26 「村長、モンスターの解体」
再投稿。
村の畑まで戻ってきた。ここまで来ると村はもう目と鼻の先だ。そして、走ってしまうと畑を荒らしてしまうからここからは歩きだ。
「そんちょー! こくしー! 」
近くの畑から少女の幼い声が聞こえると、青々とした作物の隙間から緑髪を棚引かせて小さな少女が飛び出てきた。頭に生やした果実から漂う甘い匂いが鼻腔をくすぐる。
「おかえりなさいっ! 」
「ただいま、オリー」
「ただいま」
花開いた満開の花のようなオリーの笑顔に自然と頬が緩む。
俺がオリーの頭を撫でるよりも早く黒士の金属の腕がオリーを持ち上げて抱きかかえた。
片腕で赤子を抱くようにオリーを抱いた黒士は、愛おしそうにオリーの頭をなでなでと撫でる。
「んふー」
「…………」
気持ちよさそうなオリーの甘え声に虚空に手を伸ばしたまま俺は、羨ましそうに黒士を見つめる。
折角の機会を黒士に奪われてちょっぴり寂しかった。
村の中央広場に行くと、ちょうど皆が集まって食事をとっていた。
広場を拠点にしていた生産班が別の場所に移転したことで、最近はよく食事をする場所として活用されることが多くなっている。
皆の中では、もうここが青空食堂だと思ってるのか広場には、食事をするみんなが座れるようにガーデンテーブルが百近く設置されている。
例え一日二日飲まず食わずでも大丈夫な体を持っていても、一日三回欠かさず食事をとる仲間は少なくない。アイテムの製作のために何日も寝ないで日夜作業をしている頑冶でさえ、食事時になると作業の手を止めて食事を食べにここまで来ている。
隣にいた黒士とオリーは、食事をしている仲間に誘われたのかいつの間にか席についていて、同じテーブルの仲間と談笑しながら食事を始めていた。
「あら、カケルお帰りなさい。戻ってきたのね」
「お帰り村長ー」
折角だし俺も食べようかな、と思い食事の配膳を行なっている場所に足を向けるとそこには天狐と呉羽がいた。2人とも着物の上に割烹着を身に着けて、天狐はお玉を、呉羽はトングを持っている。
どうやら配膳係らしい。
呉羽が立つテーブルの前にはナンのような平べったいパンが積み重ねられた大皿が何皿も置かれていて、天狐の前には、大きな寸胴鍋がありその隣にお椀が積み重ねられていた。
寸胴の中身は肉がゴロゴロと入った赤いスープだった。匂いと色からしてカナンの実を使ったスープみたいだ。
カナンの実は、カナンという樹に実る赤い木の実で、トマトそっくりというかトマトそのものだ。
ゲームの時にも存在したとてもポピュラーな素材だ。簡単に栽培が出来るが村の畑では育てておらず、今日の森の散策ではカナンを見つけることが出来なかったけど、森にある話は確か聞いたことがあったな。
カナンの実だけでなく香草も複数使っているようで、天狐についでもらったカナンのスープからは食欲をそそるいい匂いがする。
「いい匂いだな。天狐が作ったのか? 」
「そうよ。私と呉羽、それにここにはいないけどレナやリンダにも手伝って貰って作ったのよ。たくさん作ったから好きなだけ食べてね」
「うん、ありがとな。おいしく頂くよ」
呉羽からナンを受け取った俺は、天狐にお礼を言ってその辺の空いてるテーブルで食事をとった。
スープは、とろみのある濃厚なスープだった。カナンの実の甘みと樹猪の肉の旨みがよく溶け込んでいて、イールバのピリッとした辛みが味を引き締めて、後味はカナンの実の程よい酸味のおかげかさっぱりしていた。
スープの中にある形が崩れたカナンの果肉は、スープを大量に含んでぐずぐずに柔らかくなっていて口に含んだだけで、果肉に含まれていた果汁とスープが溢れだした。
