22 「村長と遺された子供たち」
『私たちをあなたに託します。どうか娘たちをよろしくお願いします』
◆◇◆◇◆◇◆
――パキンッ!
木が爆ぜる音で俺は、目を覚ました。
「………寝てたのか」
すっきりと覚めた頭で、夜空を見上げる。
まだまだ夜は明けていなかったが、夜空に昇る月は随分と傾いてきていた。
そして、目の前の焚火へと目を向ける。
火は最初の燃え盛っていた頃と比べると随分と穏やかになっている。
消えないうちに薪を新たに投入しないと……
「ん? 」
隣に山積みしてある薪に手を伸ばそうとして、自分が手に何か握っていることに気付いた。
そこらへんの石ころでも寝ている間に寝ぼけて握ってしまったのかと思っていたが、手の中に飴玉くらいの大きさの薄らとした紫色の透明な球を七つ握りしめていた。
「……何だこれ? 」
見覚えのないガラス玉のようなものに俺は首を傾げた。
その辺で拾ったにしては、丸い綺麗な球だった。
「【鑑定】」
不思議に思った俺は、【鑑定】を使った。
そして、開示された情報を見て俺は余計に困惑した。
『遺魂珠』
遺した者を想う死者の気持ちが結晶化したものと言われている。
遺した者を災いから守り、幸せをもたらすとされている。
「これって……」
さっき見た夢のことを思い出した。
会ったこともない老若男女から口ぐちにお礼を言われる、ただそれだけの夢。
だけど、今思い返せば、その中には見覚えのある人物が何人かいた。
レナの両親やルビン、それにこの村の村長だった人。
その誰もがすでに死んでいる、今まさに火葬している人たちだった。
まさか……夢に出てきた人たちって全員亡くなった村人たちなのか?
そう考えれば、夢の中の人たちの言動にも納得できるものがあった。
『娘たちをお願い』『あの子たちを頼んだ』『彼女を俺の代わりに守ってくれ』
生き残ったレナたちを俺に頼むためにわざわざ夢にまで出てきたのかな
「……七つあるのは、他にもう一人生き残りがいるのか。それとも俺に対してなのか……」
レナにまた1つ聞きたいことが出来たな。
焚火に新たに薪を追加しながら、手のひらで妖しく光る遺魂珠を眺めた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
日が昇り夜が明けたばかりの早朝、一晩続いた火の番がやっと終わった。
火の番だった人は日の光を眩しそうに浴びていたけど、みんな徹夜した割には元気そうだった。
というか、火の番ではなかったのに徹夜していた人がかなりの数いた。夜寝ていた人の方が少数派だった。
眠くないのか徹夜で裁縫していたアラクネに聞いたら「私ってどっちかっていうと夜行性だから」という説得力のある回答を頂いた。じゃあ、頑冶とかどうなのよ。ドワーフだからって人間と一緒で昼行性だろって聞いてみたら「数日寝ないくらいわけない」と言われた。
そんなわけないだろ……と思ったが実際に今日まで五日間一度も寝てないと聞くと鵜呑みにするしかなかった。
どうやら、俺の仲間の中で毎日睡眠をとらないといけない人はほとんどいないみたいだ。
俺のように朝まで火の番をすると言って聞かなかったレナとアッシュの2人は、焚火の傍で2人して寄り添うように寝ていた。まぁ2人とも葬儀で疲れてただろうし無理もないか。
俺が近くで火の番をしていた呉羽に夜の2人の様子を聞いてるとレナが目を覚ました。
「……ぁ、おはよう、ございます」
寝惚け眼でキョロキョロと辺りを見渡したレナは、傍に俺たちがいることに気付くと朝の挨拶をしてきた。
「……ぅ? 」
レナが身動ぎすると肩にもたれかかっていたアッシュの頭がカクンと落ちて、その拍子にアッシュが目を覚ました。
目をごしごしと擦り大きく伸びをしたレナは完全に目が覚めたのか、立ち上がって白いブランケットの中にいるまだ寝惚けたアッシュから少し距離を取ると、服についた土汚れをパンパンと叩いて落とす。レナは昨日葬儀の時に着ていた神官服の上に俺が用意した白い服を着ていた。
