23 「村長の二徹の朝」
新章です。
竈で燃える青白い炎が生み出す熱で蒸し焼きにされそうな灼熱の鍛冶場で俺は、一心不乱にハンマーを振るい青く光る金属を叩いていた。
高温の竈で充分に熱した金属は、巨大で武骨なハンマーで叩く度に少しずつ形を変えていき、ハンマーに宿る青く光る俺の魔力がその度に金属に吸収されて、金属から発せられる光は少しずつ青みを増していく。
そして淡い水色だった光が群青色まで濃く青い光を発するようになったところで、ハンマーに注いでいた魔力を切って、熱した金属を掴んでぬるま湯の入った湯桶に入れる。ジュゥと音がして湯桶から生暖かい水蒸気が立ち昇る。浸けてすぐに取り出した金属は青みを帯びていた。
その金属を再び竈に放りこんで十分に熱すると金床に置いて二つに折る。そして、再びハンマーに魔力を注ぎこんで金属にハンマーを振り下ろす。
その工程を何度も繰り返す。
部屋に木霊する甲高い金属音に耳を傾けながら俺は、時間を忘れて作業に没頭した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ふぅ……やっと完成した」
踏み固められた地面にどっかりと座りこんだ俺は、木箱の上に並べられた完成したばかりの抜身の青みを帯びた片刃の短剣と長剣を眺める。
指先でそっと刀身の腹に触れると、刀身の表面に青く光る小さな魔法文字がびっしりと浮かび上がる。視線を剣から逸らせば、試し切りに使った斜めに切断された鉄板がある。
「切れ味は十分、軽くて頑丈で、付与が六つ……うん、じゅーぶん」
額に滲む汗を拭って俺は笑みを浮かべる。
久しぶりに全力で作ったその剣の性能は十分満足にいくものだった。
ゲームの時の製法が異世界でも問題なく通用したことの喜びや限られた素材で目標の性能を引き出せたことの充足感などで笑みを堪えきれなかった。
一度、柄に出来た窪みに遺魂珠がちゃんと納まるか確認した後、抜身の短剣と長剣を手に取って木箱に立てかけてあった鞘に納めてアイテムボックスに仕舞う。
その後は鍛冶場の片づけを行なった。半日以上ぶっ続けの作業から碌に休んでいなかったから先に休んでもよかったのだが、プレイヤーの人並み外れた肉体のおかげで、体は大して疲れてなかった。
サウナのように蒸し暑い部屋に外の涼しい風を送り込んで換気して、使用した道具を整備して床に溜ったゴミを掃除する。魔法を駆使してあまり時間を掛けずに片づけを進めた。さっさと終わらせて休みたかったし、魔法を使った方が綺麗になるので使わない理由はなかった。こっちに来てからは随分とお世話になっている。
「もういいよ。出ておいで」
竈の掃除に取り掛かる前に俺は、竈の中に呼びかけた。
すると、未だ竈の中で燃えていた青白い炎が形を変えて大きな蜥蜴となって竈の中から這い出てきた。
青火蜥蜴と呼ばれる火精霊で、今回剣を作る際に金属を溶かす竈の熱源として、焔に頼んで召喚してもらった。
「お疲れさん、ありがとな。助かったよ」
「シュルルルゥ」
礼を言いながら頭を撫でると青蜥蜴は目を細めて気持ちよさそうに鳴き声をあげた。
火精霊である青火蜥蜴は、青白い炎で形作られているが魔法の炎だから青火蜥蜴の意思一つで触ることも出来れば、熱を外に発さないようにすることも出来た。触り心地としては、肌触りのいい毛の長い動物を撫でているようなふわふわですべすべとした触り心地で悪くなかった。
しばらく撫でた後、青火蜥蜴は、鍛冶場を出て召喚者である焔のもとに帰っていった。
それを見送った後、俺は竈の掃除に取り掛かった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「あれからもう1週間か……」
鍛冶場から外に出た俺は、いつの間にか夜が明けて地平線から顔を出した太陽を見ながら1人呟く。
