正したアッシュは、黒士に頭を下げて礼を言った。それに応じる形で黒士も軽く頭を下げた。
「お疲れ」
鍛錬が終わると見学していたアルフがアッシュへと近づき、労いの言葉と共に軽い回復魔法をかけて、アッシュの疲労を緩和させる。
「あ、アルフ姉ちゃんありがとな」
アッシュの礼にアルフは、何でもないとばかりに首を左右に振る。そして、黒士と入れ替わるようにアッシュの前へと立った。
「気にするな。それで、今日もやるのか」
「当ったり前だ! よろしくお願いしますっ! 」
疲労が癒えたアッシュは袖で顔の汗を雑に拭うと、木の棒に近い木剣を手にしたアルフの問いに威勢よく返した。その答えにアルフは満足げに頷いた。
「よろしい。なら、かかってこい」
アルフのその言葉を合図に、アッシュは鞘から剣を抜いてアルフに躍りかかった。
「はああああっ! 」
大上段からの振り下ろし。鋭さ、重さ共に実によくわかる太刀筋だったが、如何せん素直で、そして隙だらけな攻撃だった。余裕で避けることもカウンターを狙うこともできたが、アルフは敢えてその一撃を木剣で受け、振り下ろされた剣を真正面から受けるのではなく木剣の表面を滑らせて軌道を逸らし、アッシュの体勢を崩させる。
「っく、ぉぉおおおおお!! 」
一瞬、体勢を崩すアッシュ。だが更に一歩踏み込んで強引に体勢を立て直すと、返す刀で斬り上げをした。
強引な体勢から行ったせいで十分に力が乗らなかった斬り上げをアルフは、後ろに大きく仰け反った上で一歩後退するという大袈裟な回避行動で回避する。そして、加減した力で牽制のための横払いをする。
「うおっ!? 」
辛うじて視認できる高速の横払いに、追撃しようと更に前へと踏み込もうとしていたアッシュは思わず声を漏らして、後ろに仰け反る。そして、この場にいることを危険と判断したのか、二歩三歩と後ろに下がってアルフから距離をとった。
「崩れた体勢の立て直しはよかったぞ」
アルフの褒め言葉にアッシュは、何も返さない。ただ、無言で剣を構えてアルフの出方を伺っていた。
「ふむ、なら次はわたしからいくか」
中段の構えを取ったアルフは、氷の上を滑るように滑らかにすり足で距離を詰める。
上半身が全くぶれないために見ているアッシュは距離感とタイミングを狂わされる。
「はあっ! 」
苦々しい表情となるアッシュに構わず、アルフは腕を振り上げ袈裟斬りをアッシュの右肩に振り下ろす。それをアッシュは弾くが、すぐに横払いに切り替えて無防備な左脇腹を狙ってくる。
「くっ」
これもアッシュは反応して辛うじて防いだが、思いの外に重い一撃でアッシュの体は一瞬だが硬直する。
その一撃を放ったアルフは、そこで攻撃の手を休めずにその場でくるりと体を回転させる。
「ふっ」
腕と木剣を体に引き寄せてなるべく空気抵抗を小さく早く回転するようにして回ったアルフは、その勢いのままアッシュが剣を構えた反対のがら空きの右脇腹へと木剣を叩き込んだ。
かち上げるように叩き込んだ木剣の衝撃で、アッシュの体が一瞬浮かび上がった。
「ウギッ――!? 」
足から力が抜け、息が詰まるほどの一撃に思わず苦痛の声が漏らしたアッシュだったが、奥歯を噛みしめて苦痛の声を噛み殺すと腹に力を入れて崩れ落ちそうになる足に力を込める。
「っぐ、があああああっ!! 」
アッシュは、跳ね起きるかのように立ち上がった。そして、その反動を利用して下から斬り上げるようにアルフに斬りかかった。
だが、それは盾にするように剣の前に出されたアルフの細腕によってあっさりと防がれてしまった。