「おはようございます。カケルさん、クレハさん。今日もよろしくお願いします」
乱れた髪を手櫛でさっと整えたレナは、改めて俺と呉羽に頭を下げた。
「レナおはよー」
「おはよう。こっちこそよろしくな。先に朝ごはん食べるか? それとも今からすぐに作業をするのか? 」
「先にします。……早くみんなを大地に還してあげたいので」
レナは、朝を迎えてほとんど燃え尽きている113の焚火の跡に目を向けて憂いを帯びた顔になった。
異世界の考え方では、魂は大地に還り、肉体もまた朽ちて大地に還ると考えられている。
そして、魂の抜けた肉体(つまり死体だが)や死んだ場所には大地に還った魂の残滓が残っているとされ、ゾンビやスケルトン、ゴースト……と言ったアンデッドモンスターは、その地上に残る魂の残滓に瘴気が混ざり生まれるとされていた。
アンデッドの発生を防ぐためには、死体や死んだ場所に残る魂の残滓を瘴気と混ぜる前に大地に還す必要がある。それが、この世界での葬儀の重要な目的の1つだった。
だから、葬儀は死後早ければ早いほど望ましいのだ。
死後から一週間近く経っていることを考えれば、レナの気持ちも分からなくもなかった。
「わかった。じゃあ、みんなでやろうか。手順は昨日聞いた通りでいいんだよね? 」
「はい、よろしくお願いします」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
遺体を一晩かけて『火葬』を行なった後は、早朝に燃え残った遺骨を砕く『骨祓い』を行なう。
『骨祓い』は、骨に宿る魂の残滓を取り出す意味があるそうだ。
黒骸がポロっと漏らした話では、この燃え残った遺骨を憑代に低位ではあるがスケルトンを呼び出せるらしいので、それを防ぐ意味があるんだろう。
『骨祓い』は、まず焚火の燃え跡から形が残った遺骨を見つけ出して大きな麻袋に詰めて、粗方集め終わると岩の上みたいに平たく硬い場所に袋を置いて、袋越しに木槌で叩いて骨を砕いた。
燃え残っていると言ってもかなりボロボロなので、軽く叩いていくだけで粉々になった。歯はそこそこ硬かったけど、ゴリゴリと砕いた。遺骨の中には頭蓋骨もあるがそれも丹念に砕いた。頭蓋骨は遺骨の中でも特に魂の残滓が残っているとされている部分なので、レナからはきちんと砕くように念を押された。
色々思うこともあったが、作業中は木槌を振るうことに集中した。
そして遺骨を粉々に砕いた後は、焚火の燃え跡に残った遺灰も集めて、一つにまとめた。
後は麻袋をレナのもとに持っていき、鎮魂の祈りを捧げてもえば『骨祓い』の作業は終わりだった。
『骨祓い』の後は、小分けにした遺灰を参列者に配ってその遺灰を自分の所有する農地に撒く『幸呼び』を行った。
遺灰を農地に撒く関係上、この異世界の少なくともこの村では墓地が存在しない。あえて言うとするなら畑が先祖の墓だった。先祖たちが畑に大地の恵みを与えてくれるという考え方のもと、先祖たちが自分たちの畑とわかるように目印として遺灰を畑に撒くのだそうだ。
お盆に行う迎え火のようなものなんだろうな。
『幸呼び』を行うにあたって俺たちは村の部外者で現在所有する畑も持っていないので、今回は村の畑に参列者が順繰りで撒いていくやり方にした。
レナやアッシュも、未婚の女性だったりまだ成人を迎えていなかったりといった理由から自分の畑を所有していなかったので、二人も同じやり方になった。
その時、初めて知ったのだがこの世界では14歳で成人を迎えて、女性なら15~18が適齢期に入るらしい。レナはついこの前に成人したばかりの14歳で、アッシュは12歳だった。
2人の年齢を知ってちょっと、いやかなり驚いた。予想していた年より3歳くらい違った。
