20 「村長と天狐」
安置所につくと、操紫の代わりに天狐が出迎えてくれた。
「無事に来れたのね」
「ああ、先に行ってもらって助かったよ」
天狐には、子供達がまた今から安置所にいく旨をみんなに説明するために先に行ってもらっていた。
そのおかげで、俺たちは道中誰1人として会うことなく来ることが出来た。
「なんだよこれ……」
後ろから聞こえてきたアッシュの声に振り替えると、アッシュはずらりと並ぶ棺桶を目にして呆然とした表情をしていた。
「あの透明な箱全部にはね、亡くなったみんなが眠っているのよ。お母さんやお父さん……それにルビンもあそこで眠ってるのよ」
アッシュの前にいたレナは、努めて声に感情が籠らないようにしようとしていたが、その声は震えていた。
後ろにいるアッシュには見えないかもしれないが、レナは両目から涙を零れ落として悲痛な表情をしていた。
「そんな……そんなわけが……」
アッシュは、目の前の光景から逃げるように一歩二歩と後ずさっていく。
アッシュはまだみんなの死を受け止めきれていなかった。
もうホントは気付いてるかもしれないがアッシュは、それを信じられずにいた。
その場から離れようとするアッシュの手をレナは、強引に引っ張った。
「嫌だ……止めろ、止めろよ。レナ姉ちゃん手ぇ放して! 放せ、放せよぉ! 」
レナに引っ張られる形でずるずると棺桶と近づいていくアッシュは、必死になってレナの手を腕から引き剥がそうとするが、レナの手は一向に剥がれなかった。レナが握るアッシュの腕からは赤い血が流れてポタポタと地面に垂れた。
やり過ぎだと俺は止めるべきなのかもしれない。だけど俺は何も言えなかった。
「カケルさん、お願いします」
「あ、ああ……」
アッシュは、棺桶の目の前までレナに連れてこられた。
俺は重い足取りで棺桶の前まで行き、レナに言われるままにその棺桶の蓋を動かした。
レナが知っててこの棺桶にはしたのかは分からないが、奇しくもその棺桶の中にはルビンとレナが呼んでいた青年が眠っていた。
「ルビン兄ちゃん!? 」
棺桶で眠る青年を目にしたアッシュは、バッと棺桶に飛びついた。
「ルビン兄ちゃん! ルビン兄ちゃん! ルビン兄ちゃん!! 起きて、起きて! おい、起きろよ!! 」
アッシュは棺桶の中で眠る青年の肩を乱暴な手つきで掴んで揺する。それは、アッシュが叫べば叫ぶほど激しくなっていった。
「やめてっ! 」
レナがアッシュの肩を掴んで、それを止めさせた。アッシュの肩を掴んでレナは強引にアッシュの目を自分に向けさせた。
「アッシュわかったでしょ! とっくにわかってるよね!! ルビンはもう死んでるのよ。もう目を覚まさないのよっ! ルビンの魂も、ここで眠るみんなの魂ももう大地に還ったのよ!! 」
レナの叫びにアッシュがその場に崩れ落ちた。
信じようとしなかった死が、アッシュの目の前にあった。
「あぁ……ぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああ! 」
膝を折り、地面に頭を垂れるアッシュの慟哭が安置所に響いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
アッシュは、一時間近く泣き続けた。
俺の知らない名前、多分亡くなった村人たちの名前を叫び、声が潰れても叫び続け、断続的に拳を地面に叩きつけ、皮が破れて血が滲み、血が飛び散ろうともアッシュは俺と天狐が止めるまで地面を叩くのを止めなかった。
過度の感情を抑える鎮静薬を飲ませていたのにこれだった。
薬の効果がないわけではない、過度の感情を抑えようとしても抑えても抑えても留めなく溢れだすアッシュの激情の方が薬を勝っていた。
もし、薬を飲ませていなかったらどうなっていたかと思うとゾッとする。
アッシュは一時間近く溢れでる激情を吐き出し続けてやっと落ち着きを取り戻し始めていた。
今は、レナの腕の中で泣いていた。