「――ほう」
反撃を受けたアルフがすっと目を細めた。
「今のは良かったぞ」
その言葉と共に首筋に叩き込まれた木剣の柄で、アッシュの意識は一瞬にして刈り取られた。
「――ぅ、っく」
頬をペチペチと叩かれる刺激で、アッシュは意識を取り戻す。
目を覚ましたアッシュの目に映ったのは自分を覗き込む、色白の緑色の瞳の女の顔だった。
「アル、フ姉ちゃん……? 」
「目が覚めたか。気分はどうだ? どこか痛みが残っている場所はあるか? 」
ゆっくりと体を起こしたアッシュにそう尋ねるアルフ。若干まだ意識が微睡んでいるアッシュは、プルプルと頭を振って意識の覚醒を促すと、体のあちこちを動かしてみて痛みがないことを確認する。アッシュが意識を失っている間にアルフが、回復魔法をかけていたので、首筋にも脇腹にも痣は残っていなかった。
アッシュを心配してなのか、少し離れたところにいる黒士がそんなアッシュの様子をジッと静かに伺っていた。
「多分、大丈夫だよ」
アッシュが、答えるときりりと凛々しく引き締まっていたアルフの表情が、僅かに和らぐ。
「そうか。今日の最後の攻撃は良かったぞ。正直すぐに反撃できるとは思ってなかった。成長したな」
そう言ってアルフは、ポンポンとアッシュの頭を優しく撫でる。
「っ! あ、頭撫でんなっ! 」
アッシュは、一瞬虚をつかれたようにポカンとした表情をし、すぐにふにゃりと嬉しそうな笑みを浮かべて目元が潤んだが、十秒ほどしてハッと我に返ると顔を真っ赤にしてアルフの手を払った。
「ふむ、村長の真似をしたがダメか。やはり子供扱いは嫌か? 」
「こ、子供じゃねーし! 」
アッシュは真っ赤かな顔でうがーっと吼えた。
「しかし、褒めると言えば頭を撫でることくらいしかわたしにはわからん」
「……私も」
アルフに賛同するように黒士も頷く。そして2人してジッとアッシュを見つめ始めた。
その視線に気づきつつアッシュは、ふんと鼻を鳴らしてそっぽを向く。起き上がってこの場から去ろうにもアルフの腕がお腹の上に置かれて脱出が不可能なのだ。見かけによらずアルフはアッシュが振り解けないほどの怪力の持ち主なのだ。
そんな状態のアッシュの細やかな反抗だったが、アルフと黒士の2人して何も言わず、しかし目線で頭を撫でてはダメなのか?とジッと訴えてきているのは、視線を合わせずともアッシュは理解できていた。
そんな視線にアッシュは結局耐えきれなかった。
「っち、もう勝手にしろよ。好きにすればいいだろっ! 」
早くここから逃げ出したいがためにアッシュは2人に対して投げ遣りな言葉を投げかけてしまった。
「ふむ、それなら遠慮なく」
「私も」
「へ? あ、おい、ちょっ!? 」
アッシュの制止の声も聞かず、アルフと黒士は勝手にアッシュを好きにし始めた。
「気持ちいいか? 」
「よしよし」
2人で仲良くアッシュの頭を共有してわしゃわしゃと撫でる。アルフはやや雑な手つきで、黒士はそっと手を置くように優しい手つきで、それぞれ好きに日頃頑張ってるアッシュを褒めるために撫でまくっていた。
「そういう意味でいったんじゃねぇー!! 」
そう声では抗議をするアッシュだったが、その抵抗は実に弱弱しく大人しいものだった。
実に素直じゃない生意気な子供だった。
おかしい。アッシュの鍛錬の様子を書くはずが、アッシュのツンデレを書いていた。
アルフは、脳筋です。
感想いつも楽しく読ませてもらってます。
最近、人物紹介の方を更新しました。
アルフや前話の問題児たちの紹介が新たに追加されました。




