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魔王の村長さん  作者: 神楽 弓楽
二章 村長たちの村おこし
36/114

34 「村長と虜囚の者たち」

「っ!? 誰だお前――ぶっ!? 」


奥から出てきた男、身なりからして盗賊の一味だと察する血がべっとりとついた大振りの鉈を持った無精ひげの男は、全身を金属鎧で固めた完全武装のゴブ筋を見るなりぎょっと目を見開きながらも手に持つ鉈を振ろうとした。しかし、それよりも早く大盾を構えて突っ込んできたゴブ筋の体当たりをまともに受けて、男は大きく後ろに仰け反った。


「ッ、――ォォオオ!! 」


そのまま後ろに倒れそうなところを男は寸でのところで踏み止まり、体から赤い光を噴出させながら殺気に満ちた血走った目をゴブ筋に向けた。鼻が折れて顔の下半分が鼻血で赤く染まっていたが男は痛みを気にする様子もなく、薄らと刃が赤く光る鉈をゴブ筋に振り下ろした。


剣技【鈍打ち(なまくらうち)


ゴブ筋はその鉈を大盾で持って受け止めた。その際に生じた音は刃物がぶつかった甲高い金属音ではなく鈍器がぶつかったような鈍い金属音だった。


「ガアアアアア!! 」


男は獣のような咆哮を上げて、弾かれた鉈を今度は横薙ぎに振るう。

それをゴブ筋は大盾で弾き、一歩踏み込んで男のがら空きの胴に大剣の柄をねじ込んだ。


「ごふっ!? 」


男の体を持ち上げるほどの強烈な一撃に男は苦悶の声を上げて、空気を求めるようにパクパクと口を動かした後、口から血を吐きながら地面に倒れ伏した。その際に男が吐いた血をゴブ筋はモロに浴び、大剣にもべっとりと血が付着した。


「クソがぁ……!! 」


起き上がれずにいる男はそれでも戦意は失っておらず、蹲りながらも顔を上げて射殺さんばかりにゴブ筋を睨みつけていたが、ゴブ筋は止めに男の腹を蹴り飛ばして黙らせた。沈黙した男をゴブ筋は、カケルに出してもらったロープで縛りあげて通路の隅に転がした。



そして、ゴブ筋たちは男を放置して奥へと進んでいき、捕われた人達がいる部屋へとたどり着いた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



充満する血の匂い、そしてツンと鼻を刺激する饐えた臭いに気分は最悪だった。油断すれば今にも吐きそうだった。そして、それ以上に部屋の惨状に自分の血の気が引くのがわかった。


全身の肉の至る所を削ぎ落された男か女かすら判別できない磔にされた人や、石の檻に閉じ込められた体のどこらかしらを失っている人達。その全員の首には、首輪のように呪印が刻まれていた。


天狐たちが話していた盗賊に捕らえられた人達だった。


前に立つゴブ筋から殺気の混じった怒気が伝わってきた。それに気圧されて檻の中の人達が悲鳴を上げるが、それを気にかける様子もなくゴブ筋は部屋の中へと入っていき、磔にされた人を解放した。



「村長、治療を頼む」


「ッ。……ああ、わかった」


ゴブ筋が横抱きにしてきたその人を改めて間近で見て俺は、その凄惨さに息を呑んだ。

その人がまだ息をしていることが不思議な程だった。


ここまでの傷だと生半可な回復呪文じゃダメかもしれない。なら……


「光の精霊よ 我に力を貸したまえ 彼の者に癒しの光を 穢れを祓い 清らかな体 健全な体へと変え給え 【聖なる(ホーリー)癒しの極光(オーロラヒール)】」


出し惜しみはしない。

自分の扱える回復呪文の中でも特に強力な呪文の1つを使う。


「くっ……」


最高位の魔法はこの世界に初めて使ったが、体から魔力が失われていくのが肌で感じ取れた。貧血を起こしたような立ちくらみが起きる。もしかしたら一度にMPがなくなるのは体に悪いのかもしれない。大丈夫、今回のは確かに大量のMP(魔力)を消費するけど多くて4割だ。


体から魔力が失われていくことで起きた体の不調に耐えながら、七色の光に包まれたその人の様子を見守る。良かった。ちゃんと体が再生していってる。再生していく過程は直視し難いものがあるけど、ホッとした。




……女性だったのか。


顔が治り、胸部が再生したことでその人が女性であったことがわかった。


「カケル、アラクネの布」


「あ、そうだな」


言われて彼女が裸であることを思い出し、慌てて清潔なアラクネの布をアイテムボックスから出して天狐に手渡した。


「ありがとカケル。ゴブ筋、その子は私が預かるわ」


「……ああ」


天狐が気を利かせて、その女性を布で包んでゴブ筋の代わりに抱きかかえた。


「カケル、呪印が消えてるわ」


「え? あ、ホントだ」


確かに彼女の首に刻まれていた紋様が綺麗さっぱり消えていた。


呪印ということは、毒や麻痺とかの普通の状態異常というよりは呪いや加護のような特殊な状態異常だろうから今ので消えたということは、【解呪(ディスペル)】でも効果があるということか。