また、アッシュとレナは血の繋がりがないらしい。レナの母親が神官だった関係で、両親を失った身寄りのない村の子供を引き取って孤児院のように育てていたそうだ。アッシュもその一人で、行商人だった父が旅先から帰ってこずに行方不明になり、アッシュが3歳の時に母が流行り病にかかって亡くなっていた。生き残った子供の中でレナと血の繋がりが直接あるのは、ケティという一番幼い子供だけで、ほかの子供は全員孤児だった。
俺たちは、レナを先頭に列になって畑に遺灰を撒きながら練り歩いた。その間、レナはずっと鎮魂の祈りを詠っていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
日が真上にきた頃に『幸呼び』が終わった。日を跨いで行われた葬儀もこれですべて終わったことになる。
レナとアッシュは最後にみんなの前で頭を下げて礼を言っていた。
2人から礼を言われたみんなは満更でもなさそうだった。俺も、感謝されて悪い気はしなかった。
レナとアッシュは、女性陣に気に入られたようで囲まれて声をかけられていた。
男たちは、まだレナたちに警戒されてることもあってその様子を遠巻きに見ているか、葬儀で中断していた自分の作業に戻っていた。
俺と天狐も、またその輪に加わらず遠巻きに様子を見ながら、天狐と話していた。
「――カケルさん。アッシュがもう寝そうなので、私たちは先に『お役人さんの家』に戻ります」
俺と天狐が今日の昼食について話していると、包囲網から抜け出してきたレナが、声をかけてきた。レナの隣には眠そうに目をトロンとさせたアッシュがいた。
そりゃ昨日は夜遅くまで起きてたのに、朝早くから起きてたら眠くはなるか。
戻る前にわざわざ俺に一言言いに来てくれたのか。
「そっか。今日はお疲れ。アッシュも頑張ったな」
「うぅ……」
年齢の割に身長が高くて体格もあるアッシュだけど、この時ばかりは、眠気で警戒が薄れていて、年相応の子供っぽい表情を見せていた。頭を撫でると俺の手から逃れようとレナのお腹に頭を擦り付けるようにぐずったので、自然と顔が綻んだ。
レナもその様子に視線を落として、慈しむように微笑んでいた。
「レナも疲れてるだろ? 俺がアッシュをおぶるよ」
「いえ、これくらい平気です」
「レナ一人でアッシュを連れて戻るのは大変だろ」
「大丈夫ですよ。ねっアッシュ? お姉ちゃんと二人で帰れるよね? 」
レナが同意を求めると、今にも寝そうなくせにアッシュはコクンと小さく頷いた。
「でもなぁ……」
「カケル、2人が大丈夫っていうんだから大丈夫よ。カケルは心配しすぎよ。レナさん、今日はお疲れ様。眠いのなら無理せずアッシュと一緒に寝たらいいからね」
「はい。テンコさんありがとうございます。それではカケルさん、失礼します」
レナは、最後に頭を下げるとアッシュを引っ張って家に戻っていった。
大丈夫かな……
不安を拭えず去っていく2人の後姿を目で追っていると、途中で眠気が限界に達したのかアッシュが立ち止り、レナに背負われることになった。
手を貸そうとしたら、天狐の9つの尻尾がそれを押し留めた。
「カケル、追ってはダメよ。それにあれくらいレナ一人で大丈夫よ」
天狐の言うとおり、レナはアッシュ一人を背負っても変わらずしっかりとした足取りで歩いていた。
俺がもう追わないことがわかったのか、天狐はすぐに絡みつかせていた尻尾を離してくれた。
「カケルが心配する気持ちもわかるけど、何でも手を貸すのは良くないわ。それにレナたちにももう少し一人で考えさせる時間も必要よ」
天狐からは諭すようにそう言われた。
天狐の言葉は、共感できるだけに反論できなかった。
天狐から構い過ぎと言われた俺は夕方まで子供たちが寝ている家に近づくことの禁止を言い渡された。
あ、遺魂珠についてレナに聞くの忘れてた。
3代遡れば、みんな親族になるような小さな村だったので、村の孤児の世話をしていたレナの母親ですが、孤児の面倒は村全体で見ていました。
 