俺はそんなアッシュの様子を見ていられなくて何度かその場を離れることがあった。
ちょっと離れたくらいではアッシュの声は消えなかった。だいぶ距離を取ってアッシュの声が聞こえなくなっても耳に残ったアッシュの声が消えなかった。
アッシュの反応は、俺が初め、予想していた両親や親しい人を失くした子供の反応の1つと同じだった。
ドラマや小説で見たこともある反応の1つで、予想は容易に出来た。
わかっていたことだ。
わかっていたことなんだけど、これほど違うとは思わなかった。これほどアッシュの声が耳に残り俺の胸を締め付けてくるとは思わなかった。
レナの時もそうだった。だけどアッシュは俺が予想できるくらい理解しやすい反応だったために、ストレートに俺の心を締め付けてきた。
「カケル大丈夫? 」
「いや、ダメかもしれない。正直キツイよ」
心配そうに声をかけてきた天狐に取り繕う余裕がなかった俺はつい弱音を吐いた。
天狐は、そんな俺を何も言わずそっと抱きしめてきた。
前のような強い抱擁ではなく優しく柔らかい抱擁だった。
俺の背中に回した両手を使って天狐は背中を擦りながら頭を撫でてくる。
「て、天狐? 」
「――こうしていると、気持ちがポカポカしてきませんか? 」
「え? 」
「こうしていると私は気持ちがポカポカしてきます。幸せな気持ちになります。カケルはそうなりませんか? 」
「……ポカポカ、してくるな」
その言葉を口にした時、何故か両目から涙が溢れ出てきた。
何故涙が流れ出てくるのかわからなかったが胸を締め付ける苦しめは、涙が出れば出る程薄れていった。
人に抱かれることがここまで温かくて安心できて、気持ちを落ち着かせるものだとは思わなかった。
雁字搦めに締めつけられた心が少しずつ解きほぐされていくようだった。
「天狐……ありがとう」
「いいのよカケル。無理、しないでね」
「………はい。すいません」
物理的に胸を締め付けてきた天狐に心配させたことを申し訳なく思いながら俺は謝った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
アッシュとレナの元に戻ると、アッシュは、レナの腕の中で眠っていた。
「アッシュは眠ってるのか? 」
「あ、カケルさん」
腕の中で眠るアッシュに視線を落としていたレナは、俺に気付いて顔を上げた。
その際に目尻に溜った涙を拭っていた。
「はい、さっき泣き疲れちゃったみたいで」
「そっか、じゃあ家に戻ろうか。アッシュは俺がおぶるよ」
「ありがとございます……あの、カケルさん」
「うん? 」
「みんなの葬儀、今日出来ませんか? 」
俺が言葉を挟む前にレナは、言葉を続けた。
「無理なことを言ってるのはわかってます。一度にじゃなくていいです。ちゃんとした葬儀じゃなくていいです。それでも、早くみんなを大地に還してあげたいんです。お願いします、手伝ってください」
地面に座るレナは、上目づかいで俺を見つめてきた。
答えは、前から出ていた。
俺はレナの頭に手を置いてその答えを言った。
「もちろん。俺に出来ることなら手伝わせてくれ」
「ええ、私も協力するわ。他のみんなだって手伝ってくるれるわ。だから今日、ちゃんとした葬儀をして、あなたの大切な人を一緒に見送りましょ」
「カケルさん、テンコさん。ありがとうございます。本当にありがとうございます」
レナは頭を下げて感謝の言葉を何度も言った。
レナの腕の中で眠るアッシュの顔にポタポタとレナの涙が零れ落ちた。
俺は何も言わずにしばらくレナの頭を撫でた。
「それじゃ、一先ず家に戻ろっか。俺たちは葬儀のやり方を知らないから家でお茶を飲みながらでも教えてくれ」
レナは泣きながら頷いてくれた。
俺が眠るアッシュをおんぶして天狐が泣くレナを抱き寄せて、俺たちは家に戻った。
さぁ今日一番にやらないといけないことは決まった。
みんなには総出で手伝って貰わないとな。
ようやく葬儀が出来そうです。
カケルの仲間との顔合わせもぼちぼち行われていくと思います。