……試してみよう。


俺は石の檻の中で呆けたようにこちらを見ている人たちの前へ立つ。


「ひっ……」


「ちょっとすいません、【解呪(ディスペル)】」


一番手前にいた男に手を向けただけで怯えられたのにはちょっと傷ついたが、一言断りを入れてから行使した。男に翳した右手が白く光り、パシィッと密封された容器から空気が抜けるような音と共に男の呪印が薄れて消えた。


よし、呪印がどういう効果を持つのかはわからないが無くなれば問題ない。皆が来る前に終わらせてしまおう。

驚き固まる男を放って俺は、石の檻に閉じ込められた人を解放すると同時に、首に施された呪印を解いていった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



ゴツゴツとした洞窟の床にうずくまるようにして寝ていたカルラは、体を揺さぶられる感覚で目を覚ました。うっすらと目を開けたのカルラの目に、暗闇の中で光る青い瞳が映る。


「ヒッ――」


その目の色を見て、ある男が浮かび上がってカルラは、反射的に目を瞑って体を硬直させた。

また蹴られるのではないか、また鞭で叩かれるのではないか、眠気は一瞬で吹っ飛び、カルラはお腹を守るように体を縮こまらせて体を震わせる。


「――ッ」


肩に置かれた何者かの手が動いたのに気付き、より一層カルラは体を縮こまらせる。

しかし、カルラが恐れたようなことは起きなかった。


カルラは、そっと優しく抱き上げられると優しく背中を撫でられた。


「大丈夫、大丈夫よ。私はあなたを傷つけたりしないわ」


耳元で落ち着かせるように囁かれる女性の声にカルラは、恐る恐る目を開いた。

再び目に映る青い瞳、優しく微笑むミカエルの顔がカルラの目に映った。


「お姉ちゃん、誰? 」


「ミカエルよ。あなたの名前は? 」


「……カルラ」


「そうカルラ。いい名前ね」


そういってミカエルは優しげな笑みを浮かべる。


「どうしてここにいるの? お姉ちゃんは怖い人なの? 」


「怖い人? 」


「うん、怖い人。私やお姉ちゃんをここに連れてきた人たち。あの人達、怖い。笑いながら私のお腹、蹴るの。何も悪いことしてないのに鞭で打ってくるの。止めてっていっても何度も、何度も打ってくるの」


話していてカルラは、その時のことを思いだしたのか顔をクシャクシャに歪め、ミカエルの腕の中で体を縮こまらせて小刻みに震えはじめた。そんなカルラを痛ましそうに見るミカエルは、カルラを安心させるようにギュッと抱きしめる。


「大丈夫、大丈夫よ。私は怖い人の仲間じゃないわ。カルラやお姉さんたちをその怖い人たちから助けに来たのよ。だから安心して、もうカルラに怖い思いはさせないから」


「……ホント? 」


「ええ、ホントよ。怖い人たちなんてもう手出しできないように私が全員やっつけちゃいますからカルラはもう安心していいのよ。だから、少しだけ大人しく寝ててね。その間に全て終わらせるから」


カルラの頭に置かれたミカエルの手が淡くピンク色に光る。

【一時の安息】が発動し、カルラは目をトロンとさせて体から力を抜いた。


「うん、待ってる……待ってるよ。ありがと、お姉ちゃん……」


そういって目を閉じたカルラはしばらくして規則的な寝息を立てはじめた。




「……その子で最後か? 」


部屋の外で待っていた黒骸は、ミカエルが抱いた少女を見るとそう尋ねた。


「ええ、そうです………残りの5人の子はもう駄目でした」


布に包まれた5つの包みに目をやったミカエルは、哀しげに目を伏せる。


「……また間に合いませんでした」


「12人、助けることができただけ良かったではないか」


「良くありません! 」


ミカエルを気遣っての言葉だったが、黒骸は言葉の選択を間違えたようだった。


「……すまない。失言であった」


「あ、いえ、黒骸さんが謝ることではありませんっ」


謝罪する黒骸にミカエルがわたわたと狼狽えていると、黒骸の影から影朗が姿を現した。


「……次の子はいるか? 」


「ああ、ミカエルが抱いている幼子で取りあえず最後だ」


「影朗さん、この子をアルフさんのもとまでよろしくお願いします。それと……この子たちもお願いします」


「わかった」


「影朗、我らは引き続き虜囚となった者の捜索を続ける。その幼子をアルフ達に預けたらまた顔を出してくれ」


ミカエルから眠ったカルラと5つの布の包みを受けとった影朗は、黒骸の頼みに1つ頷いて再び黒骸の影の中へと消えた。


「ミカエル、先程そこの賊から他にも虜囚となった者たちを収容している場所があることを聞いた。そこらを回るということで異存ないな? 」


「はい。それで構いません」


「うむ、ならばこの賊に道案内を任せて、手早く回っていくぞ」


黒骸の骨だけの手の上に青白い火の玉のようなものが浮かんでおり、黒骸の足元には既に息絶えた男の倒れ伏していた。黒骸の手の上に浮かぶ青白い火の玉は、黒骸がその男から抜き取った魂であった。