よく煮込まれた樹猪の赤肉は口の中でホロホロと崩れて噛めば噛むほど肉の旨みが染みだした。樹猪の脂身は、プルプルとしていて、噛みしめると口いっぱいにまろやかな肉汁が広がった。他にも、シャキシャキとした食感のするルマビラの茎などがあって食べごたえがあって食感も悪くなかった。
また、スープと一緒にもらったナンはそのまま食べてもほんのり甘みがあっておいしかったけど、ナンの上にとろみのあるスープと具材を乗せて一緒に食べるとまたおいしかった。そこにチーズを上に振りかけたらさらにおいしくなりそうだけど、手元にチーズがなかったのが残念だった。
一杯では満足できなかったので、スープもナンももう一度おかわりした。
おかわりする時の天狐と呉羽の誇らしげな顔が微笑ましかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
昼食を食べ終えた後は、天狐たちの片づけの手伝いをしてから解体場に向かった。
解体場には、この一週間で建物が建てられて今ではその中で解体が行われてる。
大型モンスターの解体も視野に入れられた建物の中は、まるで倉庫のように広く高く造られていて、その入り口もそれに見合ってかなり大きく作られている。
その大きな入口を潜って中に入ると、ちょうどゴブ筋たち解体班がモンスターの解体をしているところだった。ゴブ筋たちが解体している鮮やかな紅色の鳥の姿をしたモンスターは、大きさこそそれほど大きいものではなかったけど数が多く解体班が総出で行なっていた。
ゴブ筋がいち早く俺に気付いて声をかけてきた。
「村長、戻ってきたのか。森では何か収穫があったのか? 」
「ああ、道中襲ってくるモンスターを黒士が返り討ちしていたらそれなりにな。ところで、今解体してるモンスターはどうしたんだ? 随分と数が多いようだけど」
「少し前に小鴉が持ってきた。飛行中に火吹き鳥の群れと遭遇して撃退したらしい」
「それはまた………」
火吹き鳥の群れと聞いて思い出すのは、ゲーム時代に草原で活動中に何度も丸焼きにされた思い出だ。
群れでの【火の息吹】は、ステータスが低いとコンガリ焼かれてしまうので最初の頃はよくそれで死んだ。
火吹き鳥だった呉羽を仲間にする時も群れからの集中砲火で火達磨になりながらだったのは今となっては懐かしい思い出だ。
「……まぁ小鴉なら問題ないか。剥ぎ取った素材は、いつも通り俺が預かればいいのか? 」
「ああ、小鴉からは特に言われてないからそうしてくれ。村長が持ってきたモンスターの解体は今やってるのが終わってからでもいいか? 」
「うん、もちろんそれでいいよ。今日は持ってきたので解体の練習をしたいからそれまでは、ゴブ筋たちが解体してるところを見学させてもらうよ」
「そうか、わかった」
ゴブ筋は再び火吹き鳥の解体作業に戻り、俺はその作業を見学させてもらった。
【解体】スキルのおかげか、それとも慣れなのかゴブ筋たちの手際はテキパキとしていてとても早かった。
あっという間に、火吹き鳥の羽根を毟り取ると腹を掻っ捌いて内臓を掻き出して、素材として使えるものと廃棄するものとで分別していく。その時、咽頭部から火石を取っていた。
火石は、魔力を込めると火を出す魔石だ。上位素材として火焔石や紅蓮岩などがあるが、火属性魔法を使う時の触媒として使えたりする汎用性の高い素材だ。火吹き鳥の中で一番利用価値の高い素材でもある。
その他にも素材になる眼球や爪などをとり終えると、火吹き鳥を魚の開きのように開いて部位に分けて解体していく。その時、骨を肉からスルスルと抜き取っていた。
普通、生肉についた骨があんな簡単にそれも1つの肉片もつけずに抜き取れるはずもないけど、抜き取った時の骨が薄らと光っているから【解体】スキルの恩恵なんだろう。
