37 「村長達の新たな村づくり」
洞窟を拠点としていた【夜鷹の爪】の残党が壊滅させた村は、洞窟近くの三つの小さな村だった。
カケルは今回、その内の1つのオコル村に訪れていた。
盗賊に襲われた当時から一か月が経ったオコル村の畑は荒れ果てていた。
村の家などには盗賊に襲われた時の爪痕が今も変わらず残されていたが、盗賊に殺された村人の死体はどこにも見当たらない。
一週間ほど前に村の様子を見に行った小鴉とポチの班が、盗賊に殺され捨て置かれた村人の遺体を回収したからだ。遺体は腐敗が進みほとんどが白骨化していた。葬儀は他の二つの村のと合同で行われた。
そのためか、今回同行したオコル村の生き残りの13人の村人たちは、変わり果てた村に悲しみから涙を流すことはあっても懸念していた重苦しい絶望した雰囲気を出す者はいなかった。
これは、盗賊に村を襲われ親しい人達を殺され自身も生き地獄を味わい心身ともに弱り切った村人たちを保護し献身的に世話をしたカケルたちの尽力によって村人たちが失ったものに悲しみを抱きつつも少しずつ前を向けるようになっていたからだった。
この世界の命は、とても儚く、軽い。
しかし同時に、とても尊く、とても力強い。
先立った者たちが遺していく遺魂珠を大切にして残された者たちは前を向いて歩み続けるのだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
オコル村に帰ってきた元住民の村人たちは、初めこそ泣き崩れる人が出たりしたがしばらくして落ち着くと、自宅に必要なものを取りにいく立ち直りの早さを見せた。思っていたよりも重苦しい雰囲気は周りから感じられなかった。
今回この村に訪れた目的は、村を移転するにあたって使える物を回収するためだった。
盗賊に村で暮らしていた村人の大半を殺された結果、生き残りだけでは村を維持できなくなってしまっているのだ。それは、このオコル村に限った話ではなく残りの二つの村も同様だ。何せ、生き残りの村人全員を合わせても52人しかおらず一般的な村の半数にも満たない。その人数でもなんとか無理をすれば畑の世話は出来るかもしれないが、辺境故に時折村の近くに出没する危険な魔物の対処にまでは手が回らない。もちろん俺たちが手助けすればその他諸々の問題は問題ないのだが、如何せんここから俺たちの村までは距離があり過ぎる。
というわけで、俺たちの村の近くに新たに生き残った村人たちの村を作ることになったのだ。
すでに移転場所の目星はついている。あとは、そこに村を作って村人を移住させるだけだった。
生き残った村人たちが村から持っていくものを集めている間、俺はと言うとモグと共にオコル村の畑の様子を見て回っていた。
一月近く放置されていた畑は成長の早い雑草に覆われていた。いくつかの作物は実が枯れたり、立ち枯れているものがチラホラと目に入り言い様のない物寂しさを感じた。
「モグ、ホントにいけるのか? 」
「んー、たぶん大丈夫だよ? じゃ、ちょっと話つけてくるね」
モグはそう言うと、ずぶずぶと沼に沈む込むように地面に潜っていった。ゲームでは見慣れた現象だが、ここに来てから初めて見る現象に物珍しさからモグが沈んだ地面を足先でつつく。
泥の中に物を投げ込んだ時のように地面は波紋を残して少し波立っていたが、それを除けば普通の地面と変わらない。
しゃがみこんで、波立っている部分の土を指で摘まむ。固まっていたが少し力を入れるとボロッと崩れて摘まめた。指先で摘まんだ土を磨り潰してみる。適度に湿っているが、粘土と言えるほどに粘度はなく柔らかくもない、指先からボロボロと玉状の土が零れ落ちていった。
ううむ、不思議だ。
そう思っているとモグが消えた地面に波紋が生じる。
「っと」
慌ててその場から離れる。
それと同時にモグが地面の中からその姿を現した。
地面の中に潜っていたというのにモグの鈍色の髪にも褐色の肌にも土らしいものはついていなかった。
モグは、俺に赤い瞳を向けるとその瞳を輝かせて邪気のない笑みを浮かべる。
「村長、オッケーだって! 手伝ってくれるって! 」