これで二徹かー……
2日間一睡もしてないのに一向に現れる気配のない睡魔に便利な体だなーと改めて感心する。
この1週間でこの体は、ゲームの仮想体準拠の肉体であることがわかった。
人間として考えれば出鱈目なステータスが反映されたプレイヤーの体は、言わば超人だ。
3メートルを超す巨岩を持ち上げれて、2階建ての家の屋根まで一気に跳躍できて、全力で走れば自分でも信じられないほど加速していき、そのまま村を10周したって平気だ。視力や聴覚と言った五感も鋭くなって木造の家なら壁ごしでも余裕で聞き取れるし、100メートル以上離れた所にいる人の表情だって楽々読み取れる。
しかも、どれもスキルの能動補正なしの素の身体能力だけで出来た。ゲームで育てたスキルや魔法まで駆使すると、笑ってしまうくらい人間離れしてしまう。
他にもお腹が空きにくくなったり、喉が渇きにくくなったり、排泄の回数が極端に減ったり、眠くなりにくくなったりした。睡眠欲や食欲が薄くなったり無くなったわけではなくて、体の燃費がよくなったせいで、生命活動に必要な睡眠や飲食が減ったのに関係があるみたいだ。
まぁ、そんな人間離れした身体能力を俺は異世界で手に入れてしまったわけだが、ぶっちゃけゲームの時とあまり変わっていないと言えば変わってない。ゲームの時に出来たことが、この異世界でも可能になったと言うだけだ。
身体能力が、プレイヤー準拠になって別に力加減が出来なくなったわけでもないので今のところ困ったことはない。
それに俺なんかより、俺の周りにいる仲間の方が遥かに優れた人外の身体能力を発揮してるので、日常生活で、自分が超人と思う機会はそれほどない。みんなと比べるとどうしても自分が普通に思えてしまう。
「まぁ、比べること自体が間違ってるんだけどさ……」
仲間にしたモンスターを自分のプレイスタイルに合わせて魅力的に育てていくのが醍醐味の『モントモ!!』では、どちらかと言えばプレイヤーよりもモンスターが主役のゲームだった。だから普通にゲームをプレイしていればプレイヤーよりも仲間のモンスターの方が強くなっていくのは当然のことだった。
中には、プレイヤー無双を目指したネタプレイヤーも一定数存在してたけど、その道は非常に険しい道のりでそれを極めたプレイヤーが廃神なのは言うまでもない。
憧れはするけど、それに費やす時間や労力を考えるととてもではないけどやってみようとは思えなかった。そう言えば俺が前線で戦わなくなったのは、プレイヤー無双をする『モントモ!!』のプレイ実況動画を見たのがきっかけだったな……
『モントモ!!』の中にはプレイヤーと一対一での対戦で勝利しないと仲間にならないモンスターも一定数存在してたけど、それこそプレイヤー無双が出来るようなステータスじゃないと勝てないモンスターも中には存在していた。仲間にしたいと思ったこともあったけど、本気装備でガチガチに固めたのにワンパンで沈む相手にどう勝てと言うんだろうか。あれにタイマンで勝てるプレイヤーはガチでおかしい。
その動画を見た時は、すげーとしか言いようがなかった。次元が違いすぎて全く参考にならなかった。あのプレイヤーの動きは人間を止めていた。
もし、あのプレイヤーのような人間や『神』を冠するモンスターがこの異世界にも存在してたらどうしよう。レナから聞いたお伽噺にはそんな存在がチラホラ出てくるから実在する可能性があるんだよなぁ……
仮に存在するとしてそれが敵に回ったりしたら……
おおぅ……考えるだけで寒気が走る。
妄想の域を出ない以上これ以上考えるのは止めよう。精神安全上よろしくない。
「あ、カケルさん。おはようございます」
気持ちを切り替えようと自分の顔を両手で揉みしだきながら井戸の前を通りかかるとちょうどそこで水を汲んでいたレナが俺に気付いて挨拶をしてきた。