肉屋のバイトで何度も解体するところを見る機会もあったし実際にすることがあったけど、友達の父親である店長もここまで手早くなかったし、何より骨をわざわざ抜き取るようなこともしてなかったので、ゴブ筋たちの作業風景には、かなり違和感を覚えた。
けどまぁ、ここではモンスターの骨はスープの出汁以外にも広く使い道があるし、ゴブ筋たちのやり方に間違いがあるわけではない。俺が慣れるしかないんだろう。
そんなことを考えながらゴブ筋たちが解体し終えたモンスター素材をアイテムボックスに仕舞っていった。
三十分くらいで、火吹き鳥の解体は終わった。
「お疲れさん。【清浄水】」
火吹き鳥を解体して、返り血とかで多少汚れてしまった解体班には、労いの言葉と共に水で綺麗さっぱりになってもらう。すぐにまた俺が持ってきたモンスターの解体で汚れてしまうけど、やらないよりはましだろう。
「村長、待たせた。出してくれ」
「よし、わかった」
ゴブ筋に促されて俺は、アイテムボックスから黒士が返り討ちにしたモンスターを出した。
「剛樹猪、千本山嵐、風鼯、走鳥……それに紅大熊か。なるほど大猟だな」
どさどさと床に積まれたモンスターの死体を見てゴブ筋は納得したように頷く。
今ざっとアイテムボックスのリストで確認したけど、大体30体くらいある。
特に群れで襲ってきた風鼯と走鳥の数は二桁近くある。
「村長も解体に参加するみたいだが、どのモンスターを捌く? 」
「えっと、どのモンスターも一体ずつ捌いてみようと思ってるんだけどいいかな? 」
「村長がそれでいいなら構わない」
「そっか。あ、あとモンスターの解体は久しぶりだから誰か手伝ってくれると助かるんだんけど」
「それなら俺が手伝おう」
ゴブ筋が手伝ってくれるのか、それはとても助かる。
「ありがと、じゃあよろしく頼む」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ゲーム時代から遡ってもモンスターの解体なんて久しくやっていなかったので随分と手間取ってしまったけど、ゴブ筋から指導を受けながらなんとか解体することができた。
解体前に血抜きを済ませていた火吹き鳥とは違い、初めに血抜きをすることになったから手は勿論、顔や服にも血がべっとりとついた。
状態を保つアイテムボックスの効果で、どのモンスターも倒した直後の状態を保たれていたから血抜きは問題なく出来たが、顔や手についた血の生暖かさが、モンスターも生きてるんだと改めて実感させられた。
解体で一番きつかったのは、腹を掻っ捌いて内臓を抜き取る時だった。臭いはもちろん、手に内蔵を持った時の感触がなんとも言えない気持ち悪さだった。あれはすぐに慣れそうにない。
肉屋のバイト経験のおかげか、毛皮を剥いで内臓を抜き取って肉塊にまでした後の解体は割かしテキパキと出来た。骨は上手く抜き取れなかったので、ゴブ筋にやってもらったけど、スポンスポンと簡単に抜いていくコツがさっぱりわからなかった。どうやらゴブ筋は骨に魔力を纏わせてるようだけど、まず骨に魔力をどう纏わせればいいのかわからなかった。
全ての作業が終わった時には、夕暮れ時だった。
随分と時間がかかった。特に大型モンスターである剛樹猪と紅大熊を解体にするのに時間がかかった気がする。大きかったのもあるけど、ゴブ筋の手を借りずに1人で行ったのも時間がかかった原因だろうな。鉄製の解体ナイフの刃が通らない2体の毛皮を剥ぐのが特に大変だった。
解体し終えたモンスター素材は、全部アイテムボックスに仕舞った。
俺がゴブ筋に手伝って貰いながら解体してた時に、他の解体班が解体してくれたモンスターの素材ももちろん回収した。
血塗れになった体や服は呪文1つで綺麗さっぱりした。