「ホントか! モグよくやった。ありがとな」
俺はモグに礼を言いながらわしゃわしゃと頭を撫でる。オリーと同じくらいの背丈のモグの頭は撫でやすい。
「んふふ~」
頭を撫でられてるモグは目を細めてご満悦そうだ。
ここ最近皆と接してきて、子供の容姿をしている子は褒める時に頭を撫でてあげるととても喜ぶことを学んだ。
「おーい、村長の旦那ぁ! 」
モグの気の済むまで頭を撫でてあげていると、村の方からバッカスさんが大きく手を振りながらこっちに来た。武装したバッカスさんの後ろには、ぞろぞろと荷造りを終えた村人達や今回同行してきたゴブ筋たちがついてきてる。
バッカスに応えるようにこっちも大きく手を振る。
「おう、村長の旦那。全員分の荷造りが終わったぜ」
「随分と早いですね」
三十年近く傭兵をやっているというバッカスさんは威厳があってついつい丁寧な言葉遣いになってしまう。本人は、もっと気安く喋ってくれたらいいと言ってくれるけど中々難しい。
「カケル殿達から頂いた物がありますので、この村から持っていくものはそれほどありませんでしたからな」
俺の言葉に、バッカスさんではなくオコル村出身の顔役であるオストルさんがそう答えた。
……なるほど、確かにさっき村を見て回った時に見た家具や衣服よりも頑冶やアラクネが作った家具や衣服の方が上等だ。そうなると持っていくものは愛着のあるものを除けば大分少なくすむのか。
「それにゴブキン殿たちが力を貸してくれましたから」
オストルさんは、村人の代わりに荷物を持ってあげてるゴブ筋たちにチラリと視線をやってそう笑って言った。褒められたゴブ筋以下、気付けば勝手についてきていたサタンと龍源の2人を含めて皆、村人に代わって持ってきた荷物を地面に積み上げながら満更でもなさそうに照れ笑いをした。
仲間の皆を褒められて俺も自分のことのように嬉しかった。
道理で早いわけだとオストルさんの言葉に納得した俺は、上機嫌でゴブ筋達が積み上げていく荷物をアイテムボックスに閉まっていく。
アイテムボックスを使えば、物の運搬は楽々だ。物には自分のものだとわかる印をつけてもらっているので、出した時に間違えることもない。
地面に置かれた荷物の山が、光の粒子となって空中に展開した半透明の仮想ウィンドウに吸い込まれていく様子に村人たちは、おおぉっとどよめいた。傭兵であるシアンさんは目を見開き、バッカスさんはほーと感嘆の声を上げている。
バッカスさんから聞いたことだが、アイテムボックスのようなことできる魔導具や魔法は高価や希少だったりするが一般に流通しているものらしい。ゲームでは、アイテムボックスに類似する代物はなかったので、大変興味がある。バッカスさんが魔法鞄を持ってるし、シアンさんがその手の魔法を多少ながら使えるらしいので機会があれば、自分も使えるようになるか試してみたいところだ。
「それじゃあ、これからこの村を出ますがいいですか? 」
全員分の荷物をアイテムボックスにしまった後のその問いかけに全員が大丈夫だとばかりに頷いた。
よし。それじゃあ始めるか
「モグ、出発だ。頼むぞ」
「はーい、まっかせてー! みんな、いっくよー! 」
張り切った様子のモグがそんなかけ声とともにパンッと手を叩いた。
その瞬間、オコル村をグルリと囲むように作られた畑がオレンジ色に光り輝き一斉に持ち上がった。
「ぉおお! 」
土精霊の頂点とも言うべき土精の精霊龍の呼びかけにその地の土精霊たちが応えた結果、一種幻想的な光景を作りだした。
空中に浮かぶ畑がまるでゲームの時に何度か訪れた浮遊大陸のようである。
このゲームに似た異世界のどこかにも浮遊大陸は存在するのだろうか。
等とどうでもいいことを頭の片隅で考えていた俺はふと、後ろにいるバッカスさんたちが静かなことに気付き振り返るとそこには、視線を宙に浮く畑を見たまま固まる皆がいた。いや、ゴブ筋たち俺の仲間は至って普通だ。だけど、バッカスさんはあんぐりと口を開け、他の傭兵の人達も目を丸くしていて、オストルさん以下村人たちの中には腰を抜かす人や思わずゴブ筋に抱きつく人がいた。
あれ? 事前に話してたよな?