死を司る王である黒骸の言葉に男の魂は逆らうことはできず、黒骸に言われるがままに宙を漂いながら黒骸達をその場所へと先導していった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



捕われていた人達は腕や目、耳、足、舌など箇所に違いはあれど何らかの箇所を失っていたが、各属性魔法の高位の回復呪文で、再生することができた。最高位よりはコストは軽いので、なんとかこの場に捕われていた人で生存していた43人全員かけることが出来た。辿り着いた時には息絶えていた人も村の時とは違い、蘇生魔法に効果があり、一命を取り留めた。一緒に捕われていた人たちの話だとその人達は死後1日も経っていなかったらしいので、そのことが蘇生することができた最大の要因なのだろう。間に合ってよかったと思う。


しかし、そのせいか。捕われていた人達が俺たちに向ける視線には恐怖や嫌悪の類とは違うがとても居心地の悪いものが混じるようになった。大人しく言うことを聞いてくれるのは助かるけれども、聖人だなんだと拝んでくるのは勘弁してほしいと心底思った。感謝してくれることは嬉しいけれども、とても落ち着かない。そのことをそっと天狐やゴブ筋に相談したのだが、「それくらいカケルに感謝しているんですよ」「悪いことではない」と真顔で言われて返答に困った。



………まぁ、それはともかく解呪と治療を終えた後、外に誘い出した盗賊を片付けてきたサタンと合流した。サタンがほとんど1人で片付けてしまったらしい。サタンと妖鈴を信じて陽動を任せたわけだけど、無事なようでホッとした。サタンが入ってきた穴は、一番洞窟の出入りが楽な場所なので、そのままサタンが来た道を引き返すように外に出た。サタンと盗賊たちが戦った影響で、少々入り口付近は瓦礫が積もっていたりと荒れていたが、全員無事に外に出ることが出来、待機していたポチ、タマ、アルフ、オリーたちと合流した。


「ウォン!! 」


「ミャー」


「村長、無事でしたか」


「そんちょ! おかえりー! 」


ポチたちは、俺たちの姿を見てホッと安心したような顔で出迎えてくれた。


「他はまだ戻ってきてないのか? 」


「影朗と妖鈴のことはわかりません。ミカエルと黒骸は未だ洞窟の中ですが、今こちらに向かっているとのことです。小鴉と龍源は、討ち漏らしがないか周辺を探っていますが、先程合図を出しましたので、しばらくすれば戻ってくるかと思います」


アルフに尋ねるとそんな返事が返ってきたので、残りのメンバーが合流するのをしばらく待って、全員がそろったところで助け出した人たちとともに俺たちは夜明け前に村へと戻った。


鈍打ち(なまくらうち)

【剣】スキルの剣技(アーツ)

剣の切れ味を落として強度を上げて剣を鈍器とする技。ただそれだけであるが、斬撃が効かない相手に効果を示すので、堅いモンスターや金属鎧を身に着けた人などに非常に効果的である。


聖なる(ホーリー)癒しの極光(オーロラヒール)

【光魔法】の呪文(スペル)

光属性回復呪文の中で最高位の呪文。ゲームの時では膨大なMPを消費する代わりに、最大HPの8割回復+一定量のHP回復、重度の状態異常回復、呪い、衰弱などの特殊な状態異常回復、一定時間呪いなどを含めた状態異常を無効化する「健康体」状態になる。※蘇生は不可

【光魔法】の熟練値を最大値まで上げた上で、高難度ダンジョンの天空の城で宝箱からドロップする呪文が記された巻物を使用しないと覚えれない。

異世界に来てからは、拷問を受けた少女の体を再生させて傷跡を一切残さないほどの効果を示す。再使用には20分ほどの時間がかかる。


解呪(ディスペル)

【無魔法】の呪文(スペル)

無属性魔法の解呪系呪文の一種。解呪系呪文の中でも最も汎用性が高い。対象の呪い(デバフ)加護(バフ)を無効化するだけでなく、魔法陣や発動した魔法の無効化も可能。解呪の成功率は【無魔法】の熟練度に依存し、熟練度が最大値だと、呪いなどの特殊な状態異常はほぼ確定で解呪し、魔法陣や発動した魔法の無効化は70%ほどの確率で無効化する。

魔法陣や発動した魔法の無効化をするなら、別の特化した解呪系の呪文を使うのが一般的。



カケルが、わざわざ治療に1つの呪文を使い続けるのではなく、複数の回復呪文を使い分けたのは、呪文を使用した際の冷却時間(クールタイム)を考慮したためです。効果の高い強力な呪文は、その分冷却時間(クールタイム)もそれなりに設定されているので、無駄を省くために使い分けました。決して検証実験をしていたというわけではありません。


死んだ人を蘇生させる魔法は、異世界でも伝説上の魔法ではなく現存する魔法です。使い手もそれなりにいます。

認識としては、心臓マッサージなどの心肺蘇生の魔法バージョンのようなものと思ってください。


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