「今日はお疲れ様。じゃあまたな」
「「「「「お疲れ様でした」」」」」
用の終わった俺は、解体班のみんなに見送られながら解体場を後にした。
『カナンの実』
カナンという低木に実る赤い実。見た目も味もトマト。
主に食用として使われている。ゲーム時代にも存在し、割と簡単に栽培ができ、食材としてはポピュラーな存在。
『イールバ』
ピリッとした辛みを持つ香草の一種。
主に食用として使われるが、他の用途で使われることもある。
『ルマビラ』
野草の一種。
茎と葉が食用で、葉と根が薬の素材にもなる。
葉は、苦味が強くアクを持っているが、茎は癖が無くほんのり甘みがありシャキシャキとした食感が特徴。
『火吹き鳥』
主に草原に生息する魔鳥
固有能力で口から火を吹く【火の息吹】を持っている厄介なモンスター。群れで行動し、獲物を見つけると一斉に火を吹いて獲物を丸焦げにする。そして丸焦げになった獲物を捕食する。
ゲーム時代にも存在し、初期の頃にカケルは何度も丸焼きにされている。
火吹き鳥からとれる火石は、利用価値の高い代物。羽根も高い耐火性を持っていて、火石に次いで利用価値がある。
また呉羽を仲間にした当初は、火吹き鳥だった。
『千本山嵐』
森に生息する山嵐型の魔獣
類似の魔獣として針鼠型の魔獣がいるが、針鼠型と違い山嵐型は、総じて気性が荒く攻撃的。
背中にびっしりと生えた針毛は鋼並みに硬く、天然の防具になるが、飛ばすこともでき強力な武器にもなる。五ミリの鉄板を容易く貫くくらいの威力がある。
針毛は武器にもなるが、料理で串の代用素材にもなる。
集団で行動し、昼間は地上で地面に落ちた木の実を探していることが多いが夜間は樹上で睡眠をとり、その関係で朝は樹上にいることが多い。樹の下を通ると、体を丸めて球状になって上から降りかかってくることがある。その際は群れで振ってくるのでとても危険。
森での散策の際に上から降ってきた時は、カケルが障壁を張って防がれ黒士によって斬り裂かれた。
『風鼯』
森に生息する鼯型の魔獣
掌サイズの大きさ、皮膜を広げると40㎝ほどになる。
こげ茶色の毛色をしているが、皮膜の裏には深緑色の紋様のような模様があり空を滑空している時にはその模様が緑色に発光している。
風魔法を行使して長時間の飛行を可能としている。
基本4~16匹ほどの群れで行動し、普段は自分よりも小さな獲物を狙うが敵に対して皮膜から空気の塊を射出して撃退しようとする。威力は一発のパンチ一発に近い。殺傷力はあまりない。
群れの傍を通った黒士にビビッて襲ったところを逆に襲われた。
『走鳥』
主に草原に生息する魔鳥
ダチョウを小さくしたような姿をしていて足が速く、群れで移動する。
餌場、水場を求めて日に何度も疾走し、走鳥は同じ道を何度も通る習性があるため、獣道が出来やすい。
高い脚力と鋭い毒爪を持ち、蹴られると危険。即効性の麻痺毒だが、毒性は弱く多少傷口が痺れる程度で、安静にしていれば15分ほどで効果はなくなる。
進路上に障害物があっても迂回せずに直進してくる習性がある。
進路上にいたカケルと黒士に向かってきていたため返り討ちにされた。
『紅大熊』
森に生息する熊型の魔獣
体長四メートル越えの大型モンスター。血のような紅い毛並みで、刃物を通さない高い耐刃性を持つ。爪が刃物のように鋭く、特に普段は体内に閉まってある中指の大爪は鋼並みの硬度を持っている。
気性が荒く、大爪を上から叩き切るように振り下ろして獲物を斬り裂き喰らうが、カケルを襲った所を黒士に自慢の大爪を切り飛ばされて首をポーンされた。
切りが悪かったので、最後に挿入しました。
本当の意味での次話はもう少し待ってください。
感想待ってます。