昨日、村の移転の話をする時に畑も新しい村に移す話はしていた筈である。
「? どうかしたんですか皆さん? 」
おかしいなと内心首を傾げつつ、一番近くにいたバッカスさんに声をかけた。
「ば、バッキャロー! こんな出鱈目なことするなら先に言いやがれ! 」
そう言ってグーで頭を叩かれた。
解せぬ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
どうやら、バッカスさん達は畑をアイテムボックスにしまって運ぶような方法で新しい村へ畑を移すのだと解釈していたみたいだ。
モグの魔法で一気に新しい村まで運べそうなので、それでいきましょう。とちゃんと伝えて皆も納得したと思っていたのだが、どうやら俺が説明不足だったみたいだ。確かに、村の畑を移す方法を話す前にアイテムボックスの話はしていたけど、まさかアイテムボックスが俺とその仲間たちしか使えない特別な魔法で、特にモグはその魔法の名手的な認識されていたとは思わなかった。
これは、事前にモグに実演して見せるべきだったなと反省した。
そうして、俺とバッカスたちとの間の誤解を解いた後は浮遊する畑に皆で乗って新しい村へと向かった。
「うおー、すげーぜボバドル! 俺ら空飛ぶ畑に乗ってんぞ! 」
「確かにすげー! こりゃ一体どんな魔法で飛んでんだよ! 」
「……ありえない……何なのよこれ……は、畑が空飛ぶってどういうことよ」
「おいおい、シアン! そんな畑の真ん中でブツブツ言ってないでお前もこっちきて見ろよ! 地面がすげー速度で後ろに流れていくぞ」
「風が、気持ちいい……」
一緒の畑に乗った傭兵のバッカスさん達は、初めての体験に大興奮のようだ。若干一名未だにショックから抜け出せてないようだけど、興奮気味のバッカスさんが無理やり畑の端っこに引っ張っていってる。
後続の畑に目を向けると畑の上にしゃがみこんで顔を引き攣らせてるオストルさんやゴブ筋の裾を握りながらも恐る恐る畑の端っこで景色を見ている少女の姿が目に入る。他の村人たちも似たような感じで、へたり込む人と好奇心に負けて畑の端っこから見える景色を見ている二つの反応に分かれていた。
妙にゴブ筋に懐いてる少女は確か、カインという名前だったか。あの洞窟で磔にされていたところをゴブ筋に助けられた少女だった筈。そのせいか、少女が外に出れるくらいに気力が回復した一週間くらい前からゴブ筋の後ろをちょこちょことついていってる姿をよく見かけた。
懐かれてるようで俺としてもとても微笑ましく思う。
「そんちょー、もうすぐつくよー! 」
小麦が茂った畑の中からひょっこりと顔を出してきたモグがそう言うので、視線を後ろから前へと向けると、何もない平野のど真ん中で家を建設中の頑冶たち生産班の姿が見えた。
その地の上空に浮く天狐とその隣で背中の翼を羽ばたかせてホバリングする小鴉たち二人の姿も見えた。
あ、天狐がこちらに気付いて手を振ってきた。
それに応えるように俺も天狐に振り返した。
戻ったら、まずはオリー達に畑の手入れを頼もうかな。
モグ
種族:ファフニール
土精霊の頂点と言うべき存在。セレナや焔と同格の精霊。四精霊の頂点に立つ精霊の1人。
自分よりも下の精霊である土精霊を使役できる。
本来の姿は、土くれで形作られた竜の姿をしている。
人型は、金属光沢を持つ鈍色の長髪に赤い瞳をしている褐色の肌を持つ少女。身長はオリーと同じくらい。
土精である為、地中に潜ることや土塊を浮かばすことが出来る。その地の土精霊の協力を得ることで魔力をほとんど消費せずに無数の巨大な土塊を浮かばすことなんかも出来る。
新登場
オストル
【夜鷹の爪】に襲われ壊滅した三つの村の1つのオコル村の生き残りで、オコル村の生き残り達のまとめ役のような立ち位置の壮年の筋肉質の男。カケルのおかげで奇跡的に妻が蘇生したことでカケルに深い恩を感じている。
カイン
半死半生のところをゴブ筋に助けられた少女。精神的な疲労から数日間寝込んでいた。ゴブ筋にとても懐いている。
これから章タイトル通り、村の魔改造が始まる筈。多分きっと