「ぷっ、ふふふっ。何やってるんですか? 」
歩きながら自分の顔をこねくり回してる俺を見てレナが噴き出した。
「あー……いや、ちょっと気持ちを切り替えようと……」
恥ずかしいところを見られた俺は、顔が赤くなるのを実感しながら訳を話すとレナはツボに入ったのか、必死に笑いを堪えようとしながら笑っていた。
「ふっ、ふふふっ……ご、ごめんなさい。なんか、おかしくて……ふふふっ」
レナは笑いを堪えるのに必死で、井戸の底から汲み上げていた桶は再び底まで落ちてしまっていた。
この恥ずかしい空気を誤魔化す為にも俺は、レナの代わりに井戸から水を汲み上げた。
「カケルさん、ありがとうございます。助かりました」
「うん、代わりにさっきのことは忘れてくれたら嬉しいな」
「はい、分かりました。もう忘れました」
レナは明るく笑いながらそう言って確約してくれたけど、俺の顔を見ていたレナは堪えきれなかったのかすぐに俺から顔を背けて肩を震わせて笑い出した。
「ごめんなさい。やっぱり無理です」
先程の確約をレナが取り下げるのはそう時間はかからなかった。
ああ恥ずかしい……
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その後、俺はレナと一緒に家に戻った。
レナ達は、あれからもレナ達が『お役人さんの家』と呼んでいる家で寝泊まりをしている。
他と比べて部屋数が多く暮らしやすいし、居間が広く一度に大人数で食卓を共に出来るので何だかんだでそのまま住み続けている感じだ。取りあえずここにしばらく住むことになって、みんなの住居を用意する必要があるので、そのついでに行商人や役人を泊める家は別で建てようかっていう話を頑冶としている。
葬儀をきっかけにレナの中ではある程度の気持ちの整理がついたのか、それから数日も経つとレナは笑うことが多くなった。アッシュも自分が亡くなったルビンの代わりにみんなを守ると言って元気になっていた。
葬儀の時に目を覚まさなかった他の子共たちも、葬儀から二日が立つ頃には全員目を覚ました。
アッシュのように目覚めた直後は泣きだしたりと取り乱すことはあったけど、幸いなことに心配していた後遺症らしきものはなかった。
目覚めた子供達は、一番幼かったケティを除けば、死を理解できるようでしばらく塞ぎこんでいたけど、レナやアッシュの頑張りのおかげかここ最近は、吹っ切れたのか変化した環境に慣れ始めたのか少しずつ元気になってきている。
突然現れた俺や仲間達のことも少しずつではあるけど、受け入れられてきている。
やっぱり、こういう場合子供っぽいオリーや子供受けしそうな美人なミカエルといった女性陣が一足早く打ち解けている。
俺は……まぁぼちぼちだ。避けられてるわけではないけど、レナ以外からだと今一つ距離を取られてる気がする。
「これから朝食を作りますけど、カケルさんはどうしますか? 」
「あー、うん。どうせだし食べようかな。俺も手伝おうか? 」
「あ、はい。手伝ってくれると助かります」
一緒に料理をするぐらいの仲になったレナとは、最初の頃と比べて仲良くなれてると思う。
これからどうなっていくかはまだはっきりとは分からないけど、しばらくは一緒に暮らすことになる子供達とはいい関係を築いていきたいなーと思っている。
いいタイトルが思いつきませんでした。
『ブルーサラマンダー《青火蜥蜴》』
焔によって召喚された眷属の火精霊の一体
体は魔炎によって形成されていて、意思一つで実体を持たせることも熱を内部に発しないようにしたりなどが出来る。
ぶっちゃけると、無双プレイヤーのようなデタラメな存在や『神』を冠するモンスターなどは異世界にも実在します。だから、仲間最強タグをつけてなかったりします。




